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ブラザー・オブ・ザ・デッド  作者: 空守人者
6/17

第5話:最初の引き金

 雨が、世界を叩き潰すような音を立てていた。  

 路地裏。 行き止まり。  

 背後には泣き崩れる10歳の弟。  

 前方には、豪雨に濡れそぼりながら、壊れた人形のように迫り来る『デッド』の群れ。  

 腐ったオフィスワーカー。

 制服を引き裂かれた配達員。焦点の合わない濁った瞳が、一斉に俺たち二人を『餌』として捉えている 。


(ちくしょう……!)


 路地の向こう側から、5体、6体……いや、もっと多い。  

 ずぶ濡れになったオフィスワーカーの残骸。  

 配達員の制服を引きちぎったやつ。  

 どいつもこいつも、濁った眼球を俺たち二人に向け、飢えを隠さない。


 挟まれた。


 背後には、さっきの音で集まってきた群れ。

 前方には、新たな群れ。  

 ノアが、アスファルトの上に膝を折ったまま、泣き崩れている。


「イーサン…もう、むり……」


 左手でノアの肩を庇うように押しやり、右手を、震える両手で持ち上げる。  

 父さんの形見。

 S&W M10リボルバー。  

 冷たく、重い鉄の感触。  

 12歳の腕には、あまりにも重すぎた。


「イーサン……いや……いやだ……!」


 ノアが俺のジャケットの裾を引きすがる。  

 うるさい。

 わかってる。  

 俺だって撃ちたくない。  

 これは、父さんが「護身用だ」と教えてくれたオモチャじゃない。  

 これは、父さんが、母さんを、撃った――


(――よせ。考えるな)


 父さんの声が、豪雨の音に混じって蘇る。


『いいか、イーサン。狙うのは常に中心だ。胸じゃない、頭だ』

『呼吸を止めろ。慌てるな。引き金を引くんじゃない、絞るんだ』


 わかってるよ、父さん。  

 でも、あんたが教えてくれたのは、乾いた射撃場の、動かない紙の的だ。  

 目の前にいるこいつらは、数日前まで『人間』だったものだ。  

 雨に濡れた髪。  

 だらりと垂れ下がったネクタイ。  

 その顔は、腐敗と飢餓で歪んではいるが、確かに『顔』だった。


「グ……ァ……」


 一番前の、スーツ姿の『デッド』が、間合いを詰めてきた。  

 あと、3メートル。

 2メートル。  

 もう、待てない。


 俺は、震える指をトリガーにかけた。  

 息を止める。  

 狙うのは頭。  

 絞るんだ。


 ――パンッ!


 鼓膜が破れそうな、乾いた炸裂音。  

 狭い路地裏で、銃声は千の雷鳴となって反響した。  

 腕に、経験したことのない衝撃が走る。  

 熱い硝煙の匂いが、雨と腐臭に混じって鼻を殴った。


「ヒィッ!」


 ノアが耳を塞いで悲鳴を上げた。  

 だが――手応えが、ない。


 スーツの『デッド』は、確かに胸をのけぞらせた。  

 そのワイシャツに、新しく赤い穴が開いている。  

 だが、止まらない。  

 一瞬よろめいただけのそいつは、再び、壊れたゼンマイ仕掛けのように、俺に向かって腕を伸ばしてきた。


(嘘だろ……!)


 外した!  

 いや、当たった。

 だけど、頭じゃなかった。  

 父さんの言葉が脳内で明滅する。


『奴らは頭を撃ち抜くまで止まらない』


 パニックが、背筋から脳天までを駆け上がった。  

 もう、目の前だ。  

 腐った手が、俺の頬の傷跡に触れようと伸びてくる。  

 その口から、死んだ魚のような匂いと、低い唸り声が漏れた。


「――うわあああああっ!」


 俺は恐怖に任せて、銃口をそいつの顔面に押し付けるようにして、もう一度、引き金を引いた。


 パンッ!


