洗濯機は入りませんか
夏は暑い、当たり前のことなので油断してたのかもしれない。
勤め帰りのいつもの道、あの夜俺は死んだ。
そして今俺は…。
「…というわけで、大変お買い得だと思いますよ。」
今俺は最近作った新型の洗濯機を売りに来ていた。
なぜ?俺もよくわからんが生きていくためにそうしてる。
ここは、この町の町長さん宅である。今話してるのはその奥様のキャサリンさん45歳。
町といっても人口は200人もいない町の町長がメイドを雇えるほど裕福ではない。
当然家事は彼女の役目になる、掃除、洗濯、食事の支度に買い出しなど普通の家の主婦と変わらない。
が、しかし小金はあるのだ~と思う。
「でもねぇ10Gは高くない?。」ちなみに1Gでこの町なら一ヵ月は生活できる。
「まぁ無理にとは申しませんが、これひとつで奥様のお美しい手が荒れることなく
今まで以上に美しい仕上がりの衣類を着ていただけますが、まぁ今回は1台しか持ってきてませんから
そうですねぇ…ああ、お隣の奥さんにでもお話しします。ここに来るときに少しお話ししましたから
興味深そうでしたから。」
「待ちなさい、買わないとは言ってないじゃない。隣町のルーシーから聞いてたのより高いから…。」
あら聞いてたのね、そういう情報は早いんだな~でも運送費もかかるんだよ?
「それは都よりの距離もありますから」ここで言葉を切って思案するふりをする。
「専用洗剤を1ヶ月分サービスしましょう。もう奥様には敵わないなぁ。」といってさらに小声で、
「他の方には言わないで下さいよ?奥さんだけ特別なんですから。」
「ええ、それは約束しますわ。」
まぁ本当のところそこはどうでもいいのだ、特別って思ってもらうことが大事だし。
馬車から洗濯機を出して設置し、動力源である魔水晶に魔力をチャージする。
「それでは今から実際の使い方をお見せしますがよろしでしょうか?。」
「む・難しいのかしら?。」
「いえいえ、簡単にできております。まずこちらの水タンクに水を満たします、次にこの蓋を開けて洗濯物を入れます。」
そう言って井戸から汲んできた水を入れ(ちなみに3往復した)、用意してもらった洗濯物を洗濯槽にあける。
「ここで注意がございます、この内側の線より上には洗濯物を入れないようにしてください。入れすぎますと…。」
「と?。」
「綺麗に洗えませんし壊れます、のでよろしくお願いします。次にこの水タンクのレバーを右に回し」
そう言ってレバー回して水が給水されていくのを確認する。
「水は自動で止まりますので、今のうちに洗濯物の上にこの専用洗剤をこのように円を描くようにカップ一杯を撒きます。」
俺は専用洗剤の箱を開けて中に入ってる匙で、粉せっけん(専用洗剤)をすくって洗濯物の上に撒いた。
そして洗濯機前面の手前にある起動スィツチを押し込んで、そのとなりのタイマーを回した。
「この手前の面にある大きなこのノブを押してから、こちらのダイヤルを回します。通常は一回転で十分ですが、もし汚れがひどいときは一度終わった後にもう一度同じ手順で洗いなおしてください。」
「普通は一回転ね、簡単だわこれで洗えるの?。」
「あとは、他の家事をするかお茶でも飲みながら20分程お待ちください。」
使い方を説明し、一度やらしてみる。そして最後に注意事項を話した後大事なことを伝える。
「奥様、動かなくなったら魔術士に魔力をチャージしてもらってください。通常は3ヵ月は持つ仕様ですので指定魔術士に頼めば10Sで毎日洗えます、専用洗剤は雑貨屋に用意させてますのでご利用ください。」
奥様からお代の10Gを頂き、一礼して馬車に乗って立ち去る。
あとはこの町の雑貨屋に洗剤を置いて貰っておくだけだな。
この世界は魔法がある、でも電気はない、産業革命は起こらない~たぶんね。
