告白
屋敷、という言葉を聞くと西洋風の巨大な邸宅を思い浮かべてしまうのは自分だけでは無いはずだ。
実際のところサイズは関係なく、家屋と敷地を指すものだということをつい先日学んだばかりである。
ともあれ、多くの人は屋敷という言葉で大きな家を思い浮かべてしまうだろう。
自分の精神性が幼稚なだけかそれとも人間の性か分からぬが、スケールが大きいものを見ると気分が高揚する。
馬鹿と煙は高い所が好きだと伝わっているが、自分からしてみれば下から見上げるだけでも存外楽しいものである。
例えそれが、今後のバイト先であったとしてもである。
「デッカいなぁ・・・・・」
貿易で栄えた一族が大正時代に建てた西洋館、というバックストーリーがよく似合うような出立ち。
奥の方には庭園がちらりと見えた。
白い花だった、百合だろうか。
藍縁家邸宅。
それがこれから自分の職場になるやもしれない場所だ。
今日、自分は此処に面接しにやって来た。
「緊張してきた、薬でも持ってくれば良かったか?」
仕事内容清掃オンリー。
時給千五百円。
時間帯ほぼ自由。
交通費も支給してくれるとのことだ。
正に破格の待遇。
人生初バイトの職場にしては些か豪勢過ぎるが、それよりも今は面接だ。
この日の為に服装も特別力を入れて整え、マナーもしっかりきっかり覚えてきた。
「テーブルマナーとか問われそうだしなぁ、入室一歩目で退室するように言われないように頑張ろう・・・!」
限りなく低いハードルを掲げると、意を決して鉄製の門へ触れる。
植物の蔦を模したと思しきそれはキィと鳴き、開かれた。
視線自体は感じないが、窓から監視しているかもしれない。
これ以上無いくらいに姿勢を正し、毅然とした態度で玄関へ向かう。
大丈夫だろうか。
ギクシャクとしたような、もしくはカチンコチンとした動きになっていなければ良いのだが。
「・・・・・ふう」
だが、心配と裏腹に何一つ異変は起きなかった。
在るとすれば鳥が屋根から飛び立ったくらだ。
無事に玄関に辿り着き、両開きドアをコンコンコンと三回ノック。
来客時は三回がマナー、記憶の差異が無ければ良いのだが。
「・・・・・・・・・・・ん?」
しかし、音沙汰が無い。
こういうのって、普通は一分も経たない内にメイドさんや執事が対応するんではないだろうか?
だのに全くと言って良いほどに、室内から人気が感じられない。
もう一度、先程より強めに三回ノックを試してみる。
四十五秒程の静寂に呆れ果て、思わず取手を握り締める。
「可怪しいな、確かに日時も時間帯も間違ってないは・・・ず・・・・・?」
いとも容易くドアが開かれた。
何の抵抗も無く、何かが壊れた様子も無く。
詰まり、最初から鍵は掛けられてなかったということだ。
不用心極まりない。
明らかに怪しい。
開かれたドアが餌を待ち構えている蛇の口に見えてきたぞ。
だが、躊躇しても致し方ない。
一抹どころではない不信感を抱えつつも、中に這入る。
「失礼、します」
端的に言うのであれば、中身は外見に負けず劣らずの豪勢さであった。
邸宅というよりはそういうホテルと伝えた方がしっくりくるような、西洋風な造り。
シャンデリア独自の明かりが此方を照らしており、得も言えぬ気分へ変容していくのを感じる。
真正面には二階に続く二つの階段があり、今にでも当主が洒落た言葉を吐きながら降りて来そうである。
いかん、あまりの雰囲気に呑まれ掛けているぞ。
頭を振り、冷静を少しばかし取り戻す。
「すみませーん、何方かいらっしゃいませ———」
「御呼びでしょうか?」
「・・・・・おお」
右方向の扉が前触れなく開き、誰かが声を差し込む。
身体を其方の方へ向くと、そこにはメイドが居た。
クラシカルスタイル、昔ながらのメイドさんだ。
所謂、メイド服というものを直視することなく十六年を過ごしてしまっていた。
