新しい物語
「んで,君が今回応募した理由を聞きましょうか?」
「まあ,これでも結構色んなところに行ったことがあるので,そろそろ別のところに行ってもいい機会かなーと思って」
「なるほどね。うん採用。君の適正に合いそうなところに送るからそこから入って」
「ども」
俺は目の前にいる奴にそう言われて,そいつの後ろにある扉の中に入っていった。
扉の中に入り,外に出ると,そこは何も無い平原だった。
後ろを振り向くと,そこには同じ風景が広がっている。扉なんてこの風景に不釣合いなものはない。
成功だ。
話に聞くところによると,かなり確率は低いがたまに失敗することもあるらしいので,一安心だ。
俺は,取り敢えず歩き始めた。
さっきの面接は,……正式名称は知らないが,簡単に言えば,「世界を渡るための面接」だ。
世界を渡るというのは,別に大げさに言っているわけではなく,今いる世界から別の世界に行くことだ。
各世界には,世界を維持する「均衡」という概念の他に世界を変える「変化」という概念を必要としている。
これはどの世界にでもいる神信深い者からすれば,傲慢と捉えられるかもしれないが,世界というものは人が動かしている。
つまり,この「変化」というものは人によって作られる。
それは,その世界の住人がその世界を変えるのではなく,その世界の常識や定義といったものを根本から覆すような者によって引き起こされるものだ。
俺は俺たちのようなやつらを「渡り人」と呼んでいる。
渡り人の仕事は至極簡単で,自由に行った先の世界で過ごすことだ。
それだけで,世界に大きな変化を生む。
変化はやがて常識や定義となって,世界に浸透し,世界が腐敗しないように働きかけるのだ。
というわけで,俺は新しい世界へと,たった今降り立ったのだ。
ファンタジーな頭の持ち主には羨ましがれるかもしれないが,その世界で生きていくのに必要なものは自分で調達しなければならないし,知識もなく,人脈もなく,雨風をしのぐ家もないのだから,割りと来た当初は苦労する。
俺が担当するような世界は,大抵言語でコミュニケーションを取る文化があるところなので,そういうところでは実は苦労が少ない。
なぜなら,俺には「共通語力」というものがあるので,俺が何を喋ろうと相手にこちらの言葉の意味を伝えることができるからだ。
よって,当面の目的は,「拠点づくり」と「生活力の確保」である。
「召喚せしは,《タンサクソウサ》」
俺がそう唱えると,目の前の風景に歪みが生じ,その中からウニという生物のように種類豊かな望遠鏡をハリの代わりに生やしたものが現れる。
「応えしは,我,《タンサクソウサ》」
『それ』はそう応えて,俺の前に浮かび続ける。
「この付近に人がいそうなところを探してくれ」
「了解した」
《タンサクソウサ》はそのまま上空に浮かび上がり,しばらくゆっくりと宙で回転を続け,その後少しして回転を止めた。
「ここより西方に,主が足で三半刻の場所に人の群れを確認した」
「わかった。ご苦労さん。戻っていいぞ」
「了解した」
そう言って,そのまま《タンサクソウサ》は霧のように消えていった。
俺は言われた通りに西に足を進めた。
さっきのは,俺が持つ唯一の能力である「召喚術」。
まあ詳しい説明は,追々するとして。
俺が渡り人として,やってけるのも,この能力があるからだとも言える。
この物語は,俺が勝手にこの世界で過ごしていく,なんの変哲もない,他愛のない日記のようなものだ。
だから,暇なやつが暇な時に適当に読むことを薦める。
さて,新たな俺の物語を始めよう。