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雪と少女  作者: ねこまんまときみどりのことり


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国の崩壊

「何としたことだ。何故大勢の戦士達がいなくなったのだ! このままでは魔獣に城が流れ込むぞ、早急に何とかしろ!」


「ですが陛下……誠に申し訳ないですが、これ以上はどうにもなりません」

「我々も手は尽くしていたのですが…………」


「ええい! どうしてこうなったのか、誰か説明せよ!」



 周囲は真闇に包まれている中、王城だけには光を操る魔法使いが大勢いる為、混乱の中でも光輝いている。


 甘やかされて生きてきた国王は、今までいくら説明されても危機感なくいつも通りに暮らしていた。


 戦士の離反の報告は既に散々あげており、臣下達は対策を迫ってきたのに「雑魚どもが居なくなっても、大したことはないだろう。我が国の英雄は残っておるのだから」と、放置したのは国王なのに。


 街にも村にも薪にまわす金などなく、王城だけがきらきらと輝いていた。




◇◇◇

 少し前。ジゼルの弟妹と他の戦士が共闘して魔獣狩りに参加し大量の獲物を獲得して来た時には、いつものようにそれを搾取する貴族達が歓喜に湧いた。


 その油断をついてジゼルの弟妹やその仲間、フランシーヌが逃亡できたのであった。



 この国でしか狩れない魔獣の毛皮と、その魔獣の腹部から採取される珍しい虹色の光を放つ魔石は、希少価値で莫大な利益を生んでいた。

 その毛皮や魔石の加工、販売、他国との流通の仕事に就く高位貴族は、その利益を蓄え放題。国王も高い税金を得られることで癒着し、欲しいまま贅を尽くして生きていた。


 だからこそ高位貴族が、下位貴族や平民戦士達の魔獣討伐での働きを搾取することに許しを与えたのだ。本来第一線で働く者にこそ報奨を与える必要があるのに、それは彼らに渡らず爵位の上位者が掠め取っていた。

 

 その反面、高位貴族の正当な戦士が討伐に出たものなら、全ての栄誉はその者に与えられ褒め称えられることさえあった。たとえ後方で震え足手まといであったとしても、実際の功労者達は逆らえない。

 その戦士は何れ家門の当主となり、彼らを搾取していく上司側に回る者だから。


 そもそもの昔。命懸けの活躍をした者が称えられて国王となって出来た仕組みを忘れ、ここ三代辺りの国王が腐り始めた話で、自分達で自分の首を絞めただけなのだ。

 報われない生け贄達を欲望の為に作り上げて。


 前線に立って(立たされて)戦い、その勇気も戦果も得られず傷付き時に亡くなった多くの者達の屍の上の虚飾に、昔の英霊はきっと泣いているだろう。




 領民達はこのことを知っている者と知らない者に分かれていた。知らない者は称えられる偽りの者を英雄と呼び、知る者(被害を受けていた者達)は義憤に駆られ、見えない場所で唾棄する。

 子供や女性達への虐待めいた仕打ちは口止めされており、知らない者は被害にあっていないのだと分かるのだ。


 それでも下位貴族や平民達は魔獣関係の下働きの仕事に就き、長くこの地に留まって来た。勿論それほど贅沢は出来ないが、それでも先祖代々生きてきた場所だった為、出て行くリスクと天秤にかけて安定を取っていたのだ。



 だがある時、強い戦士達が去ったと噂が立ち、加工する魔獣の毛皮や魔石、さらには魔獣肉の流通が止まった。

 贅沢品の方は仕方がないとしても、肉は日常で消費する必要不可欠な物だ。野菜も殆ど育たないこの地で暮らす者の食料なのだから。備蓄している物なんて殆どない領民達は、国に嘆願する。


