第9話:城内案内_1
つつがなく食事の時間は終了した。これまで生きてきた中で、一番生きた心地のした瞬間だった。
「はぁぁ……お腹いっぱい……」
「じゃあ散歩ついでに、城内を案内しましょう」
「ありがとうガァト!」
少しだけ休憩して、ミトスはガァトとともに城を見て回ることにした。
「ガァトはずっとこのお城にいるの?」
「えぇ。自分の記憶の限り、この城にいるね」
「外へは? よく出るの?」
「偵察もあるし、ウィル様が出かけるならその護衛。それはこっちの世界でも、人間界でも変わらない」
「仕事熱心なのね」
「そうか? まぁ、楽しいからやってる。苦じゃないしな。何でも知れることは楽しいぞ」
「私は、村の外へ出られなかったから。私の世界は村野中曾、せいぜいその周辺くらいしかなかったの」
「自ら外へ出ようとは思わなかったのか?」
「最初はそう思ったのだけれど。段々それが当たり前になって、疑問にも思わなくなっちゃったの。でも、やっぱり変よね、村の外へほぼ出たことがないなんて。……私、十八になるっていうのに」
「まぁちょっと、過保護が過ぎやす、ね」
ガァトは言葉を濁した。なぜミトスが村の外の世界へ連れ出されなかったのか、ガァトはおおよその見当が付いていた。だが、この話は自分がするべきではないと口をつぐんだ。話はきっと、ウィルからあるだろうと。
「この魔族領……人間は魔の地、って呼ぶんだがな。実は人間がいるんだ」
「ええっ⁉︎ 人が住んでいるの⁉︎」
「そうだ。この城を中心に、奥へ行くと魔族や魔物が……まぁ、あんまり人とまだ関わりたくない奴らだな。それがいる。で、人間領……いわば、ウィルが住んでたところだ。そっちに近い土地は、人間と共存してる」
「……嫌がらなかったの? ……こんなこと聞いたら失礼ね」
「いや、そう思うのが普通だ。変わった奴らがいてな、でもそのおかげで、オレたちが前面に出なくて良い時もあるし、何より飯が美味い」
「それはとっても大事なことね!」
「だろ?」
先ほど食べた料理を思い出し、ミトスは笑った。
「この辺は物好きも多いが、暴れる奴なんていない。だから城の入口は、基本的に解放されている。門番はいるから、先にそこから挨拶に行こう」
「えぇ」
ガァトはミトスを連れて、一旦城の外へ出た。
「そこの門の両側。屋根の上にも。それからこの空。暗くてわかりにくいかもしれないが、飛んでるヤツらさ」
「両側……? あっ!」
ミトスは門の脇にいるガーゴイルと、空を飛び回るドラゴンに気が付いた。
「あの石像……もしかして、動くの?」
「あぁ。立派な門番さ」
「空は……あんなに大きな影……」
「よし! お前ら降りて来い! グルルアァァァア!!」
「きゃっ!」
大きな声でガァトがひと鳴きすると、空から大きな影が急降下して地面へと降り立った。
「グルルルル……」
「ド、ドラゴン……」
「そうだ。こいつらは中々気のいいヤツらでな。こうやって空を見回って、トラブルがないか見回ってくれてるんだ。気性は荒いほうだが、これでも人懐っこくてな。仲良くなれば百人力だ」
「よ、よろしくね? 私の名前はミトス。あの、ウィルの妻になるために、ここへきたの。……仲良くしてくれるかしら?」
「グルッ……」
地上へ降り立ったドラゴンは、一体だけではない。ミトスとガァトの周りを、何体ものドラゴンが囲っていた。
「スンスン……グルルルル」
「……私、ニオイを嗅がれてる?」
「確認してるんだろ。敵じゃないってことを。お前ら、このお方はウィル様の妻だ。丁重に扱うように。……じゃれても噛んだり引っ掻いたりはするなよ?」
「そんなことされたら私すぐ負けちゃう……。勇者見習いとして頑張ってきたけど、こんなに大きなドラゴン、勝てる気がしないわ……」
「グルル……ルルル……」
ドラゴンたちはミトスのことを認めたようで、伏せるかたちで頭を下げた。
「撫でても良いの?」
「この姿は服従の証だ。大丈夫、触ってみろ」
「う、うん……」
ミトスは恐る恐る目の前にいた一体のドラゴンの頭を撫でた。
「グルルル……」
「かっ、可愛い……!」
「ドラゴンに対してその台詞、たいしたモンだ」
「ホラ! 目が優しいの! それに、口も開かない! 喉を鳴らしているから、きっとこのまま撫でていても怒らないわね」
「はっはっ! そうかもしれん。さ、次はあっちだ」
ガァトの視線の先にはガーゴイル。初めに見た時とは角度を変えて、まるでこちらを見ているようだった。
「……食べられたりしない?」
「大丈夫だ。挨拶してみたらわかる。見た目は人間から見たら、ちと怖いだろうがな」
パッと見はただの石像だ。しかしここは魔族領にある魔王の城、そんなに単純な話ではない。
「こっ、こんにちは!」
「……」
ギロリとミトスをひと睨みしたかと思うと、大きくその口を開けた。
「わっ!」
「心配すんな。ミトスのことを試してるだけさ。堂々としてりゃあいい」
「わ、わかった。……こんにちは」
ミトスはガァトに言われた通り、ジッとガーゴイルの目を見据えて、ゆっくりとあいさつし直した。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……ギィィ……」
石膏でできた硬い羽根を鳴らしながら、門番として鎮座していたガーゴイルは、二体ともミトスの前へと降り立った。




