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雪と少女  作者: ねこまんまときみどりのことり


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3/4

元国王達と、その後の話

「な、何故誰もおらんのだ。宰相は、側近達は何処に行ったのだ!」


 国王レビンの訴えは、いつものように続いていたが、それが誰かに届くことはない。


 最後の残った臣下である宰相のブレンディも家族を逃がした後、英霊のノブハード・デンネルの墓前で自害しようとして山に登っていた為、城には本当に誰もいなくなっていた。


 既に残る者が家族以外いないと知らぬ国王レビン、王妃ジルハ、王子ケルビス、王女カトレニアは、空腹と共に漠然とした不安を抱えていた。

 政治そのものを宰相他、側近達に丸投げしていたことで、完全に依存して生きてきた彼らは未だ現状を理解していなかった。


 国王は王命を蹴り、好き合った子爵令嬢と結婚していたことで、国を動かす高位貴族と繋がりを持っていなかった。高位貴族達も何代も凡人が続く、王家と無理に繋がりを持とうとはせず、各々で利益を得ることに邁進していく。逆に慰謝料で潤うくらいに。


 両親が自由気ままに暮らしている為に、王子や王女も優れた教育を受けられず、何も思慮なく遊び暮らしていた。幼児と言えど王族のそれは、異常なことだとも気付かずに。

 それこそ下位貴族や平民等から、搾取して生きることが当然だとしか教えられなかった。


 だからこそこの最悪の状況になっても、家臣が何とかするといつまでも信じていた。

 彼らが信じる力ある家臣達は、とっくに国を捨てて他国に亡命していた。給金を貰えない兵士・護衛・使用人もそれに倣う。忠誠を誓うような王族ではないから、未練の欠片もない。領民等は食料がなくなり、とっくに見切りを付けて去っていた。


