第55話:手土産は誰が為に_1
朝の城下は、出発前の熱気でわずかに温度が上がっていた。
渡し舟の準備は港で着々と進み、こちらでは『外交手土産』を決めるべく、この出発前日に訪問メンバー全員が城下の市場通りへなだれ込む――はずだった。
「ちょっと待って、順番!」
ミトスが慌てて手を上げる。
「今日は『手土産勝負』。優勝案を『本命』にして、準優勝と特別賞は『おまけセット』として扱います! 予算はひとまず常識の範囲で!」
「『常識』の定義は、いかがいたしましょう?」
クルシュが真顔で尋ねる。
「……サイズ的には、市場の道が通れるサイズ? あと、ちゃんと運べるサイズ。金額はウィルにお任せします!」
「承知いたしました」
このミトスの一言で、ガァトの目に宿っていた『胸像』の炎がしゅんと小さくなった。等身大ではなく、ずっと大きなものを想定していたようだった。
それぞれが持ってきたものを筆頭に、さらに追加するのか、似たものを選ぶのか、はたまた趣向の全く異なるものを購入するのか。それはこの結果にかかっている。
城の中で皆の意見を聞き入れ、それを反映したものを、買い求めるもしくは作る、探すつもりだ。
「よしよし! まずはわしの見本市なのじゃ! とくと見よ、この種類を!」
イェレナが尻尾をぴんと立て、卓の上へ一気に広げたのは――
『自動撹拌ティーポット――勝手にかき混ぜ続ける――』に『逆さにしてもこぼれない蜂蜜壺――元の位置でも中身が上手く出てこない――』から順に『勝手に温度がちょうどになる皿――人によってちょうどが違う問題は未解決――』と『悪口を吸う箱――ちゃんと吸うが、時々吸ったものをそのまま吐き出す、何かを追加して――』という、個性的なものばかりだった。
「ど、どうやって作ったの……?」
「ケット・シーの歴史の秘技なのじゃ。さて、ここから実演と――」
イェレナが箱の蓋を開けて一言「おばかさん」と言うと、箱は気まずそうにぴゅーと音を立ててそれを吸う。
……五秒後、箱は『おばかさん』を三倍速で吐き戻した。
「何ということじゃ、思ったよりも、吐き出すまでの時間が短いのじゃ……」
「却下! これは却下!」
ミトスは即決した。流石にこんなもの、友好の名目で開かれる会に、持って行くわけにはいかない。
「外交の場で箱が罵倒を復唱したら即退場よ! それに、時々じゃない可能性!」
「イェレナったら、そんなのじゃダメよ。なら、次はアタシの番」
ミリアが両手で抱えていた、宝石箱みたいな籠を開ける。
中には――
『ラム酒に漬けた心臓果のコンフィ――物怖じしない一部の大人向け――』に『唐辛子蜂蜜のローストナッツ――とても辛くてとても甘い――』、それから『燃えない火の飴――複数口に含むと暖かいを通り越して暑い気分になる――』の三点だった。
「宴席の温度を上げて、会話を『焦がさず弱すぎず香ばしく』。定番の攻め方よ」
「ちょ、ちょっと攻めすぎなのでは……?」
「甘いのだけだと『舐められる』の。わかるでしょう? 辛味は見えない距離を保つのに効くのよ。ね?」
自信あり気に笑うミリアを見ていると、ミトスも漠然と『そうなのかもしれない』と思った。
「それでは、実用枠は私が参りましょう」
クルシュは、布包みから書記具セットを出す。
『水に強いインク――不正利用対策でで改良済み――』、次に『にじみにくい羊皮紙――同じく不正利用対策でで改良済み――』、最後に『封蝋具――やはり不正利用対策でで改良済み――』だ。物はとても良い。安心感がある。
「なるほど――約束を形にする道具は、外交の場では最良の贈り物だ。こちらの規格を、相手の机に置ける」
ウィルは満足そうに頷いた。
「理屈は強いし、とてもわかるんだけど……甘さというかなんというか……目に見えない部分のアレコレがゼロなのよね。物は凄く良いと思うんだけど……」
「なら、蜂蜜壺を添えるのじゃ!」
「その壺は、どうやってもたまーにしか中身が出ないのが問題なの!」
「あははっ!」
一度大きく笑った後、ソリンが口元を抑えて笑いを堪えていた。
「みんな、これはなかなか……。じゃあ、今度は僕の番だね」
ソリンは黒い布をめくり、帯剣用の鞘布を出した。
『刃を抜かない約束の印入り――礼式の拍で結び目が解ける仕立て――』。
「剣は抜かない。方向だけ整える。その方向は、人間領の誰か。それを形にして相手に見せる」
「好き……」
ミトスが小声で漏らす。
「惚れるのは剣じゃなくてコンセプトにね? ミトスちゃんが好きなのは、剣のほうでしょう?」
ミリアが肘でつつく。
「防衛目的であれば、これは満点ですね。優しく、見た目も良いので、誰も傷付けません。実務と象徴、しっかり両立しています」
そう言って、クルシュが頷く。
「じゃあ、ガァトお願い」
「はい」
ガァトは両手で布包み――とても巨大な――を抱えて前に出る。
『大きさの制約は、今でなく選ぶ前に決めておくべきだった』――と、ミトスはその大きさを見て思った。しかし、今後悔してももう遅い。
布が解け――中から現れたのは非常に大きなきクッションだった。
しかも、布をかけてあったときと謙遜なく、恐ろしく巨大だ。ハリボテじゃない。
「……これは?」
おずおずとミトスが聞いた。聞かないわけにもいかない。もしかしたら、見た目にはわからないだけで、何か重大な意図が隠れているかもしれないのだから。
「壁サイズの抱き枕……じゃなくて『抱ける壁』だ。珍しいもんなんだぞ? これは、人間領の城の客間に置く。安心が大きいと、不安は小さくなっていくからな」
試しにミトスがむぎゅと抱くと、確かに落ち着く。壁なのに、ふかふかの状態で受け止めてくれる。身体を預けても、しっかりと支えてくれるから、不安にならない。




