表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

透明な歩み

作者: 欠月 一
掲載日:2026/05/02

狭い水槽の中でもがき続ける2人のお話です。

短いお話なので、読んでいただけると嬉しいです。



第1章 「名前を噛まずに言える人」

第2章 「カレンダーの空白と」

第3章 「満たされない何かを求め」

第4章 「水槽の中でもがく僕たちは」

第1章 名前を噛まずに言える人


「す、す、すみ、すみま、せ、せん。せ、先、生」

「おい、佐々木ぃ〜もうちょっと〝ちゃんと〟喋れないのか?」

みんなみたいに喋れるんだったらとっくにそうしてる。僕だって、好きでこんな喋り方をしてる訳じゃない。

「おいおい、黙りこくってちゃ分からないだろ?まぁいい。中2にもなって、その〝変〟な喋り方、直しておくんだぞ〜」

「は、は、い」

爪がくい込んで、手が痛くなるくらいに拳を強く握りしめ、今すぐ叫び出したいのを我慢する。

叫んだって、〝変〟な喋り方。と、バカにされるだけだ。わかってる。


僕は吃音を持っている。みんなみたいには喋れない。だから笑いものになる。こんな変な喋り方のヤツ、みんな気味悪がるに決まってる。でも、僕だって悔しい。僕だって、悲しい。

「学校、やだなぁ」

気づいた時にはそう、ぽつりと呟いていた。


そして、どんどん溜まっていく不満のなか、夏休みが始まった。

施設のみんなは優しいし、学校にいるよりずっと嬉しいことだった。


夏休みが始まってすぐの日、共用スペースでクラゲの絵を描いていると、見知らぬ同じくらいの年頃の女の子が職員に連れられてきていた。

「はーい!ちゅーもーくっ!!

今日から、この棟で一緒に過ごす、子を紹介しまーす!!」

「永田咲実です。中学2年生です。よろしくお願いします。」

一言も噛まずに、スラスラと。自分の名前を言っていた。

澄んだ綺麗な声だった。

「はいっ!この子は、〝異食症〟といって、食べ物ではないものを食べてしまう病気を持っています。何か変なものを食べていたら、止めてあげてください!」

そう職員の人が言い終わると、その子は、自分の部屋に行くため、表情一つ変えずに歩いて行った。

でもその時に、僕の描いていたクラゲの絵を見ていた気がした。


施設にある図書室に僕は来ていた。絵を描くための資料が欲しかったから。

扉を開けると、静かにページをめくりながら、本を読んでいる永田さんがいた。僕には到底読めないような分厚い小説を読んでいて、すごいなと思った。本をよく読む人は頭がいいと聞いたことがある。夏休みの宿題で、分からないところがあるから、聞いてみようかなとも思ったけど、とても集中しているようだったからやめた。

そのまま、永田さんの横を通り過ぎて、僕は、いつも見ているクジラの写真集が置いてある本棚へと歩いていった。永田さんの邪魔にならないように静かに。

あの自己紹介の日から、まだ1度も話したことがない。

いつか永田さんとお話ができるといいなと思った。


庭に出て、僕は絵を描いていた。

夏休みの自由研究は、植物の絵を描くことにしようと思ったからだ。

いつもここには、僕以外いなくて、静かで好きな場所だ。

ひとりは寂しいけれど、自然のさざめきが僕をひとりじゃないと言ってくれているようだから、落ち着いていられる。

「ねぇ」

「っど、ど、ど、ど、どう、し、した、の?」

後ろから急に話しかけられてすごくびっくりした。でもそれと同時に嬉しかった。いつも一人でいる永田さんが僕に話しかけてきてくれたんだ。

「すみません。驚かせるつもりはなかったの。ただ何を書いているのかなって、気になって。嫌だったら、ごめんなさい。」

「そ、そ、そん、なこと、な、ない、よ。い、今、は、そ、そこ、に、咲いて、いる、は、花を、か、描いて、たの。」

「....ヒルガオ」

「?」

「その花、ヒルガオって言うの。朝顔みたいだけどちょっと違う。知ってた?」

にこっと懐かしいものを見たかのような柔らかい笑みで話していた。

「そ、そうなん、だ。知らな、か、かった。花、好きな、の?」

「まぁまぁ。本で読んだから、たまたま知ってただけ。

急に話しかけてしまってごめんなさい。またね。」

そう言って振り向くと、彼女は夏のさわやかな風に吹かれて室内へと入っていった。


第2章 カレンダーの空白と

 