故に、初めての邂逅に年甲斐もなくテンション上がってしまっている。
抑えるつもりだったのに「おお」だなんて間抜けな音が漏れてしまうくらいには、だ。
「バイトへ応募した方で宜しいでしょうか?」
「はい。名花、鬼灯堂名花です」
名前だけだと女性に間違われることも多いが、れっきとした男性である。
生物的観点での男性であり、心理的観点でも男性である。
「では、二階へ」
「了解です」
身分証明書に各種筆記用具、それに証明写真。
事前に伝えられていたので勿論持ち物は完璧だが、今更心配になってきた。
何も問題が無ければ良いのだが。
ぐるぐるとした不安を晴らす方法を思案しながらメイドさんに着いていくと、あっと言う間に目的地に到着したようだ。
ドアを開けてくれており、中へどうぞとのことだ。
浅く息を吐き、入室する。
「失礼致します」
銅像になった気分で姿勢を正し、乱れなく六文字を発する。
どうやら応接間のようであり、対面ソファの間に威厳ある机が居座っている。
そして、ソファには一人の女性が居た。
身に纏っている純白のドレスは細部まで刺繍が施されており、丹念に作られたであろうことが容易に想像できる。
被造物が如き整った顔立ちをしており、きらりとサファイアな瞳が光った。
同時に、篝火より真っ赤な髪が揺らりと靡く。
「御機嫌よう。立ち話は疲れてしまいますし、座ってくださいますか?」
「はい、では失礼します」
途轍もなく綺麗な人だ。
第一印象はそれであった。
大人しく従い、ソファに座って・・・・・む?
このソファ・・・フカフカ過ぎる・・・・・!
これがセレブのソファか。
とてもグレイト。
「お名前と年齢を」
「鬼灯堂名花、十六歳です」
「ふふ、綺麗な名前ですわね」
手で口元を抑え、にこりと僅かに口元を歪める。
ふむ、所作の一つ一つや喋り方に気品が感じられる。
お嬢様自らが審査してくださるということか、これは緊張が高まるぞ。
「御趣味は?」
「ええと、音楽鑑賞ですかね。J-POPを特に」
「ふむふむ、休日は何を?」
「友人と遊んでますかね。もしくは散歩などを・・・・・」
座った瞬間、矢継ぎ早に質問が投げ掛けられる。
バイトの面接では聞きそうにないものも飛んでくるが、結構特殊な職場だしそういうこともあるのだろう。
とは言え、趣味と休日の過ごし方は予想していなかったものではあるのだが。
「わたくしはガーデニングが趣味でして、庭の管理もしているんです」
「ほう、それは素敵ですね」
「名花さんの好きなお花は?」
「向日葵と桜ですかねぇ。向日葵畑なんか大好きですよ」
・・・・・雑談?
もしくはお見合いかなにかなのだが。
かなり想定外が続くと。
面接っていうと、アレだ。
志望理由とか勤務時間とかそこら辺を話すとインターネットで見たのだが。
こういう職場もある・・・・・のか?
「あ、一番大切なことを聞くのを忘れてましたわ」
「ええと、志望理由ですかね」
「違いますわ」
バッサリと切り捨てると、これまた優雅に立ち上がる。
此方も立ち上がるべきかと考えたが、彼女が視線を送った。
どうやら座ったままで良いらしい。
くるり、と。
微風の風車のように緩慢な動きで回転し、腕を広げる。
サメより鋭そうな歯を輝かせ、満面の笑みで言の葉を吐いた。
「貴方は戦闘に自信がある方でしょうか?」
静寂。
そして、悪意なき敵意。
「質問の意図を、教えて貰っても?」
指を組み、呼吸を整える。
彼女へロックオンし、双眸に力を込める。
未だ、立ち上がらない。
タイミングが今では無い。
「・・・・・察しの悪い殿方は嫌われますわよ?」
「確かに自分は決してモテる方ではありませんけど!」
「名花さん。本当に、本当に忘れてしまったのですか?」
顎に人差し指を置き、心底不思議そうな表情を浮かべている。
何だ?
以前、何処かで出会ったのか?