 今度は、耳鳴りよりも先に、生々しい感触が手に伝わった。  

 何かが砕ける音。  

 熱い血と、正体不明の体液が、俺の顔とジャケットに飛び散った。  

 スーツの『デッド』は、頭の半分を吹き飛ばされ、ようやくその動きを止め、俺の足元に崩れ落ちた。


 ……やった。  殺した。  俺が、今、人を。


「イーサン! 後ろ! 後ろも来てる!」


 ノアの絶叫が、俺を現実に戻した。


 最悪だ。  

 さっきの二発の銃声。  

 それは、この一帯の『デッド』すべてに、俺たちの居場所を知らせる号砲ゴングになった。  

 俺たちが逃げてきた路地の入り口からも、新たな群れが、ぞろぞろと集まってくる。


 挟まれた。  

 完全に。  

 残弾は、3発。


(どうする、どうする、どうする!)


 頭が真っ白になる。  

 父さん。あんたのせいだ。  

 俺にこんなもの(リボルバー)を押し付けて。  

 ノアを守れ、なんて。  

 無理だ。  

 子供の俺に、何ができるって言うんだ!


『ノアの“目”を信じろ』


 父さんの最後の言葉。  

 ノアの目?  

 こいつは、ただ震えて泣いてるだけじゃないか!


「イーサン……もう、だめ……パパ……ママ……」


 ノアが、その場にへたり込んで、絶望に顔を歪ませる。


(ふざけるな……! こいつ……! いつもそうだ!)


 こいつが泣くから、咳をするから、母さんはいつもこいつばかりで。  

 こいつが病弱だから、俺はいつも我慢して。  

 こいつのせいで、俺は母さんに最悪の言葉を吐いたんだ。


(こいつさえ……こいつさえいなければ、俺は……!)


 憎しみと恐怖が、胃の中で混ざり合う。  

 今はそんなことを考えている場合じゃない。

 見ろ。周りを見ろ。  

 壁。窓。ゴミ箱。  

 何か、何か逃げ道は――


(――あれだ!)


 視界の端。  

 俺たちの頭上、3メートルほどの高さに、古びた鉄製の非常階段が、錆びた姿を晒していた。  

 一番下のハシゴが、途中で途切れている。  

 だが、ジャンプすれば、手が届くかもしれない。


(俺一人なら、あの非常階段に飛びつけるかもしれない。逃げられるかもしれない)


 弟を、うとましいと思っていた弟を、今ここで「見捨てる」という選択肢が、脳裏をよぎった。  

 この重荷さえなければ。


(でも……ダメだ。父さんが……父さんが、最後に『命令』したんだ。俺は……守らなきゃ、いけないのか……嫌ってたこいつを……!)


 問題は、時間だ。  

 前後の『デッド』が、もう10メートルもない距離まで迫っている。  

 ノアを抱えて、登る時間なんてない。


(時間を、稼ぐ)


 俺は、迫り来る群れに向き直った。  

 残弾、3発。  

 群れの『足』を止めるんだ。


(――くそっ! 一か八かだ!)


 俺は、前方の群れの、一番先頭にいた『デッド』の、その『頭』を狙った。  

 呼吸を止める。  

 絞る。


 パンッ! パンッ!


