母の思い
「ごめんね、フランシーヌ。私の体が弱いせいで……。でも貴女には、貴女にだけは幸せになって欲しいの。だから私からの最後の祝福は、心を守る魔法……よ…………」
「あ、お母様、イヤァー、死なないで!!!」
その日、長く患っていたジゼルお母様が亡くなった。
私を授かったことが奇跡だと言われたが、マシューお父様は出産でさらに弱くなったお母様を見て、「子供などいらなかったのに」と、泣いていたそうだ。
◇◇◇
元々膨大な魔力に耐えられない脆弱な体だったが、その魔力をあてにされた政略結婚。ジゼルに選択肢はなかった。ジゼルの母が装飾品の購入で散財して借金が増え、家を維持できなくなっていたからだ。
ジゼルはまだ学生である弟妹が生きる為にも嫁ぐことを決めた。今までも執務と家事を一身に行い、伯爵家を支えてきた。
愛などない筈の結婚だったのに、マシューは知性的でよく笑うジゼルをいつの間にか愛していた。マシューの家では魔力の多い後継が必要だったから、もしジゼルが亡くなったとしても、子供を産ませろと父である侯爵から言われていた。
マシューが父親に逆らえる力はなく、指示に従うしかなかった。ジゼルも心を寄せてくれるマシューを愛していたので、子を授かった時にはお互いに喜びあったが強い不安も生じていた。
「君は出産に耐えられるだろうか?」
当然の疑問だった。
けれどジゼルは、何としても生き延びる気でいた。
「私は大事な家族の為に頑張るわ。でももし駄目な時は、生まれて来る子をお願いね」
「遺言みたいなことは言わないでくれ。僕は無事を祈っているからね」
「……ありがとうございます。私は貴方に会えて幸せだわ。貴方と出会う為に、生まれて来たと思えるくらい」
二人は泣きながら抱き合って、お互いの存在を確かめあった。
そしてジゼルは何とか出産を乗り越え、魔力が多く健康な子供であるフランシーヌを授かった。そして彼女なりに懸命に子育てに参加し、出産から5年後に儚くなった。
その後すぐに、マシューは新しい妻を迎える。
今回も父親に決められた政略結婚だった。
けれど今回の結婚は魔力とは関係なく、ただ家格が釣り合ったものだった。
「既にフランシーヌがいるのだから、子は急がんで良い。出来るだけ妻となる公爵の令嬢であるシフォンの願いを叶え、丁重に扱うように」
「はい、勿論です。父上……」
そう答えるしかないマシューと、母親が亡くなり寂しい気持ちを抱えたままのフランシーヌ。
後妻のシフォンは、マシューがジゼルとの結婚当時13歳だったが、美しくて筆頭魔法使いであるマシューに幼い時から憧れており、自分が15歳となって結婚できるまで何とかして欲しいと父親に頼んでいた。
国の守りの要である、筆頭魔法使いで侯爵家嫡男が適齢期に独身では要られず、繋ぎとして白羽の矢が立ったのがジゼルだった。出産で命を落とせばその間に喪に服し、その後にシフォンと結婚させるつもりだった。
けれどジゼルは思いの外長く生きた為、シフォンは生き遅れと呼ばれてしまう年齢になっていた。これ以上ジゼルが生きていれば、殺されていたかもしれない。
彼女の誤算はジゼルの死後も、マシューが彼女を愛していたことだった。
結婚さえすれば、若く美しい自分が愛されると思っていたシフォンのあては外れた。彼は優しいが愛だけは貰えなかった。
愛していますと言ってくれても、それは心からのものではなく、義務からの口上だ。
シフォンは寂しさと愛しさがない交ぜになり、とても穏やかではいられなかった。だからこそ、ジゼルによく似たフランシーヌを虐めてしまったのだ。
「どうして私を叩くのですか? こんなことをする理由を教えて下さい」
「それを考えるのが貴女の仕事よ。聞いて解決すると思わないで頂戴。バシッ」
「痛い! 止めて下さい、お義母様」
「お義母様なんて言わないでよ。本当にイライラするわね! バチンッ」
「酷いです。うっ」
最初のうちはビクビクしながら、馴れてくればもう、当然のように体罰を与えた。時には叱責を、時には鞭を使って、日頃の鬱憤を晴らしていった。
けれどフランシーヌは、初めてシフォンが暴力を振るった後から心を閉ざすように無口・無表情となった。いくら詰っても鞭を与えても、その瞳には何も映さないように平然としている。
「………………」
(生意気にも我慢をしているのでしょ? 素直に痛がれば、(折檻を)早く止めてあげるのに!)