真意は読めないが、少なくとも———。
彼女は自分へ敵意を向けている。
それだけは確かだ。
「忘れも致しませんわ、それは二ヶ月前のこと。貴方は暴漢に襲われていたわたくしを助けてくれたのです!」
「・・・・・まさか」
二ヶ月前、という言葉で漸く思い出せた。
何かどっかで大体同じくらいの背丈の人を助けたような気がする!
不味い。
そんなに前の日常的ワンシーンを的確に覚えている訳がないだろう・・・!
あわわ、あわあわ。
とんだ無礼をしでかしてしまった。
通りで敵意を肌で感じる訳だ、人の顔を忘れるほど不躾なことはあんまり存在しないと言う。
このままじゃ採用させて貰えない。
土下座するしかない!
「す、すみません!以前に出逢っていたというのに、脳味噌から抜け落ちてしまいました・・・」
「お待ち下さい!」
「・・・・・?」
床に指を付き、膝と地面を触れさせ。
誠心誠意の土下座をしようしたが、肩を掴まれ静止される。
お嬢様・・・・・?
一体何を・・・・・?
「わたくしは特段気にしていません。全ては些事、大切なのは只一つ」
当惑していると、そのまま掴んだ肩を引き寄せられる。
数センチ、あと数センチ近づけば鼻と鼻が触れ合ってしまう。
そんな状況下に置かれて、愚鈍な自分は今更ながらに気が付いた。
彼女の瞳、星空よりも輝いており。
そして、深海よりも黒が澄んでいた。
「強いかどうか、それが一番です」
ギザギザの歯を臆面も無く晒し、笑う。
清楚で瀟洒で、尚且つ狂気的。
彼女の全貌がようやっと見えてきた気がする。
「わたくしは感動致しましたわ!華麗な身体捌き、鍛え上げられた技の一つ一つ、モネの作品よりも最高でした!」
ヤバい。
マジでヤバい。
面倒事に首を突っ込んでしまった。
まさか、このクレイジーお嬢様。
最初から自分と出逢う為がだけにチラシ配りを命じていたのか?
幾重にも此の館へ誘い込むためのトラップを仕掛け、女郎蜘蛛は待ち構えていたという訳らしい。
「ですから!名花さ———」
容赦無く押し退け、這い這いに近い形で逃げ出す。
扉を蹴破り、二階から一階へ飛び降りる。
足がジンジンするが、そんな場合では無い。
馬鹿げた話だ。
自分が強いだと?
泥水で汚れた眼鏡をお掛けになってるらしい。
この鬼灯堂名花、一般人よりも多少鍛える程度の力しかない。
スカウトするならプロレスラーやスポーツ選手が良いってマジで。
「こんな所、来るんじゃなかっ・・・・・たぁっ!?」
玄関に手を掛けたところ、鋭い何かが飛来してきた。
空気を切る音で察知でき、こうして避けることができたが、一体何だ?
赤いカーペットに刺さってそれを確認してみる。
バリバリの西洋剣、ブロードソードであった。
殺す気か?
最近の若い子は知らないかもしれないが、人間って剣刺したら死ぬんだぞ?
「御話は未だですよ、愛しの名花さん♡」
「初恋は実らないで名を馳せているんですよ。だから、帰らせてくれません・・・・・?」
「我儘はわたくしの特権利ですわよ?」
二階から見下ろしているのは、勿論かのお嬢様。
片手にはもう一本剣を持っており、にこにこ笑顔を崩していない。
死んじゃうかも、自分。
優雅に一歩下がり、小走りを行う。
背面飛びで柵を越えてカーペットへ降り立った。
牙を剥き出しにし、剣を恍惚の表情で抱き抱える。
やはり、死んじゃうかもしれない。
頑張れ自分!
自身を鼓舞せよ!
こんなお嬢様に負けて溜まるか!
「藍縁家当主、藍縁ツバキ。罷り通らせて貰いますわ」
「鬼灯堂名花。貴女に苦杯を捧げる者です」
余裕なき台詞を吐き、戦闘態勢を取る。
全く以って、今日はサイアクの一日である。
九割は作者の実体験です




