完全燃焼
「さぁ、次は誰かな?」
大林は軽い口調でそう言った。
しかし、一年生に向けられるその目にはいつもの優しい笑みが一切含まれていない。
「大林先輩……あの子を投げたとき、体重ごと乗せていった……」
「あれ……わざとだよね?」
「うん……たぶん」
「……」
四人は戸惑っていた。いや、脅えていたという方が近いのかもしれない。
柔道を経験した人間なら誰しも一度は経験したことのある痛み。投げられたあとに、相手の体重をもろに体に受けたときのあの衝撃。あれを、今から勝負する相手にまざまざと見せつけられたのだ。しかも、恐らく故意的な。
その場に後ろめたい沈黙が流れる。心を弱い方向に誘導する魔物、それが四人の間を支配しつつある。
しかし。
「……よっっっしゃあああああああああああ!!!!」
その重苦しい空気を押し退けるような、甲高い声が響いた。
「わ、私です! 行きます!」
その声を発したのは残された四人の中で一番大柄な彼女だった。
「そう。手加減はしないよ?」
大林が冷たく言い放つ。
「ウス!」
その声にたじろぐことなく彼女は開始線に向かって歩きだした。
「おい!?」
一年生の誰かが引きとめるように呼び掛ける。
すると彼女は振り返り、こんなことを訊いてきた。
「ねぇ、私達は誰?」
「へ?」
「いいから答えて。私達は一体誰?」
「そ、そんなの――」
――分からないよ。突然の問いに戸惑って彼女がそう答えようとした瞬間、後方から別の声が飛んできた。
「柔道部だよ」
直美だった。
「そう、柔道部。しかも、そんじょそこらの柔道部じゃない。全国にその名を轟かす、国内最強の柔道部。じゃあ、あの子は誰?」
彼女は訊いた。
その場の誰もが分かっていた。彼女の言う「あの子」があやなを指していることは。
「……あれは、分からない。素人……かな?」
四人の中の誰かが答える。
「そう、素人。ただの素人。柔道なんてやったことない、ルールさえちゃんと理解できてないド素人」
彼女は三人の顔をじっと見つめる。
「でも、あの子は戦った。何にも分からない状態で、私達でも歯が立たないレベルの先輩達と、真正面から恐れずに」
「……」
三人は彼女の顔をじっと見返した。
「だったら私は戦う。素人の女の子に戦わせて、それを横から観戦して。自分達だけビビって逃げるなんてそんな真似、絶対にできない! したくない!」
「……」
「私達は国内最強の柔道部。柔道が怖いなんて当たり前。そんなことは、ここに来るまでに何度だって教えられてきた。でも、それでも私達は絶対に逃げなかった! いつでも、怖さに立ち向かっていった! それなら!」
空気を肺一杯に吸い込む。
「怖いことなんて何もない!」
そう言って彼女は大林の方へ振り返る。その顔には恐怖に負けない強い意志が表れていた。
「行きます!」
直美は勝負が始まる前にあやなが言ったことを思い返していた。
「今から作戦会議を行う」
それは五人全員が輪のように並んで行われた。
「お、おう」
「敵方5人の内、4人は私が引き受ける」
第一声、あやなはそれを当然のように言い放つ。
「はぁ?」
「お前、バカか?」
「何考えて――」
「わめくな」
騒ぎ出す四人をあやなは一括した。そして宣言する。強く、頼りがいのある声で。
「私は、私という存在に賭けて誓う。貴様らが倒すべき敵、そこに至る道のりはこの私が確保する」
鋭く、重みのある言葉。それが去勢でもなく、からかわれている訳でもないことはあやなの真剣な表情から伝わって来る。
「本当に……できるの?」
そう訊ねたのは直美だった。あやなの目を真っ直ぐ射抜くように見つめていた。
「任せておけ」
その視線をあやなはしっかりと受け止める。
俄かには信じられないあやなの提案だったが、四人の心には小さく期待の炎が灯り始めていた。縋るのではなく、願うのではなく、戦うための希望の光が。
「では、話を戻そう。先に言った通り、相手の5人の内の4人は私が倒す。しかし、おそらくだが5人目は私では倒すことはできない」
