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刮目相待

 自転車競技部での勝負が終わったあと、あやなと麻衣子はそのまま帰路に就いていた。

 何度か一緒に帰って分かったことだが、二人の家はどうやら同じ方向で、それも結構近い場所にあるらしい。


 ――今度、あやなちゃんの家に遊びに行ってみようかなぁ。


 麻衣子はそんな風に考えならあやなの隣を歩いていた。ただ、そんな中でも麻衣子は気になっていたのだ。


「あやなちゃん」

「ん? なんだ?」

「どうして先生の言うこと素直に聞いたの?」


 麻衣子は訊いた。

 素直なことはむしろ褒められるべきこと。別にそれに不満がある訳でも、非難したい訳でもない。ただ、彼女にはやはりそれが不思議に思えた。

 なぜなら、彼女にとってあやなは意味不明で、理解不能で。それでも少しだけ分かっていたのは、あやながあの状況でおとなしく顧問の話を聞くような人間ではないということだったから。


 ――いつものあやなちゃんなら、「勝負は勝負だ! 他人が口出しするようなものではない!」とか言って絶対自分の意見を押し通すハズ。だから、こんな風にうきうきしているあやなちゃんはすごくおかしいんだ。


 すると、あやなは口を窄めて少し考えるような仕草をする。


「それは挑発されたからだ」


 そして嬉しそうに答えた。


「ち、挑発!?」

「うむ。あの者の言によると、美樹はもっと長い距離を得意とする選手ということだ。そして、次に開催される大会がその長距離を採用したレースなのだ、と」

「で、でも、いつものあやなちゃんだったらそんなこと気にしないじゃない?」


 麻衣子は動揺しながらも訊いてみる。


「『逃げるの?』と」

「え?」

「『美樹さんの本当の実力を見るのが怖いから逃げるの?』と言われた」

「そ、それは……先生だったら、言いかねないかも」

「ふふ」


 あやなは学校の、自転車競技部のある方向を見つめた。その表情は何かを心待ちにするような、そんな楽しげなものだった。 だが、次の瞬間、その顔に少し疑問の感情が宿る。そしてふと、思い出したようにあやなは話し始めた。


「それにしても、あやつが世界記録保持者か。確かに並々ならぬ身体能力だったが――」

「あ、そ、それなんだけどね」


 それを珍しく麻衣子が遮る。

 そして、事情を説明した。


「は?」


 あやなは目を丸くする。


「いや、だから美樹さんは部長じゃなくて副部長さんなんだよ。部長さんは別にいるの」

「なぜそれを早く言わん!」


 麻衣子がその勘違いを正すと、あやなは声を荒げた。

 しかし麻衣子も今回は負けていない。なぜなら、正義はこちらにあるのだから。


「言おうとしたよ! でも、あやなちゃんが『言葉は無用だ』って!」

「そんなこと言っておらぬわ!」

「言ったよ!」

「言わぬわ!」

「言った!」

「言わぬ!」


 そして、二人の間でその押し問答が十数回繰り返される。

 それが二十回を越えようとしたとき、根負けしたようにあやなは提案した。


「……これ以上は埒のあかぬ水掛け論だ。この件はお互い、なかったことにするのが良いだろう。まぁ、私は言ってないが」


 麻衣子は初めてあやなを殴ってやろうかという衝動に駆られる。

 だが、当のあやなは既にこの一件を頭の中から消し去ってしまったかのように飄々としている。


「なんにせよ」


 あやなは笑う。


「一週間後が楽しみだ」

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