「あの女に似ていて気にくわないのよ。何で平気な顔しているのよ! おかしいんじゃない?」
「……っ」
「バシッ、バシン」と醜く顔を歪め、義娘に暴力を振るうシフォンは周囲が見えていない。
公爵家から連れて来た侍女も顔には出さずとも、幼子に暴力を振るう主を嫌悪し、フランシーヌに詫びていた。
(子供になんてことを! でも私には助けられないの。ごめんなさい、フランシーヌ様)
◇◇◇
既得権益で守られた高位貴族達はその代償に、家門から魔法を使って戦う子供を選んで、国に戦士として差し出してきた。
最初は正式な嫡子からだったが、いつの間にか妾や不義の子を作り、彼らを嫡子と偽ったり養子にして送り出した。
ジゼルと弟妹も、血の繋がりは半分だけで、ジゼルも本当は戦士となる予定だった。だが体が弱いことで戦士にはなれず、家に入る筈の多額の補償金が得られないことで侯爵家に嫁に出された。
彼女は学園の校長に依頼し弟妹の教育費だけは確保しようと、侯爵夫人の手当てを前渡しして守っていた。
家に資金を送れば、確実に義母に使われてしまうからだ。
そしてその弟妹達に手紙でそのことを伝え、最後の手紙ではフランシーヌのことを託したのだった。
◇◇◇
一年中豪雪地帯であるこの国では、魔獣を倒してその毛皮や肉、体内にある輝く魔石を売って生活している。昔は全員で戦い運命も共有してきたのに、いつの間にか弱い者を作って搾取する仕組みになっていた。
そんな場所で暮らしたいと思うのは、優遇されている者だけなのに。
ある日ジゼルの弟妹と他の戦士が共闘して魔獣狩りに参加し、大量の獲物を獲得して来た。暫くはこの国で暮らす貴族が潤う程に。
喜びで湧く、一部の王族とそれに並ぶ高位の貴族達。たとえ国に商店がなくても魔道馬車で商人は訪れるから、余裕のある者達は宝飾品や嗜好品を得ていく。
けれどそれを最後に、戦士達はこの国から姿を消した。その戦士と同じ頃、フランシーヌも邸から消えたのだ。
一面が雪に覆われた白い綺麗な場所。
遮る建物や灯りがないから、空だけはとても美しくて自慢だった。
地平線に沈む大きな夕日、宝石が散りばめられたような息を飲む星空、泣きたくなるほど澄みきった青空。
戦士達とフランシーヌは、思い出を全部置いてここを出て行く。たとえ今まで毎日眺めてきた、広大な景色を見ることが出来なくなっても。
◇◇◇
ジゼルは傾いた伯爵家と、嫁いだ侯爵家で執務を行い、この国の現状をよく知っていた。だからこそ戦士となって家族の犠牲となる彼ら(弟妹)に、教育を与えたのだ。
通常使い捨てにされる戦士は、学園に通えないことが多い。それはあえてこの世界以外を知らせず、逃亡を阻止する為だ。
けれどジゼルは仕事からそれを知り得て、働かない両親に使い潰される弟妹を逃がすことをずっと考えていた。フランシーヌが生まれた時は、きっと戦士とされる娘も逃がしたいと思っていたが、自分の体がもたなかった為、心身を保護する魔法を彼女にかけていた。
それにより寿命を削った部分もあるが、後悔はしていない。
理不尽な目に合わなければ、一生発動しない魔法だった。
「お母様は最後に私に言ったの。『これから辛い目に合うかもしれないけれど、魔法で痛みだけは防げるようにしたわ。もし可能ならば、この国から逃げて幸せを掴んでね』と……。亡くなる瞬間まで、私のことを案じる優しい人でした」
フランシーヌが呟けば、ジゼルの弟ルジェンと妹セレナも頷く。
「ジゼル姉様がいたから、生きていられたんだ。両親は全額を自分達で使い、食事すら用意してくれなかったからいつもひもじかった」