あやなは四人に目配せをするように大林を見た。
「5人目は奴が出てくるからな」
四人は視線を大林に視線を向けて押し黙る。彼女はその立ち姿だけで、四人にプレッシャーを与えていた。
「そこで、まず貴様だ。私が負けた後は、貴様が最初に名乗りを挙げろ」
「わ、私?」
突然の指名に彼女は驚いて聞き返す。
「貴様は大林より大柄だ。貴様なら大林を振りまわせる」
「そ、そんな。私、大林先輩を振り回せたことなんて、今まで一度もなかったし……」
「貴様はできる! 振り回し倒すほどの勢いで大林を動かし続けろ。がむしゃらに、だ。奴に休む暇を与えるな!」
「一本!」
審判の声が響く。
そこには畳の上で仰向けになった彼女の姿があった。そしてゆっくりと彼女は立ち上がり、大林に礼をして元の場所へと戻って来る。
「や、やっぱり私じゃ無理だった……」
うつむいて表情は分からない。
だが、震える握り拳が彼女の無念をまじまじと伝えた。
「いや、違う……」
「時間を見てないの?」
「そうか……大林先輩相手に必死だったから」
そんな彼女に三人は予想外の言葉をかけた。
彼女が顔を上げると、三人は自分とは別の方向を見つめている。その視線の先を追っていくと――。
「え?」
試合時間を伝えるデジタルタイマーが、2.00を表示している。
「大林先輩相手に……1分もった?」
彼女はその信じられない光景をすぐには受け止められなかった。
「何が、起こってるの?」
直美は理解できない事態に困惑した。
「次は貴様だ」
次にあやなは四人の中で一番細身の人間を指名した。
「お、おう」
たじろぎながらも力強い返事。
「貴様は先ほど、一風変わった技を使っていたな?」
あやなに尋ねられた彼女は「んーっと」と一言、記憶を思い返す。
「ん? ああ、『谷落とし』のこと? あれは、捨て身技よ。先輩達に全然敵わないから、ためにしに使ってみただけ。普段は滅多にしないわ」
「貴様は今回、その捨て身技だけを使え。他の技は禁じる」
「はぁ? なんで?」
彼女は抗議交じりの声が上げた。
するとあやなは『ニヤリ』と笑って言葉を続ける。
「この下剋上という大一番で、まさか普段は使わない技をしかけてくるとは相手も思うまい。案外、相手も困惑して、隙を見せるかもしれん。それに、一番の狙いは奴の下半身だ」
「そりゃ、いったいぜんたいどういうことよ?」
「なぁに、実際にやれば分かることだ」
道場の中で今までにないことが起きていた。
視線の先には同級生の仲間と大林、二人が戦っている姿。
しかし、それはいつもと全く異なる光景。
なぜならこの二人が“戦う”ことなんてこれまであり得ない事態だった。いつもなら、そう。一年生が一方的に倒されていて、三十秒ももたなくて。
それが今は勝負が成立していて。
「大林先輩が崩れた……」
「あんなの……見たことない」
驚きの声が上がる中、直美が呟いた。
「そうか」
「どうしたの、直美?」
「あのチビ助が言ってたことが分かったわ」
「え?」
「普通、柔道は相手の姿勢を崩すことから始める。相手の姿勢を崩ささずに技をしかけたら、技がかかる前に防がれてしまう」
「そんなの当たり前でしょ?」
「そう、当たり前。でも、何にでも例外はあるわ。それが、あのチビ助が指示した捨て身技。この捨て身技っていうのは相手の姿勢を崩さなくても、多少無理をすればかけることができる。決まるかどうかは別としてね」
「それがどうしたっていうの?」
「つまりね。技をかけられるっていうのは、同時にバランスを崩されるってことだと思うの。それがしっかりとは決まらないにせよ、倒れないようにするにはどうしたっていつもとは違う姿勢にならざるを得ない。特に『谷落とし』や『小内巻き込み』みたいな直接下半身のバランスを崩しにいくような、そんな技ならなおさら。それを矢継ぎ早にかけられ続けたら、あんな風に大林先輩でもバランスを崩すこともあるかもしれない。でも――」