「お金があっても肉が届かないのです。どうかこちらにも回して下さい。このままでは飢えてしまいますので、何とぞお願いします」と、何度も頭を下げた。


 それに対して門番達は、冷たく彼らをあしらった。

「我々だとて困窮しておるのだ。お前達は少しの間我慢するのだ」と、犬でも追い払うように言い放った。


 実際に狩りが出来る者は少なく、今や食料さえも圧倒的に不足していた。

 蓄えのある者は通いの商人に頼めばいろいろと手に入る食料も、僻地である為に上乗せされる料金では、平民達には手が出せない。

 それも一度で終わるものではなく、この状況の終わりさえ見えないのだから。


 極限の環境であった為、領民達はまだ何とか動けるうちにと、国を捨て出て行くことを選択した。

 手に入る木の実や芋だけでは、暮らしていけないとの判断だ。


 国や高位貴族の命令で泣く泣く娘が犠牲になったり、子供を取られたりした家族もいたが、それでも国から離れて行くことを決めたのには、ある出来事が後押ししたせいもある。


 娘や子供達を案ずる家族らに、他国に移住していた者(この国で戦士になっていた者)から、その旨が書かれた魔法郵便が届いたからだ。


 その頃。

 子を産んだ(産まされた)女達は生家に帰されていたか、出産で亡くなっていたのを隠され、子は貴族の家に引き取られていたから、子供達の詳細は案ずる者達に知らされていなかった。実質、人質に取られたようなものだった。

 それこそ生きているか、死んでいるのかも分からないまま。

 今までは「子供は貴族となったのだから、余計な連絡はするな!」と脅されていた為、手紙を送ることさえ出来なかったのだから。


 けれど今、この国には心配していた子供達がいないことが分かった。既に亡くなっていた娘や戦死した子供達のことを知らされた家族も、辛いけれどこの国に見切りを付けられる機会になった。


 金の為に子を手放した者達には、魔法郵便は勿論届かない。


 きらきらと光る魔法で出来た伝言鳥を見つけるのは、いつも家族を案じていた善良な者達にだけなのだ。


 

 国から被害にあっていた者達は合流し、ある夜更けに一斉に姿を消した。


 行き先は雪のない暖かな場所。

 そこはフランシーヌやルジェンとセレナ、そしてこの国の元戦士達が暮らす場所だった。


 輝く伝言鳥は、手紙の他にも路銀を入れてくれていた。これで飢える心配がなく、旅に出られる筈だ。


「ありがとうな。お前達に何もしてやれず、泣いてばかりだった我らにこんな施しをしてくれて」

「必ず恩は返すから、待っててね」と、泣きながら感謝する家族。


 そして子や娘を亡くした家族にも、手紙と路銀が送られていた。

「ずっと(妾にされた)彼女はご両親を案じていましたから、そこから逃げて欲しいと思っている筈です」

「あいつは俺を庇ってくれた命の恩人です」

「辛い時でも仲良く生活できたのは、亡き友のお陰なのです」

 等々と、被害にあった彼らと交流のあった友達(ともたち)は、友達の愛する家族らへ手を差し伸べたのだ。



 実際に魔力の強い彼ら(元戦士達)は、移住先で高給を貰って暮らしていけたから、無理をしている訳ではなかった。

 受け取った家族もまた涙した。手紙をくれた彼らと共に亡き娘や子供を思い出して。


「貴方を見ていてくれた人がいたのね。頑張りを認めてくれた人が…………」

「出来るなら……生きているうちに一目会いたかったよ……うっ」




 そんな中で、当然のようにマシューには連絡は来なかった。ジゼルの義理の弟妹である、ルジェンとセレナの親にも。

 今までの搾取金があれば、逃げることも暮らしていくことも出来るだろうけれど。



◇◇◇

 その後も国王は情勢が読めず贅沢を止めないで暮らした為、すっかり国庫は底を突いた。そんな国王に追従する王妃や王子、王女達も何とかなると考えていたが、生活は破綻を迎えた。


 最初に足元を見られながらも宝石や装飾品を商人に売り、城内の絵画や家具を商人に売りして、生活を維持したがそれも終わりが見えた。


 給金が払えなければ使用人も護衛も城を去り、城内の者を売り尽くしたことを確認して宰相も消えた。宰相だけはこの歴史を親から受け継ぎ、真面目に国王を諌めて来たが徒労に終えたことを悔やんでいた。