 切り札となるような資金はとうに底を付き、隠し財産等を作ることも勿論しておらず。もう城には価値ある物は何もなくなっていた。


 そんな危機の際にたまたまそこに現れた商人は、喚き散らす王族を連れて自分の住む国へと戻ることになった。


「余は困っておる。今まで世話をしてきたのだから、何とかしろ!」

 この状況になっても威張りながらも、商人を下に見ていた国王。盲目に憐れな戦士達が従っていた時と同じように。


「そうですね。まあ、お世話になりましたから、一緒に私の国へ行きますか?」

「ああ、そうしてくれ。ここにいるのは、余と王妃、王子と王女だ。よろしく頼むぞ!」


 若い商人は頷くが、さすがに条件を付けた。

「でも国に行くには、運送代と食費も頂きますよ。支払えますか?」

「馬鹿者! そんなのはお主の国の王と話して借りるから大丈夫だ。急いで出発しろ!」

「分かりましたよ。一応念書を書いて下さいね、一応。そうじゃなきゃ、お連れすることは出来ません」

「うぬ~、分かった。ほれ、これで良いじゃろ!」

「はい、確かに。では出発します」


 ニヤつく商人の様子に気付かず、寒いだの、乗り心地が悪いだのと不満を言いながら、彼らは商人の国に到着した。


 その後その国の国王に商人経由で面会を申し込んだが、滅亡した国の王に会うつもりはないと、当然の如く断られた。

 その為この地に来るまでの料金は借金となり、国王達は商人の借金奴隷となった。


「そ、そんな、どうしたら良いんだ!」

「そんなの働けば良いんですよ。金を得る為にみんな働くでしょう? 同じことです。でもその前に貴方方には、借金を支払って貰いますがね」


「国王である余がか?」

「人が逃げた国は滅亡したのです。だからもう、貴方は王でも貴族でもありません。ただ一人の人間です」


「っ……そう、だな。余の、いや俺の代で国は滅びさせてしまった…………」

「…………」


 俯きながら悔しそうに、それでいて泣きそうな国王は漸く事態を受け入れ出した。


「嘘でしょ? レビン様。これからどうすれば良いのよ!」


 顔面蒼白になる王妃と、不安で互いを抱きしめ合う兄妹がそこにはいた。


 商人は最初事務仕事をさせようとしたが使い物にならず、商家の荷運びや畑仕事を彼らにさせた。


「何でこんなに間違うんだよ? これじゃあ子供に任せた方が早いじゃないですか!」

「こんなこと今までやったことがないんだ。違う仕事を探してくれ」


「国王と王妃だった癖に計算も出来ないなんて、こっちが驚きですよ。仕事しないなら、食事もあげませんよ。良いんですね!」

「ぐっ、それは……。分かった、言う通りにする」

「レビン様……。こんなことになるのなら、王妃になんてなるんじゃなかった! 国がなくなるなんて、なんて無能なのよ!」

「う、煩いぞ、ジルハ。お前だって計算が出来ない癖に。役に立たん女だ!」

「何ですって! 悔しい~」


 仲の良かった両親が喧嘩する様子に、6才になった元王子ケルビスと4才の元王女カトレニアは泣きそうになった。 


 元国王レビンと、元王妃ジルハはまだ20代後半だ。彼らは頭は良くないが、血筋故の美しさがあった。その子供達も同様に。

 商人は最初からレビン達に期待していなかった。

 最終的に全て駄目なら、彼らをその手の商売の者に売り渡そうと画策していた。


(今は自分達の状況を受け入れさせて、プライドをへし折る時期だ。何れ受け入れれば、使いやすくなるだろう)


 だからこそ商人は寛容に彼らと接した。最悪子供が成長すれば元が取れるだろうと思いながら。


 彼ジンムックは元レビンの国の民だった。 

 姉弟で討伐に出た先で、魔力の強い姉が彼を庇って死んでいた。その時でさえ何の補償もされず、「お前達が弱かっただけだ」と罵倒された。高位の貴族は戦いに参加することなく、安全な場所でカードゲームに興じていたのを多くの者が知っていた。


 その後家族ごと国を去り、親戚の商家で働くことになったジンムックの家族。彼はムクムクと頭角を現し、若くして店を持つ程になった。姉の為に懸命に生きると誓ったせいかもしれない。


 そんな彼は精悍な大人になり、幼い時と顔も変わっていた為、捨てた故国にぼったくりながら品物を売り付けていた。

 まさか故国がこんなに早く滅ぶとは、思ってもいなかった。だから国王達を連れ戻ったのは、ほんの気紛れだった。


 あっさり死んでしまうより、プライドも何もかもなくして絶望を見せてやろうと思って。



 けれど…………。

 幼い子供達は、何の教育も受けていないようだった。

 最初こそ生意気な口調だったが、父であるレビンが折れてからは不安げに怯えていた。


「おにいさま、こわいです。これからどうなるのですか?」

「大丈夫だよ、レニア。僕が絶対に守るから」


 兄であるケルビスは妹カトレニアの耳を塞ぎ、いつも不安から守っている様子だった。(自分だって震えている癖に……)そこには傲慢な様子はもうなかった。


(ああ。この子らは、傀儡のように育てられてきたのではないだろうか? 元国王夫婦は教育等に関わることはなかったから、陰で国の利益を貪っていた存在に愚かに教育されていたみたいだ。普通6歳だとしても礼儀作法や文字の読み書きくらい教え込まれていた筈なのに、何も出来ないのだから。

 そしてただ怯えて暮らしている。もうこちらの顔を見て、不安そうにするだけだし…………)



 王族や高位貴族全体を恨んでいたジンムックも、子供達には同情を向けた。最初は贅を尽くし生きていた彼らを売り飛ばしてやろうと思っていた。けれど弱い者にそれをすれば、自分も彼らと同じ場所まで堕ちる気がした。

 だから彼は妻のラムレムに、子供達への教育を頼んだ。表向きは店番の手伝いとして、お小遣いを渡しながら。


「貴方のそう言う甘いところ、私は気にいっているのよ。お人好しで信じられる愛しい人」

「よせよ。俺は自分の信念を貫きたいだけだ」

「そう……。でもその考え方は、素敵だわ」

「ありがとうな。いつも協力してくれてありがとう」

「なんのなんの。愛する人の為だもの」


 そんな感じで、元国王家族の生活が始まった。


 空腹はさすがに辛く、レビンとジルハは働いた。子供達も出来ないながら、店番をしたり家の手伝いをしながら過ごしていった。

 店ではラムレムから、彼らの息子達と一緒に店の品出しをケルビスとカトレニアが習う。文字や数字で分からない部分は子供達通しで助け合いながら、協力しているようだった。

 その後にラムレムが子供達全員に新しい知識を与え、それぞれ話し合う時間を持たせた。その後に焼き芋等のおやつとお茶を出して、午後からも店の在庫数の点検と書き出しを任せた。