「一本!」
審判の右手が高々と上がる。
「捨て身技は自分のバランスも崩しやすい。だから、当然だけど投げられやすい」
直美は悔しげに言った。
「で、でも」
「うん、1分以上もった」
デジタルタイマーの表示板を見ると1.48の数字が刻まれていた。
「つ、次は私か!」
四人の中で、先ほどからそわそわと落ち着きをなくしていた一人が声を上げる。
「ああ、でも固くなっちゃダメだよ。負けても何もないんだから」
「う、うん!」
直美が声をかけると、彼女はやる気を高めるように大きく頷いた。
「そして次は貴様だ」
「うん」
「貴様は本気でぶつかれ。以上だ」
「ええ!」
あやなのあまりにシンプルな言葉に彼女は仰天する。
「そ、それだけ? 私には何かアドバイスはないの?」
「貴様は一見して、この中で一番技術に長けている。助言は必要ない」
「そ、そんなことないよ! 私、試合でも負けてばっかで……」
「ははは、謙遜するな」
「違うの! 本当に私は弱いの!」
「そうか、ならば一つだけ」
必死にプランの必要性を訴える彼女を、あやなは神妙な面持ちで見つめた。
『ゴクリ』
生唾を飲み込む音が聞こえる。
「ただの練習と思って挑め」
「へ?」
「勝負、勝負とかなり持ちあげたが、実際負けても特に貴様らに損失はない。ならば、気後れする必要は皆無だ。普段の練習と思って打ち込め。以上だ」
あやなの顔はいつもの傲慢な笑顔に戻っていた。
「ふ、普通だ」
「普通だね。でも、普通なんてありえないよね?」
視線を移すと、三人目の彼女は当たり前のように大林の襟と袖を掴み、当たり前のように崩しや足技をかけていた。
しかし、道場内でそんなことはこれまで一度だって起きたことはない。
これはいったいどういうことなのか。
一年生の間で浮かんだそんな疑問を解決したのは直美だった。
「チビ助の言った通りよ。彼女は普通に強い。試合なんかでは緊張しすぎて実力が発揮できてないし、先輩と戦うときも力み過ぎて全く動けてないけど。でも、私達と戦うときはかなり強いでしょう? つまりリラックスさえできれば彼女の実力は上学年と戦えるクラスだったってこと」
「一本!」
審判の右手が天井に向かって『スッ』と伸びる。
「でも、それでもまだ大林先輩には届かない」
そこまで言うと、直美はゆっくりと目を瞑る。そして自身を落ちつけるように大きく深呼吸をする。 周囲の音が緩やかに消え、ここに立つ自分の存在を確かに感じることができた。
「行ってくるよ」
目を見開いた直美の表情には彼女の強い決意が表れていた。
「さぁ、最後は貴様だ!」
「私……」
直美は覚悟を決めるように呟いた。
「最初に言おう。貴様はこの中では実力不足だ」
「……っ」
そんな尊い想いを打ち砕くようにあやなは言い放った。
「君、何を言ってるの!」
あまりの遠慮のなさに一人があやなを非難しようとする。
しかし、彼女の前に手が伸びてくる。直美の手だった。
「……いい。私は大丈夫だから」
「直美……」
「私が弱いのは私が一番分かってる……でも、それなら何で私が一番、最後なの?」
怒るでも悲しむでもない。直美の声は芯の強さを帯びていた。
「それは貴様が、自分が弱いことを自覚しているからだ」
その声を聞いて、あやなの頬が今より僅かに釣り上がる。
「そんなこと!」
直美は声を荒げた。噛みつくような視線をあやなに向ける。
「……そんなこと、勝負の世界では役に立たないよ」
だが、すぐに冷静さを取り戻す。
「いいや、自分の弱さへの自覚――それは間違いなく勝負を左右することのできる強力な武器だ。貴様がどれほど否定しようと、その事実は揺るがない!」
「……どういう理由で?」
直美は訊き返す。
あやなは讃えるように言った。
「自分という存在が持つ資質を客観的に評価でき、それを容認できること。それは即ち、自己コントロールに長けているということだ。一方で自己の力を過信する者は、最も大切な場面で足を掬われる。最も慎重になるべき場面で己の力の制御を怠る。しかし貴様なら。自身の弱さを自覚する貴様なら、必ずそのときに最も適切な力を発揮できる!」
