ぼったくり
モントは硬くなったパンを片手に手帖を開く。
じっくり読んでみると、ルーンは材料を集めようとしていたようだった。
最初に書かれていたのは、“ブラウエ・アウゲン”という鉱山の最深部からのみ産出される希少な鉱物【アウインの瞳】。
真理を見抜く力が宿るとされ、古くから貴族達が採掘へと尽力して来たが、伝説の錬金術師 アルティマハト・シュテルンの真理の杖に埋め込まれたものが最古とされたが、アルティマハト・シュテルンの没後、杖は破壊され現存している物は無い。
採掘できる可能性は低いけど、行くだけでも何か手掛かりがあるかもしれない。
しかし、ブラウエ・アウゲンまでは幾つか小さな町を経由しなくてはいけない。
徒歩で農村を通り過ぎ、商人の荷車に便乗しながら旅すること1週間。
ブラウエ・アウゲンに一番近い街、フォン・レーム・ツー・レームシュタイン男爵領 主都ブルクフェルトへとやって来た。
情報収集と旅に必要な物を買い揃える為にも、貿易が盛んなこの街に寄っておきたかったのだ。
モントは初めて見る人の多さに飲まれながら、ブルクフェルトの活気に圧倒されていた。
商店からは呼び込みの声が飛び、行き交う人々は並ぶ商品に足を止める。馬や牛が曳く商人達の荷車は石畳の道に大きく揺れる。
人も動物も入り交じる光景は、モントにとってとても華やかだった。
人々の喧騒の中、突然荒ぶる男の声が聞こえた。
「しっかり働け!お前は小さいんだから、倍働かなきゃ金にならねぇんだ!⋯チッ!あの馬商人め。ぼったくりやがって。」
皆の視線の先には、大きな荷車を曳く小さな馬を鞭で打ちつける商人の男が居た。
どうやらその商人の男は、騙されたのか小さな馬を買わされたようだった。それでも荷を運ぶため、怒りに任せ無理に馬を鞭打っていた。
モントは、悲しそうに小さく鳴く馬を可哀想に思い、出来ることはないかとリュックの中を探り、巾着を握った。
このお金がとても大事なのは分かっている。これからの旅先で必要になる時は幾らでもあるだろう⋯。
『モントや。弱き者に寄り添える人になれ。研究はそこから生まれる。』
モントはルーンの言葉を思い出す。
モントは勇気を振り絞り、厳つい顔の商人に巾着を渡した。
「おじさん、その馬を僕にくれませんか?」
馬がこれだけで助けられるかは分からなかったが、ルーンが足してくれたから、へそくりにしては多い方だ。
モントを睨見つけ、巾着の中身を見た商人は一瞬目が卑しく見開かれた。
「銀貨4枚だと!?⋯これっぽっちで買うつもりか?お、俺が買った値段は金貨1枚だぞ!?が、ガキには馬なんか必要無いだろ!」
言葉に動揺が見える。これはふっかけている証拠だ。
「いや、僕にはその馬が必要だ!どうすれば売ってくれますか?!」
食い下がるモントに少し狼狽える商人だったが、勢いに任せてぐいっとモントの胸ぐらを掴み嫌味たっぷりに言う。
「⋯足りねぇ分は体で払え!この荷物ぜ〜んぶ!あの坂の上にあるレームシュタイン卿邸宅まで運べ。」
商人の指差す先は、両側に建ち並ぶ10軒を超える商店街を抜けた先にあるレームシュタイン卿の別邸。道は石畳のうえ、急勾配で登るのは大変そうだ。
「分かった。じゃあ、全て運んだらこの馬を僕にくれるんですね?」
「ああ、良いさ!これっぽっちで譲ってやる。」
モントは馬を優しく撫でる。手の感触で少し痩せているのが分かった。
「もう少しだけ頑張って!僕も手伝うからね。」
モントは荷車から包みをひとつリュックに括った。小さな馬はモントに応える様に脚を踏ん張り、坂を登り始める。モントは後ろから荷車を押す。
踏み出す一歩はずっしりと重く、急坂では後ろに下がってしまいそうになる。モントの肩に荷紐が食い込むが、歯を食いしばり腕いっぱいに力を込めて、気にせず前だけを見て進む。ふたりはゆっくりだが着実に坂を登っていった。
「つ、着いた⋯やったぁ!!」
ふたりの姿を見ていた街の人々からは、温かい拍手と賞賛の声が沸き起こる。
「しょうがねぇ。⋯ほらよ!」
バツの悪そうな商人は、渋々荷車の紐を解く。軽くなった馬は、嬉しそうに鼻を鳴らしモントに頭を寄せる。
「ありがとうございます!」
お金を渡して手綱を受け取る。
小さな馬に「僕と一緒に来る?」と尋ねれば、再び鼻を鳴らしリュックを喰む。
「これを持ってくれるの?ありがとう。」
モントは小さな馬の鞍にリュックを引っ掛けると、痺れる掌で手綱を強く握り街を闊歩する。
多彩な店が並ぶ。革製品、宝飾品、香辛料⋯。クンペルが果物屋の前で止まる。
ぐいっと引っ張っても一歩たりとも動かない。
「いらっしゃい!!」
(仕方ないか⋯。)
モントはリュックの奥から銅貨を1枚取り出す。商人に巾着を渡す前、お金を少し取っておいたのだった。
「おじさん、林檎3個頂けますか?」
「⋯おや?お前さん、さっきの少年だろう?見てたよ〜!いや~久々にスカッとした!まけとくよ!」
「ありがとうございます。」
5つの赤く艷やかな林檎をリュックに入れた。
「助けたその馬、名前は決めたのかい?」
「名前⋯」
モントは少し考えて小さな馬の額を撫でる。
「クンペルはどう?僕の仲間になってくれる?」
クンペルは瞼を閉じて頭をモントに擦りつけた。鬣がおでこに当たって、優しくモントの前髪を捲る。
「ハハハッ!くすぐったいよ!じゃあ、行こうクンペル!」
おじさんに別れを告げて、カポッカポッと軽快な足音を響かせ、ふたりの旅は始まる。




