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カノープスの手帖  作者: あいはらしのや
23/32

鐘の音

「うっ⋯⋯!?」


 寝ていると腹を殴られたような鈍痛で目を開けると、キンターの脚が腹部に堂々と乗っていた。シュラウスを左、右をキンターに挟まれたモントは身動きが取れない。


「キ、キンター⋯さん⋯く⋯苦しい⋯」


 大きな鼾をかき大の字で寝るキンターに起きる様子は無い。モントはお腹に乗る引き締まった太腿を無理矢理ぐいっと押し退けて、むくりと上半身を起こす。

 昨日までの疲労が溜まって、気を失うように寝てしまったから忘れかけていたが此処はエルツの家の2階。


「狭いですけど良かったら⋯」というエルツの母の言葉に甘えて、キンター、シュラウス、モント、エルツの4人で雑魚寝をすることになったのだ。

 ミュプフィアは「女子会するんだから!」とお酒を片手に別れた。カンパニュラの実家に行くと言っていたっけ。


 モントは寝惚けた眼を擦ると、シュラウスの隣に寝た筈のエルツの姿が無いことに気付いた。


「あの⋯シュラウスさん⋯。」

「ん~~⋯まだ⋯酒は⋯早いよ〜?モント〜⋯」


(駄目だ。コッチもか⋯。)


 むにゃむにゃと寝言を言ったかと思えば再び夢へと落ちたシュラウスは、昨夜の()()()で眠ってしまい相当酒に弱いと判明した。

 本当の所、シュラウスが起きなかったから泊めて貰えたと言っても過言では無い。


 モントはそーっと起き上がり1階へ下りる為足を伸ばすが、キンターを踏んづけてしまった。「ゥゴッッ!」とくぐもった声にモントは鼻で小さく笑った。


 2階はロフトになっていて1階の様子が見えるのだが、静かで暗く誰も居ない。たった12段の螺旋階段を下りて外へ出たモントは、東雲の空に向かって伸びをする。胸一杯に吸い込んだ空気はぼんやりとした頭を冷やし、ゆっくり朝を連れて来る。


 村の溜水を拝借して顔を洗う。掬った桶には薄く氷が浮いて、手を入れるとキーンと冷たい。目を覚ますにはもってこいだ。


(さて、クンペルはどうしてるかな?)


 厩舎に預けたクンペルの様子を見に行く。村には農作業や大きな街へ行く為の馬や牛が飼われている。そこに一晩クンペルは世話になっている。


(いた!元気そうで良かった。)


 モントの足音にクンペルも気付き首を振りながら喜びを表現する。厩舎は綺麗な干し草や飲み水も置かれていて、村人達の実直さが見て取れる。クンペルは全身梳いてもらったのか毛艶も良い。


「良かったね。クンペル。」

「ブゥルル」


 滑らかな鬣を撫でると鼻息で返事をする。モントは昨夜隠した()を回収し、クンペルの手綱を曳き村を歩く。


 突然、村の小さな鐘塔から朝を知らせる鐘が村に響き渡った。近くに居たからかモントとクンペルはその大きな音に驚いたが、その清らかな音色に思わず足を止める。

 鳴り止むと、太陽を浴び大きな影を作り出した鐘塔の入り口からエルツが出て来た。鐘のロープを引くのは片腕のエルツには難しいだろう。


「モントおはよう!早いね。よく眠れたか?」


 エルツの質問に強烈なキンターの太腿(目覚まし)が思い出され憂鬱になるが、明言は避けつつ話題を逸らす。


「あ、、泊めていただき、ありがとうございました。さっきの鐘はエルツさんが鳴らしていたんですか?」

「ああ。村の慣習で二十歳になると男は皆やるんだ。片腕だろうが鳴らさないと朝が来ないからな!」


 歯を見せてニカッと笑うエルツには、今日の朝日はどう見えたのだろうか。


「とても綺麗な音でした。」

「そうか。」

「あの⋯見せたい物があります。」


 そっと袋を取り出し一粒の青い鉱石をエルツに渡す。


「これ⋯アウインの瞳⋯?モント⋯何処でこれを!?」

「ブラウエ・アウゲンです。この袋に100個程入っています。僕達が戦いで起こした粉塵爆発で強い熱が加わり、ザントルツが変質して出来た鉱石です。加工が出来る程の硬度とこの輝きなら、小さくても価値はあると思います。」


 差し出されたモントの説明に目を丸くするエルツは小さく呟いた。


「(真理を見抜く力、か⋯。)」

「大丈夫⋯ですか?」

「何でもないよ。これがあれば村にも活気が戻るだろう。」

「この村の方々なら、エルツさんなら⋯出来ると思います。」


 鐘塔の先から零れる朝日は小さな村に希望を惹き寄せるようだった。



 それから暫く、鉱夫達の葬儀や遺留品の捜索等、キンター達と村で手伝いをしながら過ごした。シュラウスがエルツの傷に治癒魔法を施し傷もすっかり癒えた頃、この村に来て7日が経っていた。


 そろそろこの村から出なくてはならない。


 嘗ての大きさではないが“アウインの瞳”もこの目で見ることは出来た。

 ルーンや手帖の手掛かりはなかったが、まだ次の目的地もあるし、キンター達も賞金を受け取る為冒険者ギルドのある次の街へ行かなくてはいけない。



 出発の日、村人達に見送られる。


「ああ、淋しいわぁ。息子や娘が増えたみたいで嬉しかったのよ。また来てね。」

「おにいちゃん⋯またね?」

「おう!また、なッ!おっきくなれよ!」


 すっかり子ども達と打ち解けたキンターは、名残惜しそうに子ども達の頭を撫でる。


「モントに渡したいものがある。村第一号の作品だ。」


 エルツはモントにネックレスをかけた。胸元に下がる三日月に削られた青い鉱石が美しい輝きを放つ。


「なにそれ!?モントだけず〜る〜い!」

「ミュプフィアさん達にもありますよ。」


 ミュプフィアには髪留め、キンターにはピアス、シュラウスにはブローチをくれた。



「君達の旅路に幸あらんことを。」


 高らかに村の鐘が鳴った。




 村に背を向け、いざ新天地へ――。

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