その1
この世に、就きたかった仕事をしている人なんて、どれほどのいるのだろうか。
かくいう私は、そうではない口だ。
とはいっても、絶対にやりたくなかった仕事でもない。
やりたかった仕事にニアピンしているとでもいえばいいだろうか。
やりたかった仕事と肉薄しているのに、似て非なるものとなってしまった。
私はもともと、学校の司書になりたかったのだ。
高校時代に、文学作品を読む楽しさに気付かせてくれたのが各学校に配置されている司書さんだったのだ。
10代の女子が好きなものと言えば、テレビの俳優だのアイドルだの、二次元のキャラだのだったが、私はそういうのがめっぽう苦手だった。
つまりは孤独だったのだ。
孤独な生徒の行き場は教室にはなかった。生憎、進学コースに通っていたために部活動の制限があり、私は結局所属しない道を選んだ。
つまりは、学校での居場所がどこにもなかったのだ。
逃げまどうようにして辿りついたのは、図書室だった。
高校の図書室なので、自治体の図書館に比べると蔵書は絞られる。
高校生向きの本が主なので、所謂二次元的な本、ラノベだのも多く置かれていた。
私の好みではない本も多かった。でも、居心地が良かったのは、司書さんがいてくれたからだった。
手が空いているときはつまらない愚痴を聞いてくれたり、好みの本を教え合ったりした。
地元の図書館ではなかなか言い出せない、別の図書館にある本を手配してくれたり、本への思いも強まった。
それからは、私の学校での勉強の目的が、大学の文学部で司書資格を取ることへとつながっていったのだ。
学校の司書は、司書教諭の資格を持っている人と、そうでない人とで分かれる。
司書教諭の場合は、大抵が教科を担当している教諭が取得して兼任していることが多い。
そうなると、司書としての活動は当然制約される。担当教科の時間の方が圧倒的に重要だからだ。
一方で、そうでない人の場合は、自治体の方針で独自採用される枠である。
一応司書資格がなくとも採用され得るが、当然司書資格がある方が有利と言えるだろう。
専任職なので、こちらはずっと図書室の業務に専念できる。私の出身校の司書さんもこれに当てはまる。
私は当然、後者の方を目指した。
他の皆は、民間就活で色んな業界の企業を目指したり、公務員就活だと色んな事務職を併願していたが、私は司書の仕事ができるものに専念しようとした。
が。司書は狭き門である。
特に、自治体の独自採用である学校司書の場合は、超狭き門といってもいいだろう。
私の在住の自治体では、学校一つあたりに1人、しかも高校のみにしか採用されない。
よって、退職者による欠員の期待が薄い。
さらに、採用枠の狭さ以上に、自治体の独自採用がゆえの制度の危うさもあった。
学校司書は、文科省による設置の指示はないし、法律上強制された制度でもない。
財政難や、兼任の司書教諭の存在で足る、といわれてしまえば、廃止もあり得るのだ。
実際に、廃止の声が上がる自治体もあるという。
当然、私の両親は反対した。
他にも職はいっぱいあるのだから、なにもそれだけ血眼になって目指さなくてもいい、と。
そして私の運のつきだったのか、その年の学校司書の採用はなかった。
「でねでね、うちの子ったら、今度の発表会でねー、主役を張るのよおお!!」
「へぇ、あ、はぁ、そうですか…」
二人きりの事務室。相手は、二人の子持ちの佐藤さんだ。
非常勤として私のサポートについてもらっているが、正直無駄話が多い。
が、私一人で仕事をこなすのも難しいので、機嫌を損ねないように聞く振りをして私は仕事に精を出していた。
私が司書の仕事にありつけずに就くことになったのは、学校事務員だった。
親からすれば、私は学校の仕事につければいいんでしょ?というもので、私はいやいやながらうけたのだが、なんと奇跡的に合格してしまったのだ。
学校事務にあこがれていた人には申し訳ないぐらいである。
学校司書も事務職に当たるが、個人的には学校事務員とは魅力が雲泥の差だ。
しかも、学校事務員は、事務室にこもりっぱなしである。職員室にはひっきりなしに生徒たちが訪れるが、事務室は薄暗い職員玄関のまん前にあり、まずもって生徒が訪れることは無い。
学校の中にある離れ小島だった。
「それでね、うちの息子ったら、同じ主役級の女の子に…ってあら、お昼のチャイムだわ!
あらあらもうお昼なのね!食事に行く時間だわ!
