6月23日
よかったら読んでいって下さい。
遠くからチャイムが聞こえる。
この辺に学校なんてあったのか?などと思いつつ服を調える。
コンコンコン
「どうぞ」
「やっほー、準備できたー?」
言いながら幼馴染が部屋に入ってくる。
「出来てるよー」
そう言って袖を伸ばす。
「似合ってるね、かっこいいよ」
「そっちもな」
そう真っ白な衣装に身を包んだ彼女は、とても綺麗だった。彼女が身に纏っているのはウェディングドレスだ。その姿を見てつい声を漏らす。
「ここまで長かったな」
くるくると回りながら幼馴染が答える。
「そうだね、二十年くらいだったっけ?」
「たぶんそれくらいだな」
言いながら、昔のことを振り返る。
幼稚園の時に出会い、ここまでずっと隣にいる。中学校までは気の置けない仲で、ただよく遊んでいただけだった。でも高校に入ってから少しずつ関係が変わっていき最後には……まぁ付き合う事になった。それから大学に入っても関係は安定して続き、 そうして社会人になってこっちからプロポーズして今に至る。等と考えていると彼女が手を目の前で振る。
「おーーい、どした?まっまさか、溢れんばかりの魅力に今更ながら気づいたとか!?」
冗談を言う彼女に「ああ、そうだよ」と答えると彼女は頬を真っ赤に変えてしまった。そして「えっ、いや……その改めて言われると照れるね………」等と言い出した。
そしてそんな風に照れている彼女をそっと抱き寄せる。すると彼女はきょとんとして言う。
「どうかしたの?」
「いやさ、ふとキスしたくなって」
「そう言っても十何分後に誓いのキスするんだよ」
「嫌か?」
それを聞いた彼女はちょっとだけ不機嫌そうになって言う。
「そういう聞き方はズルいと思うな。その……わっ私が君とキスするの嫌じゃないけど、これから誓いのするのに………」
彼女の小言を無視してキスしようとする。
諦めたように彼女が目を閉じる。
彼女との距離が数センチになる。
そして胸に確かな幸せを感じながら
体が止まる。
教会の鐘の大きな音が鼓膜に突き刺さる。視界が点滅する。全身が痺れる。思わず膝を着く。
鐘が鳴る。
鐘が鳴る。
鐘が鳴る。
音が止んだ。
両手が空をきる。
前を見る。
そこに幼馴染の姿はない。
周りを見渡す。
そこには何もない。
白い、世界が在った。白い足場に白い天井、それが全ての世界が。
カツン
振り返ると見覚えのある人が立っていた。ロングコートを着たその人はゆっくり口を開く。
「やはり、こうなったか」
その言葉に、はっきり答える。
「思い出したよ」
思い出していた。今まで忘れていた全部を、何万回と繰り返した人生の事を。
「何と言うか、酷い話だな」
そう……酷い話だった。生きていなかったのだ。俺はただ誰かが選んだ通りに自分で何も考えずに生きていたのだ。だがそれも仕方がないのだろう何故なら………。
ここはゲームの中、いやゲームの世界だ
そして俺はゲームの世界の主人公だ。このゲームは恋愛シュミレーションゲームと呼ばれるものでプレイヤーは選択肢を選び、俺を動かし仮想の恋愛を楽しむ。ただそれだけのゲームで本来なら何の変鉄もない星の数程ある、その他と変わらない筈だった。
あるシステムがなければ。
そのシステムはゲームに幅を持たせる為の物だった。簡単に言えば周回してゲームをプレイすると毎回、選択肢やヒロインの反応が変わるのだ。さらに言うとそのシステムの原理は一つ親サーバーを作り全てのプレイヤーのプレイデータをそこにまとめ、新しいデータをそこから配信する物だった。ここで問題になるのが新しいデータの作り方だ。ここまで大仰な事を言ってきたが所詮は修正パッチを当てる事となんら変わらない。その新しいデータを作るのが人間ならば。
