意気揚々
「う~む。中々、歯ごたえのある連中ばかりだな! この学校は」
昼休みの中央食堂。活気あふれるこの場所であやなは楽しそうに言った。
テニス部、バスケット部、ラグビー部、バレーボール部。空手部、合気道部、弓道部、剣道部。
柔道部での一件のあと、あやなと麻衣子は手当たり次第に部活を回っていた。正確には、あやなが嬉々としてやっていることに、麻衣子は無理矢理付き合わされていただけだが。
「そ、そうなんだ……」
麻衣子はそう言いながら、昨日あやなが行った勝負のことを思い出す。
そこは水泳部で、彼女はプールサイドに立っていた。いつもと変わらず、気高く雄々しい仁王立ち。そして、水泳部部長と行われた勝負。
あやなは飛び込みの時点で、50mプールのほぼ半分を飛び越していた。
「ここ、全国で一番のスポーツ学校なんだけどな……」
麻衣子はあやなに聞こえないような小さな声でポツリと呟く。
「うむ。存じているぞ」
聞こえていた。そして、あやなは当然のように頷いた。
「……」
そんな彼女の様子に麻衣子は閉口する。
あやなは自分のやっていることが、いかに常識離れしているのかを分かっていないのだ。この高校の運動部と素人のあやなが勝負すること、そして当たり前のように勝利を収めてしまうことの型破りさを。
――この子はどうしてうちの高校の人達と勝負して勝っちゃうの? 普通に考えてありえないよ、そんなこと! だって、うちの高校は本当にスポーツ名門校なんだよ! 大会だって、いくつも優勝しているし。 というか、そもそも生い立ちからしておかしいよ! 学校に通ったことがないってどういうこと!? 飛び級の特待生はときどき入学してくるけど、こんな奇想天外な子初めてだよ! でも、それよりなにより分からないのはもっと基本的なことだよ!
「どうしてあやなちゃんは色々な運動部を回って勝負しているの?」
とりあえず麻衣子は目下一番の疑問を尋ねてみることにした。
「む? おかしいか?」
「え? い、いや、私にはよく分からないんだけど……」
自分に向けられた彼女の真っ直ぐな瞳に面食らって、ついお茶を濁してしまう麻衣子。
一方、あやなは腕を組んで頭を捻る。
「学校に入学したら、普通は色々な部活を見て回る。そして、その中から自分に合ったものを見つけて入部する。そう聞いていたが……はて、間違いだったのか?」
ぶつぶつと何かを呟いているあやな。
そんな彼女を見て、麻衣子はため息をいた。
――こうしてお話しているときはただの小さい女の子なんだけどな。まぁ、ちょっと……変なのは変わらないけど。
麻衣子は先ほど売店で購入した紅茶を、砂糖控えで口に運ぶ。
ふと、ある運動部のポスターが目に映った。
――あれ? そういえば。
「あやなちゃん、野球部には行かないの?」
麻衣子は思いがけず盲点に気付く。
「や……きゅう部?」
するとあやなは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。
「え、うん。野球部」
あやなの動揺に気付いた麻衣子は、不思議そうに視線を返す。
「それは…………き、興味がないのだ」
珍しく歯切れの悪いあやな。
「え? そうなの?」
「う、うむ。あれはどうも肌に合わない」
「へぇ~、あやなちゃんでもそんなことがあるんだ」
意外な情報に麻衣子は感心する。
てっきり、どんな競技でも構わずあやなは突進していくものだと麻衣子は思っていた。
――あ、チームプレイとか苦手そうだし、そういうことかなぁ。
そうして一人で納得する麻衣子。
「……あんな危険な競技ごめんこうむる」
小さく、本当に小さく消え入るような声であやなが呟いた。
「ん? 何か言った?」
「い、いや。何も言ってはおらん!」
あやなは必要以上に大きな声で否定する。
