対等な立場で
故国の元王子であるケルビスは商会の職員として働き、フランシーヌは魔力により植物の改良に携わっていた。
いろんな場所へ出向くケルビスは、当然ながら危険に出会すこともある為、時々冒険者ギルドに通い魔力での防御や攻撃の訓練を受けていた。
その際にフランシーヌを見かけることもあったが、接点は少ないままだった。
ただケルビスは元王族で、歴代の魔力の多い貴族家の血筋から妃を得ていただけあり、彼も潜在能力は非常に高かった。
冒険者ギルドに所属して魔獣と戦う資質があり、その方が地道に働くより実入りが良いのだが、彼はジンムックに恩があるので商会での所属を続けたままでいる。
一時は借金奴隷(故国からこの国に来るまでの料金の為)になった両親を見放さず、かつ自分達を育ててくれた彼らには、一生恩返ししていくつもりだった。
両親で返済する借金は母親が失踪したことで、労働にも子育てにもいっぱいいっぱいの父親一人の肩にかかった。
それでも何とか踏ん張った父親に力を貸し、尚且つ母親の分を帳消しにしてくれたジンムックには感謝しかない。
もし故国に置き去りにされていたなら、家族は全員餓死か凍死をしていたし、こちらに来ても慣れない生活を助けて貰えなければ、今の生活はなかっただろう。
さらにジンムックの息子アムレルとは家族同然に育ち、妹のカトレニアはアムレルと結婚して娘と息子がいる。
何と下の息子セラヴィスは、父親の娘メゾララナと同じ年だった。カトレニアの息子マルセイと3人で本当の兄、妹、弟のように仲が良い。
まさに家族ぐるみの付き合いなのだ。
未だケルビスだけが独身で、幸せのオーラに当てられている。フランシーヌを諦めて、他の誰かと結婚するのも幸せだと思うが、どうしても焦がれる気持ちを持ち続けてしまう彼。
それなりに仕事が多忙なのも、結婚をしない理由の一つなのだが、彼女が結婚するまでは他に目を向けられないだろうと自覚していることも否定出来ずにいた。
父親の後妻であるルスピアは言う。
「恋は戦いよ。積極的に行かなきゃ、視界に入れても貰えないわ! そして振られるなら残酷な程に、ちゃんと決別しなきゃ。いつまでも前に進めないわよ」
「そ、そんなことをズバッと言うなんて。確かに貴女はそうだったけど……僕にはハードルが高いよ!」
「何よもう。いい年なんだから、もっとどんどん(愛を伝える)経験を積みなさいな。当たって砕けた骨なら、子供達と一緒に拾ってあげるから」
相変わらず豪快で適当で、それでいて愛の溢れる微笑みの義母である。
「まあ少し頑張って見るよ! でもまあ期待しないで」
そんな感じで日々は過ぎていく。
◇◇◇
ケルビスは今日も行商の旅に出ている。
魔物素材の買い付けの為に立ち寄った故国での偶然の出会い。それから、ずっと彼女が忘れられずにいた。
ケルビスやフランシーヌの暮らす国には、故国から亡命して来た者が多くいたようだ。あの時は名も知らなかったフランシーヌのことは、事情通のジンムックからすぐに聞くことになった。
見かけたのは墓石の多い高台の付近。
男女二人の赤髪の護衛 (のような)に守られた、オレンジの髪の美しい令嬢。
それだけで彼は、オレンジ髪の令嬢が誰かが分かっていた。自分と同じように家族を国に犠牲にされた者だと。
伊達に大きな商会の主ではないと、ケルビスは純粋に思った。その彼の脳裏に亡くなった姉の顔が思い浮かぶ。「弱かったお前達が悪い」と、亡くなった姉が上司に罵倒されたことを。
(こいつは知らない。俺の姉のことも。どうしてここに俺達が暮らしていたのかも。それに……もうこいつは憎むべき存在ではない。同僚? 息子? 家族のような者だ)
だからジンムックは教えたのだ。
