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魔王♂は勇者♀を溺愛したい-捨てられ勇者、魔の地で家族ができました!-  作者: 三嶋トウカ
【第一部】第四章:人間領の一手

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第58話:手土産は誰が為に_4


 最後にミトスの灯りの器。

 扉から一歩入ったところの低い台に置く。


「置くならやっぱりここよ。『おかえり』を、最初に言いたいから」


 器は火を入れなくても微かに鈴を保ち、部屋の気配が一段和らいだ。そのお帰りという言葉の威力は、ここにいる誰もが知っている。


 ウィルは紙を閉じ、皆を見渡す。


「第三戦は――器だ。……ただし、単体の勝利ではない」


 彼はゆっくりと言葉を置いていく。


「『灯りの器』を本命に、クルシュの書記具を並べ、ソリンの鞘布を壁へ。味はミリアの辛味を『会の外側』に。椅子にはガァトの小さな壁を。そして――イェレナ、花は朝と夜で音を変え、場を締めるのに最適だろう。もちろん、蜂蜜壺は使わない」

「最後の一言が冷たいのじゃ!」

「壺は……皆が思っているはずだ。『外交に事故は不要』だと」

「お気に入りなのに! じゃあ、箱はどうなのじゃ! あやつはいいやつじゃぞ!」

「いや、あれのほうが事故の起こる確率が高いだろう」


 なおも食らいつくイェレナをよそに、ウィルは一つ咳払いをして言葉を放った。


「三戦の結果で優勝を決めるとするならば……そうだな、ミトスの器だろう」


 ウィルがそう宣言した瞬間、観客たちから拍手が沸き起こった。


「あははっ、ありがとう。とっても嬉しいわ」


 恥ずかしそうに手を振るミトスに、イェレナがそっと近付いていく。


「のう、壺と箱にも居場所が欲しいのじゃ。壺はせめて中身が出れば……じゃが、箱のほうは……」


 イェレナがしょんぼりするので、ミトスは考える。壺はともかく、箱の居場所は難しい。誰も、悪口を聞きたくはないだろう。


「うーん。……そうね、それなら、練習場に置こうか。もう時間もないけれど、外交の前に『言ってはいけない言葉』を吸って、吐くまでのスパンを伸ばす」

「更生プログラムなのじゃ!」


 箱は嬉しそうにぴゅーと鳴いた。悪口が入っていないから、言葉は紡げない。代わりに、空気の抜けるような音だけが響く。


「ガァトの壁はどうするつもり? ミトスちゃん、小さいほう気に入ってるから、大きいほうもどこかに置きたいわよね?」

「もちろん、この城に置く。帰ってきたとき抱きつける壁があるの、最高じゃない?」

「……最高か」


 ガァトの耳まで赤くなる。失敗したと思っていたのに、求めてくれる人がいるのだ。


「ミリアの『燃えない火の飴』は、器のおまけに数粒入れられる?」

「えぇ、いいわよ。子ども席用に甘さ強めのも混ぜとくわね。きっと人気が出るわ」

「クルシュの封蝋は簡易版だけれど、本式も少量だけ持っていくことにしよう。そのほうが安心できるもの」

「承知しました。相手が『約束の重さ』を試す場面が来たときに、本領を発揮できるように」

「お願いね。ソリンの鞘布は予備も作れるかしら。もう明日だから、無理ならいいの。ただ、可能であれば、相手側の護衛にも渡せるように」

「渡すのか?」

「『抜かない』を共有できたら、場の呼吸が整うでしょう? 戦いに行くのではなく、有区小野意思表示に行くのだから」


 ソリンの口角が、ほんの少し上がる。


「いいね。やってみるよ」


 ――夕方、人間たちが皆帰ってから、ウィルに認められた手土産が箱に収められていく。

 ミトスはしまいながら、道具の音と温度を一つずつ確かめ、丁寧に置いていった。

 ウィルが隣で箱の紐を結び、結び目を軽く叩く。とん・とん・とん――礼式の拍。礼儀は欠かない、たとえ、誰が相手でも。


「その結び目、綺麗ね」

「途中で解けないように」


 短い言葉が、胸の真ん中にするりと入る。


「のうのう、ちと練習なのじゃ」


 イェレナが『悪口吸う箱』を抱えて現れる。


「ミトス、外交で言いたくなるけど言わぬ方がいい言葉、ひとつくれんかのう?」

「うーんと……じゃあ『勝手に決めないでください!』」


 箱はぴゅーとその言葉を吸い込んだ。

 三秒、四秒、五秒――


「!? やったのじゃ、吐かぬのじゃ!」

「もう成功したの!?」


 全員が拍手する。箱が調子に乗って「おばかさん」と吐いた。


「まだ残っているなんて、夢にも思わなかったのじゃ」

「これは相当、鍛錬が必要ね」

「明日には、川を渡るんだぞ?」


 箱の様子を見て、ため息交じりにウィルが呟いた。


「ぐぬぬ、で、でも! 何とかするのじゃ! ……ところで、わしの蜂蜜壺は?」

「留守番しか選択肢はない」

「悔しいのじゃ……」

「箱だって、元々選択肢にはないのだぞ?」

「そこを何とか!! 魔王様!!」

「都合のいいときだけ魔王と呼ぶんじゃない」

「……小さいころ、あんなに面倒を見てやったというのに……薄情な奴じゃのう」

「それとこれとは話が別だろう」


 ――何とか片づけを終え、ウィルとミトスは廊下の角で足を止める。

 窓の外、港の鈴が一度。


「今日は、楽しかったか?」


 ウィルの声は低くて軽かった。どこか意味を含んでいる。悪戯の共犯みたいだ。


「……うん。楽しかった。みんなのお勧めが、こんなに違って、でもちゃんと混ざるの」

「どうしようのないものもあったがな」

「ふふふっ。それはそうだね」


 花鉢が夜の高さへ和音を上げ、一輪挿しの鼻ががとろりと甘い鈴を鳴らす。

 城の空気は、いつもより少しだけ、新しい匂いがした。

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