年齢二五歳、精神年齢一五歳。今日も一人、酒を飲む。
年齢二五歳、精神年齢一五歳
『聞いて欲しかったの。…それだけで、よかったのに…。
中学を卒業して十年を迎えた。あの頃は二五歳なんて大人だと思っていたのに…。私は何も変わらない。むしろ後退しているように思える。
大学時代はそれなりに恋愛をしていた。大好きだと思っていた。手を繋ぐことも、キスも、それ以上も…その人が私にいろんな初めてを経験させてくれた。…嬉しかった。誰かが私のことを好きでいてくれる。私もその人を好きでいられる。好きでいても許される。そのことが…嬉しかった。
だが、その恋は長くは続かなかった。一年程経った頃、大好きな人の中に私以上の大切なものができていくのが許せなかった。いつだって私を優先してくれていたのに…。黒い感情が私を支配していく。今まで知らなかった感情に戸惑った。こんな黒い自分は知らない。私はこんな女じゃなかった。大好きな人の大切な時間を邪魔するような…嫌だと思うような私じゃなかったのに…。私が大事にしていた恋は…呆気なく崩れ去って行った。…馬鹿な私は…大切な、大切な恋を自分で終わらせてしまったんだ…。
「私のこと、もう好きじゃないんでしょ?別れたいって思ってるんでしょ?」
事あるごとに連絡をしてきてくれた彼。でも、どんどんその頻度は減っていって…不満だった。不安だった。私以上に大切なものができる彼を見ているのが辛かった。
『…そういう風には思ってないけど…。』
…けどって何?私は、あなたの一番でいたい。一番になれないなら…辛いだけだから、いらないよ…。
「別れたいんでしょ?いいよ、別れよう。」
その一言で全てが終わった。大好きだった人が、一瞬にして他人になってしまった。正直、恨んだ。なんでそんな簡単に手放せるの?別れを告げたのは私。だけど…付き合い始めた頃のあなたなら、何が何でも首を縦に振らなかったはず…。そう思うのは…きっとあなたを理想化した私のせい。ごめんね、わかってる。被害者ぶりたいだけなの。…ごめん。
それから数年が過ぎた。好きな人もできたりした。だけど実ることはなくて…ひたすら片想いだったんだ。頭が足りない私は、誰かを好きだと思った瞬間に、周囲にその想いを告白していた。あの人のこと、好きなんだ…って、自己中心だ。私の好きになった人の事を、好きだった友達もいたかもしれない。私が口に出したことで、言えなくなってしまった人もいたかもしれない。…どうして、自分のことばかりなんだろう、私…。
好きだった人に告白してフラれた。それから一年程経った頃、好きだった人は私の友達と付き合いだした。…多分、私が好きだと言った時から、相思相愛だったんだろう。私の一言によって、遠回りさせてしまった。
付き合ってるって聞かされた時、そりゃ確かに胸がモヤモヤした。なんで?って…腑に落ちなかった。だけど、もし私が出しゃばったせいで、お互いが気持ちを言えなかったのだとしたら…?明らかに私が邪魔者だったってこと。何も考えずに行動したせいで、遠回りさせてしまったんだとしたら…これも、ごめんって思う。本当に…ごめんね。
…なんか、ここ最近実のない恋愛ばかりしてるなーって思ってた。そろそろ私も好きな人に好かれたい。…願望だけが膨らむ。
そんな時、一人の男性に出会った。彼は私の事を好みだと言ってくれた。本気になってもいい?と聞いてくれた。浮かれた私は体を重ねてしまう。愛されてる…そう思っていた。私も好きだと…温もりを幸せだと感じていた。じんわりと…好きだなって思った。
…でも、その人は体だけだった。好きなんて思ってない。ヤレる女が欲しかっただけ。馬鹿な私は、まんまと勘違いしてしまった。勘違いだとわかってからも、利用されるんじゃない。してやるんだ…って思ってた。…割り切れるわけないのに。本当に…馬鹿だなぁ。
体だけの関係が…どうしようもなく、辛くなった。これは愛じゃない。道具として使われているだけなんだと…理解した瞬間だった。認めたくなかったけど、彼の行為に愛はなかった。…わかってたのに…縋りつきたかったんだ…。
