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猫、推しだよ


 我が猫は嫉妬深い猫である。

 私はどこに出しても恥ずかしいオタクなのだが、今を去ること数年前、ポケモンの映画を鑑賞した影響により一時的にポケモン熱が高まり、勢いに任せてピカチュウ型のティッシュカバーを購入した。

 その手のぬいぐるみティッシュカバーにありがちな、キャラクターの背中からティッシュをズボズボと取り出す方式の品だ。

 鼻炎と花粉症を持っているため、枕元には常にティッシュが必要であり、そのためにピカチュウティッシュカバーも購入したその日から枕元で使用したのだが……猫にとってそれはショッキングな事件であったらしい。

 まず、私の猫は家にやってきたその日から、私と寝床を共にしている。

 当時、今を去ること11年前の猫の飼育書には「親離れさせるためにどんなに鳴いても一匹で寝かせましょう」ということが書いてあったが、躊躇わず放棄した。

 私がその飼育書の勧めを彼方へブン投げたのには理由がある。

 猫を飼う以前に居た先代ペットのサモエドの時に、私たち家族は子犬のうちは一人でサークル内で寝かせる、というのを実践したのだ。

 今は亡きあの素晴らしい犬は可哀想なことに、人が大好きなのに何故か夜にはみんなが離れていってしまうのが悲しかったのだろう。何日もずっと夜に鳴き続けていた。

 思い返してみれば当たり前のことで、そも、飼っていたサモエドとは、本来少数民族であるサモエド族と共に、冬場も凍えないよう一緒に寝る湯たんぽ犬というルーツがあったのだ。故に、人間と共に寝て当たり前の犬種であったが、当時の世に出ていた子犬の飼育書は少なくとも犬種や個性に関係なく、サモエドも芝犬もチワワもダックスフントもヨークシャーテリアもブルドッグも土佐犬もシェパードもコーギーも皆一緒くたに「子犬」という大雑把な括りに入れられていたのだということを、我々家族は愚かにも気付いていなかったのである。

 当時の我々家族は犬が一匹でも鳴かぬようになるまで、そのような可哀想な躾を続けてしまった訳だが……一年が経つうちにはなぁなぁになり、犬は父と共に同じ部屋で寝るようになった。

 しかし、一年間ほどはあの人懐こい寂しがり屋の犬を夜、一匹にしてしまったことは我が家族に取って大きな後悔となって残った。

 犬はかかりつけの獣医さんから「あんな子はもう二度と出てこないですよ」と言わしめるほどの優等生であったため、振り返ってみれば、一匹で寝かせるというのは全く必要のない行動であった。家族一同、子犬の頃のあの子と一緒に寝てあげればよかった、という考えが共通認識であったため、二代目ペットである猫は、最初から私と同じベッドで寝るに至ったのである。

 さて、そんな経緯があって猫は生まれてからずっと、私のベッドで広がりを見せたり丸まったり、時に飼い主である私の足を噛んだりと自由に過ごしていた。

 私のベッド、と言い張ってはいるが、実のところ使用時間はダントツで猫の方が長いため、最早私の部屋にあるベッドは誰のものなのか? という哲学的な問題が発生してはいるが、ここは本題に関係ないため割愛しておく。

