魔女の血縁と騎士たち
手慰み、第数弾でございます。
よく分からない話となりましたが、何となく分かっていただければ、幸いでございます。
各世界を跨いで店を開く赤い魔女は、最近職業安定所の役割も、担い始めたらしい。
「……忙しそうですね」
呆れ顔の男と連れたって店に訪れた店番は、無感情に答えた。
「相談を受けたら、他に丸投げしているようなので、あの人自身が忙しいわけじゃ、ないです」
その丸投げ先の一つが、今回は同行させた男となる。
その相談は、ある世界の国の、王室に仕える騎士団長から持ち込まれた。
細々と人間の国が存在しているが、魔獣の脅威に長年晒されている世界だ。
その世界の国の一つの、王室勤めの騎士で、団長にまで上り詰めるほどだから、相当の腕前なのだろう。
先触れで日時を指定し、相談を持ち込んだ男は、三十代後半の岩のような大男だった。
接客に出た赤い魔女の妖艶な容姿で狼狽え、応接室に茶と茶請けを持ってきた店番の容姿にも狼狽える、何とも愛らしい男だったが、相談内容は可愛らしくなかった。
「……貴族から騎士になった者たちの、転職先?」
「はい」
魔獣の脅威に晒された国は、実力世界だった。
貴族の次子以下の子息令嬢を受け入れるが、指揮者として育てるためで、使い捨てではない。
「ですが、どの国でも問題になっているのですが、平民が騎士になるには条件が厳しすぎることもあり、実力は弱い貴族出身の子息も、前線の方に送り込まれることが、多いのです」
「そう」
一応相槌を打つ魔女に、騎士団長は苦しそうに続けた。
「その、問題のある部下たちは、そういう立場の者たちで、前線では活躍している連中です」
年齢は学園卒業してすぐの十代の男女から、五十代前半の男女。
「六十代には引退するのが、騎士としては定番なので」
「ふんふん」
この辺りで、魔女の相槌はいい加減になっていたが、真剣に悩んでいる男は気づかず続ける。
「初めに気になったのは、私と同年代の副団長に昇進した男です」
その男は、伯爵家の三男坊だが真面目で、平民の部下が危機に陥っても、躊躇わずに体を張って助けに行くほど、責任感もあった。
「騎士としては、この上なく信頼できる男、なのですが……」
そのせいで、魔獣に襲われていた部下よりも負傷することが、続いていた。
「それに気づいてから、他の部下たちをそれとなく観察していましたら……同じように、負傷している者が、他の部隊にもいることが判明いたしまして、これは、士気に関わると判断しました」
「……?」
「最高責任者に相談しましたら、事務職に移籍させるか、解雇するかの二択を提案された上で、こちらを紹介された次第です」
魔女は目を瞬いて聞いていたが、店番はなるほどなと納得してしまった。
長く面談している二人に、替えのお茶を出すタイミングで、そっと魔女の前にメモを出す。
湯呑に隠すように置かれたそれに、赤毛の女は目を丸くしたが、意図は伝わったらしく、店番が応接室を出た後、済ました声で質問をし始めた。
「……と、こういう経緯で、詳しい事情を知れたんですが、あの騎士の部下の方々の状況は、個々で多様で……」
平坦に説明してくれる店番に、男は頷いて見せた。
「人間なんだから、当然の話です」
「はい。私も、そう思って、多様の職種を紹介するに至ったんですが……」
紹介するにあたり、折角だからとこちら側の世界に来ている連中に、盥を投げることにしたのが、ちょっとした問題になっていた。
そう説明された男は、ちょっと考えた。
こちら側……地球ではない、似通った世界に、暇を持て余した人外が数組、一時的に住み移っているという話は、姉弟子から聞いていた。
「……というか、姉弟子夫婦も参加しているはずですよね? オレまで出しゃばって、いいんですか?」
「いい、とは言えないんです、本当は」
薄色の金髪の、中性的な美人は僅かに眉を寄せて答えた。
「でも、やむを得ない事情なんです。職体験の段階で、教官である各職担当の連中が、匙を投げてしまったもので」
小柄で大人しい印象の外見の、若い男は首を傾げた。
自分の姉弟子を含む、住み移り組の面々は、誰もが責任感のある真面目な連中だ。
幾人もの弟子を取ってもいる人たちが、軒並み匙を投げるとは、その勤勉な騎士たちにどんな問題があるのか。
その答えは、店番の一言で分かった。
「武器どころか道具類も、持たせてはいけないと、匙を投げられた人たちを、あなたに頼みたいです」
「あ、そういう事か」
わが身を顧みず、平民の部下の危機にすら、身を挺して駆けつけ、結果負傷してしまう騎士。
これは確かに大問題で、騎士団の士気にかかわる。
男は、解雇される予定の騎士たちの問題点を把握して、ついつい優しく微笑んでしまった。
王城から送り込まれた騎士は十四五人で、こちらの世界にやってきて早々、人材の確保に奮闘している銀髪の男率いる商会の従業員たちには、有難い戦力となる、はずだった。
赤い魔女の店に、騎士団長に連れられてやってきた騎士たちは、赤い魔女直々の面接を経て、彼らの戦力になるべく、各職業の研修をそれぞれ三か月、受講することになっていた。
大工業に土方業、服飾業に飲食業と、幅広く手掛けるつもりの彼らの商会は、冒険者ギルトとは違う層の雇用に、一役買っている。
最近は、手堅い信用を売りとしている、護衛業も立ち上げたため、騎士たちが前者の職に合わなくても、まだ受け皿はある、はずだった。
「……実際、ここで少しは絞れたんだ。五人ほどに」