それじゃ、瀬戸さん、私、お昼に行ってきますわ~。お先です。」
「え、あ、はい。」
まるでぴゅーっと風が吹いたように佐藤さんは去って行った。
チャイムと同時に出るなんて、弁当を既に就業時間中に鞄から出していたに違いない。
喋りまくるわ、職務に集中してないわ、ほんとうにさんざんであるが、
噂によると、佐藤さんの旦那さんは教育委員会の事務局幹部らしいので、そうもいってられないのがしがないぺーぺー職員の哀しさである。
「しかし、あの女性はコミュニケーション能力にかけては、目を見張るものがありますね。
あなたも見習ってはどうでしょう?」
「…たしかに、私なんて足を踏み入れるのも嫌な上の職員室に行ってお昼食べるなんて…って、君、何しに来たの!」
思いがけず話しかけられてうっかり返事をしたが、ここはたった二人きりの事務室である。
さらに、佐藤さんがいない今、私1人のはずなのだが。
ちゃっかり向かい側の佐藤さんの席に、いつの間にやら男子生徒が座っていた。
「可哀相に、教員を憚って1人孤独に手製弁当…といっても殆ど冷凍食品ばかりのものを摘むなんて、20代の若い身空の女性にあってしかるべきなのでしょうか?」
「くっ、弁当の中身まで把握しているなんて…!よ、余計なお世話です。
どうせ上に行ったって、佐藤さん軍団と、年配の先生方ばかりですもの。
私が行ったって、不自然極まりないと思われるのが落ちだと思いますけど。」
「でも、ここはロクな給湯設備もないですし、電子レンジも上の職員室にしかないですし、冷めきった弁当を、しかも1人で突っつくなんてさびしすぎやしませんか?」
「君に心配されるほどのことじゃありません。
それに私は昼休みもやることがあるんです。指図されるいわれはありません。」
ああいえばこういうヤツを相手に喋ると果てしなく疲れるので、無理やり会話を打ち切って、冷凍食品だらけと揶揄された(そして実際そうである)弁当を取り出す。
ついでに鞄の中に一緒に入れてきた私物の封筒も取りだして、中の書類をチェックする。
そちらのほうにかまけていたからか、いつの間にか、ヤツがすぐ横まで来ていることに気付けなかった。
「『その学校は山の奥深くにあり、世間から隔絶された排他的な環境にあった。そこで私は彼と出会ったのである』ふむふむ、なんの原稿ですかこれ?」
「!!!!!」
声に出されて読まれるとは思いもよらなかった。すぐさま身体を使って原稿の上に覆いかぶさる。
顔を真っ赤にしてパクパクする私を尻目に、ヤツはしごく呆れた声を出した。
「そんな全力で隠すほどのものなんですか?
文章は人に読まれて批評されてこそ研鑽されるものでしょう。自分で推敲するのも限界がありますし。」
「だ、だからって!読んでもらう人を選ぶ権利ぐらい私にだってあります!!!!」
「えー?僕ではダメなんですか?」
「だめに決まってるじゃない!!!!!」
ヤツの名前は、人見恭介。この学校の男子生徒である。
通常、場所的にも、業務内容からしても、学校事務職員は生徒と関わる機会はすごく少ない。
あるとすれば、教材費や奨学金関係の事務手続きや、公的な証明書を発行する手続きぐらいである。
それにしても、担任経由であることが多いので、生徒と声を交わすことは週に数度あるかないかだろう。
当初、働き始めた頃は、司書とちがって、同じ学校内なのにこれほどまでに生徒と接する機会が少ないとは想像していなかった。
事務員の仕事は、生徒のためというよりは、学校全体や教員のサポートが主なのだ。
事務員自体も人員削減のため、1校あたり1人の配置だ。
しかし、比較的規模の大きい学校ともなれば、教員の数は50名以上、生徒数も1000人規模となる。
それを1人で支えるのも厳しいので、佐藤さんのような非常勤職員が雇用されてなんとかやっている。
いつも賑々しい学校にあって、事務室のうらさびしさは異様とも言えるだろう。
そんな状況下で、なぜヤツに懐かれる羽目になったのかというと。
ヤツは、留年をしている。
理由は詳しくは聞いていないが、病気だったようだ。しばらく休学をしていたため、単位不認定となったようである。
その復学の手続きや、証明関係の手続きで、ヤツはこの事務室に来る機会がいくらかあったのだ。
ヤツがここに通う理由はなんとなくわからないでもない。
彼もまた孤独なのだろう。
教室にいるのは皆年下の生徒だ。年度途中での復学だったため、既に友人関係も固定されているところにヤツは放りこまれたはずだ。
病気で長期休学をした年上の、しかもこんな生意気なヤツに、同級生の友達ができるとはちょっと思えない。
そして、よき相談相手とすべき教師たちは、結構な年配が多い。
友人がいない孤独を受け止められるような年齢差ではないはずだ。
ある程度若い職員もいるはずだが、こちらも狭き門だ。教諭としての採用は少なく、講師スタートが大半なのである。
あとは、学校になじめない生徒の行くあての定番と言えば保健室だが、この学校の保健室は不登校の者に開かれていて、
おそらく、不登校とも性質が違うヤツにとっては、違った意味で垣根の高い場所なのかもしれない。
だからといって、事務室を根城にされるのもなんだかおかしい。
確かに、佐藤さんは昼休みになるといの一番で上階の職員室へ出かける。
仲良しの同年代の女性教諭たちときゃっきゃうふふとまるで学生のように弁当をつついている。
さらに、非常勤なので、正規職員とは違い定時で帰宅できる。
佐藤さんは更に小学生のお子さんがいるので、時短勤務が適用されて9時出勤4時退勤だ。
お昼休みと、授業が終わる4時以降は私一人きりの事務室になる。
教師も養護の先生もいない、学校の中でも異質な空間で、しかも年の近い若い私がたった一人しかいないのは、ヤツからすればお好みに思えたのだろうか。
しかも、ヤツは舌鋒鋭い。私みたいなトロい人間は絶好のカモといったところか。
イジメ甲斐のある人間を見つけたヤツは、こうやって来る日も来る日も足しげく事務室に通っていたのだった。
いつの間にやら取りだした弁当を、佐藤さんの机の上に勝手に広げてもぐもぐしているヤツは、私の手元を見ながら言った。
「で、学校でこそこそなにやってるんですか?
