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カノープスの手帖  作者: あいはらしのや
3/3

ぼったくり

 モントは硬くなったパンを片手に手帖を開く。

 じっくり読んでみると、ルーンは材料を集めようとしていたようだった。


 最初に書かれていたのは、“ブラウエ・アウゲン”という鉱山の最深部からのみ産出される希少な鉱物【アウインの瞳】。

 ()()()()()()()が宿るとされ、古くから貴族達が採掘へと尽力して来たが、伝説の錬金術師 アルティマハト・シュテルンの真理の杖に埋め込まれたものが最古とされたが、アルティマハト・シュテルンの没後、杖は破壊され現存している物は無い。


 採掘できる可能性は低いけど、行くだけでも何か手掛かりがあるかもしれない。


 しかし、ブラウエ・アウゲンまでは幾つか小さな町を経由しなくてはいけない。

 徒歩で農村を通り過ぎ、商人の荷車に便乗しながら旅すること1週間。

 ブラウエ・アウゲンに一番近い街、フォン・レーム・ツー・レームシュタイン男爵領 主都ブルクフェルトへとやって来た。


 情報収集と旅に必要な物を買い揃える為にも、貿易が盛んなこの街に寄っておきたかったのだ。


 モントは初めて見る人の多さに飲まれながら、ブルクフェルトの活気に圧倒されていた。

 商店からは呼び込みの声が飛び、行き交う人々は並ぶ商品に足を止める。馬や牛が曳く商人達の荷車は石畳の道に大きく揺れる。

 人も動物も入り交じる光景は、モントにとってとても華やかだった。


 人々の喧騒の中、突然荒ぶる男の声が聞こえた。


「しっかり働け!お前は小さいんだから、倍働かなきゃ金にならねぇんだ!⋯チッ!あの馬商人め。ぼったくりやがって。」


 皆の視線の先には、大きな荷車を曳く小さな馬を鞭で打ちつける商人の男が居た。


 どうやらその商人の男は、騙されたのか小さな馬を買わされたようだった。それでも荷を運ぶため、怒りに任せ無理に馬を鞭打っていた。


 モントは、悲しそうに小さく鳴く馬を可哀想に思い、出来ることはないかとリュックの中を探り、巾着を握った。

 このお金がとても大事なのは分かっている。これからの旅先で必要になる時は幾らでもあるだろう⋯。


『モントや。弱き者に寄り添える人になれ。研究はそこから生まれる。』


 モントはルーンの言葉を思い出す。


 モントは勇気を振り絞り、厳つい顔の商人に巾着を渡した。


「おじさん、その馬を僕にくれませんか?」


 馬がこれだけで助けられるかは分からなかったが、ルーンが足してくれたから、()()()()にしては多い方だ。


 モントを睨見つけ、巾着の中身を見た商人は一瞬目が卑しく見開かれた。


「銀貨4枚だと!?⋯これっぽっちで買うつもりか?お、俺が買った値段は金貨1枚だぞ!?が、ガキには馬なんか必要無いだろ!」


 言葉に動揺が見える。これはふっかけている証拠だ。


「いや、僕にはその馬が必要だ!どうすれば売ってくれますか?!」


 食い下がるモントに少し狼狽える商人だったが、勢いに任せてぐいっとモントの胸ぐらを掴み嫌味たっぷりに言う。


「⋯足りねぇ分は体で払え!この荷物ぜ〜んぶ!あの坂の上にあるレームシュタイン卿邸宅まで運べ。」


 商人の指差す先は、両側に建ち並ぶ10軒を超える商店街を抜けた先にあるレームシュタイン卿の別邸。道は石畳のうえ、急勾配で登るのは大変そうだ。


「分かった。じゃあ、全て運んだらこの馬を僕にくれるんですね?」

「ああ、良いさ!これっぽっちで譲ってやる。」


 モントは馬を優しく撫でる。手の感触で少し痩せているのが分かった。


「もう少しだけ頑張って!僕も手伝うからね。」


 モントは荷車から包みをひとつリュックに括った。小さな馬はモントに応える様に脚を踏ん張り、坂を登り始める。モントは後ろから荷車を押す。

 踏み出す一歩はずっしりと重く、急坂では後ろに下がってしまいそうになる。モントの肩に荷紐が食い込むが、歯を食いしばり腕いっぱいに力を込めて、気にせず前だけを見て進む。ふたりはゆっくりだが着実に坂を登っていった。


「つ、着いた⋯やったぁ!!」


 ふたりの姿を見ていた街の人々からは、温かい拍手と賞賛の声が沸き起こる。


「しょうがねぇ。⋯ほらよ!」


 バツの悪そうな商人は、渋々荷車の紐を解く。軽くなった馬は、嬉しそうに鼻を鳴らしモントに頭を寄せる。


「ありがとうございます!」


 お金を渡して手綱を受け取る。

 小さな馬に「僕と一緒に来る?」と尋ねれば、再び鼻を鳴らしリュックを喰む。


「これを持ってくれるの?ありがとう。」


 モントは小さな馬の鞍にリュックを引っ掛けると、痺れる掌で手綱を強く握り街を闊歩する。

 多彩な店が並ぶ。革製品、宝飾品、香辛料⋯。クンペルが果物屋の前で止まる。

 ぐいっと引っ張っても一歩たりとも動かない。


「いらっしゃい!!」


(仕方ないか⋯。)


 モントはリュックの奥から銅貨を1枚取り出す。商人に巾着を渡す前、お金を少し取っておいたのだった。


「おじさん、林檎3個頂けますか?」

「⋯おや?お前さん、さっきの少年だろう?見てたよ〜!いや~久々にスカッとした!まけとくよ!」

「ありがとうございます。」


 5つの赤く艷やかな林檎をリュックに入れた。


「助けたその馬、名前は決めたのかい?」

「名前⋯」


 モントは少し考えて小さな馬の額を撫でる。


「クンペルはどう?僕の仲間になってくれる?」


 クンペルは瞼を閉じて頭をモントに擦りつけた。鬣がおでこに当たって、優しくモントの前髪を捲る。


「ハハハッ!くすぐったいよ!じゃあ、行こうクンペル!」


 おじさんに別れを告げて、カポッカポッと軽快な足音を響かせ、ふたりの旅は始まる。

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