あの日のように庭で絵を描くために、スケッチブックを持って施設の廊下を歩いていると、本を両手にしっかり抱えている永田さんがいた。

いつも難しそうな本ばかり読んでいて、どんな本を読んでいるんだろうと不思議だった。

だから、この機会に聞いてみようと思い、勇気を振り絞って聞いてみた。

「な、永、田さん。なん、のほ、本を、よ、読ん、でるの?」

「〝人間失格〟」

「お、おも、し、しろ、いの?ど、ど、ど、んな、おは、な、し?」

「うん。面白いよ。

どんな話.か.......

金と欲に溺れ、自身に〝人間失格〟の印を押した道化師のような男がどのようにして、堕ちていったのかが描かれている物語。だと私は思う。

読んでみる?」

「.....っいい、の?」

「うん。その代わり、佐々木君の描く絵をいつか教えて欲しいな。とても素敵だと思うから。」

「!...あ、あり、が、が、とう」

「約束ね。」

そう微笑みながら言うと、本を僕に渡して、スタスタとまた、廊下を歩いて行った。

絵を褒められて、こんなに嬉しかったことはない。まだ決まっていない〝約束の日〟がとても楽しみになった。

〝人間失格〟という本はとても難しそうだと思った。だから、こんな本を沢山読んでいる永田さんは凄いなと改めて思った日だった。



今日はずっと部屋にいた。気分が悪かった。中学校のクラスのクラスLINE。僕の悪口が書かれていた。

『あいつってほんと変な喋り方だよなwすげーイラつくw治んないのかよw』

悔しいとか、怒りとか、そんなのより先にとにかく〝悲しい〟という気持ちが先に出た。悲しくて悲しくて大声で泣き出してしまいそうで、顔を枕に埋めて、静かに泣いた。

クラスLINEは抜けた。もう悲しい思いはしたくない。

その日は、永田さんから借りた〝人間失格〟を読んでみた。難しくて、すぐに読むのを辞めた。今度あったら、永田さんに返そうと思った。



まだ終わってなかった宿題を終わらせるために、(と言っても、まだ夏休みは1ヶ月ほど残っているが)図書室に行こうと思った。〝人間失格〟も、持ってきていた。きっと、図書室に永田さんがいると思ったから。