それからしばらく、あやなと麻衣子は他愛のない話に興じた。そして彼女らが昼食を終え、互いの教室に帰るときにそれは起こる。
「む?」
あやなは誰かと勝負をしたあと、短期間であるが次の勝負を控える傾向にある。それがどういう理由に基づいているのかは分からないが、満足げに笑っているときは、彼女は無闇に他人に勝負を挑まない。
だから、麻衣子は油断していた。つい昨日、あやなは水泳部と勝負を行ったばかりだったから。
「麻衣子、あれはなんだ?」
それは黄金色に輝く物体。正面玄関の入り口に備えつけられたガラスケース、その中に。
「あ、あれは自転車競技部のトロフィーだね」
飾られているトロフィー達の中でも一際大きく、そして力強く輝くそれは力強く「優勝」の二文字を携えてきた。
「自転車競技部か。して、それはいったいどういう部活なのだ?」
「え、えっと、自転車に乗って長距離を走ったりする部活かな。それで、一番早い人が優勝! みたいな」
「なるほど、それは面白そうだ。今日はここに行くとするか」
「……え?」
麻衣子はあやなの顔を見返した。
――も、もしかして、あやなちゃん。もう、誰かと勝負したくなっちゃったの……? さ、さすがに今日はないだろうと思ってたのに。
「そ、それは、えっと。止めた方が……」
麻衣子は恐る恐るあやなを諌める。
毎回、破天荒なあやなに付き合っている麻衣子だったが、彼女は別にその行為にまるっきり賛同している訳ではない。むしろ、あやなと一緒にいるのは成り行きで、できれば身勝手な勝負で罪もない様々な部活動に迷惑をかけるのは自重してもらいたいと思っているぐらいだ。
だから、いつも彼女は及び腰で、おずおずとあやなを止める役割を担うことが多い。今回も麻衣子はそういった訳であやなを止めようとしているのだが、どうやら理由はそれだけではないように見える。
なぜなら、彼女は何となくそこに行くのを避けたがっている素振りを見せたから。
「む? どうしてだ?」
「え、えっとね。あやなちゃんはこの高校に来たばかりだから知らないんだろうけど。実は、自転車競技部って、この高校で一番すごい部活なんだよ?」
麻衣子は言う。
彼女は自転車競技部がいかに並外れた団体であるかをあやなに説明して、それに挑戦するのはいくらなんでも無謀だということを分かってもらうという作戦に出た。
「『すごい』、というのは?」
トロフィーを見つめるあやなの肩がピクリと動いた気がする。
「高校生大会、一般大会、そのどれでも自転車競技部が出場した大会は部員の人達が全部優勝しているの。特に今、現役で活動している人達が本当に強くて、周りでは黄金世代って呼ばれてる。ほら、トロフィーだって、一番自転車競技のものが多いでしょ?」
「ほう!」
あやなの声に張りが出てくる。
――え? あれ? 全然、自転車競技部の凄さが伝わってない……?
麻衣子は続けた。
「そ、それだけじゃなくてね。今の部長が『歴代最高の選手』って言われてて、高校生なのに世界記録保持者なの。だから、いくらあやなちゃんでも……」
「麻衣子」
「な、何?」
「次は自転車競技部だ!」
麻衣子は頭に手を当てて大きくため息をついた。
――ダメだ。全然、分かってくれてないよぅ。というか、団体のすごさを伝えるのはあやなちゃんにはむしろ逆効果だ……。
そして嘆くように呟く。
「この前、クラスの人から聞いたんだよぉ。私達二人が、皆に『部活動荒らしタッグ』って呼ばれてるって。私、何にもしてないのに、すごく嫌なイメージが定着していっちゃってるんだよぉ。そ、それに、自転車競技部は……」
しかし、そんな悲壮な訴えはあやなの耳には届かない。
「む? そろそろ次の授業が始まる時間だな。急ぐぞ、麻衣子!」
うきうきと身体をはずませながら、自分の教室へと帰っていくあやな。
「本当にとほほだよぉ!」
そんな彼女を見送りながら麻衣子は叫んだ。