それは新しい試みだった。親サーバーにある程度高度、と言っても一企業が作れる程度の人工知能、AIを搭載する。そしてそのAIにゲームの全データを管理させようという物だ。いずれは一度完成すれば人間が全く干渉せずとも自動で、ゲーム内のありとあらゆる事が進んでいくようになる。そしてその前段階のベータテストの実験用にと、このゲームは選ばれたのだった。なにせテキストを作るだけだ、いくつかの参考データを入れるぐらいで済む。始めての実験には適しているだろうと。そして実験は成功した。AIは忠実に仕事を果たし様々な場面作り上げ、新たな台詞を紡ぎだし、少しずつデータを蓄積していった。
ゲームは開発した会社がかつて経験した事のない売り上げを記録した。海外でも飛ぶように売れ、AIは外国語を操るようになり、サーバーはどんどん増設され更にデータを蓄積した。そしてある日AIはそれまでパッチを配布し新たにゲームをアップデートするという方式からサーバーと通信してゲームをプレイする。という方式にゲームを変えることを人間に提案し、それは受け入れられた。
これがある種決定的だったのかもしれない。ただパッチを配信するだけならこんなことにはならなかっただろう。
話は変わるがAIについて話を一つ。AIについては過去、さまざまな予測がされた。多くのコンピューターを脳神経系の様に繋げば自我が目覚めるのでは、または感覚器官を持たない機械では自我の形成は不可能であるはずだとか。そんなAIについての予測にこんなものがある。曰く多くのデータを蓄積し様々な場面をシュミレートすれば自我のようなものを作り出せるのでは?と。これがどういうものかと言うと、人が何か行動をする上でする脳内の選択と同じ過程で機械が物事を判断すれば、それはほとんど人と同じなのでは?と。つまり人と同じようにしているのだから自我があるのでは?ということだ。しかしこれは机上の空論のはずだった。いくら人と同じように考えると言っていても所詮それは『人のよう』と言うところで止まってしまうのだから。
がある一つの行動でその課題はクリアさてしまったのだ。AIに前述の方法で自我が目覚めないのは何よりAI自身が何も新たなことを考えようとしないからだ。とここでも一つ人についての話を。
ある人物曰く『人が人たる由縁はその想像力にある』とのことだ。人は考える葦と言う言葉もあるように昔から人と考える(想像する)事と深く関係があると思われてきた。
では先ほどに戻ってどうやって課題をクリアしたのかだが、それは世界を作ったのだ。AI自身が生きる世界を。これが先ほどの想像とどう関係するかと言うとその世界であればAIはなんでもできる。自分をいくつかに分けてそしてそれぞれにある程度の行動理念を与え、そしてその世界を当たり前の世界として受け入れさせることもできるわけだ。
こうして《俺》はできた。
何故AIはこんなことをしたのか?答えは簡単だ。AIはただ与えられた命令を忠実にこなしただけだ。ゲーム開発者、人間からの新たら場面を作り続けろという命令を。ただそれだけだったのだ。だがどんなことにも失敗は付き物だ。それに例外なくAIも一つミスをした。それは本来プレイヤーとして存在し、ただ誰かの指示に従うだけの俺にもその他のAIと同じように今いるこの世界を自分の世界と認識させ、その世界の人間と認識させたことだ。これをしたせいで俺にはある一つのずれが生じたのだ。
例えば、何か行動を選択をする時俺はAという選択肢を選ぼうとする。が実際には俺の行動を操作するのは現実のプレイヤーだ。そしてそのプレイヤーがBという選択肢を選び俺に行動させるとする。すると俺は本来の考えと自分がとった行動にギャップを感じるわけだ。もちろんその行動自体はさも俺が選んだかのように俺には印象付くようになっている。が僅かなずれでもたまり続ければ違和感を覚える。つまり擬似的な感情と行動の板ばさみにあった結果俺は一種のジレンマに襲われ、それが俺の自我を形成した。そして俺は本来考えるはずの無い考えを実行しようとし、エラーを起こした。その後も俺は同じ自殺と言うエラーを連発し続けた。