 彼は持てる資産を家族に持たせ、親戚の家に託すことにした。


「父上も一緒に行きましょう。僕達と一緒に」

「私は行けないんだ。みんなは生きておくれ。たとえ貴族でなくなっても、気高く誇りを持って」

「うっ、愛しています、旦那様。今までもこれからも……あぁ」

「私もだよ、アイナ。勿論レンドルも。大切な愛する私の家族。私の分も生きておくれ」

「あ、ヤダ、父上、うわ~ん」


 泣きながら抱き合ってから二人を馬車に乗せて、出発させる指示を馭者に出した宰相。

 彼は家族を見送り、初代の英霊が眠る山頂の墓所を数時間かけて登り訪れた。顔に吹き付ける雪は冷たく凍えそうだが、決して歩みを止めることはなかった。

 雪に縁取られた真っ白な墓石は、彼の心を落ち着かせる。


「私では国王の暴挙を止めることが叶いませんでした。死んでお詫び致します」


 礼をして剣を抜いた彼に、急に光が照らされた。

 いつの間にか吹雪は止み、雲間から光が差したのだ。

 キラキラと輝く一条の光が、まさに英雄の墓の上に。


「最期に綺麗なものを見せて頂きました。これは私の天へ昇る道標のようです」


 微笑みながら首に剣を当てようとする彼に、慌てた声が響いた。


「待て、ちょっと待て! お主のようなちゃんとした者が死ねば、本当にこの国は終わりじゃ。待つんじゃ!」


 ここに自分以外に人がいる筈もなく、宰相は慌てた。


「私はおかしくなったのでしょうか? 誰もいないと言うのに確かに声が聞こえる」


 そんな彼の前に、光が人の姿になって顕現したのだ。

「わしは初代のこの国の国王、ノブハード・デンネルじゃ。国王と言ってもくじ引きで決まったんじゃがの。みんなやりたがらなくて、無理矢理決めたんじゃよ。わしは王なんて要らないと言うたんじゃが、国王くらいおらんと体裁が整わんと言われて仕方なくな……。

 で、宰相殿。面倒だからブレンディと呼んでも良いかの?」


「はい、勿論でございます。英霊様」


 理解が追い付かないままのブレンディだが、全てを信じて従うことにした。光が人間になるなど、神の御業としか思えない。


「措置にはこの国の管理を任せたいのじゃ。別に国王になれとは言わんから。この地は魔獣が多いじゃろ? 何でもここは悪行を犯した者が堕ちる地獄のような場所らしくて、本来は飢えからくる共食いで昇天させることが目的だったと神様が言うておった。

 だが長年生き抜いて知恵を付けた魔獣が、近くの村に降りて人間を襲い始めたから大変じゃ。本当はこの国と外には結界があったらしいのだが、結界を維持していた女神が人間と駆け落ちしたせいでそれが解けた。間の悪いことに既婚だったから、いろんな神が人間に怒って結界を放置しての。そしてそのまま忘れられ、現在に至るんじゃ。分かったかの?」


「は、はい。何となくは」


「この地は定期的にテコ入れが必要じゃ。魔獣を減らさねば人に危害が及ぶ。軍資金と言うか埋蔵金はわしの墓にあるから掘ってくれ」


「出来ませぬ。英霊様の墓を暴くなぞ!」

「心配するな、中は空じゃ。わしの体は神に星とされたから、残っとらんのじゃ。ほら、わしらって、結界の解けた後の魔獣の管理(尻拭い)をしていたから、代表でわしが飾られたんじゃ。墓には埋蔵金が入っておる。ブレンディには冒険者ギルドを作って、討伐の指揮を取って欲しい。ここに住まんで良いから、頼んだぞ」


「ですが、この地はまだ王族の物です。私が勝手は出来ません」

「ああ、言うのが遅かったが、この国に人はもう居らんぞ。唯一いるとすれば、お主くらいじゃ。わしはお主の生命エネルギーを借りて顕現していたんじゃが、天の者と地の者が話すには時間軸が異なる。2年分のお主の寿命を貰ったんじゃが、どうせ死ぬ気だったと思うから許せよ。


 もうこの場で2年が経過している。


 王族はまあ、借金奴隷として奴隷になって連れて行かれたようじゃ。この国にはおらん。そしてこの寒い国を支配する者も現れておらんよ。

 わしは討伐の時だけ吹雪を止めるから、それだけは頼むぞ。あとその姿(宰相のまま)では問題があるじゃろうから、寿命はそのままで姿だけ美形にしてやる。大サービスじゃ。それじゃあブレンディ、お主を瞬間移動でフランシーヌのところまで送るから後は頼んだぞ。ちゃんとリュックに墓の中の金塊の一部を詰めて置いたから、足りなくなったらまたここを掘り起こせ。ではな」


