第4話:思い違い_2
思いがけない言葉に、ミトスは無性に恥ずかしくなる。しかし、よくよく見ると、ウィルも目を逸らし、口元を手で覆っていた。彼も恥ずかしいのかもしれない。魔王でも、恥ずかしいと思うことがあるのかと意外だった。
「恥ずかしいの?」
そして、気付いたら言葉が口から出ていた。
「……恥ずかしい」
そう言って両手で顔を覆うウィルは、何だかとても可愛らしくミトスの目に映った。魔王が恥ずかしいと言いながら、顔を隠す姿なんて普通の人間ならまず拝めないだろう。
「本当に、ウィルは私が花嫁になったら、人間たちに手を出さないの?」
「……手を出さないとは言っていない」
「え、じゃあ嘘?」
「嘘ではない。私は侵略しないだけだ。人間がこちらに攻め込んで来たら勿論応戦するし、他の魔物や人に害成す者がいたとしても、それには関与しないだけだ」
「何だかちょっとずるくない?」
「嘘は言っていない。それに、城に攻め入られて、お前を殺されても困るからな」
「それもそうか……。……どこか、私の住む世界じゃない場所を通った気がしたのだけれど。それはあってる? ここは、私の住んでいた場所とは違うところにあるの?」
「そうだな、違う場所にある。何と言えばわかってもらえるだろうか。……そうだな、いわばこの世界の裏側、といったところだろう。人間たちの住む世界とはすぐ近くだが、簡単には来られない」
「簡単には来られないけど、人間に攻め入られる可能性がある?」
「そうだな。あちらへ行くにはゲートを利用する。人間界と魔界両方に存在して、それぞれ行き来ができるんだ。もしくは、まじないの類を」
「でも、ウィルは何もない空間を切り裂いたように見えたけど……」
「あれは私と一部の魔族にしかできない。どの魔物も、その他魔族も、そのゲートやまじないの印を通らなければ人間たちの世界には行けないし、逆もしかりだ」
「いっぱいあるの?」
「各地に点々としている。ほとんど人目に触れぬよう封印してあるが、人間たちの中には、それを感知したうえで解除できるヤツもいるだろう。実際、勇者たちはそのゲートを抜けて、こちら側にやってきたと言われている。この目で実際に見たわけではないが、おそらく確実な話だろう」
「……もし勇者しかできないなら、勇者になるはずだった私はここにいるから、誰も来られない?」
「その可能性はある。……他に勇者という存在がうまれない限り……な」
「なるほど……」
「質問はそれだけか?」
「今のところは、一応。また何か聞きたくなったら、聞いてもいい?」
「あぁ勿論。構わない」
「ありがとう」
ミトスが想像していた魔王とは、見かけだけでなく中身も百八十度違っていた。殺されるかと思ったら殺されない、生贄かと思ったら一目惚れで本当に花嫁としてミトスを欲している。人間に殺されたら困ると言い、自分で『一目惚れだ』と言いながら恥ずかしくて顔を覆う。
魔王とは名ばかりの、恋する恥ずかしがり屋で不器用な、ただの人間の青年を見ているようだった。どこか愛おしくて、何だか不思議と放っておけない。ミステリアスな部分と、あどけない部分が混在している。そう思うと、ミトスの心が、カタン、と音を立てた気がした。
「あ、ウィル、もう一つ質問ができた」
「なんだ?」
「本当に人間の世界、侵略しなくて良かったの? 魔王って、そういうものなのでしょう?」
「初めは、そうしようと思っていたし、そのつもりだった。だが、やめた」
「どうして?」
「お前がいるからだ」
「え、私?」
「人間界を侵略しようとすれば、遅かれ早かれお前と戦うことになっただろう。それが、嫌だった」
「でも、別に私を花嫁として迎える条件にしなくても良かったんじゃ?」
「悲しむと思ったからだ、お前が。そう思ったら、無性に胸の辺りが苦しくて、気持ち悪くなった。だから、やらないほうが良いと思っただけだ。それに……」
「それに?」
「お前が隣にいることを考えたら、そのほうが胸が高鳴ったし、満たされる気がした」
愛の告白と呼ばずして、これを何と呼べば良いのだろう。
「まぁ、なんだ。その、急に婚礼がどうのと言うつもりはない。無理強いするつもりもない。だが、どうしても手元にお前を置いておきたかった。理解できないかもしれないが、どうか」
「わかった」
「……どうした?」
「私、花嫁になる」
「……本当か?」
「えぇ、本当。ウィル、私のこと大事にして、とても愛してくれそうだもの」
「人間ではないのだぞ?」
「構わないわ。でも、そうね。急に奥さん、って言うのも変な感じがするから、しばらくは恋人なりたてでどうかしら?」
「あ、あぁ! 構わない!」
まるで子どもがはしゃぐように、ウィルはその顔を綻ばせた。
「よろしくね、ウィル」
「こちらこそ、ミトス」
ミトスは恋に落ちた。いとも簡単に。相手は、自分を好きだという、本来ならば殺しあうはずの運命にある、魔王ウィル。それはそれは、驚くほど自然で、驚くほど簡単だった。初めて自分の心が、愛で満たされていく気がした。