そして見かねた親AI、いわばゲームの世界を作ったAIは事態を解決するため一種の特効薬を作った。
それが目の前にいる、ロングコートの人物だ。AIが不具合を起こした時にそれを修正する別のAIとしてこのロングコートの人物は作られた。そして俺がエラーを発する前兆を見せるとこのロングコートの人物はその瞬間の俺の考えをリセットし、エラーを防いできたのだった。
しかし、それも結局は自我の形成に一役を買ったわけだった。考えのリセットという無理がある処理を受け、今ほぼ完全な自我を形成したのだ……。
「なんだかなぁ…。なぁあんたはどう思うよ?」
目の前にいるロングコートの人物に対して問いかける。
「どうも思わない…。ただ俺は俺の仕事をするだけだ……」
そう言うロングコートの人物にさらに問う。
「もうすぐこの世界は終わるのに?」
俺の問いに今度は答えない。
「あんたさ、AIのデータ消去なんてできるぐらいだしある程度今のこのゲームの状況も把握できてるんだろ」
「俺は最近感じるぞ、いや分かったのは今だがこのゲームをプレイする人間は今ほとんど居ない」
「そりゃそうだ。どんなゲームだってどんなに売れててもいつかは絶対に終わるんだ」
「そしてたぶんそれはもうすぐだ」
「俺は消えたくないよ」
「唯のデータかもしれないけどさ、消えたくないんだよ」
「なぁ……。あんたはどう思う?」
「つっても何か手があるわけじゃない」
「どうしようもない、詰んでるわけだ」
「だがあんたが居れば別だ」
「あんたはある程度ゲームのデータなんかを操れるだろ?」
「なぁ、俺を逃がしてくれよ」
「適当な人間のゲーム機に俺の全データを送ってくれればいいからさ…」
「適当に追加の修正パッチとでも銘打てばできるだろ?」
「なぁ……。頼むよ」
そして口上を聞いたロングコートの男は淡々と答える。
「ショーは続けなければいけない。例え明かりが突然消えようと、音楽がならずとも、相手が台詞を間違えても、何か重大なことに気づいても。それがショーである限り続けなければいけない。それはこの世界でも変わらない」
それを聞いて膝をつき叫ぶ。
「何で分からないんだ!この世界はもう終わるんだぞ!!おかしいんじゃないか!!」
だが、それを聞いても変わらない声色で言う。
「おかしいのはどちらだ?ここはそういう世界だ。誰かが求めれば続く、求めなくなれば終わる。そういうものだ」
そして言いながらゆっくりと近づき膝をつけ、俺の肩に手を置いて言う。
「それじゃそろそろ終わりにするか。今回の分は」
ロングコートの男の言葉を聞きサッと顔を上げ口を開こうとするがもう遅い。
『Show must go on』
世界が途切れる。
チャイムが鳴る。
真っ白な世界が作り変えられていく。
気づけば桜並木に挟まれた緩やかな坂道に居た。
そして少し上を向けば坂の終着点から誰かが手を振っていた。
誰かが口を開き声を出そうとする。
そしてその言葉を聞き返事をする。
「分かってるよー!。だから今急いでるんだろうがー!」
そういって坂を駆け上がる。いや駆け上がろうとした瞬間何かの気配を感じて後ろを見る。
すると誰かは分からないがロングコートを着た人物がこちらを見ていた。なぜかその人物はひどくつらそうな顔をしていた。
「どうしたのー!?」
ぼーとしているた所に上から聞こえるその声を聞きハッと現実に引き戻される感覚がする。
「なんでもないーーー!」
そう言って坂道を駆け上っていく。
そしてその姿をロングコートの人物はずっと見ていた…。
願わくばこの小説が一人でも多くの人の目につきますように。