第12話:二つの目的
「……あんた、どこのガキか知らないけど、私の邪魔しないで」
アシュリーと名乗った女が、低い声で言った。
その鋭い視線は 、店の奥、処方箋カウンターの向こう側にある『従業員専用(STAFF ONLY)』の扉に釘付けになっている 。
(……邪魔するな、だと? こいつ、薬を独り占めする気か!)
俺は、バールを構え直した。
「……ふざけるな。ここはあんたの店じゃない。あんたこそ、俺の邪魔をするな」
「……ハッ。ガキが、その錆びた棒っきれで私とやる気かい?」
アシュリーは、まるで鈍重な虫でも見るような目で俺を一瞥し、鼻で笑った。
手に持ったマチェットの切っ先が、ゆらり、とこちらへ向けられる。
その刃にこびりついた、乾ききっていない血が、薬局の薄暗い照明を反射してぬらりと光る。
「冗談としちゃ面白いね。だけど、私の邪魔をするなら――ガキでも容赦しないよ」
地上で略奪している連中と同じ。
こいつも、敵だ。
俺の弟が死にかけてるって時に、薬を横取りしようとするハイエナだ。
喉から、絞り出すような声が出た。
「……上等だ。こっちは、弟が死にかけてる。あんたがそれを独り占めする気なら……俺も容赦しない。あんたは、敵だ」
「は? 薬だって?」
アシュリーは、俺の言葉を鼻で笑った。
だが、その目は俺を見ていない。
扉の奥。
ただ、一点だけを睨みつけている。
「そんなモン、今はどうでもいい!」
「――ッ!」
その時。
アシュリーが睨む、バックヤードの扉の奥から、くぐもった音が響いた。
ドン! ドン!
『デッド』の立てる音じゃない。
もっと弱々しく、だが、必死に助けを求めるような……人間の『ノック』だ。
「……マイク!」
アシュリーが、かすれた声で仲間の名を呼んだ。
(マイク……?)
地下の連中が待っていた、あの……!
まさか、あいつ、あの扉の向こうに、生きて――!
「グルルゥ……」
人間の立てたその音が、最悪の呼び水になった。
カウンター周辺に群がっていた『デッド』たちが、一斉に、その音の発生源――バックヤードの扉へと、のろのろと引き寄せられていく。
扉に爪を立て、肉を求めてドアをガリガリとひっかく。
「くそっ……あいつら!」
アシュリーが、マチェットの柄を強く握りしめる。
扉の向こうの仲間が、今、化け物の群れを引きつけている。
「……あんた、仲間を助けたいのか」
俺は、バールの先端を床に突き立てたまま、アシュリーに問うた。
アシュリーは、俺を睨み返す。
「……だったら、なんだい。ガキのあんたに何ができる」
「俺は、薬が欲しい」
俺は、カウンターの奥――『デッド』が群がる、その扉の向こう側を指した。
「薬は、あの奥にあるかもしれない。だが、あんたの仲間も、あの奥だ」
視線が、火花を散らす。
目的は違う。
だが、やることは、一つだ。
「……あの『デッド』をなんとかしないと、あんたも俺も、欲しいものは手に入らない」
「……」
「取引だ。俺が、あいつらの注意を引きつける。あんたはその隙にバックヤードの扉を開けろ」
「はぁ? 取引? あんた、正気で……」
「俺が囮になる。あんたは仲間を助けろ。その後、仲間と一緒に後ろからデッドを叩く。人手が多いほうが確実だ」
アシュリーは、俺の顔を、信じられないものを見るような目で見た。
12歳のガキが、何を言っているんだと。
「……チッ。あんた、死ぬよ」
「弟が死ぬよりマシだ」
俺は、バールを肩に担ぎ直した。
「やるのか、やらないのか。時間が無いのは、あんたの仲間も同じだろ」
ドン! ドン!
扉の奥からのノックが、さっきより弱々しく、だが必死に繰り返される。
アシュリーは、数秒間、俺と扉と『デッド』の群れを見比べ、そして、吐き捨てるように言った。
「……わかった。死ぬなよ、ガキ」
「イーサンだ。俺を裏切るなよ」
俺は、商品棚から空き瓶を掴み取り、店の反対側――奴らから一番遠い壁際へと、全力で投げつけた。
ガシャアアアン!
派手な破壊音。 カウンターに群がっていた『デッド』たちの首が、一斉にそちらを向いた。
「――今だ!」
俺とアシュリーは、二手に分かれ、ノアの『息』とマイクの『命』が待つ、薬局の奥へと駆け出した。