魔力があれば、魔物もいる魔王だっているし勇者もいるかもしれない、見たことはないけど。
よくある異世界転生ってやつだね、俺は剣士にはなれなかった。魔法は使えるけど冒険には向いてないから
専門技能の方で生きていくことにしたんだけど、既存の道具屋とか鍛冶、家具職人さんと同じ路線で後発の
俺の出番なんてないかもしれない、そこで考えたのが生活家電を基にした電気ではなく魔力で動く生活道具。さっきの洗濯機も原価は限りなく安い、
一番お金がかかってるのが動力源の魔水晶で>駆動部>モーター>側の部分
魔水晶の魔力の再充填も本当は魔術士はいらない、この世界の人はみんな魔力が使えるから自分で魔力を籠めればいいんだけれどそう言ってしまうと毎月の収入が減ってしまう。
魔水晶の寿命は2年程交換すればまた使えるがそのころには新製品が出てる。
今は洗濯ができるだけのタイプから一つ進んでサイドに絞り機がついている。
これから脱水槽がついたのを一年後に出したり、全自動を5年後に乾燥機のついたタイプを10年後にとか予定している。
白物家電は耐久性があると10年は持ってしまう。テレビを作っても放送する側がいないと意味がないからそこは今後施政者側にアピールしていかなければ、受像機だけ作ってもね~ただの箱だし。
せっかくのファンタジー設定の世界で趣旨の違うことをやっているんだし。
もっとも、生前読んだり見たりした転生者ものの話の主人公のようなチートな性能(才能)があれば、
冒険者をやっているかもしれないが残念ながらそんな性能はなかった。
魔力は使えた~でもゲームと違い登録したボタンを押せばいいわけじゃなくちゃんと覚えて
口に出して詠唱しなければならないから、あせってミスると命取りになる、生命再生はないからなぁ。
村長の隣の家にも顔を出して何気なく話をする、そして立ち去る雑貨屋によって話をしないとなぁ。
「これを置くのか、いくらで出すんだ?。」親父が洗剤の箱をもてあそびながらうさんぐさげに見ている。
「一箱5sくらいでお願いします。」
「で?うちの取り分はいくらだ。」
「1sですね。」親父の目がキラッと光ったーこれが仕入れ4s?まだひけるという目だ。
「2sだな。」
「1sです、もう少し売れれば量産もできるので2sくらいは行けるかもしれません。」
ここでこれが何に使うものかを聞いてきたので答えてやると、奥から奥方が出てきた(別にオヤジギャグを言いたいわけじゃない)
「そんな便利なものがあるのかい、家も欲しいねぇとうちゃん。」
「あほか、10Gで本体を買って洗剤が一月4s、充填に3ヵ月ごとに10sだぞ?どんだけかかるんだよ。」
「そうですねぇ、高いですから僕もお勧めはできかねますが、次の次くらいのモデルなら今の価格でもっとよくなってそうですし。」
「ほれみろ、そんなもんはなもう少し数が出てからがいいんだよ。」
「他にも便利なものもありますから、これがカタログになっております。」
そういって鞄から自作の総合カタログを出して奥さんに渡す。
総合といっても主力のところ洗濯機と冷蔵庫にオーブン機能付きのコンロしかないがね。
とりあえず、この村にはいまのところ町長さんとこにしか洗濯機はないからそんなにいらないな。
「あっそうだ、、これをどうぞ。」
そういって俺は鞄からトースターを出した。
「これは?。」
さらに固い黒パンをだして(食パンなんてないんだよ、この世界)ナイフでスライスして2センチ厚くらいのを3きれ用意し、ちゃんとバターを塗ってからトースターの蓋を開けて中のトレイの上に置きダイヤルをくるっと回す。
「試作品のトースターなんですけど、よかったら使ってみてくれませんか?。」
「トースター?。なんだそりゃ。」
