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魔王♂は勇者♀を溺愛したい-捨てられ勇者、魔の地で家族ができました!-  作者: 三嶋トウカ
【第一部】第四章:人間領の一手

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第57話:手土産は誰が為に_3


 ウィルはペン先の重さを確かめ、静かに評価を入れる。


 ソリンの『刃を抜かない』鞘布は、結び目を拍で操作している。

 とん・とん・とん――礼式の拍で緩み、戦拍で締まる。お互いに手を出さないための道具。節度を守るための道具。


「剣は方向だけ整える。たとえ戦意が沸き上がったとしても『抜かない宣言』が可視化される」

「いい……。喧嘩しに行くわけじゃないもの。あくまでも友好的に。にこにこしていなきゃ、ね」


 ミトスの声が少し低くなる。


「何があっても、抜かない姿勢を見せるって、相手の心に響くと思う」

「……僕もそう思うよ」


 満を持して登場、ガァトの抱ける壁――小さいほう――は客間の椅子に装着した。

 座ると背中が包まれ、肩の力がす、と抜ける。


「外交の寝不足を、体感六分の一ほど軽減してくれそうですね」


 クルシュがさらっと言い、ウィルのメモに「小は通路可」と添える。


「して、大はどうする?」

「通路不可だから、ずっとそこに置いてあるわ」

「致し方ないのじゃ」

「大きいほうが、効果はデカいと思うんだがな」

「通らぬものは運べぬのじゃ。さて、次はわしじゃな。反応がいまいちじゃったからのう。仕方なしに、最終兵器なのじゃ!」


 目の前にコト、と音を立てて置かれたのは、一輪挿しにさされた花だった。


「朝と夜で、違う音色を奏でるのじゃ。しかも! 聞いておるのが誰かで、そやつの求める音色へと変わる。つまりは万能なのじゃ!」

「音の効果は?」

「ふふふっ。よくぞ聞いてくれた! 相手の陽の気を増幅させるのじゃ!」


 イェレナは置いた一輪挿しに、魔法で水を注いだ。ぽう、と花が光り、楽しそうに揺れている。

 曰く「朝はからりと軽く、夜はとろりと甘い」。


「――あれ? 何だか、何にもしてないのに急に楽しくなってきたような……?」

「お前もか? 俺も、仕事のこと考えたら一気に疲れたのに、この音を聞いたら急に元気が出てきたぞ?」

「軽くて面白い音だな、小気味いい」

「え? もっと上品な音じゃない?」

「あっはっはっ! 理解のある観客がいて良かったのじゃ。よいか? それがこの花と一輪挿しの効果なのじゃ。今の気持ちを察して、花が音を届けてくれる。その音は、人によって聞こえ方が変わるのじゃ」


 ミトスの耳にも、軽やかな音が落ちてきた。鈴を優しく鳴らすような、水面に光を滑らすような。


「どうじゃ? これなら皆が『帰りたい』と思えば『会が終わる合図』にもなるのじゃ。勝手に察して、それから帰らなければならぬ音を鳴らしてくれる。便利じゃろ? 気持ちには誰も嘘は吐けぬ」

「なるほど、それはいい」


 ウィルが頷き、紙に『実務はクルシュ、ソリン、イェレナの組み合わせがよい』と記す。


「第二戦は引き分けだろう。しかし、組み合わせで威力が跳ね上がる。どれか落とすのは、勿体ない」

「……のう、ところで、わしの壺なのじゃが」

「どう考えてもあれは『なし』だろう」

「うぅぅ!! そこを何とか!」

「断る」


 最後は言葉ではなく『置き方』で勝負することに。

 王城の来賓室を模した部屋に、それぞれの手土産をどう置くかで意味を示す。


 クルシュは机の右上に書記具、中央に空白、左に封蝋――『合意の余白』を作る置き方だ。


「『話し合う意志がある。だから、今は空けておく』というメッセージでございます。必要でしょう、どちらにとっても」

「その考え方、好きだわ」


 ミトスが即答する。


「おお、その位置はよいのう。よくわかっておる。机の怒りゾーンを避けておるのじゃ」

「怒りゾーン? 何それ?」

「人は利き手の手前に怒りを置きがちなのじゃ。反対側に灯りを置けば、怒りは遠くなるのじゃ。光が怒りを抑えてくれる」

「僕の剣は輝くから、そこに置いたら怒りを中和してくれるかな?」


 ソリンの鞘布は壁際、剣の影を細くする角度に。


「剣はある。けれど、抜かない。――その影だけ見せる。剣は、確かにここに、だけど、戦意は一切置かない。目の前にあるのに、刃は抜かれない」


 部屋の空気が一段落ち着く。

 ソリンが刃を見せれば、間違いなく囲まれるだろう。しかし、これがあればあり得ない。彼は剣で戦わなくとも十分すぎるほど強いが、人間たちはそれを知らない。その知らない、が、後ろから支えるように無害化を押す。


「ソリンの影を、薄くできるんだね」

「ああ。方向だけ残る。僕という主張はいらないんだよ」


 ミリアは宴席の中央から、一歩外に辛味皿を置いた。


「『温度は上げるが、中心は譲る』って意味。何事も、真ん中は大事なのよ。誰にとっても、ね。だから、入り込まない、何も置かない」

「攻めの譲り、ですか。よいですね」


 クルシュが大きく頷いている。彼が頷くということは、このミリアの感覚が、人間と変わらないということだ。

 その後出された、ガァトの『抱ける壁――小さい――』は、どこで活躍させるか悩んで、来賓用椅子に装着した。


「必ず座ることになる。それならば『ここは安全だよ』という印になるだろう」


 「間違いないね」と、何気なく座った瞬間、ミトスの肩が落ちた。目を閉じて、深く息を吸う。


「……説得力ありすぎだわ。こんな状態になったら、誰も何もできないもの」

「そうなのじゃ、椅子ひとつで外交が変わることもあるのじゃ。お尻は心に直結なのじゃ」

「この座り心地じゃあ、座った人は何も言えなくなると思う。それに、離れたくない」

「……ちとわしにも座らせてくれんかの?」

「ちょっと、まだ……うん、待ってて。まだね、まだまだ。えぇ、まだよ。やっぱりほら、しっかり使い心地と効果を知っておかないと……」

「ぐぬぬっ。何だかズルいのじゃ!」

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