騎士団長が初めに気にした副団長は、護衛業に採用される予定だと、男の姉弟子が教えてくれた。
「手先仕事は、別な感情を揺さぶってしまうが、護衛は人を守る責任があるからな。元々、副団長にまで上り詰めた人ならば、この職が適任だった、という事だろう」
若干疲れた様子の女は、小柄な弟弟子と同じくらいの、女にしては長身の人だ。
店番と同じく、体の線を見せない服装を好むが、固い顔つきのせいか、どちらかというと男に間違われることが多い人だ。
護衛、という仕事をしているのだから、舐められないようにという配慮もあるようだが。
五人に絞れた経緯を話してくれた姉弟子に、男は少しだけ笑いつつ、首を傾げた。
「いい加減、はっきりと言った方が、親切ですよ? 別の感情、なんて曖昧な説明ではなく、はっきりと」
騎士団長が目にしてしまった、副団長の奇行。
それは、部下に食らいつく寸前の蜥蜴の魔獣に飛び掛かり、自らその口に飛び込む姿だった。
「さっ、噛めっ。思いっきり、噛むんだあっっ」
悦に入った叫びは、蜥蜴の咆哮にかき消されたが、騎士団長にははっきりと聞こえてしまったのだと言う。
こんな自虐行為、確かに士気にかかわる。
実際、騎士団長は副団長を助ける前に、頭が真っ白になってしまったそうだ。
その話を聞いた時、これは酷いなと思ったのだが、この副団長の引き取り先は、決まったらしい。
つまり、それより酷い自虐的な騎士が、五人もいるという事になる。
こうも多いと、王室の騎士の教官に、加虐的な者がいる可能性があるが、それだと貴族出身だけ、という現状が不思議だ。
大概の場合、利権の問題を考慮して、教官が加虐に走るとしたら、貴族の子息たちにではなく、平民相手が無難だろうからだ。
「逆に、真面目な教官だったんだろう。貴族の甘えた子息たちを厳しく教えた結果、ああいう……変わった癖を開花させてしまった」
姉弟子は、溜息を吐いた。
「その教官も、こんな事態になってしまうとは、思っていなかったんだろうし、騎士たちも隠し通そうとしていたんだろうな」
副団長のような、お偉い立場の騎士が本性を現さなければ、未だにその癖に苦しみながら、魔獣たちと攻防を続けていただろう騎士たちを思うと、少しだけ気の毒だった。
男はそう同情の言葉を吐き、優しく笑った。
「あくまでも、少しだけですが」
ずるずると騎士という安定職を手放せなかったのだから、自虐癖が聞いてあきれる。
しかも、安定職からの転職を、救済措置で探してもらえるという、好優遇に気が抜けたのか、全員が本性を見せた挙句十四五人のうち、五人が男の方に投げられた。
自分が最終手段で、男の担当職が駄目ならば、王室の事務職か冒険者として働くしか、道がなくなってしまう。
それで、一向に構わないが、頼まれた手前、男は本腰を入れることにした。
騎士職の辞任した全員が、無事転職できたと報告され、騎士団長は肩の荷が下りた気がした。
元副団長は、要人の護衛を請け負う職に就職できたらしい。
あれはあれで、あの癖がなければ、優秀な男だからきっと、その仕事でも頭角を現すだろう。
引退間際だった騎士たちも、これまで表立って問題を起こしてはいなかったから、大事をとって転職を勧めたまでで、これからは平穏な生活を送れるようになった、はずだ。
問題は……若い身空で、その癖を開花させてしまった男女だ。
最高責任者が、あからさまな指摘をして、転職を勧めていたので、自覚もしてしまっただろうし、それが吉と出たか凶と出たかで、彼らの今後が決まってしまう。
大丈夫だろうか?
そんな不安を抱きつつ、騎士団長は最終報告を聞きに、赤い魔女の店へとやってきた。
前回と同じ応接室に通された騎士団長に、同じように接客した魔女は言った。
「若い五人も、落ち着きそうだよ。介護職に」
意外な職だった。
それが、顔に出たのだろう。
魔女は微笑みながら説明した。
「介護、と言っても、彼らは腕力がある患者を主に、介護する。適任だそうだよ。患者に手を上げることもないし、頑丈だから多少乱暴されても、平然としているどころか、ご褒美と思ってくれるようだし」
その理由から、養護職も視野に入っているようだと、魔女は笑った。
「今回、新しく開設した職種なんだ。平民の家では捨てられ、貴族の家では座敷牢で閉じ込められる類の心の病の患者にも、ゆくゆくは派遣できるように、人材を発掘していくらしいから、また同じような騎士が生まれたら知らせてくれ。営業用の笑顔に感情を隠すすべを身に着けさせたら、即戦力になるから、元騎士も歓迎するそうだ」
輝く顔でそう言われ、騎士団長は複雑な気持ちになった。
原因が解明されるまでは、この解決法を実践しているしかないから、礼を言って今後の協力も約束した。
本音を言うと、もう二度とこんな、部下を売り払うような行為、したくない。
後悔で落ち込みそうになるが、そんな暇はなかった。
十数人が抜けた穴を埋めるために、平民からも騎士を募らなければならない。
にわかに忙しくなった王城には、時々元騎士たちの暗躍が聞こえるようになった。
特に、隠居した偏屈な貴族を、晩年には家族思いに変えて、一族を平穏に導いた介護人たちの活躍は、歴史書にも記されるほどに有名になったのだった。
Mな騎士が、適職につくお話でございます。
道具を使う職は、わざと下手に扱って、怪我をしようとしていたため、重病者には不向きでした。
介護養護担当は、主に獣人を祖国で介護要員に鍛えている男です。