 立て続けに二発、撃った。  

 一発は、狙い通り一体の頭を吹き飛ばした。  

 もう一発は、別の個体の肩をえぐった。  

 倒れた『デッド』が、後続の『デッド』の足に絡みつく。  


 ほんの数秒。  

 ほんの数秒だけ、奴らの動きが、鈍った。


「――ノア! 今だ! あのハシゴだ!」


 残弾、1発。  

 俺はリボルバーをジャケットのポケットにねじ込むと、ノアの脇に腕を差し込んで無理やり立たせた。


「イーサン、無理だよ! 届かない!」


「うるさい! できなくてもやるんだよ!」


 ハシゴの真下。  

 俺は壁に背をつけ、自分の膝の上にノアを立たせた。


「飛べ!」


「で、でも!」


「いいから飛べえええっ!」


 俺が怒鳴りつけると、ノアは泣きながら、錆びた鉄のハシゴに向かって、小さな手を伸ばした。  

 指先が、かする。  

 届かない。


 背後で、唸り声が大きくなる。  

 もう、すぐそこだ。


「もう一回だ!」


 俺は、自分の持てる限りの力で、ノアの体を空中に放り投げるように押し上げた。


「うわっ!」


 今度は、ノアの手が、ハシゴの一番下の段を、確かに掴んだ。


「登れ! 振り向くな!」


 ノアが、必死の形相で、濡れて滑る鉄骨をよじ登っていく。  

 その小さな背中を見届けた俺は、ハシゴの真下で、自分も跳躍した。  

 だが、雨で濡れたブーツが、壁を蹴る瞬間に滑った。


「――ッ!」


 指先が、ハシゴにかすった。  

 だが、掴めない。  

 着地と同時に、バランスを崩してアスファルトに手をつく。  

 その瞬間、ガッ、と。  

 俺の左足のブーツを、何かが掴んだ。  

 さっき、俺が足元に撃ち殺した、あのスーツの『デッド』だ。  


 いや、違う。  

 そいつの影から這い出てきた、別の『デッド』の手だった。


「――っ、離せ!」


 俺は、カーゴショーツのポケットからアーミーナイフを引き抜こうともがく。  

 だが、その手は、死人のものとは思えない力で、俺の足首を掴んで離さない。  

 そして、その口が、俺のふくらはぎに食いつこうと開かれた。


「イーサン!」


 ハシゴの上から、ノアの悲鳴が降ってくる。


(ここまでか……! 俺のせいだ。父さんに、母さんに謝れなかった、罰だ……!)


 ゴッ!


 肉を叩き潰すような、鈍い衝突音。  

 俺の足を掴んでいた『デッド』の頭が、横殴りに跳ね上がる。  

 錆びた鉄パイプの先端が、そいつのこめかみに深々と突き刺さっていた。  

 俺の足首を掴んでいた万力の力が、ふっ、と緩む。


 見上げると、そこには、ハシゴの途中に片手でぶら下がったノアがいた。  

 恐怖と、今自分がしたことへの混乱で顔を引きつらせ、ガタガタと手を震わせている。  

 ノアが。  

 あの泣き虫のノアが、俺を、助けた。


 息が詰まる。


(ノアが……俺を……?)  


 さっき、俺が「見捨てよう」と思った弟が。


「……この……!」


 言葉にならない。  

 俺は悪態をつく代わりに、今度こそ全力でジャンプし、ハシゴに掴みかかった。  

 濡れた鉄骨が、手のひらの皮を裂く。  

 だが、構うものか。  

 俺は、ノアの背中を追いかけるように、無我夢中で非常階段を駆け上がった。  

 下では、俺たちに追いつけなかった『デッド』たちが、狂ったようにハシゴに手を伸ばし、唸り声を上げている。


 3階、4階……そして、屋上。  

 俺は、屋上へと続く重い鉄の扉を蹴破るように開けると、先に着いていたノアの腕を掴み、二人で屋上のコンクリートの上に転がり込んだ。


「ハァ……ハァ……ハァ……!」


 荒い息が、雨音に混じる。  

 アドレナリンが、急速に体から引いていく。  

 途端に、全身の倦怠感と、凍えるような寒さが、俺たちを襲った。  

 俺は、屋上の端まで這っていくと、身を乗り出して下を見た。  

 路地裏は、俺たちが撃った4発の銃声に引き寄せられた『デッド』で、黒い川のように埋め尽くされていた。


「……う……」


 胃の奥から、酸っぱいものがこみ上げてくる。  

 俺は、屋上の縁に、胃液をぶちまけた。  

 殺した。  

 俺は、殺したんだ。  

 そして、弾丸を、4発も無駄にした。  

 父さんの形見。  

 残り、たったの1発。


「……イーサン……寒い……」


 後ろで、ノアが、歯をガチガチと鳴らしながら震えていた。  

 その唇は紫色になり、びしょ濡れのパーカーが、氷の鎧のように体に張り付いている。


(……こいつ、このままじゃ……)  