 ラムレムは怒ることもなく、ただ微笑みながら様子を見ながらフォローしていくのだった。




 そのうちに美しいジルハは、見目の良い男に誘惑されその男と逃げてしまう。


「お母様が……そんなぁ」

「もうあんな奴のことは忘れろ! 帰って来ても家に入れるなよ」

「分かりました、父上。母上は僕達よりその方を選んだのでしょう。諦めます」


 その時点でボルビス10歳、カトレニア8歳。レビンは拙いながらもジルハと子育てをして、既に借金を返し終えていた。

 これからがスタートだと思っていた矢先の出来事に、レビン達は落ち込んだが、それでも生活は続いていくのだ。



◇◇◇

 レビンは畑の収穫の仕事から、配送の仕事に昇格になった。ケルビスは正式にジンムックの店にアルバイトとして雇われ、カトレニアは家の仕事を一手に引き受けた。


 その頃の子供達は物の道理が何となく分かり、亡国での自分達の愚かさと、世界の仕組みを知ることになった。

 自分達の国の成り立ちと、そしてその最後の王族だったと言うことも。


 レビンは国王であった時の傲慢さはなくなり、畑仕事や運送をする者の苦労を知り、毎日の糧に感謝して生きていた。

 彼もまた彼の両親から育児放棄のように甘やかされてきたことを、漸くと知るのであった。

 愛していたと思っていたジルハは、婚約者のいる当時|王子であったレビンを半ば寝とり王妃となった。可愛い妻は贅沢だが甘え上手で、両親から与えられない愛情をくれたのだと思っていた。

 けれど生活が困窮してからは不満ばかり言い、自分どころか子供達にも怒鳴り散らしていた。辛い時に支えてはくれなかった。


「俺の信じていたことは幻想だった……。妻だけが悪い訳じゃない。俺の選択のせいで国も子供達も……みんな不幸にしてしまった。でもこれからも生きていく為に、今度は少しだけでも良い選択をしていこう」


 彼は後悔し続ける。

 最後の国王として。




◇◇◇

 子供達は成長して仕事に就き、美しいカトレニアはジンムックとラムレムの息子アムレルと結婚した。その後も子供を背負いながら笑顔で店番をしている。


「レニア、少し休みなさい。無理は禁物よ」

「ありがとうございます、お義母さん。でももう少し、(売り物の)鉢植えの草取りだけしときますよ。整えとくと売り上げが違うんですよ~」

「そうかい? ありがとうね」


 ケルビスは冒険者と共に故国に赴き、魔獣の素材を買い付けてくる仕事を任された。


 冒険者には元故国の魔法使いもいるそうが、そんなことを彼が気にすることはない。誰もが生きる為に仕事をしているだけなのだから。


 未だに故国を支配する国はいない。

 雪に覆われた国に入るのは、冒険者か商人だけだ。

 ならず者がいついたとしても、外部の援助なしには生きていけない。

 それこそ多くの魔法使いがいなければ、住むことも儘ならない。


 魔獣は資源なので定期的に狩りが行われており、周辺地域に被害報告はない。



 そんな冒険者のギルド長は、元宰相であるブレンディである。

 彼は正体を隠したまま妻のアイナと再婚していた。それには息子のレンドルも大賛成だった。

 数年後にポツンとアイナが呟く。

「貴方は宰相であった、私の夫であったブレンディですよね。黙っていても気付いていましたよ。そうでなければ再婚なんてしませんでした。……生きていてくれて良かったと何度も聞こうとしましたが、聞けば貴方が消えてしまいそうで聞けませんでした。でももう、消えたりしませんよね?」


