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魔王♂は勇者♀を溺愛したい-捨てられ勇者、魔の地で家族ができました!-  作者: 三嶋トウカ
【第一部】第四章:人間領の一手

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第61話:対岸のひと_3


 「はっきりしつつも、詳細はぼんやりしている方がちょうど良い」と言わんばかりに、クルシュはあり得そうな話を前面に押す。

 書記官はうむ、と頷き、最後の欄に『通行可』と記した。


「通行を許す。ただし、人間領内での辛度上限は中堅まで。それ以上は、こちらの命が危ない」

「了解。……ねぇ、試してみる?」

「いっ、いや! 遠慮しておく!」

「うふふっ、そう? じゃあ、この一番甘いのをあげるわ」


 その場にいた人間たちに、子ども用の飴を数粒渡す。人間領では食べられない味に、一同は頬を緩ませて「ありがとう」と礼を言った。口に頬張り、美味しそうな顔をしている。

 そして、一度取り出した最大の殻さの飴を、ミリアはもう一度箱に預けた。ばくん、と内部に迎え入れて、箱は満足げに吐かない。


 通過直前、兵のひとりがミトスを見て呟いた。


「……『勇者返還』の噂、本当なのか」


 ミトスの背筋に冷たいものが走る。言い返しかけた瞬間、鈴が一度制するように鳴った。

 クルシュが指で合図――静観。ミトスは器の箱の縁を撫で、呼吸をひとつ吐いた。


「返すものは、何もありません」

「そうか、これは失礼なことを言ったようだ。申し訳ない」

「いえ、問題ありません。お仕事、頑張ってくださいね」

「あぁ、良い物をありがとう。午後もこれで頑張れそうだ」

「何より、です」

「よい旅を」


 兵は一瞬何か言いたげな顔をして見せたが、結局それ以上は何も言わなかった。

 箱がその空気をすうぅっと吸った。やはり、吐かない。イェレナはにんまりと、嬉しそうな顔をしている。


 日が傾き、古い橋の手前の小広場で野営をすることに決めた。襲われる心配はない。仮に襲われたとしても、このメンツではまず誰も勝てないだろう。

 焚き火に小鍋、食料として持参したパンと、干し肉と辛味を蜂蜜で落としたスープ。

 花の音色は夜の鈴に切り替えられ、とろりと甘い音で周囲の闇を和らげてくれる。


「のう、ミトス。門をくぐるのは、怖いかのう?」


 イェレナが背中合わせに座り、尻尾でミトスの腰をちょんと突く。


「……ちょっとだけ怖いよ。でも、何か変わったところがあるか、それは見ておかないと。あと、私が呼ばれた理由も」

「うむ。よい答えなのじゃ」


 ミリアが『燃えない火の飴』をひとつ渡す。


「言いすぎそうになったら噛むといいわ。辛い言葉はきっと、この飴が絡めとってくれるもの」

「うん、ありがとう、ミリア」


 ガァトは『抱ける壁』を寝床代わりに広げ、皆の後頭部を優しく支える。


「壁、ここで力を発揮するとは思わなかった」

「ホントにそうね。明日、きっとまた出番がくるわ。人間領の椅子は硬いから。そうでしょう? ミトスちゃん」

「えぇ、本当に」


 寝る前、クルシュが短く確認を取る。

「明朝の隊列は『ウィル、ソリン、ミトス、クルシュ、ミリア、ガァト、イェレナ』の順で。私は、その先頭に立ちます。鈴一度で集合、二度で静観、三度は退避。門前の言葉の刺は、箱がに吸わせましょう。吐きそうなら、飴を。剣は方向だけ決めておいてください」

「了解」


 ミトスは寝台代わりの外套に潜り、家の味の音に耳を澄ました。怖いは半分。楽しいも半分。その半分ずつを胸に抱えて、眠りに落ちる。


 ――翌朝。

 人間領の城下町が見えてくると、屋根の色が整然と並び、石畳が硬い音を返した。

 門前には列。商人、旅人、侍女。兵たちは槍を地に突き、無表情で列をさばいている。

 その目は、冷たい。

 けれど、それは見慣れた冷たさだった。不安に思うことはないと、ミトスは胸骨の内側で呼吸をひとつ整える。


「魔王領より来訪いたしました。招待状の提示をここに」


 クルシュが封書を差し出し、ウィルが半歩前に立つ。

 兵の視線が、ウィルの金の瞳にあたって逸れる。それでも、列の後ろからひそひそが立つ。


「勇者……」

「返還……」

「魔族……」


 ぴゅうぅぅぅ。


 箱が吸う。吸う。吸う。吐かない。「いい子」と、ミトスが箱の蓋を優しく撫でる。


「手土産を検分する」


 別の書記官が現れ、荷台の布をめくろうとする。

 ソリンの指がそっと布の端を押さえ、視線だけで壁の位置を示す。ガァトが一歩出て、笑顔。威圧ではない。包容の笑顔。

 書記官の手が自然に止まり、クルシュが目録を差し出す。


「お待ちください、順に開示します。上からまいりましょう」


 鞘布、書記具、辛味皿、壁。器箱は最後。


「これは?」

「家です」


 ミトスは昨日と同じ答えを置く。

 書記官はしばし黙り、そしてこくりと頷いた。――『可』。


 列の脇で、子どもがこちらを見ていた。ミトスが目を合わせ、こっそり『燃えない火の飴』を指で見せる。

 子どもは首を横に振り、代わりに小さく手を振った。胸の奥が温かくなる。


 門がぎいと開く。

 石の匂いが変わる。冷たい空気の奥、光が、ほんの一瞬だけ揺れた。痛いほど懐かしい、でも今の街には無い光。

 ミトスは一瞬だけ足を止め、すぐに歩みを戻す。そこへ、ウィルが半歩寄った。


「怖いなら、言え」

「……うん、怖い。――でも、行く」

「あぁ、行こう」


 器は朝の鈴を立て、鞘布は抜かない影を壁へ細く落とし、辛味皿は外側へ置かれるのを待ち、壁は椅子に装着される日を夢見ている。

 箱は吸うだけ。

 そして――吐かない。


 いざ、人間領の城内へ。

 自分の『家』を背負って、入る。

 この街の真ん中で『私』の居場所を増やすために。

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