 喘息持ちのノアにとって、この雨と冷えは、デッドと同じくらい致命的だ。

 俺は、自分の着ていたカーキ色のユーティリティジャケットを脱ぐと、それでノアの体を、頭からぐるぐる巻きにした。


「……少しはマシだろ」


「……うん」


 ジャケットを失った俺のTシャツに、豪雨が容赦なく叩きつける。  

 罪悪感じゃない。

 怒りでもない。  

 ただ、あまりにも寒くて、情けなくて、歯がガチガチと鳴った。


 このままじゃダメだ。  

 屋上は、一時しのぎにしかならない。  

 雨を防げる、安全な場所を探さないと。


 俺は、屋上から建物内へ続く、もう一つの扉――屋上アクセス用の階段室の扉に目をつけた。  

 取っ手は、頑丈な南京錠でロックされている。


「……ちくしょう」


 最後の1発で、これを撃つか?  

 馬鹿か。  

 この建物の『中』にいるかもしれない『デッド』まで呼び寄せることになる。  

 俺は、靴を脱いで思いっきり殴りつける。


「開け……開けよ、この野郎!」


 俺は、苛立ちに任せて、何度も錠を殴りつけた。  

 くそっ、無駄だ。  

 どうする。  

 このまま、ノアと二人で、この屋上で凍え死ぬのか?


 俺は、リボルバーを握りしめた。  

 撃鉄を起こす。  

 だが、銃口を錠前に向けた瞬間――俺は、動きを止めた。  

 扉の横。  

 換気口の点検用だろうか。  

 強化ワイヤーが入った、小さなガラス窓があった。


(……これだ)


 俺は、銃を構えるのをやめた。  

 代わりに、リボルバーを逆手に持つと、その重い鉄のグリップ(銃床)で、窓ガラスの中心を、思い切り殴りつけた。


 ガシャン!


