野宿
日もほとんど暮れ,今や空の隅にわずかな茜色の光が残るだけだ。
「ニノン。今日はこの辺で野宿しよう」
俺がそう言うと,ニノンは頷く。
「そうですね。薪は少し持って来ましたが一夜分は無いので,この辺で少し探しましょう」
「いや,その必要はないよ」
「え? あ,ケンイチさんも薪を持っているんですね」
「いや,無いけど」
「??」
ニノンは不思議そうに首を傾げた。
「まあ,ちょっと見ててくれ」
「はあ……」
俺はニノンを待たせて,食料用の袋から一塊の燻製肉を取り出した。
そして,燻製肉を空高く投げて叫んだ。
「取って来い!《ヨルビトノトモ》!!」
「アッオオーーーーーーン!!」
広がる景色以外何も無いところから,黒い影が空へと飛翔した。
そして空中に投げられた燻製肉を掴みとって着地した。
華麗に地に4本の足をつけたものは,体表を黒い毛で覆い,眼光は赤く血の色に輝いて,口は長く牙は鋭い,そしてその体躯は人より一回り大きい。
なにより特徴的なのは,長く丸い尾の先が燎原の火のように燃え上がっていた。
召喚してすぐ思ったのは,「そういえばこの見た目だし,モンスターと間違われるんじゃね?」ということだ。
それを危惧してニノンの方を見ると,彼女は目を見開いてブルブル震えている。
あちゃー,やっちゃったか
「か,か,かか」
「あーニノン。こいつは……」
あー,もう完璧にこれはビビって――
「可愛いいいいいいいいいい!!」
「え?」
そう叫んでニノンは《ヨルビトノトモ》に何の躊躇もなく,抱きついた。
「うわぁ,毛が柔らかいぃぃ。モフモフしてるぅぅ。きもちぃ」
「あ,あの……」
「ふはぁ,暖かいなぁ…………ぐぅ」
「寝るな!」
「あう!」
俺は《ヨルビトノトモ》に抱きついたまま夢の世界へ旅立とうとしたニノンをチョップで連れ戻した。
「いたた。すみませんでした。つい衝動に駆られて」
「ここまで予想が外れるとは思わなかったよ」
俺がそういうとニノンは,はっとした表情をして言う。
「あ,そういえばなんで,急にこの子が出てきたんですか!?」
「……普通それが最初だろ」
「あとこの子。……デカッ!あれ?もしかしてモンスターですか?」
「そうそう,そういうリアクションが普通だよな。ちなみにモンスターじゃないよ」
「ああ!でも可愛いいい!」
「話を聞けよ!」
いい加減付き合ってられない。
ちなみにさっきからニノンに抱きつかれている《ヨルビトノトモ》は別段気にしていないように見える。
というより,こいつは外見は凶悪だが,実は物凄く人懐っこい性格なので,もしかしたら喜んでいるかも知れない。
取り敢えずニノンは置いておいて,用件を先に済ませよう。
「さっきの肉がご褒美だ。今晩の番を頼む」
「バウ」
俺がそういうと,《ヨルビトノトモ》は快く引き受けてくれた。
それを見て,俺は寝床の準備を始めた。
「あの,この子は何なんですか?」
野宿の準備を終えてから,しばらくしてニノンが今更,《ヨルビトノトモ》のことについて話しかけてきた。
「《ヨルビトノトモ》」
「へー,じゃあ『ヨルちゃん』ですね…………じゃなくて!どこから連れてきたんですか?ケンイチさんのペットなんですか?どうしてこんなに愛らしいんですか?」
「いっぺんに質問しないでくれ。ついでに最後の質問には答えないぞ」
どうやらニノンは大の動物好きらしい。
……てかそんなんで,モンスターとか倒せるのか?
「じゃあ,どうやって連れてきたんですか? 門を出たときは姿かたち見てませんし私」
「そりゃあ,呼び出したからな」
「いやですからどこから」
「別空間から」
「はい?」
「ああ,わかんないか。そうだな……,新しい『魔法』を使って出したんだよ」
俺がそういうと,ニノンは納得したように頷いた。
「あ,なるほど。それにしても珍しい魔法ですね。こんな魔法初めて見ました」
「『召喚』って魔法なんだ。まあ俺のオリジナルだけど」
「へー。こんなすごい魔法なら技術提供すれば,かなり儲かりそうですね」
「俺しか使えないから,売れない売れない」
俺は適当なことを言っておく。
「それにしても,ヨルちゃんは大人しくていい子ですね」
「そうだな」
そう言ってニノンは《ヨルビトノトモ》の頭を撫でる。
《ヨルビトノトモ》は,目を細めて気持ちよさそうにしている。
尻尾の火は闇夜を照らし暖かく俺たちを包み込んでいる。
「さ,明日は早朝に出発するからゆっくり休んでおけよ」
「あ,はい」
「それじゃ,おやすみ」
「おやすみなさい。ケンイチさん」
そうして俺は寝袋に入って目を閉じた。
「ああ,モフモフして気持ちいい」
「寄り添って寝るのはいいけど,気を付けろよニノン。寝返りとかするとそいつの尻尾で火傷するぞ」
「え!? …………でもこの気持ちよさから逃げられないぃぃ――ぐぅ」
好きにしてくれ。
さて今度こそ寝よう。