「ある時から姉様が執務をして、その中から生活費を確保してくれた。時々お母様が忘れて埋もれていた衣服を売ったりして、何とか姉様も学園へ行ってたの。姉様が……貴女のお母様がいなかったら、私達のどちらかは餓死していたわ。恩人よ、私達の」
「だから託された貴女は絶対に守る」と、二人は誓ってくれた。
ジゼルは本来、学校へ行くことを許されていなかった。彼女は両親へアルバイトに行くと言い、家を出ていた。そこで贅沢する義母の、着なくなった衣類に刺繍やリメイクを施して買い取りをして貰った賃金を元に、資金を稼いで、まずは食料を確保した。その後に刺繍の技術を買われて学校に行けるようになってからは、放課後に刺繍をしてその賃金を貰い、月末に両親へと半額を渡すを繰り返していた。
彼女は幼い時から弟妹の服を縫い、自分の服を修繕していた作業を繰り返していた為に、服飾の技術はかなりの腕前だった。そもそも両親は最新の服を月に何枚も買っているのに、子供達には何も与えず辛い思いをしていた。両親のお古を着るにも限界があり、幼い時からジゼルが頑張って弟妹の物を縫っていたのだ。
それだからこそルジェンとセレナは、ジゼルに深い愛情と恩を感じて生きていた。フランシーヌはその姉の娘だから、何があって優先すると思っている二人だ。
「ありがとうございます、ルジェンさん、セレナさん」
「遠慮はいらないよ。貴女は姉様の大事な娘で、俺達の姪だもの」
「そうよ。大切な忘れ形見じゃないの」
二人に抱きしめられて涙が出た。それはお母様が亡くなってから初めてのことだった。
(ああ。私、すっかり何も感じないと思ってたのに、魔法で守られていたから、悪意に鈍くなっていただけだったのね)
彼女の痛みが強く感じなかったことと、必要以上に感情が高まり人を憎むことに心が揺れなかったも、ジゼルの魔法だった。
安全な場所に移動した今は、心を凍らせて生きるもう必要はないのだ。
◇◇◇
その後、私の感情は普通に戻り、雪のない暖かな場所で、逃亡してきたみんなと暮らしている。
その場所は事前にお母様が情報収集していた、比較的異国の人間も受け入れてくれる場所だった。
私達は魔法が使えるので、わりと優遇してくれたみたいだ。
30人はいる私達移住者に、その国の人は「大変だったでしょ」と言ってくれた。どうやら革命や災害で、地域全体で逃げてきたと思われたみたいだ。
年齢も若年から壮年までバラバラだったので、無理もないと思う。
この国にも魔法があり、そもそも悪人は入れないと言われたので、善人だと判定されたのだろうか?
◇◇◇
今はもう思い出さなくなったマシューお父様は、元気にしているだろうか?
私に憎しみしか目に映さない人だったから、そんなに心配はしていないが。
ただお母様のお墓参りに行けないのだけが、心残りだ。
でもきっと私が幸せに笑っていれば、喜んでくれると思う。
私は今、魔法で植物を育てる仕事をしている。新鮮な野菜がなかなか食せない場所で育ったから、食い意地方面で能力が育ったのだろうか?
一応戦闘魔法を習ったけれど、蔓を巻き付けて転ばせるくらいしか出来ないので、狩りでは役に立ちそうにない。
でもこの街はいろいろな仕事があるので、それで困らないので安心したものだ。
空を見上げれば、今夜も星が夜空をキラキラと埋め尽くす。ここは街灯が付いていて夜も安心な場所だけど、景色だけは生まれた場所の方が綺麗だと思った。
あの零れ落ちそうな圧倒される大小の星々と、真っ白な雪景色は今でも忘れられない。