図書室の扉の前で少し立ち止まった。永田さんの本は返したい。でも、せっかく貸してくれたのに、読めていないのが申し訳ない。

永田さんには会いたいけれど、それと同じくらい今は、会いたくない。

1分間くらい悩んで僕は、図書室の扉を開けた。

中には、静かに本を読んでいる永田さんがいて、こっちを振り向くと軽く会釈してまた、本に視線が戻った。

話しかけられなかったことに少しだけ安堵して、椅子に座り、宿題をやり始めた。

少しすると、永田さんが話しかけてきてびくっとした。

「宿題やってるの?凄いね。私は学校に通ってなくて、宿題ないんだ。どんな問題があるか見せて欲しいんだけどいい?」

「い、いいよ。僕、こ、国、語が、苦、手で。も、もし、よかっ、たら、教え、てくれ、ないかな?」

「いいよ。でも、私にわかる範囲だけだけどね。」

そういうと、永田さんは僕の向かい側の席に座って、僕の分からないとこを教えてくれた。

1時間くらい経った時、今日やろうと思っていた分が終わった。

「もうそろそろ部屋に戻ろうかな。今日はありがとう。中学校でどんなことやってるのかわかって嬉しかった。」

焦った。僕は、〝人間失格〟を貸してもらったし、今日宿題も手伝ってもらった。なのに、絵を教えることができてない。約束したのに。

永田さんが立ち上がった。急いで言った。

「ま、待って。絵、あ、明日、一緒に、か、描こう。

も、もちろん、用、事がなかった、らでいい、から。」

急いで言ったせいで、上がり調子でイントネーションもおかしくて変な喋り方をしてしまった。

「いいの!ありがとう。明日も、明後日も、予定ないよ。絵、教えて欲しい。」

キラキラとした顔で、いつもより少し高めの声で、言った。嬉しかった。あの日の約束を永田さんは覚えていてくれた。


今の今まで、書き込んだことなんてなかったカレンダーに、明日の約束を書き込んで、ワクワクの心が抑えられないまま、今日はベットに潜った。


第3章 満たされない何かを求め


昔から、絵を描くことが好きだった。人から沢山褒められて、褒められる度にまたもっと好きになる。

ずっとその繰り返しで、何か悲しいことがあった時は、気分を上げるために絵を描くことが癖になっていた。

自由に泳ぐ海の生き物たちが好きだった。小さな場所に囚われず、大きな海を自由に駆け回る姿が、美しいと思ったからだ。

だから、僕は絵を描く。

〝吃音〟という解かれることのない呪縛から少しでも目を背けるために。

でも今日はちょっと違っていた。

今日は、自分のためでなく、誰かのために絵を描く。初めての出来事だった。

永田さんは約束していた時間より早くに来ていた。5分前に来ていた僕より早いから、何分待っていたんだろうと不安になった。でも、僕が図書室に入ってくるやいなや、[待ってたよ!]と、笑っている顔を見せられたら、そんなこと、気にしててもなっと気が少し楽になった。

永田さんが座っていた椅子の向かい側に座って、スケッチブックを2つ用意した。それから、水彩パレットと、筆を2つと、雑巾を2つ(片方だけ新品のもの)を机に用意した。

「道具、ありがとう。どんなのを描くの?私、絵とか全然分からないから、佐々木君と一緒のものを描きたい。」

「わ、わかった。」

そう返事をしながら、立ち上がって、クラゲの本を本棚から取り出した。

「僕、はクラゲ、を書く、け、けど、それ、で、でいい?」

「うん。....クラゲ、好きなの?確か、初めて私がこの施設に来た時も、クラゲを描いてたよね。」

「う、うん。よ、良く、おぼ、え、て、た、た、たね。」

「どうして好きなの?」

「自、自由に、お、泳い、で、でる、姿、が、す、素敵、だと、お、思う、から。」

「.....凄く、素敵な理由だね。私もなんだか、〝クラゲ〟好きかも。私も、自由に游ぎたいから。」

「ど、どう、し、して?」

「......私、自己紹介の時に、〝異食症〟だって説明されたでしょう。なんでも食べちゃうの。紙、消しゴム、雑草、花......ほんとに色々。

ダメだってことはわかってるのに自分を止めることができないの。」

異食症。確かに、自己紹介の時職員の人が、説明していた。でも、そんな素振りこの一週間ちょっとで見たことない。

「前に、花、本で読んだって言ったけど、なんでも食べちゃうから、せめて、毒があるものは、食べないようにしようと思って沢山調べたの。」

大きく息を吸っていた。何を言おうとしているのか、僕には伝わった。

「あの日庭に私がいたのは、.....お、お花を食べようとしていたの。」

か弱く震える声で、永田さんはそう言った。

「で、でも、どうして。お、お腹、が空いて、しょ、職員の、人、に言っ、たら、おか、しをだ、してくれ、るよ。」

心做しか僕の声も少し震えている気がした。

「家では、いつもお腹がすいていたの。なにか口に、胃に詰め込まないと、餓死してしまう。そんな恐怖のせいで、食べ物では無いものを食べてしまうようになった。」

永田さんの座っている方の机に置いていたスケッチブックの上に涙かポツリと滴った。

僕は、泣いてはいけない気がした。

「ご、ご飯。い、家で、出して、も、貰えなかったの?」

こくりと永田さんは頷いた。


あぁそっか。この施設に来る子は、みんなどこか訳ありだ。最初、何がみんなの違うんだろうと思った。そもそも、〝異食症〟すら知らなかった。.....人間の生存本能がこの病気を引き起こすんだ。