 ともかく、ベッドの上は猫の王国であった訳だが、そこに突如として黄色い電気ネズミが現れてしまったという訳だ。

 この赤いほっぺと黄色のシャツ、ギザギザ模様のモンスターはどうやら飼い主の寵愛を得ているらしいと、猫心に悟ったのであろう。

 導入直後に、猫が私に隠れて薄暗い部屋でピカチュウティッシュカバーをぶん殴っているのを目撃してしまった。

 彼は二度、三度とたっぷり間を取って、かなり力強く、そして的確にぬいぐるみティッシュカバーの頭部をぶん殴っていたのだ。それはもうフルスイングであった。

 私はというと「あっ……。」と小さく声を出したが、見てはいけないものを見てしまったなと思い、そのままそっと立ち去った。

 見なかったことにして記憶からも消去したかったのだが、三日連続でそのような陰湿な虐めが自室で発生したので、見て見ぬフリにも限度があった。

 特に猫に対して抗議するとか止めるとかもする気はなかったので放置していた。

 そのうち慣れるだろうと思い、その予測通り、一週間後には猫による新人イビリも鳴りを潜めた。


 ーーかに見えた。


 事件は真夜中に起きた。

 草木も眠る丑三つ時。

 私は奇妙な音によって目を覚ました。

 ビッ、ビビッ、ビーッ。

 ビーッ……ビ、ビビッ……。

 何かを引き裂く音が聞こえ、そっと目を開けると、猫が私の枕元に座っていた。

 そうして、彼はぬいぐるみティッシュカバーに手を掛け、一枚のティッシュを片手で押さえ付け、抜け落ちないようにした状態で……なんとティッシュを咥えて引き裂いていたのである。

 それも、一回や二回ではない。

 工作でもしてのかよと言いたくなるような細さに、ひたすらに一枚のティッシュを引き裂いているのである。人間のように器用には使えぬぽふぽふのお手手と鋭くも小さい牙で、ティッシュを幅三センチほどの帯状に引き裂き続けているのである。

 私は「うわっ」と思った。

 普通に引いたので、くわばらくわばら、と心の中で唱えてから目を閉じ、そのまま就寝した。

 翌朝、目覚めた時には変わり果てた姿の一枚のティッシュが……。

 ズボズボと大量に引き抜く猫の映像はテレビで見たことがあったが、一枚を執拗に引き裂き続ける猫の姿など想像もしていなかったため、とても驚いた。

 驚くと同時に「なんて暗く陰湿な猫なんだ」とそちらの意味でも恐れ慄くことになったのだが、ティッシュカバー虐めについては半年ほどで解決を見た。

 私が日々「一番可愛いのは猫だよ」だの「この世で一番かわいいちゃん」だの「世界で一番大切ちゃん」だのと揉み手しながら胡麻すりしたところ、彼の中で折り合いが付いたようである。

 さて、そんな猫とのルームシェアであるが、近年、新たな問題が発生している。

 私は人生における初期段階からどこに出しても恥ずかしいオタクなのだが、約三年ほど前、某作品の某キャラのファンとなり、それまでやったことのない推し活というものを開始するに至った。

 故に、世のオタクのすなる推し活をせむ、と思い、アクリルスタンドを購入して、たまに出して飾ったりしている。

 インターネットミームに乗っかって、自室で誰も見ていないのを良いことに「推し、猫だよ。猫、推しだよ」などとふざけていたのだが……私の心の一部が推しによってリソースを割かれていることに、ここ一年で猫が気付いたのである。

 私の推しは猫を見たらきっと喜ぶであろうと自己解釈しているため、いつものように「推し、猫だよ」と抱っこした猫を見せたある日のことである。

 猫パンチ炸裂。

 咄嗟に後ろに半歩下がって回避したものの、猫はもうブチギレであった。もう届かぬ距離であるというのに何度も腕を振り被りフルスイングである。

 幸いにして、ラグドールという猫種は余り身軽ではないため、たまに推しグッズを飾っている棚には決して手出し出来ない。そこについては猫とのルームシェア歴11年の経験が活きた。

 まあ大丈夫だろう、と油断していたところ、先日、買い物用エコバッグとして使っている推しのロゴ入りトートバッグを帰宅後放置していたところ、猫が猛然と襲い掛かっていた。

 世界で一番可愛い筈の我が猫が、水を浴びたグレムリンのような鬼の形相で爪を立ててトートバッグに襲い掛かり、よだれでシミが付くほどに噛み付き、キックまでかましているのである。

 トートバッグは硬くて頑丈な布なので大丈夫であろうと考えてしばらく見守っていたのだが、底面あたりに噛み付いた上で取っ手に足を掛けてビヨンと長くなったところで、トートバッグからギチギチと不吉な音がし始めたので止めた。

 壊されるかも、という可能性への恐怖ではなく「何がお前をそうさせるんだ」という猫自身に対する畏怖によってドキドキしたので、以降、推し関連のグッズは全て収納し、ときどき猫の目を盗んで眺めるに留めている。

 ああ、猫よ。嫉妬に狂う小動物よ。


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