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カノープスの手帖  作者: あいはらしのや
7/32

お節介

『モントや。あんまり早く大人になるな。』

 ○*゜。○*゜。


 薄っすらと開けた瞼に、腰窓から差す朝日が眩しい。ベッドで寝ているモントを起こすには十分だった。


「ルーン⋯」


 寝ぼけた頭で呟いたモントは、枕元に置いた手帖を優しく撫でる。艶の消えた革の質感が指先に伝わるだけで、ひとりなんだと実感する。

 むくりと起き上がり伸びをして、手帖をリュックに仕舞い部屋を出る。


(クンペルはどうしてるかな?)


 昨夜連れて来られた兵舎は結構広いが、どこも手入れが行き届いている。

 中庭に通じる廊下を歩いていると、近くで威勢のいい揃った声が聞こえてくる。声のする方へ自然と足が向く。中庭を抜け建物の裏手、広い練習場へと辿り着いた。


 そこには、揃って素振りをする兵士達の姿があった。まだ日が昇って間も無い時間、縮こまりそうな寒さに耐えながら、鍛え上げられた体に湯気が立ち上る。士気高く響く声は迫力満点で、思わず見惚れてしまう。


「どうだ?俺の隊は強そうか?」


 声をかけられるまで気付かなかった。

 後ろに立っていたのはヒューネ団長だった。


「すみません、勝手に⋯。」

「いや、大丈夫だ。よく眠れたか?モント少年。」

「はい。お気遣いありがとうございます。」

「この後どうするんだ?目的地があるのか?」

「ブラウエ・アウゲンに行くつもりです。」

「ブラウエ・アウゲンか⋯。今行くのはやめたほうがいいぞ。魔物討伐依頼が出ている。」


 モントはヒューネ団長が少し心配になった。

 そんな情報、部外者にあっさり言ってしまうあたりがお人好し過ぎる。間者だったらどうするつもりなのだろうか。討伐に出ると言うことは、街の守りが緩くなると言っているようなものなのに⋯。


「少年!小さいのに考え込むな。彼奴等を俺は信頼している。モント少年は彼奴等が弱いと思うか?」


 指差す先にいる筋骨隆々の兵士達は、ヒューネ団長を見つけると号令と共に一斉に敬礼をした。

 足先から指先まで揃った兵士達は、一つの生き物のように滑らかで洗練されている。


「続けろ。」

「直れ!⋯訓練始め!! いち! に!⋯」


 ヒューネ団長のひと声で再び始まる訓練を見て、モントはヒューネ団長を真っ直ぐ見つめた。


「ヒューネ団長が信じていらっしゃることを、騎士様方も理解し、応えようとしているんですね。かっこいいです!この街は安心ですね。」


 一瞬目を丸くし驚いた表情を見せたヒューネ団長は、モントの頭をぐしゃぐしゃと撫でたかと思うと、練習場にくるりと背を向けた。


「モント少年。ついて来い。」



 言われるがまま、ヒューネ団長について行く。

 兵舎の中を歩くヒューネ団長に、すれ違う従兵達は敬礼をする。その後ろをちょこちょことついて行くモントは、冷や汗でいっぱいだった。


(どうしよう、どうしよう!?

 私兵警備団長様ともあろう方に“かっこいい”とか“この街は安心だ”なんて生意気だった!!怒らせてしまった!?もしかして不敬罪で投獄される!?)



「着いたぞ。入れ。」


 多分、兵舎の中心部の地下室。歩いてきた道は緊張で覚えていないが、薄暗く下へと続く階段を降りて頑丈そうな扉を開ける。

 恐る恐る入った部屋は真っ暗。ヒューネ団長が蝋燭の灯りをつけてゆくと、暗がりに見えたのは沢山の武器だった。大太刀から槍、弓矢や鎖のついた鉄球まで並ぶ。


(不敬罪で死刑!?!?)


 ぎゅっと目を瞑り、許しを請うため両膝をつくモントにヒューネ団長は「どれが良い?」と様々な武器を持ち変えながら聞く。それはそれは楽しそうに選んでいる顔は、蝋燭の揺らめきに不気味に照らされていた。


「すみませんでした!私兵警備団団長様に生意気な口を⋯、誠に申し訳ございませんでした!ですが…命だけは!!まだ旅を始めたばかりで!!」


 涙目で訴えるモントを見て、ヒューネ団長はゲラゲラと笑った。


「そんな事で⋯ハハハッ!殺すわけが無かろう!!ハハハッッ!

 ここに連れてきたのは、ブラウエ・アウゲンに行く時の武器を授ける為だ。旅人が何も無しでは己の身も守れぬ。魔物が出ぬ訳では無いからな。⋯そうだな⋯ん~これが良いかもしれんな。」


 そう言って渡されたのは、ショートソードだった。


「身長が小さい少年にはピッタリだ。」


 鞣した皮が張られた鞘が艷やかで、装飾等はなく地味に見えるがとても綺麗だった。

 鞘から少し引き抜いただけで、キーンと金属音が部屋に響く。蝋燭の火を反射してしまう程磨かれている。

 長い間仕舞われていただけでないことはすぐに分かった。


「い、頂けません!騎士様の武器庫からなんて!ま、街で買いますので!」

「所持金はほぼ無いではないか。」

「手伝いでも何でもして稼げば良いので!」

「お節介⋯ということか⋯?」


 ヒューネ団長は眉が下がり寂しそうな顔をする。

 ただ単に、自分の旅路を心配してくれているのは分かっているが、武器庫から貰うほど親しくもなければ、それに値する程の人間でもないと思っている。


「何故ここまでしてくださるのですか?」


 モントはヒューネ団長の優しさが怖かった。

 今まで“無償の優しさ”は無かった。荷車に乗せて貰うのも、荷を降ろす労働や金を払い“無償”ではない。特にグリュンヴァルトではそんな人はいなかった。


 だからこそ、理由が知りたかった。


「それは⋯」

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