それから、別れを告げた。…正直言って、かなり辛かった。体だけでも、必要としてくれるんなら…って、少しだけ思った。でも…それじゃ幸せとは言えない。私は、私に自信を持っていたい。誰かの…性欲処理で終わりたくなかった…。
辛かった。少なくとも好きだったから。好きだと思いたかっただけかもしれない。でも、思い込みだとしても…好きだと思ったのは、本当だったから。
辛かった時、大好きなお酒で忘れようと思った。友達に話を聞いてもらったりして。あくまで深刻な話にならないように心掛けながら。…号泣したりもしたけど。心がけとしては、泣かないって決めていた。ネタにして笑いたかった。傷は…深くない。大丈夫…そう自分に言い聞かせていた。
飲み仲間の男友達に、性欲処理男の話を聞いてもらった。そらないわって言ってもらった。私もないよねー。と笑った。…その友達と、朝方まで飲んだ。そこで不思議な出来事があった。帰る手段をなくした私たちは、ネカフェに行くことにした。めちゃくちゃ飲んでいたため、結構ヨロヨロ。半個室でゴロゴロと漫画を読んだりネットを見たり…。眠くなったから、その場でゴロンと横になった。…突然抱き締められる私。突然のことに意味が分からない。なんで友達なのにこんな状況にいるのか?理解できなかった。
でも、私はさよならを告げたばかり。ひと肌恋しかった。大して拒みもせず、そのまま過ごす。…友達ってすごい。それ以上は何もなかった。だけど…私としては、その行動の意味を知りたいわけで…。
すぐに彼にその気があったわけじゃないと知る。彼は…私の友達のことを好きだった。相談をされたわけじゃないけど、なんとなく…そう思っていた。この予感は…当たる。
数か月が過ぎ、女友達から相談される。あの人に告られたんだと。…いや、そうなんだろうなって思ってたけど。…でも、期間を聞いて唖然とする。私とそういうことがあってた時も、彼は好きな子と二人で会っていたんだって。…普通好きな子がいるのに、なんとも思ってない女に抱き着く?アホかって思った。なんだ、それって…。でも…そういえば、私…こういうこと多いなって。今回は友達ってことで過剰反応してしまったけど…。そういえば、いつも軽くみられるや。…ってことは、男の人の問題じゃなくて…私がいけないんじゃない?…そう思ったら、凹む。なんでって思っても…自分じゃわからない。
さらに、中学の頃付き合ってた彼氏が結婚した。別れてからも飲み友達だったのに…。新婚さんを飲みに誘うわけにもいかない。ましてや…元カノだし。…貴重な飲み仲間を失ってばっかりだなー…。
今日、大学の友達と久々に飲んでいた。すると、好きな人がいるのに私に抱き着いてきた飲み仲間から連絡がある。元彼と飲んでるからどうかって。大学の飲みは一次会までだと思っていたから、都合がいい。合流することにする。何事もなかったかのように飲んでいたけど、…気になってしまい、私の友達に告ったでしょ?と聞いてみる。なんで知ってんの?と驚かれたけど…もともと仲がいいのでそりゃ聞くわなと内心ツッコんでみる。彼女のことをよく知っている私は、いろいろと助言をしたり。…何やってんだろ、と途中思いもするけど。
その後、解散。元彼(既婚者)が明日も暇だというので飲もうかという話になる。もちろん私はそれに乗る。付き合ってた頃の私を知っている人に、私って軽いのかと相談したかった。だけど…飲もうって盛り上がった後に着信あり。…よくよく考えたら二人で飲むのは嫁に悪いとキャンセルされた。…そりゃ私だってそう思う。酔っぱらっての約束ってなんて怖いんだろうって話になった。それで明日は流れたんだけど…。なんか…。聞いて欲しかっただけに、きついや。今、多分…自分を見失ってるんだと思う。きつくて、何が本当なのか…いや、本当って何?みたいなかんじかも。
どんどん、結婚っていう言葉が重くのしかかる。例え飲み仲間であっても、妻帯者はだめなんだと思い知らされる。…当たり前の話。…どうしてこんなに寂しいんだろう?まだ好き…とかじゃないのに、私は元彼と飲めなくなることがとても寂しい。前みたいに一緒に馬鹿やれないことが、寂しい。結婚って…男女の友情って…?