「彼女の母親はもう亡くなっているから、きっと墓参りしていたんだろう。彼女は植物に関わる魔法でこの国に貢献しているから、何の力のないお前では恋人になるのは難しいかもな。今のお前なら、欲張らなければ普通に幸せを探せるぞ」
遠回しに『諦めた方が良い』と言ってあげたくて。
王族でも何でもなく、幼い時から仕事を手伝い育ててきたような彼に。
それでも彼は、フランシーヌに焦がれ諦めきれないようだった。
それは5年経った今もそのままに。
「じゃあ僕は彼女に認めて貰えるように、もう少し頑張ってみるよ」
ジンムックの商会で共に働いてきた仲間二人と商会の取り引きに行ったり、道中で出会した魔獣狩りを自分達で行い素材を売り捌いたりと懸命に働き、資金も貯めていった。
ケルビスとその仲間二人は戦闘力が強かった為、猛獣や魔獣のいる山を抜ける地域や、紛争や災害のある場所にも行商に出掛けていた。その中にはフランシーヌが支援した物資の、輸送業務も入っていた。
◇◇◇
特に直接的な接点もないまま季節は巡る。
フランシーヌにアプローチをする者も少しずつ減るが、彼女は変わることなく微笑んで元気に暮らしていた。
ケルビスも時おり見かけるその様子に「元気で良かった」と口角を上げる。
あれから更に10年の歳月が経ち、今では彼女の背景を知ることが出来ていた。
彼女の両親は政略結婚で結ばれ、魔力の多い娘が望まれたことで生まれたフランシーヌ。何れ戦士として国に仕えることになる使命を持つ彼女を、後妻のシフォンは虐めていた。
その後にフランシーヌは、故国の元戦士達とこの国に来たのだった。
公爵を父に持つシフォンだったが、戦士達が出奔し滅びた国を公爵達は捨てた。彼らはフランシーヌ達とは違う国へ亡命していた。
公爵の親族が住む国で伯爵位を購入し、今後の資金が必要な公爵達はまだまだ若いシフォンを中年貴族の後妻に押し込んだ。
その際にマシューも連れていたが、離婚をさせて神殿へ置き去りにしたようだ。
それでもマシューは運命を受け入れ、亡き妻を思い神に仕えることにしたという。フランシーヌへの思いは分からないが、亡き妻の話をよく話していたと神殿の関係者は言う。
故国で伯爵位を持っていたマシューの財産は、既にシフォンの父公爵に奪われていたようで、彼が神殿へ入信する寄付金以外に持っていた資金はなかったそうだ。
けれどマシューはその場所で、心穏やかに祈り暮らした。ジゼルが亡くなった後は既に脱け殻だったような彼は、食が細くなり栄養状態も悪かったせいで脆弱だった。入信して2年で流行り病で亡くなり、鬼籍に入ったと言う。
マシューの両親は公爵家とは別に国を去るものの、すぐに資金が底を突いて貧困に陥り、数か月後には亡くなったそうだ。今までの贅沢な暮らしを止められず、現実を受けないまま限界までそれを続けたのだろう。
何れマシューが助けてくれるだろうと逃避したまま、最期を迎えた。マシュー達も亡命した状態でそれを望むのは、ずいぶんと甘い思惑だったと言える。
ケルビスがそれを知ったはずいぶんと後で、フランシーヌもそれを知っているからこそ、結婚に夢を見られないのだと思った。
滅びるべくして滅びた故国と、その栄華を甘受して来た者の末路は悲惨なものだったが相応しくも思えた。
シフォンの両親のように狡猾に振る舞えば、再び返り咲くこともあるだろうが、周囲で仕える者は常に緊張を強いられるだろう。
あれだけ大事に育ててきた娘のシフォンさえ、最愛の夫であるマシューと離婚させて中年の後妻にしたのだ。
部下や使用人等、逆らったり任務を失敗すればどんな目に合わされることか。
どんな状況に合っても貴族として生き続けるのは、生易しいものではない。それが本当に幸せなのか、元公爵が望んでしたことかも分からない。
