第7話:ご対面_3
「紹介させていただきますね。まずは、城のことを任されております、ガァト」
「ガァトだ。城のことは何でも聞いてくれ。普段は城内を歩き回っているから、捕まえてもらわないといけないがな」
ガァトと名乗ったのは、一際身体の大きいオークだった。固そうな毛に、大きな牙。だがその瞳には、優しさが滲んでいるような気がする。
「よろしくお願いします、ガァトさん」
「ガァトで構わん。ウィル様の妻なんだからな。……おっと。俺は敬語のほうが良いだろう」
「あ、あの! そこはお気になさらず! 敬語じゃないほうが、なんか早く仲良くなれる気がするな……なんて……」
「良いのか?」
ガァトはチラリとウィルに目をやった。
「ミトスが構わないなら、私は何も言うまい。……ただし、何をとは言わんが弁えるように」
「……わかっております、ウィル様」
「ガァトには、私も世話になることがありますので、ミトス様も困りごとがあれば、ガァトを頼ると良いでしょう」
「わかりました! ……改めてよろしくね? ガァト。……多分、すぐにお世話になると思うの」
「勿論だ、何でも聞いてくれ。……そうだ、良かったら食事の後に城を案内してやろう。問題ありませんかな、ウィル様」
「あぁ、ついでに教えられることは教えてやってくれ。私ではわからぬことも多々あるだろう」
「承知しました」
「さて、ゆっくりとお喋りするのは後程にしましょう。……続いて、魔王軍の双璧と呼ばれるその一人目。メリア」
「……よろしく、ミトスちゃん」
「よ、よろしくお願いします!」
スタイルの良い、驚くほど美しい女性だった。それに気のせいか、とても良い匂いがする。どこか気怠げに口元を少し上げ、目を細めて首を傾げているその姿を、思わずジッと見てしまうくらいの美しさ。褐色の肌に、背中まで伸びた銀色の髪が輝いている。
「珍しい? アタシはダークエルフなの。……そうね。魔物を手下にしたかったら、アタシのところにいらっしゃい? 一から全部教えてあげるわ」
「へっ……あっ……はい……」
「それと、アタシにも敬語は不要よ。……仲良くしてちょうだい?」
吸い込まれてしまいそうな紫色の瞳に、妖艶な表情。男性が見たら、きっと誰もが虜になってしまうだろう。口を開けたまま、返事も忘れてミトスはメリアに魅入っていた。
「彼女に敵う男は数少ないですぞ。彼はその一人ですがね。双璧の二人目。ソリン」
「よろしく。……勇者見習いだったんだよね? 自分の身は守れたほうがいい。引き続き剣技を磨きたければ、僕が見てあげる」
「あ、ありがとうございます!」
「怪我はさせるなよ?」
「わかってます。……そんな恐ろしいこと、とてもできませんよ?」
「……なら良い」
ソリンと呼ばれた男性は、どこかウィルと同じ匂いがしていた。
ミトスの表情に思い当たる節があったのか、ニヤリ、とソリンは笑って見せた。
「……僕なら、ウィルと同じ魔族だよ」
「なるほど……だからどこか似ているのかな……? ……って、あれ? 呼び方……」
「ソリンは私の兄だ」
「えっ、あっ、はっ、あ、兄!?」
「……あー、やっぱ僕、真面目な場は向いてないわ」
「……そんなことは初めからわかっている。気にするな」
「最初くらいはと思ったんだけどなぁ。悪いな」
「構わん。そのほうがミトスも接しやすいだろう」
「……そう?」
「あまり堅苦しすぎても、気を張るだけだろうからな」
「りょーかい。じゃ、改めてよろしくね、ミトス」
「はい! よろしくお願いします!」
「それでは最後に。私、執事をしております、クルシュと申します」
「クルシュさん、よろしくお願いします」
「こちらこそ。基本的なサポートは私がさせていただきますゆえ。ご心配なさらず」
「ありがとうございます!」
「他にもこの城には沢山の者がおります。皆、奥様がいらっしゃることは存じ上げておりますので。順番に知っていけば良いかと」
「……そうですね、そうします」
「えぇ。……それでは、そろそろ食事にしましょう!」
クルシュの声に、三人が席に着く。彼等の顔を交互に見ると、ミトスはぼんやりとその関係性を考えていた。
魔王と言うものは、言い方が適切かどうかはわからないが、もっと威厳があり、周りから崇められたり畏怖の念で恐れられるものだと思っていたのに。今目の前にいる誰もが、尊敬はしていそうなものの、気軽に話しかけているように思えた。ウィル自身、クルシュに「ありがとう」とお礼も言っていたし、コックにも後でお礼をすると言っていた。もっと尊大であってもおかしくないのに。どこか人間臭くて想像していたよりも気さくで気配りが出来るのだ。――それは、ミトスにとってもそうだった。不器用なだけ、扱いが、接し方がまだわからないだけ。
あれだけの美貌を持ち、恐らく部下からの信頼も厚くて、結婚を祝ってくれる人がいる。間違いなく一番強いはずなのに、それを鼻にかけたりしない。素直に謝ってお礼を言うこともできる。魔王と言えば、魔族と魔物を統べる王なのだから、その経歴と現在の役職も申し分ない。
(……もしかして私、とんでもなくハイスペックな人の元へ嫁ぐことになったのでは……?)
今さらながら、ウィルの優秀さがじわじわと胸をくすぐる。自分がそんな凄い相手に一目惚れされただなんて。なんとなくふんわりとした現実味のない出来事だと思っていたが、目の前では実際に信じられないようなやり取りが起きていたし、夢と呼ぶには自分のこの鼓動も頬の火照りも恥ずかしいくらいにリアルなのだ。今さら嘘だと、夢なんだとは到底思えない。
「ミトス様? どうかなさいましたか?」
「あ、い、いえ……! なんでもないです!」
「それならば良いのですが。何卒、遠慮なさらずお声がけいただければ。それに、敬語は不要ですよ」
「あっ……あ……うん、ありがとう、クルシュ」
「今後もそちらでお願いします」
相変わらず穏やかな笑顔だ。クルシュの笑顔を見ていると思わずこちらも笑顔になり、なんだかとても温かい気持ちになる、そんな気がした。