いや、まあ…結局何が言いたいかと言うと。
ここんところ、男運がまるでなくてきつくて。さらに男友達にまで軽んじられて?弱ってたんだよ。いや、馬鹿の一言で終わるんだろうけどさ、とにかく弱ってて。ほんで、久々に元彼=元祖飲み仲間と飲んで、明日は一緒に飲める!相談できる!!って思った矢先に、嫁に悪いから…って断られて。…もうちょっと飲み仲間いたらいいんですけどね?深いところを話せる人って…限られるでしょ?』
「…はぁ、今日の日記は筆が乗る。」
溜息と共に今まで走り書きしてきた手を少し休める。筆圧が強すぎて裏のページまで透明の文字が浮かんでいるのを発見すると、思わず苦笑が漏れた。
「これ…日記というより、なんだ、ほら、あれ・・・えーっと。」
ペンを握っていた手でグラスの中の氷をカラン…と回す。ネジが緩まった頭を一生懸命回転させる。
「あのぉほら、あれだ…小さい頃、やなことあると、それルーズリーフに書きなぐって…ぷぷぷ、それを灰皿の上?で燃やすんだっけ…なんとなくすっきりした気になって。ほんでそれをお母さんに見つかってめっちゃ怒られてまた凹むっていう…ふふ、ばっかだなぁ…。」
小さい頃の馬鹿な自分を思い出して頬が緩む。
カランカラン…
部屋には氷がグラスにぶつかる音、そしてアルコールを喉に流す音。
「ふっ私も大人になったもんだわぁ。ふ……う、うぅ…っ」
テーブルに突っ伏す。どうしようもなく自分がみじめに思えて。涙が止まらない。これが大人?何を言ってるんだ。こんな大人…こんな大人になりたかったわけじゃない。
聞いて欲しかった。一緒に笑って欲しかった。それだけ…。
昔から築いてきた絆が、結婚を前にしたらこうもあっけなく崩れ去るものだと…思い知った。…こんなの愚痴。ただの愚痴。家庭持ったらそうなるの当たり前。わかってる。…本当、私の思考回路は中学くらいから変わらない。変わらなさ過ぎて、涙が出て来る。
被害者ぶって、泣いて。だけど傷ついてると思われたくなくて、笑って。
自分の中のドロドロを聞いて欲しくて、でも自分を正当化して話して。
本当は寂しいんだって。寂しくて仕方ないんだって言いたくて。
でも言えなくて。寂しいなんて認めたくなくて。私は傷ついてない。寂しくなんかない。そう虚勢を張って。
ぐちゃぐちゃ。ぐちゃぐちゃ。
なんて子供なんだろう。結局私は何がしたいんだろう?恋人が欲しい?お酒を飲む相手が欲しい?寂しさを埋めてくれる人が欲しい?
何を望んで、何を求めて、生きてるんだろう…。
ひとしきり泣いたせいで、頭がボーっとしてきた。アルコールも入ってるせいか…。
氷が溶けてアルコール度数が低くなった酒を一気に飲み干す。今日は飲み過ぎた。若干頭が痛い。
「明日は二日酔いコースかな…あ。」
キッチンへ行き、グラスを流しにつける。明日の朝、ご飯食べた後に一緒に洗うことにしよう。今日はもう寝よう。そう思ってベッドへ移ろうと部屋を縦断したところで、ふとあるものが目に入る。
「これ…ふふ。」
棚の上にポツンと、捨てられなかった灰皿が鎮座していた。体だけの男の置き土産だ。思いついた私はそれを手にとった。そして涙で汚れたテーブルの上に戻る。
酔っ払いながら長々と書き連ねた日記。今日の分は半月分の文字に匹敵するようだった。我ながらよくこんなに書いたもんだ、と呆れる。左手で日記の見開き上部分を押さえ、今日書いた分を親指と人差し指ではさむと思いっきり引いた。
ビリビリビリビリ!
紙切れと化した日記と灰皿を手に、再び流しへ。灰皿を水道台へ置き、換気扇のスイッチを入れ、コンロに火を点ける。青い炎にそっと紙を差し出すと、赤い炎が燃え上がった。それを手に持ったまま、灰皿の上で黒く落ちていく残骸を見つめる。こげつく匂いは気にならなかった。燃えていく光景に目を奪われていたから。
全て焼けきってしまうのを看取ると、少しだけすっとした気がした。
「ふふふふ…いっ!ったぁ…頭やば…。」
満足気に笑うと明らかに原因はアルコールと思われる頭痛に襲われる。
「やばい、マジ二日酔いかも…薬飲んで寝…ってマジか!お酒もうないじゃん!明日また買って来なきゃ…っ痛ぅ~…。」
いつもお世話になっている錠剤を飲み、ベッドに入る。横になるとすぐに睡魔がやってきて、半分寝ぼけた頭で
(あ~明日も仕事、頑張んないとなぁ…あ、帰りに酒屋行かないと…)
なんて思いながら、今日も1日を終えていく。
年齢二五歳、精神年齢一五歳。
今日も明日も、
一人、酒を飲む。