平民に堕ちるより貴族でいる矜持に全振りしたのなら、正しいのかもしれない。
ただシフォンは違ったようだ。
「マシュー、助けて。ここは嫌よ。私が好きなのは貴方だけなのに! こんな男の子なんて産みたくないの。助けに来てぇ、お願いよ、っ……」
頬に涙が落ちるシフォンは、美しくも優しくもない夫に若くて美しい容姿を買われたようなものだ。幾度となく抵抗したが、頬を打たれ罵られながら毎晩のように組み敷かれて体を繋げられた。
「女は若くて美しいうちしか価値がない。お前も明日は今日より年を経って劣化するんだから、今日を目一杯愛でてやる。それが俺の愛なのだ。でもまあ、可愛く抵抗されながら組み敷くのも、興奮するものだな。今まで俺に逆らう女など居なかったからのぉ。ホッホッホッ」
そんな言葉と共に胸が撫でられ、また下着が脱がされてしまう。一晩に何度も何度も、悲鳴をあげても抵抗しても、夫となった男は行為を止めない。いっそ花瓶ででも殴り殺してやろうかと思っても、扉の前には屈強な護衛がこちらを見張っており、それも無理に思える。時おり「くっ」と楽しそうな声を漏らし、こちらを見てくる羞恥にも何も感じなくなったシフォン。
(この地獄はいつまで続くの? 私がフランシーヌを虐めた報いなの? もう、いやぁ)
頼みのマシューはこの世界にはおらず、彼女は今の夫である男の子供を生むだろう。
ただその夫は若い女に価値を置く為、もうすぐ(肉体的な)救いは訪れる筈だ。
生まれて来る子がシフォンに愛されるのかは分からないが、跡継ぎが必要な夫にだけは大事にされることだろう。
そしてもし母親に愛されないなら、その子も愛を求めるのは止める筈だ。
政略結婚でもジゼルに愛されたフランシーヌは、とても幸福だった。フランシーヌもまたジゼルを深く信じて愛した。亡くなった後も守護する魔法をかけて貰えたのは、その証なのかもしれない。
報いはそれぞれに訪れ、その環境に適応出来るかどうかが生き残る道だ。運も味方。そんな世界で生きていく人々。
◇◇◇
ケルビスはジンムックに独立しろと言われ、自分の商会を持てるようになった。
彼はジンムックの下で働くと言うも、「俺ももう年寄りになったから、ゆっくりやっていくつもりだ。お前達を養うのはもう止める」と豪快に笑っていた。
独立したケルビスと二人の仲間で立ち上げた商会は、自らで討伐した魔獣を加工して貰う商会に渡して、加工したそれを自分の店で売るシステムだった。自ら加工する店舗をまだ持っていないのだ。
時には冒険者のように、護衛業務も請け負う何でも屋もしていた。
元手をかけず出来ることはする覚悟だった。
今は3人で一店舗だが、理想は一人一店舗を理想に頑張っていた。
ケルビスは時に、フランシーヌの護衛依頼も受けていた。ルジェンとセレナはそれぞれに家庭を持ち、年を経て動きが鈍くなったことで、ケルビスに頼むことにしたようだ。
ブレンディの冒険者ギルドもあるのだが、その護衛者が金により裏切りフランシーヌを拐う件が以前にあったことで、ルジェンとセレナが離れられなくなくなっていたのだ。
そこでルスピアがケルビスのことを紹介し、一度任せてみてはどうかと提案した。
ルジェンとセレナは、ケルビスのことを過去と現在を調べた上で、一度依頼をしてフランシーヌを任せた。
「とても紳士で安心でした。またお願いしたいと思います」
フランシーヌの声を聞いて、その後も依頼を任せられることになったケルビス。勿論彼一人ではなく、セレナの弟子である女性の冒険者も一人付くことになっている。
何度も護衛に付くことで、3人はたくさんのことを話していた。その中にはセレナとルジェンが既に知っていたが、フランシーヌに伝えていないこともあった。