 微笑んでいる妻に嘘はつけず頷くブレンディは、彼女に抱きしめられた。

「ああ、良かった。本当に嬉しい。お帰りなさい、ブレンディ」

「あぁ、ただ、いま……っ」


 彼らは漸く蟠りなく、向き合うことが出来た。

 だが本当に今さらであった。

 息子のレンドルは、再会した時に見抜いていたのだから。


 今も一度別れて再会した後も、彼らの絆が揺らぐことはなかったのだ。




◇◇◇

 ジンムックは元国王であるレビンのことを許した。

 レビンは元々、ジンムックと彼の姉のことを気付きもしていないだろうけれど。戦士が国王に会うことはないからだ。


 畑仕事でずいぶんとこき使って、勝手にうさを晴らしたからだ。レビンは思っているより家族を養う為に頑張りを見せ、ジンムックはちょっと泣けた。


「何だよ、お前。ちゃんと頑張れるじゃないか? やっぱり先代の教育が悪かったのかな?」なんて感じで。


 そんなレビンは30歳を越えたところで、20代の元気な押し掛け女房ルスピアが出来て幸せに暮らしている。真面目に子育てをする彼の姿とイケおじフェイスに惚れたそうだ。

 すっかり威圧や変なプライドを捨てたレビンは、ただのイケおじだったからいろいろモテていたそうだ。

 本人は労働に夢中で、気付くこともなかったのだけど。


 子供達と年の近いルスピアは、押し掛け前からケルビスとカトレニアに相談していた。


「ねえ、お二人さん。私、レビンさんと結婚したいんだけど、反対する? もう、めちゃめちゃ好きなんだけど」  


「えっ、だって家の父さん(もう父上呼びは止めています)、ジジイだよ。貴方みたいに綺麗で若い人がなんで! 金だって持ってないし」 

「そうよ、もう37歳になるのよ。勿体ないわ」 


 父親を貶している訳ではなく、単純にそう言っていた二人だ。ルスピアは健康的に日焼けした肌に、黄緑の瞳を持つ金髪美人だ。人懐っこい魔法持ちで、周囲にモテモテだから余計に。


「そこが良いのよ。哀愁って言うのかな。過去を後悔して前向きに生きているところが、ツボなのよ。絶対幸せにするし、私が養っても良いから。ね、お願い。協力して」


「そうね。父さんもこれから寂しくなるし」

「まあ、話す機会くらいなら。揉めるの嫌だから、お奨めはしないからね」と、その圧に負けて、協力する二人。


 時々家に呼んで4人で食事したり、誕生日にも呼んで一緒に祝ったりして、距離を詰める手伝いをした。


 その度にルスピアはイケイケで、レビンと話をしていた。レビンは子供の友人だと思って笑っていたが、途中から変だと気付く。

(なんか、距離近くない? まさか俺に好意が? いかんぞ、自意識過剰過ぎる。絶対に変な気を起こすな、俺!)


 そんな時期もあったが、カトレニアに言われて自覚する。

「もう。何やってるのよ、父さんは。あんなに良い人いないわよ。早く再婚しなさいな!」

「え、えーっ。再婚って、お前。何言っているんだ。お前の友人だろ?」


「今はまあ友人だけど、元々父さん狙いで来たのよ彼女。それに私だってアムレルと結婚するから、居なくなるし。兄さんだって、これから仕事で長く留守になるよ。故国方面担当の責任者になったから。孤独に過ごすより結婚すれば良いじゃない」