 雨音にかき消される、鈍い破壊音。  

 ガラスに、クモの巣状のヒビが入る。  

 もう一回。  

 さらにもう一回。  

 ワイヤーに阻まれながらも、どうにか腕一本が入るだけの穴が開いた。  

 俺は、割れたガラスで腕が切れるのも構わず、穴に手を突っ込み、内側のサムターン(鍵)に指をかけた。


 ガチャリ、と。  

 重いロックが外れる音がした。


「……よし」


 俺は、扉をゆっくりと開けた。  

 カビと埃の匂いが、暗闇の向こうから漂ってくる。  

 建物の中だ。  

 『デッド』がいるかもしれない、暗闇。


 俺は、ノアの手を固く握った。


「行くぞ、ノア。静かにしろ。何があっても、声を出すな」


 ノアは、俺のジャケットにくるまったまま、小さく、こくりと頷いた。


 俺たちは、雨の屋上から、一歩、建物の暗闇へと、足を踏み入れた。  

 階段を、一段、また一段と降りていく。  

 ここが何階建てのビルなのかも、何のビルなのかもわからない。  

 ただ、今は、雨風をしのげる壁が必要だった。


 踊り場に差し掛かった時、ノアが俺の袖を弱々しく引いた。


「……イーサン、あれ……」


 ノアが指差す先の壁に、色褪せた『避難経路図』が貼ってあるのが、かろうじて見えた。


「今はいい」


 俺はノアの小さな手を強く握り直した。


「そんなもの見てる暇はない。早く安全な場所を見つけないと」


 『デッド』がいつこの階段を使ってくるかわからない。

 一刻も早く、隠れられる場所が先決だ。


 最上階の、次の階。

 まさにその時だった。  

 一つのアパートのドアが、ほんの少しだけ、開いていた。  

 中の暗闇が、俺たちを手招きしているようだった。


「……ノア、ここで待ってろ。壁から離れるな」


 俺は、ノアを廊下に残すと、リボルバーを握り直し、ゆっくりと、その隙間に足を踏み入れた。  

 リビング。キッチン。  

 食卓の上には、食べかけのシリアルと、腐りかけたミルク。  

 逃げ出した住人の、生々しい痕跡。


 俺は息を殺し、一番奥の寝室のドアに手をかけた。  

 もし、ここに『デッド』がいたら?  

 最後の1発を、ここで使うのか?


 俺は、意を決してドアを蹴り開けた。


「――ッ!」


 ベッドの上に、人影。  

 俺は銃を構えた。  

 だが、それは動かない。  

 ただの、丸められた毛布だった。


 浴室バスルーム。  

 シャワーカーテンの向こう。  

 俺は、勢いよくカーテンを引きちぎった。


 ――誰も、いない。


「……クリアだ」


 俺は、廊下に戻り、震えているノアの手を引いた。


「ノア、こっちだ」


 二人でアパートの中に滑り込む。

 そして俺は、重いソファを音を立てないように引きずって、入り口のドアの前に置きバリケードにした。


 これで、いい。  

 少なくとも、今夜は。

 乾いたカーペットの上に、二人で腰を下ろす。


「……イーサン……」


 ノアが、俺のジャケットを握りしめたままつぶやいた。


「……僕……僕、怖かった……」


「……わかってる」


「……ごめんなさい……僕が、鉄パイプ……」


「……いいんだ。お前のおかげで、助かった」


 ノアは、その言葉に安心したのか、それとも、ただ限界だったのか。  

 カーペットの上で、丸まったまま、すぐに浅い眠りに落ちていった。  

 その寝顔は、ひどく汚れて、やつれていた。


 眠れるはずがなかった。  

 バリケードにしたソファの冷たい革に背を預け、息を殺す。

 どれだけそうしていただろう。

 俺は衝動的に立ち上がり、ブラインドの隙間から外を、地獄を、覗き込んだ。


 雨は、まだ止まない。  

 アスファルトを叩きつける豪雨の音に混じって、遠くで火の手が上がり、街が燃えている。  

 時折、人間の最期を告げる甲高い悲鳴が響いた。

 さっきから、地響きを伴う爆発音も断続的に続いている。


 俺は、ポケットからリボルバーを取り出した。  

 指先でシリンダーを回す。  

 ……空、空、空、空。  

 そして、未使用の弾丸が、ひとつ。  

 たった、1発。


 左手のポケットには、父さんの血でぐっしょりと重い絵手紙。  

 西の検問所。  

 アラスカの叔父さん。


 どうやって?  

 この、化けデッドだらけの街を。  

 どうやって抜けろって言うんだ?  

 12歳と、喘息持ちの10歳が。

 二人きりで。


 暗い窓ガラスに、情けないガキの顔が映っていた。  

 頬には、生々しい擦り傷。  

 顔中に飛び散った、さっき浴びた『デッド』の黒い血。


 俺は、リボルバーを握りしめた。  

 グリップを握る指先が、さっき引き金を絞った時と同じように、みっともなく震えていた。


(ノアを守る? ……無理だろ、父さん。あんたの命令、重すぎるよ……)


 弾は残り1発。  

 自分の身を守るのですら精一杯なのに、ノアまで守り通せる自信なんて、欠片もなかった。


 父さんの最後の命令は、希望なんかじゃなかった。  

 それは、12歳の俺に無理やり背負わされた、あまりにも重い「呪い」で、「重荷」だった。


 俺は、その重荷から逃げ出す勇気もなく、ただ、隣で眠るノアの浅い呼吸音だけが響く暗闇に、囚われ続けていた。

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