「っご、ごめん。私。こんな暗い話するつもりなくて。」

ボタボタと大粒の涙が、溢れ落ちる。その言葉の裏には、『こんな話をしたら、嫌われてしまうのではないかという恐れ』がある気がした。

「だ、大、丈夫。でも、今日はお開きにしよう。ま、また元気になったら、一緒に、話をしよう。僕は、ちょっと、だけ、だけど、君の、い、痛みがわ、分かる気、がする、から。だ、だから、そんな、にな、な、泣かないで。」

そう言い終わる頃には、僕も、静かに泣いていた。


第4章 水槽の中でもがく僕たちは


ふたりで泣いたあの日から、もう何日も経った。まず、夏休みの宿題を終わらせた。やり残していた、ワークと、夏休みの思い出を書く作文。ワークは、永田さんが手伝ってくれてすぐに終わった。作文は、少し書くのが難しかった。

そしてやらなきゃ行けないことが全部終わったら、たくさんのクラゲを一緒に描いた。永田さんの描く〝クラゲ〟は、色とりどりで、すごく綺麗で、でも何処か...悲しいクラゲだった。その絵を見た時、僕は1度泣いてしまった。

色んなことあった。楽しく苦しい日々だった。



夏休みが終わった。どうやら、永田さんは、学校に通ったことがなかったらしく、今、職員の人と、近くの学校から、何処に行こうか、探しているそうだ。

僕といえば変わりはないが、少し今年は、イレギュラーなことがあった。毎年1人選ばれる、作文発表に僕が選ばれた。全校生徒の前での発表するから、すごく緊張する。でも、頑張ろうと思う。きっとここで諦めたら、もう二度と、1歩を踏み出せない気がするから、ら。




『夏休みの思い出

         佐々木優海』

《僕は、〝吃音症〟という、上手く言葉が出ない病気を持っています。

そのせいで、人前で話すことは嫌いです。

人と話すのも嫌いです。

僕が話すと周りから、くすくすと笑い声が聞こえてくるのです。

僕が話すと、『何その喋り方』と、ひそひそ話が始まるのです。

それが、怖くて、恐ろしくて、より言葉がつっかえて、また、失敗を繰り返すのです。

僕は、今まで、自分がいちばん不幸だと思っていました。

好きでこんな喋り方をしている訳でもないのに、人にからかわれる。

自動保護施設にいるせいで、〝親無し〟と、笑われる。

でも、僕なんかより、たくさんの我慢をして、たくさんの辛い思いをして。なのに、凛としている。

そんな子に出会いました。

〝異食症〟と言う病気を持っている子でした。

食べちゃいけないものも、食べてしまう病気です。

食い意地がはってるわけでは、ありません。

家で、ご飯が出てこないのです。

ちゃんと食べれないから、食べないと死んでしまうから、だから、色んなものを食べるのです。

僕は、ご飯を食べれないという思いをしたことがありません。

だから、食べちゃいけないものを、食べようとしたこともありません。

似ているけれど、似ていない。そんな、彼女は、僕の歩みの遅い言葉を、最後まで、しっかりと聞いてくれました。

今まで、吃音なんて無くなればいいと思ってました。

でも今は、〝意地悪な神様〟から貰った〝素敵ではないプレゼント〟を〝自分の素敵な個性〟に出来るよう頑張りたいと思っています。

狭い水槽の中であがき、こんな僕と、対等に話してくれた、彼女のお陰で、ちょっとだけ、人と話してみるのもいいかもしれないと思いました。》

ここまで読んで頂き、ありがとうございます。

はじめて、1から、物語を書いてみて、もっといい表現はないのか、吃音とは、異食症とは、分からないことしかないけれど、まずは完成させることができ良かったです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