そして直美を見つめ、真っ直ぐ言いきる。
「この勝負、勝てるかどうかは“貴様次第”だ!」
直美はゆっくりとその言葉を思い返した。
「始め!」
試合の始まりを告げる合図が直美の鼓膜を打つ。
滴が水面を叩いたように空気が震え、心の底まで伝わった。
『トクンッ。トクンッ』
静かに心臓が鼓動する。
手が、脚が。その隅々に運ばれていく血液が。彼女の持つ意志を自身の体に伝播させる。
『ドクンッ。ドクンッ』
踏みしめる足が自身の体重を確かめる。構えた手が確かに空気の感触を掴む。そして、見開く眼球は真っ直ぐに倒すべき敵を捉えた。
その表情は――。
『シュンッ』
直美は踏み込む。
距離を詰める脚が無意識に竦む。恐怖で、脅えで。
幾度となく倒された記憶が、体を蝕む。
そんなとき、直美の頭にふと言葉が過った。
「貴様が奴と相対するそのとき。そのとき奴は、笑っているかもしれない」
「どういうこと?」
直美は眉をひそめる。
「そのままの意味だ。奴の顔には笑みが表れているかもしれない」
「どうしてよ?」
「理由が必要か?」
あやなはからかうように言った。
「……?」
「貴様らはいつも、どうして笑う? それが答えだ」
それはいつも通りの光景だった。いつも通り、あやなは笑っていた。
直美の目が大林を見据える。そこには先ほどと同じ表情をした大林の顔があった。
その顔を見ていると、なぜか。どういう訳か。
――戦わなきゃ!
直美の体の震えが止まった。
そして代わりにぐるぐると思考が頭の中に展開する。
――私にできることってなんだろう?
それは彼女が勝つために選んだ手段だった。
伸ばす腕をはじかれつつも、かける技を防がれつつも。直美は体を動かし続けながら、頭では必死で答えを探していた。
試合前もずっと考えていたあやなの言葉の意味。しかし、いくら考えても答えは出ない。
自分が弱いことが、それを自覚していることが。勝負の世界でいったい何の意味を持つのだろう。 だが、それを理解しなければこの勝負には勝てない。でも、それが今でも分からない。そんなとき、違う思考がそこに混じる。
――どうして先輩は笑っているんだろう?
「――ッ」
直美は一瞬、自分の頭が嫌になった。
――集中しなくちゃ。今は、大林先輩を倒すことだけを! 私はどうすればいい? 何をすればいい!?
直美はすぐに意識を制御する。
だが。一度、芽吹いた疑問はどんどん彼女の中で膨れ上がった。
――人はどうして笑うんだろう?
――集中しなくちゃ。
――皆はどうして笑うんだろう?
――集中しなくちゃ。
――私はどうして笑うんだろう?
――集中しなくちゃ。
――大林先輩は……。
「楽しいから」
そう、聞こえた気がした。
大林と直美の目が一直線で繋がる。大林の表情と直美の表情が一つに重なった。
「……はい!」
その瞬間、直美の右手がついに大林の襟を捉えた。
次いで、放たれる左手。そしてフェイントを織り交ぜながら繰り出される足技と、崩しの連打。直美は好機とばかりに持てる手段を一気に放出する。
その間も彼女は思考を決して止めなかった。
集中力が疑問を包み込み、更に膨れ上がる。彼女の視界が大きく広がった。
――私にできること……違う。
――私が。普段から私ができていることってなんだろう? いや、今もやっていること。いつもやっていること。
――それは、全体を見ること。自分のことだけじゃない、相手も含めたあらゆることに意識を配ること。
そして思考の対象が大林へと移行した。
先ほどまで、見えていなかったものが見えてくる。
――大林先輩の様子がおかしい……。普段なら、こんなにバランスを崩したりしない。今だって、ほら。こんな足技でよろめいてる。これはどういうこと? あのチビ助が何かしたの? それとも皆が頑張ったおかげ?