「最近、高齢のご婦人が黒パンが固くって食べずらいと伺うことが増えましてね、それで温めるのはどうかと思って作ってみたんですが」
などと会話する間にも香ばしい匂いが立ち上がってきた。蓋を開けて中を見て取り出して二人に一つずつ渡し、少し焦げてる自分の分を見せて口に入れる。
「試作品というのはこういうことです、たまに焼けすぎて焦げてしまう。」
雑貨屋の奥さんがためらいがちに口にパンを入れる。
「美味しい、これがあの固い黒パンかい?。」「あんたも食べてみなよ。」
ためらいがちに口に入れる雑貨屋のおやじ、口に入れると「うむ、食べやすい。」
「次に来るまで使ってみてくれませんか?それで気が付いたこととか教えてください。」
「これも売るのかい?。」
「その予定です、できれば他の方にも宣伝しておいてください。」
「いいけど、高いとこれは売れないよ?。」
「そこんとこも聞いておいてください、どれぐらいなら買っていただけるかとか。」
そこでおやじが口をもぐもぐさせながら「うちのメリットはなんかあるのか?。」
「改良したトースター差し上げますよ。」
洗剤とトースターを置いて、一礼して店を出た。
馬車の荷台を扉を閉めて、馭者台に乗り込み部下であり護衛を兼ねる男に指示を出して町を出る。
「売れましたか旦那様?。」彼はロイ、ロイ・ハーモンドという元々はどっかの国の騎士だったらしい。
騎士くずれだが実家が商売人という変わり種で周りとのそりがあわず除隊したらしいが、
世情に詳しくつても多いし剣の腕もいいとなると雇って損はない人物である。
今俺がやってる商売には危険も多い、なんせ変わった便利なものを扱っているからな。
類似品も今のところ出回ってない、中身を見ようとばらすと肝心なところは消滅する魔法陣を組み込んである。特許権なんて考えがない世界だから自衛しないとね、これで飯食ってるし。
「ああ、いいお客が多い。三月もいらんな一月後に洗濯機は5台トースターは20用意してこよう。その時は冷蔵庫が一つかな。」
「しかし冷蔵庫はそう売れないでしょうね、魔法で凍らせればいいですから。」
「かもしれんな、でも誰もが使えるわけではないんだろう?売れるさ便利だからな。」
町から町への街道は古代帝国の頃に整備された黒い石畳が敷かれており、この黒い石には魔物を退ける効果があるので、この街道を行く限り魔物とは無縁であった盗賊は別だが、この国の治安は良いため流通は安定していた。
「次の町はハープトですが、この辺りの領主の館が近くにあります。」
「じゃあ、そっちが先だな 何か好みはあるかなぁ?。」
「召使も奴隷も持っているでしょうし、洗濯機もトースターもいらないでしょうねぇ。まぁストレートにお金とか…」
「やだね。誰がただでお金だけあげるもんか。」
「何か理由があればいいので?領内での独占販売権とか?。」
「そんなもんいらん、というか俺と同じ商品なんてないと思うぞ。」
さっきも言ったがこの国は治安が良い…はずなんだがなぁ。
目の前には柄の悪そうなオジサンたちが馬に乗って5人ほどがたむろしている。
ここはコンビニの駐車場か、場末のゲームセンターかw、振り返ると後ろからも数騎きている。
「すいません、道開けてくれませんか?。」
一応下手に出るのは商売人の方と相場が決まってる。
「悪いなぁ~兄さん、人を待ってるんだ。」
まずいなぁ…これはこのあと襲われる展開だ、生前よく見たことがあるドラマの中だけれど。
前に5人後ろにも数人、こっちは2人じゃあ分が悪いよなぁ。
「それはご苦労さまです、わかりました。」
ロイに合図を送って馬車を街道から出して避けていくことにする。
当然のように行く手を遮ろうとするように動く男たち、台本があるんじゃないかというような見事な悪役の動きである。いやだなぁ~この展開。