第3話:思い違い_1
「……ん……」
ミトスはドロリとした夢から目を覚ました。
「……あ、れ?」
静かに目を開けてみると、辺りは薄暗い。
「なんか……ふかふか……スベスベ……」
自分は今、ベッドにいることに気が付いた。ふかふかとした布団に、スベスベのシーツ。枕は適度に硬く、しかしそれでいて弾力もある。ベッドそのものの広さは十分で、 一人で眠るには広過ぎるくらいだ。
「うわぁ……何これ……これはいつまでも眠っていられそう……」
今まで硬い布団でしか眠ったことのなかったミトスにとっては、思わぬご褒美のように思えた。これはもしかしてまだ夢なのだろうか。夢ならしばらく覚めなくても良いのに、そう思うくらいに。
「んふふー……気持ち良い……」
スリスリと枕に顔を寄せる。肌触りが良いだけでなく、何だかとても良い匂いがする。胸がキュッとなるような、頭が痺れるような、何とも言えない甘酸っぱい匂い。
「えへへ、幸せー……」
「……目を覚ましたか?」
「……え?」
どこかから声がした。薄暗くてよくわからなかったが、よくよく目を凝らしてみると、近くに人が立っていた。
「っ、ひぃぃ……!」
なぜ初めに気付かなかったのだろう。まだ目が慣れていなかったのだろうか。それとも、寝ぼけていたのだろうか。
「だ、誰⁉︎」
「……お前は、ついさっき見た相手の顔も忘れるような、薄情な人間なのか?」
人影が近づいてくる。ハッキリとその輪郭を捉えることができた時、ミトスはこれまでに起こった出来事を思い出していた。
「あ! ……魔王!」
そうだ、ミトスは魔王に攫われていたのだ。村で村長に呼ばれたと思ったら、急に魔王の花嫁だと言われ、その魔王にここまで連れてこられた。
記憶はない。手を差し伸べられ、その手を掴みそのまま担がれて、暗闇に入った瞬間に急激に眠くなったことだけは覚えている。その後目を覚ましたと思ったら、薄暗い部屋に心地の良いベッド、そして魔王がいた――。
「オイ」
びくっと肩を震わせると、ミトスは掛布団にしがみつき、物理的な距離をとろうとした。
「怪我はないか?」
「は……え……?」
「『怪我はないか』と、そう聞いている」
「な……ないです、多分」
「そうか」
はぁ、と大きく溜息を吐くと、魔王はミトスのいるベッドの端に腰かけた。
「……すまない」
「……んん?」
「驚かせてすまない。……いや、怖がらせてすまない、か?」
「……魔王って勇者に謝るんですか?」
突然の謝罪に、ミトスは困惑した。悪意を持って自分を攫っただろう魔王が、いきなり自分に謝ってきたからだ。花嫁と言う名の生贄、魔物に姿を変えられたり、何かの儀式で殺されたり、ぼんやりとそんなことを想像していたのに。生贄に謝る魔王だなんて、聞いたことがない。しかも、本来なら自分が殺し、殺されるかもしれない勇者に。
「取って食おうなどと思っていない」
「……食われたら嫌ですね」
「そんなことはしない、約束する」
「……私の命、助かります?」
「むしろ守る」
「……は?」
噛み合っているのか噛み合っていないのかよくわからない会話に、ミトスは首を傾げた。守るとは一体どう意味なのだろう。私たちは敵同士で、何も考えずに過ごしていれば、いずれ殺し合う運命だったのに。
「えーっと、魔王様?」
「……ウィルだ。私の名は。ウィルと呼んでくれ。あと、様だとか敬語は要らない」
「えっと、ウィル? なぜ私をここに連れてきたの? ここはどこなの? アナタは何したいの?」
「順番で、良いだろうか」
「も、勿論」
この調子ではきっと、命の危険はない。それならば、すぐ近くで話を聞こう。そう思ったミトスは、ウィルの隣へと腰掛けた。そうしてすぐに、ウィルはぽつぽつと語り始めた。
まず、自分は本来勇者と対峙する立場である魔王であること。だが、今回、ミトスを自分の嫁にすることで、人間の世界を侵略しないことを、あのハイネル村の村長と約束し、取引したこと。そこにミトスの意思は考慮されておらず、強引なものであったこと。花嫁としたため、ミトスをこの魔王の居城へと連れてきたこと、を。
「あれ、私本当に花嫁なの?」
「うん? それ以外に何がある?」
「いや、村長に『生贄ってことか』って聞いた時、しまった、みたいな顔されたから。花嫁と言う名の生贄なのかなって」
「生贄……まぁ、周りから見たらそうかもしれないな。何せ人外の、しかも魔王の花嫁なのだから」
「でも、私を殺す気はないのでしょう?」
「殺すわけがない! わざわざ花嫁にしたんだぞ?」
「確かに。……なんで私なの? 花嫁」
「それは……」
急に言い淀む。何か裏でもあるのだろうか。もしかしたら、何だかとんでもない話が裏に隠れているのかもしれない。そう考えたミトスは、ウィルに再度質問をしようとする。
「あの、ウィル」
「……だ」
「え?」
「……ったんだ」
「何? 聞こえない」
「一目惚れ! だったんだ!」
「へー、あぁ、そう、一目惚れ……えええええ⁉︎」
思いもよらない言葉に、耳が熱くなる。心臓の動きも早くなり、ドクドクという音が身体中に響いた。魔王が勇者見習いに一目惚れ、何とセンセーショナルな話なのだろう。
「え……あ……会ったことないと思ってたんだけど、いつ……?」
「……私が、あの村の辺りを視察した時だ。偶々、お前を見かけた」
「で、でも、別に美人とかそんなわけでもないし、一目惚れするような要素なんて……」
「……必死に稽古する姿が愛おしいと感じた。見た目だって、その、可愛い顔をしている。殺しあえるかと考えたら、とても無理だった」
「ふぅぅ……」




