第5話:ご対面_1
「今日はゆっくり休むと良い。疲れただろう」
「大丈夫よ。……あ、でも、私はどこで寝たら良いのかしら……?」
「このベッドを使え」
「そもそも、これって誰のベッドなの? 魔王の城に、客間なんてあるの……?」
「私のベッドだ」
「えっ」
知らなかった。このベッドは、ウィルの物だったのか。ミトスは一気に顔が赤くなった。スリスリと肌を寄せただけでなく、良い匂いがするからとクンクン匂いを嗅いでしまった。しかも、その場に本人がいるなどと考えていなかった結果、目の前でその行為をしてしまったのだ。恥ずかしいと思う気持ち以外ない。
(……めっちゃいい匂いしたよ……そういえば、ウィルからこの匂いしてる気がする……)
無意識のうちに、ミトスは目を閉じてウィルへと顔を寄せていた。
(やっぱり、ウィルからこの匂いがしてるんだ……この匂い好き……幸せ……)
「どうした?」
「……へ? いや、なんで……っ!」
声をかけられ、ハッとして目を開いた。その目線の先、随分と近いところにウィルの顔があり、ミトスは思わず仰け反る。心配して自分を覗き込んでいるその顔は、大層美しかった。
(……やっぱりカッコいい……)
ミトスはすでに、ウィルの見た目に惚れ込んでいた。連れてこられた時は、顔の細部なんてしっかりと見る余裕はなかった。ウィルの態度、言動にも理由はあると思っていたが、同じように自分も一目惚れしたのではないか。そう思っていた。
自分を攫った敵に一目惚れなど、通常では有り得ない話なのかもしれないが、現状危害を加えられるどころか、もてなされている気さえする。気に障るようなことは何も言われないし、こんなにカッコいい男性、魔族の王ではあるか……に一目惚れしたと言われて、悪い気もしない。
「まだ部屋を用意できていなくて申し訳ない。すぐに用意する。それまではこのベッドを使ってくれ」
「う、うん」
「そういえば、お腹は空かないか?」
「お腹……言われてみれば……」
グゥゥ――グゥ……。
「うっ……‼︎ ふぅ……!」
気を抜いたからか、空腹について意識したからなのか、急にお腹が鳴る。思わず変な声も漏れた。ミトスは顔を真っ赤にしながら、お腹の辺りを両手でさすった。そんなミトスを見て、ウィルは優しく笑った。
(あ、安易にお腹が空いたとは言えない……何を食べてるのか知らないし……)
「食事にしよう。……別に、私たちの食事は恐ろしいものではない。人間たちとあまり変わらないからな」
「良かった……! そ、それなら、いただきます」
ミトスはほっと胸を撫で下ろした。
「……どんな食事を想像していたんだ?」
「いや……あの、ちょっと……」
「人間、か?」
「……だったらどうしようかな、は……ちょっと思ってました……」
実際のところ、やはり食事と言われて一瞬警戒した。魔王が普段何を食べているかはわからなかったが、これで人間や魔物、何だか身体に悪そうな植物に特別な無機物、いや、そもそも摂取の必要がないから、基本は何も食べない、と言われたら、とてもではないがやっていけない。妻になると宣言した後、速攻でその宣言を撤回するところだった。
「人は食べん。少なくとも、私はな」
「ウィルは……? じゃあ、ほかの魔族は……?」
「昔は好んで食べる者も多かったようだが、今はそれほど。魔族や魔物が人間を食べる、と言う行為は、食事と言うよりも、見せしめの意味合いのほうが強いからな」
「そう、なんだ」
「その力の差を見せつけるため、自分たちに危害を加えると、どうなるかを知らせるため。牽制のようなものだ」
「でも……今でも襲うんでしょう?」
「……ミトスは、あの村の外に出たことはあるのか?」
「村のほんの周りだけは。他の町に行ったことがあるかというと、それはノーだわ」
ミトスは大きく首を振った。勇者として育てられたミトスは、まだ成長途中の見習い、村の外に出て例えば弱い魔物とでも対峙するようなことはなかった。『まだミトスが弱いから』『村の周りは比較的安全だったから』『他のの人間が退治をしていたから』と、理由はいろ色々あるだろう。……実際はそのどれにも当てはまり、どれにも当てはまらなかった。何年も村の外へ出さない軟禁状態に、ミトスは疑問も抱かなかった。そういうものだと思っていた。
「……いずれ、外の世界を見せてやろう」
「外の世界?」
「あぁ。ミトス、お前は自分の村と、今いるこの居城しか世界を知らない。この城に慣れたころ、人間たちの世界を案内しよう」
「ウィルが案内してくれるの?」
「あぁ。……新婚旅行としてどうだ?」
「新婚……旅行……」
その言葉に、思わずじっとウィルの顔を見つめる。屈託のないその視線に、ウィルは顔を背け、しまったとでも言わんばかりに口元を手で覆った。きっと、ウィル自身、自分の発した言葉に恥ずかしくなってしまったのだろう。その姿を見て、ミトスもまた恥ずかしくなり、顔を背けた。
(な……何だかよくわからないけど、尊い……!)
「ま、まぁ、これはそのうち話をするとしよう。食事にするぞ」
「あああ、あ、は、はい!」
ベッドから立ち上がったウィルは、ミトスに手を差し出した。
「暗いから気を付けろ」
「あ……ありがとう……ございます……」
その手を取り、ミトスも立ち上がった。
「そんなに緊張するな。お前は后となるんだ。堂々としていれば良い」
「は……はい……」
ウィルはミトスの頭をそっと撫でると、手を取ったまま寝室を後にした。