直美の目が大林の後方に位置する1.45の数字を捉えた。
――時間がこんなに経っている。やっぱり、おかしい。
「やぁ!」
そのとき、大きな掛け声と共に直美が放った「大内刈り」が大林の左足を刈り取った。
「……っく」
完全に決まったかと思われたその技を、大林は身をよじるようにしてかわす。しかし、彼女のバランスは大きく崩れてしまった。
「……っ!」
直美は既に距離を詰めるための足を出していた。
――もしかして。
同時に、彼女の内にある想いが生まれる。
それは誰でも持ち得る感情。期待、願い、望み、願望。
――もしかして……勝てる、のかも。あの、大林先輩に。
その瞬間だった。
『ゾッ』とした。
それは自身の過信を感じ取ることができたから。
――私は今、油断した。どうして?
――それは今、大林先輩相手に勝てそうだから。違う。勝てそうなんじゃない。いくら、大林先輩の様子がおかしいからって、私のこの程度の攻めをいなせない訳がない。
――じゃあ、なぜ? どうして、今私は勝てそうなの?
――いや、違う。そう、違う。これは勝てそうな状況じゃない。直感的に分かる。これが有利な状況じゃないってことは。
――でも、それなら。そうだとしたら、何?
――そう。そうだとしたら。これが勝てそうな状況でないとしたら。勝ちの流れにいないとしたら。
――だとしたら、答えは一つ。そう、一つだ。一つしかない。つまり。
――つまり、これは!
「罠だ」
「ど、どうしたのあやなちゃん?」
それまで静かに眠っていたあやなが突如目を見開いたので、麻衣子は少し度肝を抜かれた。
「いや、勝負の行方が気になってな」
あやなは言う。その顔はどこか楽しげで、麻衣子は戸惑った。
そしてあやなは道場の方へと視線を移す。
「気付いたようだな」
彼女は満足げに呟いた。
「一本!」
審判の手が高々と上がった。
「ああ!」
「直美!」
「……ッ」
その場に残された三人は思わず声を上げていた。
それは直美が大林に倒される瞬間を見ていたから。直美の踏みこむ足に合わせられた、大林の出足払い。それが完全に決まるその光景をしっかりと見ていたから。
審判の上げられた手はもう彼女らの視界には映らない。
彼女らは現実を噛み締めるように俯いた。いや、実際に彼女らは歯を食いしばっていた。歯を食いしばって耐えていた。悔しいという感情を。今にもこぼれ出てきそうな愚痴めいた後悔の言葉を。
ただの負けではない。自分達がもう少し強ければ。あと、少しでも力があったなら。そんな想いが彼女らの肩に重くのしかかった。
「……違う」
そのとき、誰かが言った。
「違う、よく見てみろ!」
それを受けて、また誰かが呼びかけた。
「え、え? 嘘?」
顔を上げた誰かが思わず声を上げた。
「ほ、ほんとに? 夢じゃないよね?」
その場にいる人間が共に現実を確認し合う。
三人が視線を這わしたその先。そこには直美の背中が。背中が見えている。倒されたのは直美ではない、大林だ。
「わ、私達!」
「「「勝ったんだーーーー!!」」」
そして抱き合う三人。
嬉しいという感情が制御できなくて、そのままぴょんぴょんと跳び回る
「う~ん、負けちゃったみたいだね」
直美を見上げながら大林は観念するように囁いた。
「……」
言葉をかけられた彼女は、今の状況を受け止めきれずに固まる。先ほどまで驚くほど回転していた思考が今は見る影もない。
そんな直美を見て、大林は太陽のように優しく笑いかけた。
「見事な“燕返し”だったよ。直美ちゃん」
その言葉に、思考よりも先に体が反応する。
その滴がいったいどこから来るのかは分からない。分からないが、直美の目から沢山の感情が溢れ出て来る。
そして、大きく、強く。開花した花のように笑った。
「……はい!」