依頼開始と新たな出会い
日もいい具合に傾き,夕日が暖かく町を包み始めた頃に,俺は町の門の前まで来ていた。
「そろそろ戦士ギルドのやつが来るはずだけど,……まだか」
俺は周りを軽く見回すが,それらしい風貌のやつはまだいなかった。
今回の依頼を脳内で確認しておこう。
依頼内容は,ハーレーイ山の中腹に生息する月光草を3枚採取することだ。
ハーレーイ山はゼーの町から西に歩いて1日行ったところにある標高800メートル程度の山だ。
山までの道のりはそれほど危険はないが,山の麓にある森には町の周りにいるモンスターより危険なものが徘徊している。
依頼の月光草は,夜に月明かりのような淡く白い光を発光する植物である。
月光草は一枚を抽出するだけで,ポーションと同じ効き目のものを150~200個作れるという貴重な植物である。
月光草を濃い濃度で抽出すれば,大抵の病気は治る特効薬が作れるそうだ。
まあ価格はとんでもない額になるだろう。
これが,野宿の準備をするために立ち寄った道具屋で聞いた内容だ。
道のりと月光草の捜索を含めるとだいたい3日ぐらいの依頼となるだろう。
今回は実物を持っていなく,《タンサクソウサ》は使えない。
また実は《タンサクソウサ》は夜目がきかない。夜にしか月光草はその特徴を現さないので,使ってもくたびれ損なのである。
「あの,もしかして採掘者ギルドの方ですか?」
「ん?」
思考の海に潜っていた俺に誰かが話しかけてきた。
そちらに目をやると,そこには外套を被り,その中には軽装の鎧を身につけた少女がいた。
背丈は俺のより頭ひとつ低く,背中にはその背丈に不釣合いな大剣を背負っている。
あえて特徴をあげるとしたら,顔にはまだ幼さがありありと残っていて,クリっとした丸い目と丸みのある赤い頬,丸い形の耳というなんというか「丸い」少女だった。
まあ体型を見るかぎり,太っているとかぽっちゃりしているというわけでは無いことが分かる。
俺は少女の問いに答える。
「そうだが,あんたは?」
「あ,私は戦士ギルドの五番隊所属のニノンです」
「俺は採掘者ギルドのケンイチだ。よろしくニノン」
俺はニノンと名乗った少女に手を差し出す。
「よろしくお願いしますケンイチさん」
その手をニノンはとって,互いに握手をした。
「そちらの依頼の確認だけど,ハーレーイ山での月光草採取で間違いないか?」
「はい,そうです」
「よし。それじゃあ早速だけど出発するぞ。準備は出来ているか?」
「はい,大丈夫です」
「オッケー。それじゃあ出発だ」
「よろしくお願いします」
そうして,俺達はゼーの町を後にしてハーレーイ山を目指し,出発した。
道中,退屈しのぎにニノンと世間話をしながら歩いていた。
「なあニノン。さっき五番隊所属って言っていたけど,エイルが隊長をやっている隊か?」
「そうですよ。ケンイチさんの事はエイルさんから聞いていましたので,門ではすぐに見つけることが出来ました」
「へー。エイルは俺のことなんて言ってた?」
俺がそう聞くと,ニノンは少し言いづらそうに苦笑交じりに答えた。
「……その,『初対面から物怖じいない,歳の割に図々しそうな男の子』と言ってました」
「……ほう」
「わ,わたしが言ったんじゃないですよ!」
「わかってるよ。……でも,それを参考に俺を見つけたんだろ?」
「うっ,その,話しかけた時に,ちょっと参考に」
「なるほどなるほど」
「あうあう」
俺が無表情に頷くとニノンは気まずそうに慌てた。
まあこう何回も世界を回っていると,誰に対しても丁寧に挨拶をするような謙虚さは無くなるってもんだ。
自分の図々しい態度は自覚はしている。
「まあ,怒ってないよ」
「そ,そうですか。よかったー」
俺がそう言うと,ニノンは安堵したように息を吐き出した。
「話を変えようか。戦士ギルドにはいくつぐらい隊があるんだ?」
「はい。全部で5部隊で,だいたい1隊につき3~4名が所属しています」
「それじゃあ5番隊が一番新しい部隊なのか?」
「そうですね。私がギルドに入ったことで,設立された部隊なので」
「それじゃあニノンはまだ新入りってことか」
「そうですね。っていっても,もう半年経つんですけどね」
「俺なんかまだ一週間だからニノンに比べたら,新入り中の新入りだな」
「ふふ。なんですかそれ」
ニノンは微笑む。
「ところでニノンやエイルの他に五番隊には誰がいるんだ?」
「後はアポリさんという女性が一人いて,三人で五番隊です」
「ということは,五番隊は全員女性なんだな」
「はい。といっても,戦士ギルド所属の女性はこの三人なんですけどね」
「……やっぱり男所帯なんだな」
言うなれば,むさい男の園に咲く3輪の花といったところか。
「それはそうですよ。私たちのような女性が戦士ギルドに入ること自体珍しいですからね」
「ということは,ニノンは腕には自信があるんだな」
「はい」
「お,そこは謙虚にならないんだな」
「ふふ,それが売りの戦士ギルドですからね」
「はは,そりゃそっか。頼りにしてるよニノン」
「はい!任せて下さい!」
ニノンはドンと自分の胸を叩いて満面の笑みでそう答えた。
まあ見た目だけなら,ちょっと背伸びしている女の子にしか見えないけど,ここはニノンの腕を信じよう。
そうこう話して歩いていると,夕日が地平線に沈みかけていた。
そろそろ野営の準備を始めるか。
明けましておめでとう御座います。
謹んで新年のお慶びを申し上げます。