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魔王♂は勇者♀を溺愛したい-捨てられ勇者、魔の地で家族ができました!-  作者: 三嶋トウカ
【第一部】第二章:花を謡う

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第26話:灯り売りの物語_1


 ――城下の外れ、丘の上に小さな校舎がある。「人間も魔族も、同じような経験と学びができるように」と、ウィルの父、スワログが用意した施設だ。その効果は非常に大きなもので、子どもたちはお互い偏見を持たず接している。

 時に衝突し時に涙することもあるが『子ども同士の成長の一部』として受け入れられているし、元々歩み寄ろうとしているタイプが集まった結果、保護者同士も概ね良好な関係を築いていた。


 そんな校舎の白い漆喰の壁に、季節ごとの花を植えた細長い畑。開始終了を告げる鐘は小ぶりで、風が強い日は勝手に一度だけ鳴る。


「本日は――勇者だったお姉さんが、読み聞かせに来てくれました」


 先生の紹介に、教室がぱっと明るくなる。付き添いのイェレナは、教室一番後ろの椅子へ、ちょこんと腰かけている。


「わぁ」

「ほんもの?」

「けん、持ってる?」


 いっせいに伸びる手、見たことのない瞳のきらめき。ミトスはくすぐったくなって、背中の鞘に軽く触れた。


「えっとね、今日は剣は使わないよ。代わりに、本を持ってきたの。読み聞かせは初めてだけど、聞いてくれる?」

「はーい!」

「たのしみ!」

「すごいね、何でもできるんだ」


 より一層瞳を輝かせ、子どもたちは好奇心を隠し切れずに表す。


 ミトスが机の上に置いたのは、城の文庫から借りた絵本――『森の中の灯り売り』。夜の森で、迷子の小さな魂たちに灯りをわける不思議な商人の話。ページを開くと、古い金の粉が陽をつかまえて、絵の中の灯りがほんの少し本当の光みたいに見えた。


 読み始めると、キラキラとした空気の粒がどんどん小さくなっていく。

 緊張していた子も、尖っていた子も、頬に力が抜けて、目が物語の中へ入っていくようだった。


 「灯り売り」が最後の一つを誰に渡すか、という場面で、ミトスはわざと少し間を置いた。


「――灯りはね、こわい夜に『一人じゃないよ』と言ってくれるもの。だから……」


 ページをめくる指が、自然に震えを覚える。自分にも『一人じゃないよ』といってくれた灯りができたのだ、と思いながら。


 読み終わると、最前列の角のある少年がそっと手を挙げた。


「おねえさん、どうして夜はこわいの?」

「怖いのは、暗くて何も見えないから。人間も、魔族も、植物も、建物も。見えないと、ひとりぼっちな気がするから」

「じゃあ、見えたら、こわくない?」

「全部が、じゃないけど――誰かの手が見えたら、きっと平気だと思うわ。その手は、自分へ差し出されたものだから。一人じゃないよってこと」


 そう答えた自分の声が、思ったより柔らかくて、ミトスは胸の奥で苦笑いした。


「……よき声じゃ。ほれ、子どもらが優しい顔をしておる。安心した証拠じゃ」


 教室の後ろでイェレナが腕を組み、賢者顔で頷く。尻尾はぶんぶん振れているのに。


「さて、次は『暮らしの術』。今日は包帯と結び目なのじゃ。勇者殿、実演してやってくださらんか? のう、先生」

「えぇ、お願いします」

「任せて」


 ミトスは布と紐を取りだし、机の上で見せる。


「怪我をした時、きつく縛りすぎないこと。我慢しなくて良い。恥ずかしがらなくて良い。だから「痛い」って言えたら、もっとよし」


 子どもたちは真似をし、結び目はたちまち芸術的混線になった。


「そこは右耳じゃないよ、ひもだよ」

「あ、それおかしい! あれ? おかしいのは、こっち?」

「いたいって言えた!」

「しっぱいしちゃった……」

「よいのじゃ、よいのじゃ。言えるのは強さなのじゃ」

「そうだよ。それで良いんだよ」


 大騒ぎの授業を終えて、束の間の休み時間、窓の外に春の雲が流れる。小さな中庭で、魔獣の仔が三匹、陽だまりに丸くなる。ミトスが花瓶の水を替えに出た時、影が一つ、彼女の横にそっと立った。


「……楽しいか?」


 ウィルだ。黒衣の裾が芝生の上で静かに揺れる。


「うん。最初はすごく緊張したけど、楽しい」

「怖かった?」

「間違えたら、どうしようって。それが怖かった」

「間違えたら、私が隣で笑う。経験は無駄じゃない。――それで足りる」


 言葉が落ちるたび、胸の内の何かが解ける。『灯り売り』の灯心みたいに。柔らかなウィルの匂いがミトスの鼻腔に触れ、彼女の心にむず痒さと甘酸っぱさを置いていく。


「それと」


 ウィルが指先でミトスの頬の髪をすく。


「私物の読み聞かせの相手が増えるのは、……少しだけ嫉妬する」

「えっ」

「冗談だ」


 冗談のはずなのに、声が低く甘いからか、ミトスの心拍が跳ねる。「嫉妬」という言葉に、ミトスの顔が赤らんだ。意外と、ウィルは簡単にそんな言葉を放つ。聞いているこちらが恥ずかしくても、そんなことはお構いなしに。

 ……初日は「一目惚れだ」と、あんなに恥ずかしそうに言っていたのに。


「本当に、冗談?」


 揶揄い半分で言ってみる。上目遣いでミトスがウィルの様子を窺うと、何か言い返されるとは思っていなかったのか、面を食らった表情で得ウィルはミトスを見た。そして首の後ろへ手を回し、そっと視線を外す。まるで、恥ずかしさを隠すように。


「私、ウィルのそういうところ、大好きよ?」

「なっ」

「だって、凄く正直に気持ちを伝えてくれるんだもの」

「それは」

「だから、私もちゃんと答えなきゃ! って、そう思えるの」

「ミトス……」

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