第56話:手土産は誰が為に_2
「……いいかもしれない」
「わしもそう思うのじゃ。……しかし、流石に市場の道が通れんの」
――全員、黙る。
「小さい版、一応あるんだが……」
「最初にそれを出して!?」
ガァトはどこからか、今の壁の小さい版を取り出した。サイズは枕の大きさほど。厚みは変わらないらしい。
見た目は巨大版に比べて頼りなかったが、ミトスが試しに頭を預けてみると、支えられる範囲が狭くなっただけで、安心感そのものは変わらなかった。
「これは……こっちの小さいほうなら、チャンスはあるかもしれないわね……。私がほしいくらいだもの」
「なら、一つはやろう」
「いくつかあるの?」
「あぁ。帰ってきたら持っていく」
「嬉しい!」
思わぬ副産物に、ミトスは微笑んだ。
「最後は私からも」
ミトスは小箱を一つ出した。
蓋の内側に花歌いの紋、芯は誰かを待つ歌を覚えた灯りの器。
「本命はやっぱりこれ。『家に帰れる』灯り。――でも今日は勝負だから、器に『それぞれの案の小片』を添えたい」
ミトスは指を折って数える。
「イェレナの皿の欠片に、ミリアの辛味ナッツをほんのひとかけ。それから、クルシュの封蝋、ソリンの鞘布の刺繍糸、ガァトの小さい抱ける壁の模様」
「ミトスは欲張りさんじゃのう」
「だって、折角なら、みんなの欠片を残しておきたいんだもの。それに、そのほうが、私だけよりも強いでしょう?」
思わぬ打算に、よく考えたと言わんばかりに皆が笑う。
「で、どう勝負する?」
ミリアが腕を組む。
「三本勝負!」
ミトスは指を立てる。
「まずは味。味覚を使う味、じゃなくてもいいし、それに沿うように考えてもいい。それから、実務。使えるものなのか、使えないものなのか。手段や意味は問わない。最後は、外交。相手への影響と、その中に込められるものは何か」
「その中で勝負できないものは? 僕のに味を求めるのは、ちょっと色んな意味で難しいかもしれないじゃない?」
「それなら、その項目は参加しなくてもいいわ。出た分だけ、見極めの点が増える。えっと審査員は――ウィルにお願いしましょう? 顔がかかっているんですから」
全員の視線が一斉に玉座の主へ。
ウィルは一拍置いて、逃げ道がないことに気付き、諦めの笑みを浮かべた。
「栄誉だ。当然ながら、贔屓はしない」
「ギャラリーの意見がほしくない? 折角だから、城の外へ出ましょうよ」
ミリアの一言に同意した一行は、それぞれ品を持って街へと向かった。
会場は市場の試食通り。屋台の親父たちが腕を組み「よくわからんが、審査だってよ」とにやついている。
まずはミリアの皿。
「唐辛子蜂蜜のローストナッツ、外交辛度は三段階なの。入門――少しばかり辛い――に、中堅――まぁまぁ辛い――、そして最後に上級――目が覚めるほどの刺激――よ。さぁ、召し上がれ」
「それならば上級だ」
ウィルが躊躇なく手を伸ばす。
――口に含んだ次の瞬間、目が細くなり、背負う空気がいつもと変わった。
「……旨い。この辛味が『距離』を作る。礼で近づきすぎる相手に呼吸の間合いを戻せる」
「やったわ!」
ミリアがガッツポーズをした。
続いて心臓果のコンフィ。
ウィルはひと口で頷き、私もと試食したミトスは、ほわっと頬が緩む。
「美味しい……けど、少し強いわね。成人向けだと思う」
「子ども席には『燃えない火の飴』よ。一粒は守ってもらうわ」
飴を口に入れると、胸の真ん中がじんわり温かい。辛いわけでも甘いわけでもない灯りだ。
「これ、器の横に一つ置けるね」
次はイェレナの逆さ蜂蜜壺。
逆さにしてもこぼれない……が、上を向けて出そうとすると、中身がなかなか出てこない。スプーンを何度か入れて、ようやく出たと思うと――ドバッ。
「あははははっ! 威勢がよいのじゃ!」
「威勢がいいとか言ってる場合!?」
慌てて器に戻す。周囲は笑っている。
ミトスの器は味では勝負できない――が、蜂蜜屋が器の横へハーブ蜂蜜をちょん、と置いた。
「灯りの匂いに合うのはこいつだ。薄くパンに塗って灯の前で食うと、腹じゃなく胸が満ちるぜ。ホッとするんだ。その感覚、知ってるだろ?」
その言葉に、ウィルとミトスは顔を見合わせてが静かに頷き、少し考えてウィルが紙にこの試合の結果を書く。
「第一戦はミリア。ただしミトスの持つ器との相性点を全員に分配」
「のうのう、わしの壺にはどどん! と加点が入ったりせんかのう?」
「加点? まさか。壺は減点だ」
「そんなぁ……」
イェレナの反応に、周囲は「そりゃそうだろう」と笑った。反応を見るに、本人としてはいい線をいっていたのだろう。
「行方の気になる者たちはついてこい。城へ戻って第二試合の開始だ」
ウィルの言葉に、ぞろぞろと市場の人間たちが後をついていった。平和の象徴なのかもしれない、人間たちが、自ら魔王城へ向かっていくということは。
――次の場所は城の小広間だった。机と椅子、灯り、給仕口に扉、窓。――ここに、小さな『式典』を仮構する。
クルシュの書記具セットで模擬合意文を作り、封蝋、配布、保管までの一連を実演して見せた。無駄も隙もない、丁寧な所作。
「なるほど。インクは乾きが早いくて滲みにくい。封蝋は『花歌い紋・簡易版』か。相手の机に乗っても喧嘩を売らないな。悪くない」
「光栄でございます」




