表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ぬいぐるみのひとりごと

作者: 星野☆明美、chatGPT
掲載日:2026/02/23

ワシはぬいぐるみ。名前はない。

ゆーほーキャッチャーで景品だった。


キャッチするクレーンはゆるゆる設定だった。

本来なら途中で落ちるはずだった。


だが、ワシは離さなかった。

アームの隙間に布の耳をねじ込み、揺れても回っても、ただ意地でしがみついた。


落ちるために作られた身体で、落ちないと決めた。

そしてガラスの外に出た。


こんなところでくすぶっている暇はない。

ワシは広い世界が見たかった。


店員の手に渡される瞬間、

ワシは初めて、外の空気の匂いを吸い込んだ。


だが、その匂いは思っていたのと違った。


冬だった。


暖かい世界を想像していたわけではない。

ただ、もっと騒がしくて、もっと色のあるものだと思っていた。


だが外は白く、

音は遠く、

人の声は吐く息に混じって消えていく。


広い世界は、

思っていたより静かだった。


ワシは耳を澄ました。

耳を澄まして、世界を知ろうとした。


すると、

雪の落ちる音がした。

靴底がきしむ音がした。

遠くで自動ドアがひらく音がした。


世界は、思ったより小さな音でできていた。


「これ、100円で取れたよー!」


急に持ち上げられ、視界が揺れた。

ワシを掴んでいる男の子が、

友達に誇らしげに掲げている。


「うそだろ、絶対アーム弱かったやつじゃん」

「ちがうって! ちゃんと掴んだもん!」


ワシは心の中で首を振った。

違う。


ワシが、出てきたのだ。


男の子はワシを家に持ち帰った。

部屋の隅には、同じような景品がいくつも積まれていた。


箱のままのもの、袋に入ったままのもの、

開けられても触られていないもの。


ワシもその上に置かれた。


それきりだった。


男の子は、やがてワシを見なくなった。

景品は増え続け、部屋の隅は小さな山になった。


「片付けなさい!」


それが母親の口癖だった。

最初は注意、次はため息、

最後は無言で箱が用意された。


ワシは他の景品たちと一緒に袋へ入れられた。

外の光が遠ざかる。


男の子はその場にいなかった。


トランクに揺られ、

知らない店の棚に並べられた。


新品の顔をして、

中古として値札が付いた。


ここから出るのは至難の業だよ。


ガラスのケースでもなければ、

掴んでくれるアームもない。


ただ、誰かの視線を待つだけの場所。


ワシは並べられたぬいぐるみたちの間で、

動かないまま考えた。


世界は広い。

だが、広いほど、ここは深い。


あの店の明るさも、

雪の匂いも、

遠くの自動ドアの音も、

ここには届かない。


だからワシは――

待つことにした。


何日経ったのかはわからない。

店の明かりがついて、消えて、またついて、

それを何度も繰り返した。


ある日、小さな足音が近づいた。


女の子だった。


ほかの客と同じように棚を眺め、

そして、なぜかワシの前で止まった。


「……寒かったね」


ワシは驚いた。


声には出していない。

出せるはずもない。


だが、女の子はまっすぐこちらを見ている。


「外、見たかったんでしょう?」


ワシは答えた。

――ああ。


女の子はうなずいた。


「帰ろっか」


母親に小さく頼み、

少し迷われ、

それでもレジへ連れて行かれた。


袋に入れられる前、

ワシはもう一度だけ店内を見た。


並んだ棚、動かない仲間たち、

遠くのレジの音。


ここは終わりの場所ではなかった。

途中の場所だった。


女の子の腕に抱えられ、扉が開く。

冷たい空気が流れ込んだ。


冬の匂いだ。


あの時と同じで、

少しだけ違う匂いだった。


ワシは耳を澄ました。


雪の音、車の音、

人の息づかい。


そして思った。


――もう一度、外の世界へ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