 返事も聞かぬまま、大勢の元戦士達のいる国近くまで飛ばされた宰相。何故か検問にもパスし、街中にもあっさり入ることが出来た。


「そうだ、仲間を集め魔獣の討伐をしなければ。そもそもこの国に冒険者ギルドはあるのだろうか?」


 英雄からの志を胸に、彼は歩き出した。

 捜索すると冒険者ギルドはあったが、平和な為に小ぢんまりしたものだった。

 だから彼は冒険者ギルドに嘆願する。

「雪の国の魔獣が周辺の村を襲うので数を減らして欲しい。勿論報酬は出すからお願いだ!」


 そう言って背負っていたリュックをギルド長に見せた。

 彼はその一つの金塊を取り「ほおっ」と声をあげ、「この金があるならあんたがギルド長になれば良い。俺は引退したかったんだ」と言って、金塊一つを持って出て行った。

 残された秘書はブレンディ(元宰相である彼)の息子であるレンドルだった。近くに妻のアイナも住んでいると言う。


 正体を打ち明けられないブレンディだが、その時は涙が込み上げた。それを見たレンドルは、「お辛いことがあったのですね。私もあの国には縁がありますので、共に頑張りましょう」と握手を求めて来た。

 頷き握手をするブレンディは、もうそれだけで幸せだった。元気で生きてちゃんと働いている息子を目に出来て、妻も元気だと聞けたからだ。


 そしてもう一つの使命が彼にはある。

「英霊のノブハード様の為に、戦おう!」


 実は彼も腕に覚えがある為、共闘しようとして反対された。

「何でギルド長が戦うのさ。どこは俺達を信じて待ってて下さいよ!」

「そうですよ。その代わりに、武器とか回復ポーションとかたくさん下さい!」


「そ、そうか。じゃあ、賞金弾むから、無理しないで頑張れよ。時には退くことも、戦略的撤退と言う作戦になるからな。命大事にだ!」


「お父さん、いやお母さんですか? こんなギルド長初めて見たよ」

「良い人みたいだから、潰れないように程ほどにして下さいね」


「ああ、分かってるよ。計算とか(実は奸計も)程ほどに出来るから任せてくれよ」


 何しろあの国王の贅沢をかわしながら、最低限国を維持する資金を集め、今まで国を支えて来たのは彼なのだから。

(まあ最後は、乗り切れませんでしたがね)


 和やかに送り出され、討伐に向かうギルド員達。その中には元あの王国の戦士も多い。

 今は保護魔法の効いた防具もきちんと身に付け、怪我はあれど大怪我をする者はいない。


 討伐以外でも戦闘力の高い彼らは、新しく住んでいるこの国の国王の遠征時に護衛を任されることもある程だ。

 さすがの強さで、文句を付ける者もいないと言う。

 一人ならまだしも集団で強いのだから、喧嘩も売られないようだ。


 辛く厳しい戦いで培ったスキルは、今を生きる彼らの糧になっているのだから不思議なものだ。



◇◇◇

 フランシーヌは新たな葡萄の新種改良を行う。種のないものは子供から大人まで安全に食べられると好評らしい。そして甘くて、ジュースにもお菓子にも使われるようになったとか。


 その技術は農家との連携で作られたものだったから、その原木からたくさんの接ぎ木をして、増やしている最中である。

 細かなコントロールの出来ないフランシーヌでは、同じ物が作れない。

 これからもいろんな人と楽しく協力し、彼女は生きていくのだ。


 彼女には儲けようとする概念がなく、開発費は安くて良いと言うが農家はそれを断った。

「ずっと仲間として生きていくなら、是非受け取って下さい。対等でいたいのです」と言って。


「分かりました。私のことを考えてくれて、ありがとうございます」

 彼女もそう答え、微笑んだのだった。


 その後にお金を持て余す彼女は、寄付をしたり災害場所に援助物資を送る活動をしていた。

 幼い時から虐げられた彼女は贅沢を知らずに育ったので、大金になれないのだと言う。


 伯父と伯母に当たるルジェンとセレナも、最早諦めていた。ただ「学校だけは卒業しようね」と言っている程度だ。


 彼女の活動が多くの人の目に留まり、素敵な恋が始まる未来をまだ誰も知らない。楽しみだね。




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