「え、えっ。お前ジンムックの息子と結婚するのか? いつから付き合ってたんだ! 婚約してないのに結婚だって!」


 驚いて瞠目し、早口で捲し立てるレビン。


「もう、貴族じゃないから、婚約なんてあんまりしないのよ。それに私は幼い時からずっと、アムレルが大好きなの。反対したって無理だから!」

「反対はしないけど、だってさあ。ああもう、勝手に大人になって……」


 怒ったりしょげたりと忙しい父親に、思わず頬が緩むカトレニア。心配してくれていると分かるからだ。


「それより今は父さんのはなしでしょ? 暫く一緒に暮らしてみようよ、この家で。それで決めたら良いと思うよ」


「ああ、それも良いか。すぐに愛想を尽かすさ。こんなおじさんだし…………」



 ちょっと放心し投げやりだったレビンだが、ルスピアは歓喜してカトレニアに抱き付き、討伐土産にと大粒のルビーのような魔石を彼女にプレゼントした。


「家に入ればこっちのものよ。ありがとうね、レニアっち。是非母と呼んで♡」


 その後レビンから結婚すると、報告のあったカトレニアとケルビス。

「あら~、父さん。婚約しないの? 良いの結婚で」


 そう冷やかすと赤面するレビンと、「もう愛の結晶がいるから、結婚して貰わないと泣いちゃう~」と豪快に微笑むルスピアに、まあっと驚くカトレニアだ。


 自分の産む子ときっと仲良しになると、ちょっと楽しくなるのだった(この時はまだ純潔のカトレニア)。

(家族が増えるのか、目出度いな)と、ケルビスも頬が緩みホンワカムードだ。


  ルスピアの両親は既におらず、兄は冒険者で常に傍にいないと言う。もう3年会っていないそうだ。連絡がつかないから勝手に結婚して、後で報告すると微笑んでいた。




 その後冒険者になったルジェンとセレナに付き添われ、共に故国で墓参りをするフランシーヌに会ったケルビス。

 年下の彼であったが、その美しさに惹かれ思わず声をかけるのだった。


 その後にフランシーヌの活動を知り、冒険者ギルドと協力した商会の仕事で度々会うことになり、距離を少し縮めるだが、ライバルが多くて泣くことが多いケルビス。


 これからケルビスの奮闘が始まるのだった。






◇◇◇

 10年くらい後。

 レビンの妻、ジルハは共に逃げた男に捨てられてレビンのいる街に戻って来た。


 けれどレビンはルスピアと結婚しており、幼い女の子を間にして手を繋いで歩くのを見てしまうのだった。


「おかあさん。きょうのごはんは、なあに?」

「今日はね。お父さんの好きなオムライスよ」

「わあ、ミレナもすき~。おとうさんもうれしい?」

「ああ、嬉しいよ。ミレナと一緒だな」

「うん、いっしょね。うれしい」


 その会話から彼らが親子だと分かった。


 彼らを見るジルハをルスピアは牽制し、彼の視界を遮りながら満面の笑顔を彼女に見せつけた。

(きっとあの美熟女もレビンのファンね。彼は渡さないわよ)


「っ……(そこまでしなくても良いじゃない! これじゃあ、お金も借りられないわ)」

 ジルハは項垂れて、彼の元を去って行った。



 その通りすがりにカトレニアがいたのだが、彼女(ジルハ)は気付かない。彼女の記憶は幼い娘のまま止まっていたからだ。

 カトレニアも項垂れている彼女に気付くことはなかった。遠い記憶しかないので、見ても分からなかったかもしれないが。


 結局家族を捨てて逃げたジルハは、碌に家事も出来ず我が儘なままで、美しい肉体が衰えたことで捨てられていた。既に彼には他の浮気相手もいたようで、実にあっさり姿を消し、彼女は日雇いの畑仕事を嫌々やりながらこの国に戻って来たのだった。


 ケルビスも丁度この国にいなかった。彼女は誰にも頼ることが出来ず、街を去ることになった。


(私が捨てたと思っていたのに、きっとずっと昔に捨てられていたのね。どうしたら良いのだろう)


 彼女が来たことも去ったことも、元家族は知らないままだった。今さら醜態を晒すよりその方が、彼女には良かったのかもしれない。


 手放したものは戻らない。


 漸く分かった時には遅いのだ。



 彼女はこれから、一人で生き方を選択していく。

 せめてレビンの幸福を目に焼き付けて、自身も幸せになれるように。


 勝手に星座にされて後数年転生できない英霊ノブハード・デンネルは、元王族の彼女にエールを贈っていた。

 彼は空から故国とそこにいた民達を見守っていた。

 彼が顕現出来るのは、彼を心から信じる者の前だけだで、ブレンディは特例中の特例だった。




◇◇◇

 きらきらと煌めく夜空から、誰かが見守ってくれると思えば、少し勇気が湧くのではないか。


 ノブハードの伝説は、ブレンディが子供用に作った絵本で多くの者が知る英雄の物語。


 何も言わなくても故国の民は思う。

 今日も英霊は、みんなの幸せを願ってくれているのだと。





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