表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王♂は勇者♀を溺愛したい-捨てられ勇者、魔の地で家族ができました!-  作者: 三嶋トウカ
【第一部】第四章:人間領の一手

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

55/56

第55話:手土産は誰が為に_1


 朝の城下は、出発前の熱気でわずかに温度が上がっていた。

 渡し舟の準備は港で着々と進み、こちらでは『外交手土産』を決めるべく、この出発前日に訪問メンバー全員が城下の市場通りへなだれ込む――はずだった。


「ちょっと待って、順番!」


 ミトスが慌てて手を上げる。


「今日は『手土産勝負』。優勝案を『本命』にして、準優勝と特別賞は『おまけセット』として扱います! 予算はひとまず常識の範囲で!」

「『常識』の定義は、いかがいたしましょう?」


 クルシュが真顔で尋ねる。


「……サイズ的には、市場の道が通れるサイズ? あと、ちゃんと運べるサイズ。金額はウィルにお任せします!」

「承知いたしました」


 このミトスの一言で、ガァトの目に宿っていた『胸像』の炎がしゅんと小さくなった。等身大ではなく、ずっと大きなものを想定していたようだった。


 それぞれが持ってきたものを筆頭に、さらに追加するのか、似たものを選ぶのか、はたまた趣向の全く異なるものを購入するのか。それはこの結果にかかっている。

 城の中で皆の意見を聞き入れ、それを反映したものを、買い求めるもしくは作る、探すつもりだ。


「よしよし! まずはわしの見本市なのじゃ! とくと見よ、この種類を!」


 イェレナが尻尾をぴんと立て、卓の上へ一気に広げたのは――

 『自動撹拌ティーポット――勝手にかき混ぜ続ける――』に『逆さにしてもこぼれない蜂蜜壺――元の位置でも中身が上手く出てこない――』から順に『勝手に温度がちょうどになる皿――人によってちょうどが違う問題は未解決――』と『悪口を吸う箱――ちゃんと吸うが、時々吸ったものをそのまま吐き出す、何かを追加して――』という、個性的なものばかりだった。


「ど、どうやって作ったの……?」

「ケット・シーの歴史の秘技なのじゃ。さて、ここから実演と――」


 イェレナが箱の蓋を開けて一言「おばかさん」と言うと、箱は気まずそうにぴゅーと音を立ててそれを吸う。

 ……五秒後、箱は『おばかさん』を三倍速で吐き戻した。


「何ということじゃ、思ったよりも、吐き出すまでの時間が短いのじゃ……」

「却下! これは却下!」


 ミトスは即決した。流石にこんなもの、友好の名目で開かれる会に、持って行くわけにはいかない。


「外交の場で箱が罵倒を復唱したら即退場よ! それに、時々じゃない可能性!」

「イェレナったら、そんなのじゃダメよ。なら、次はアタシの番」


 ミリアが両手で抱えていた、宝石箱みたいな籠を開ける。

 中には――


 『ラム酒に漬けた心臓果のコンフィ――物怖じしない一部の大人向け――』に『唐辛子蜂蜜のローストナッツ――とても辛くてとても甘い――』、それから『燃えない火の飴――複数口に含むと暖かいを通り越して暑い気分になる――』の三点だった。


「宴席の温度を上げて、会話を『焦がさず弱すぎず香ばしく』。定番の攻め方よ」

「ちょ、ちょっと攻めすぎなのでは……?」

「甘いのだけだと『舐められる』の。わかるでしょう? 辛味は見えない距離を保つのに効くのよ。ね?」


 自信あり気に笑うミリアを見ていると、ミトスも漠然と『そうなのかもしれない』と思った。


「それでは、実用枠は私が参りましょう」


 クルシュは、布包みから書記具セットを出す。

 『水に強いインク――不正利用対策でで改良済み――』、次に『にじみにくい羊皮紙――同じく不正利用対策でで改良済み――』、最後に『封蝋具――やはり不正利用対策でで改良済み――』だ。物はとても良い。安心感がある。


「なるほど――約束を形にする道具は、外交の場では最良の贈り物だ。こちらの規格を、相手の机に置ける」


 ウィルは満足そうに頷いた。


「理屈は強いし、とてもわかるんだけど……甘さというかなんというか……目に見えない部分のアレコレがゼロなのよね。物は凄く良いと思うんだけど……」

「なら、蜂蜜壺を添えるのじゃ!」

「その壺は、どうやってもたまーにしか中身が出ないのが問題なの!」

「あははっ!」


 一度大きく笑った後、ソリンが口元を抑えて笑いを堪えていた。


「みんな、これはなかなか……。じゃあ、今度は僕の番だね」


 ソリンは黒い布をめくり、帯剣用の鞘布を出した。

 『刃を抜かない約束の印入り――礼式の拍で結び目が解ける仕立て――』。


「剣は抜かない。方向だけ整える。その方向は、人間領の誰か。それを形にして相手に見せる」

「好き……」


 ミトスが小声で漏らす。


「惚れるのは剣じゃなくてコンセプトにね? ミトスちゃんが好きなのは、剣のほうでしょう?」


 ミリアが肘でつつく。


「防衛目的であれば、これは満点ですね。優しく、見た目も良いので、誰も傷付けません。実務と象徴、しっかり両立しています」


 そう言って、クルシュが頷く。


「じゃあ、ガァトお願い」

「はい」


 ガァトは両手で布包み――とても巨大な――を抱えて前に出る。

 『大きさの制約は、今でなく選ぶ前に決めておくべきだった』――と、ミトスはその大きさを見て思った。しかし、今後悔してももう遅い。


 布が解け――中から現れたのは非常に大きなきクッションだった。

 しかも、布をかけてあったときと謙遜なく、恐ろしく巨大だ。ハリボテじゃない。


「……これは?」


 おずおずとミトスが聞いた。聞かないわけにもいかない。もしかしたら、見た目にはわからないだけで、何か重大な意図が隠れているかもしれないのだから。


「壁サイズの抱き枕……じゃなくて『抱ける壁』だ。珍しいもんなんだぞ? これは、人間領の城の客間に置く。安心が大きいと、不安は小さくなっていくからな」


 試しにミトスがむぎゅと抱くと、確かに落ち着く。壁なのに、ふかふかの状態で受け止めてくれる。身体を預けても、しっかりと支えてくれるから、不安にならない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