水滴穿石
「あやなちゃん……」
武道場の入り口で、麻衣子はあやなを抱きしめていた。
「あやなちゃん……」
そして何度もあやなに呼びかける。壊れた玩具のように動かない彼女。
「あやなちゃん……」
消え入りそうな声だった。
「やっぱり無理だったんだよぉ……あやなちゃん、柔道素人なのにこんな無茶してぇ」
麻衣子の声が涙で滲む。
「うぇっ、うぇぇん」
流れ出る涙をぬぐいもせず、麻衣子はあやなを必死に抱きしめる。
その周りでうっすらと白い光のようなものが漂っていた。
「ふむ。やはり、すさまじいものだな。柔道というやつは」
すると、あやなが事もなげに呟く。
「ええ! あ、あやなちゃん!?」
麻衣子が驚いて体を離す。
そこにはいつも通り頬を釣り上げて不遜に笑うあやながいた。
「だ、大丈夫なの……?」
「いや、全くダメだぞ? ロクに立てもしない」
「えぇ!?」
麻衣子は再び驚きの声を上げた。
「さすがは柔道部の長ということだ。並の投げなら軸をズラしてダメージを分散できたが、奴の投げにはその隙が一切なかった。それに投げと同時に奴の体重を被せられて、その衝撃を直に受けてしまった。奴の言う通りだったな。確かに、あんな投げを受ければ内臓が破裂して死ぬこともあるかもしれん」
「だ、だったら早く病院に行かなきゃ!」
「大丈夫だ、私はそこまでやわではない。しばらくすれば痛みも消える。それよりも、その暖かいやつを続けてくれ」
「え? で、でも、私下手っぴだよ?」
「頼む」
「う、うん」
麻衣子があやなを抱きしめると、またあの優しい光が漂い始めた。
あやなは柔らかい湯気の漂う温泉に浸かっているような感覚を体で感じる。それはとても心地よくて、暖かくて。
眠りに落ちそうになりながら口を開く。
「だが――」
そして傲慢に笑った。
「楔は打ち込んだ」