表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王♂は勇者♀を溺愛したい-捨てられ勇者、魔の地で家族ができました!-  作者: 三嶋トウカ
【第一部】第二章:花を謡う

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/56

第27話:灯り売りの物語_2

 ミトスはさり気なく、ウィルの両手を自分の両手で覆った。


「これからも、そうやって教えてくれる?」

「それは……勿論だ。何度だって言う」

「良かった。私も言って良いかな……?」

「当たり前だろう」

「……「変なこと言うな」って言ったりしない……?」

「私を誰だと思っている? それに、ミトスが変なことだというならば、私だって大概変なことを口にしている」

「あれ、そっか」

「そうだ。だから、そんな心配はしなくて良い」


 今度はちゃんと視線を合わせ、真面目な顔でウィルは言う。その表情を見て、ミトスは『やっぱり、私を迎えに来てくれたのがウィルで良かった』と、心の底から安堵していた。


「好きよ、やっぱり。ウィルのそういうところ」

「……私だって、その、愛している」


 覆っていた手を解き、ミトスはウィルをそっと抱き締めた。それに応えるかのように、ウィルも彼女を抱き締め返す。抱き潰してしまわぬよう、優しく、そっと。


「――うぉほん!! ううん! ゲホゲホッ……」


 イェレナが遠くから大仰に咳払いする。強く力んで、喉を少し痛めるくらいに。


「のうのう、校庭でイチャイチャするのは校則違反なのじゃ。……今作ったがのう。わかるじゃろ?」


 小さな声で付け足した言葉に、笑いが広がった。


 その時――


 屋根のひさしに、黒い影がひらりと降りた。

 羽根。烏……ではない。形が細く、光を反射するふちが薄く青い。ミトスは思わず目を細める。黒い羽根は風に乗って、ゆっくり、ゆっくりと地面へ落ち、彼女の足もとで止まった。陽に晒された羽根は白金。


(――何だか懐かしい、光の匂い)


 ほんの一瞬、鼻腔の奥がきゅっと締まる。 祝詞の終わりに残る清めの残り香のような、乾いた光。

 ――昔お世話になった師匠の属性に似た、しかしもっと古びた調子。


「ミトス?」


 ウィルの声で我に返る。


「ごめん、なんでもない」


 落ちた羽根を拾い上げると、香りは消えた。すっと消えたのではなく、元から何もなかったかのように。羽根は風に攫われて、高く飛んだと思った次の瞬間には、もうどこかへいってしまった。


「ミトスさん! どこですかー!」


 校舎の裏で、先生の呼ぶ声が響く。


「あ、こっちです!」

「あ、良かった! ミトスさん、もう一つお願いが。保管庫の鍵が開かなくて」

「鍵が壊れてしまったの?」

「そうかもしれない。ノブを回しても、うんともすんとも言わなくて……。ドアノブごと、叩き切ってくれないかしら?」

「……可能な限り、壊さない方向で行きますね」

「ありがとうございます! こっちです!」

「行ってくる」

「待て待て、一人で行くのじゃないぞ」


 イェレナが小走りで追いついてくる。


「知っておるか? 鍵穴が言うことを聞かない時は、鍵穴が怯えておるのじゃ。それこそ、歌ってやればよい」

「鍵穴が……怯える?」

「全ての器物には、ちょびっとだけ心があるのじゃ。祭りで見たじゃろ? 花に果物、それに甘味」

「あぁ! ふふふっ、そうだったわね」


 ミトスは笑い、イェレナと並んで保管庫へ向かった。


 ――その後ろで、ウィルが三人を見送りながら冷たい目をしていた。この視線は勿論、ミトスたちへ向けられたものではない。既に消えた羽根のあった痕跡を、ゆっくりと思い描く。残っていない羽根を一瞥するつもりで「これはよくないことだ」と、そう呟いてミトスたちの跡をゆっくりと追った。


 三人が石の廊下を抜けると、北の倉の影は少し冷たかった。扉の前で、別の先生が困った顔をしている。


「すみません、朝から急に開かなくて。今日は薬草の在庫調べがあるのに」

「見せてください」


 鍵は正しい。錠前の金具は新しい。ミトスは手のひらで扉を撫で、耳を当てた。中から、ほんのかすかな擦過音が聞こえる。


(……誰か、いる?)


 とん、と扉を小さく叩く。


「……こんにちは。大丈夫。驚かないで。少しだけ開けるね」


 イェレナが錠前へ口を寄せ、小さな声で鼻歌を歌いはじめた。花歌いほど整っていない、古い子守歌の旋律。


「のう、扉。固くなるのは、怖い時じゃ。人だって魔族だって、縮こまってしまうじゃろ? それは固い。知っておる。それに、お主が怖いなら、わしも怖い。だから、半分だけ、優しく開くのじゃ。どうか『構わぬ』と言っておくれ」


 カチリ――


 錠前の舌が一つぶんだけ引っ込む。ミトスは隙間に身体を入れず、視線だけを落とした。


 暗がりの中で、小さな影が動く。

 ふんわりとした尻尾。丸い耳。


「あら。……君、そこで何をしてるの? どうかした? 何かあったの?」


 影はビクッとして、棚の影にさらに沈む。

 イェレナが先に膝をついた。


「さぁ、そこから出てくるが良い。大丈夫じゃ、わしらは叱らぬ。腹でも空いたか?」


 返事の代わりに、お腹の鳴る小さな音。扉は大きく開かない。これ以上、外の喧噪は中へ入れない。ミトスはポケットから、休みに食べようと持ってきた丸パンをちぎって差し出した。


「美味しいよ。……ねぇ、誰かに言われたの? 『ここに入れ』って。……心配ないわ。君と一緒にいるために、ここへきたの。一人じゃないのよ」


 影が、迷っている。腹が背にくっつくような感覚と、言いつけと、怖さの間で。


 ……やがて、影は一歩出た。小柄な獣人の少年。手の甲に、薄く光る印。それは、祈祷で使う『聖墨せいぼく』に似ているが。――匂いが違う。乾いた光。……それは、さっきの羽根の匂い。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