同人誌ですか、その原稿。そういう趣味を持っているとは、人は見た目を裏切るんですね。」
「ど、同人誌!?…ほんと君は色んな事というか余計なことを知ってるわね。同人誌かどうかは御想像にお任せします。」
「つれないなぁー。あなたと僕の仲なのに、なにを遠慮してるんですか?」
「は?!君と私の仲?!なにが!?」
仲良くなった覚えなど一切ない。むしろ、捕食者と被捕食者のような関係性だろう。
「なにが!?じゃないですよ。
こうやって、学校で時間を共有する仲なんですから、それがなにかぐらい教えてくれてもいいでしょう?
もしかして、それ、商業原稿ですか?」
「別に私は好きで君と時間を共有してるわけじゃありません!
それと、ほんとにこれはなんでもない原稿で、趣味のやつなんだから、無駄な詮索はよして頂戴。」
「御存じですよねえ、公務員の副業禁止規定のことは。」
「え?」
どき、っと鼓動がひと際大きく跳ねたのを感じた。
副業禁止規定。
それは、国家公務員法や地方公務員法で、他の仕事と兼業することを禁じている。
主には、民間企業と雇用契約を結んだ上で利益を得ることが想定されているが、具体的な部分は場合ごとに判断が委ねられている。
私は公立学校の職員なので、一地方公務員である。当然、副業禁止規定を受ける立場だ。
「作家業が副業禁止規定に抵触するかどうかは微妙ですけどね。
商業であれば、一定の利益を得られる作家なんて微々たる数しかいない。
で、どうなんですか?確定申告して、結構な額持ってかれてたりするんじゃないですか?」
なんでこんなに詳しいんだろう、ただの高校生じゃなかったんだろうか!!という追及っプリである。
が、私は商業は商業であるが、口が裂けても言えない事情があったので必死で首を振った。
「違います!商業じゃありません!確定申告もしないです!私は年末調整だけしてますから!」
「へぇ、じゃあその言葉、信じてもいいですか?撤回はできないものと思ってくださいね。」
「ええ、勿論!」
にやにやとヤツが笑っている。正直、気持ちが悪い。
この表情は、たいがいがヤツにとって面白いものを見つけた、という時のものだ。
かれこれ3ヶ月ほどここに通われているうちに、何度か見せつけられているので、いつのまにか覚えてしまっていた。
そしてたぶん、ヤツは新しいおもちゃを手に入れた気分なのだろう。
だが、私は決して認めない。商業ベースで作品を書いていることなど、絶対口にしない。
なぜなら、いわゆる、官能小説の類を書いているから、だ。
というわけで予告していたおねショタ小説です。
マンガのUnder the Roseを正月に読んだためか、感化されたようです。(笑)
とはいっても、あんだろみたいなダークシリアスおねショタ(ショタにしてはウィリアムさんは狡猾で大人びすぎていますが)ではなく、コメディ調おねショタを目指したいと思います…(ぇ)
それにショタっていうほどショタでもないよな…うん、普通の年の差って感じ…?(ぇぇぇ)
ついでに、更に元ネタとしては、その昔、友人(女)が通っていた学校の事務員さん(男)にモーションかけまくっていたのを思い出したからでしょうか。(笑)
私なんて、小中高と事務員さんなんて見かけた記憶すらないのに…まず、どういうきっかけで会話する機会が得られたのか…すごいもんだ。
あとは、注意事項といいますか、考慮していただきたいと言うことですが。
13歳のハローワーク的職業紹介を本文中でしておりますが、
多分に私の妄想も混じっておりますので、職業に関して誤った描写もあるやもしれませぬので、御了承下さいまし。
とはいっても、私がそう思ってるだけで、実際はこのとおりだったりして…(笑)