ケルビスが元故国の王子で、この国で平民として生きてきたことや、母親が彼を捨てて出ていったこと等も。
「僕は今幸せだよ。父も妹も笑って暮らし、僕も仲間と自立して店まで持てた。そしてフランシーヌさんと話すことも出来たし。勿論チルライナともね」
「もう、おばちゃん(35歳、既婚)の私のことは良いって。もう少し(フランシーヌに)愛の言葉でも囁きなさいな。チャンスもそんなにないんだから!」
「そんなこと言われても。でも本当に、この瞬間がもう幸福なんだよ。はははっ」
そんな言葉を真剣なのか、冗談なのか判断出来ないフランシーヌ。けれどフランシーヌもこの雰囲気が嫌ではなくて、彼女も微笑んでいた。
今は雪の降り続く故国に到着し、亡き母ジゼルの墓参りをしていた。
魔獣は変わらず時々現れ、ケルビスとチルライナが屠っていく。今日はフランシーヌの購入したマジックバッグがあるので、魔獣を捌き、肉・皮・牙と爪・魔石に分けて収納して貰っていた。
マジックバッグは大変高額で、かなり稼いでなければ購入できない品物だった。
フランシーヌは植物や野菜の品種改良や、土壌の改善等も手掛けており、多くの資金を得ていた。その殆どを教会や孤児院に寄付し災害の支援もしていることで、彼女には珍しい品物がお礼として現物で送られてくるようになった。
彼女は高い物よりも、孤児の女の子が愛情を込めて作ったマフラーの方が大事だったが。それはもう5年も使っている程だ。
送られてくる珍品の一つが、マジックバッグである。
それ以外にも、自動で動く電動車やボタンを押せば最大で10パターンに変化する服等、お金では手に入らない物だった。
勿論盗難防止付きで、彼女以外が使えないようになっている。
それは彼女の邸に保存されているが、あまり使うこともなく眠っている。唯一使いやすいのが、マジックバッグだった。
そんな何度かの狩りの後に墓石の前に着いたが既に上空は暗く、落て来るのではないかと言う程星が輝いていた。
星空だけは、何一つ昔と変わっていない。
(お母様、今年もお墓参りに来ることが出来ました。セレナさんとルジェンさんも結婚し、子供達に囲まれて楽しそうです。私はまだ結婚とかは考えていないけれど、家族って良いなと思えるようになりました。昔のお父様と継母といた時には思えなかったことです。いつか私に家族が出来たら、すぐに報告に来ますからね)
手を合わせて目を瞑り、亡き母ジゼルに話しかけるフランシーヌ。彼女の心は今、とても穏やかだった。
その彼女を優しく見守る、ケルビスとチルライナ。
本日はこの地にテントを張り、ケルビスとチルライナが交代で寝ずの見張りをする。
彼女は押し付けないケルビスの好意に気付いていた。
彼は彼女より2つ年下で、ジンムックの店で奉公人のように働いていたと聞く。
(元王子でも、頑張ったのね)
当時6歳でこの地に来たのなら、自分の王子だと言う立場も知っていた筈なのに。彼のことが気になったフランシーヌは、何となくセレナに彼のことを聞いたことがある。
「彼は妹の面倒を見ながら、仕事も頑張っていたそうよ。最初は矜持が捨てられない元国王を支えながら、人の倍も仕事していたって、彼の妹の旦那さんが教えてくれたわ」
「そうなの。そんな苦労を…………」
ケルビスのことが気になった時点で、彼女の視線は彼に向いていたのだろう。
ケルビスはフランシーヌを追うことを諦めず、フランシーヌもケルビスのことが気になっている。
両片想い状態。
まだ30代の二人だから、いつか気持ちが通じる日が来るのかも知れないし、このままかもしれない。
けれどきっと、二人の絆は切れないまま続くことだろう。暖かな気持ちのままで。




