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魔王♂は勇者♀を溺愛したい-捨てられ勇者、魔の地で家族ができました!-  作者: 三嶋トウカ
【第一部】第二章:花を謡う

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第21話:裁きと甘い贈り物_2


 心の中でそう反芻し、ゆっくりと息をする。


 舞台の中央に立つと、足元の花がそっと音を鳴らした。知らせを受けて見上げると、満ち始めた月が淡い輪郭で城壁を縁取っている。ミトスは果実を胸の前に持ち、ウィルへまっすぐ向き直る。


「――受け取ってください」


 声は震えなかった。心はちゃんと、表に現れる。


「ここで過ごす毎日が、私のただ一つの未来になりました。だから、私はこの未来を贈ります。甘くて、優しくて、キラキラと輝いて。みんなで分けても足りないくらいの、未来を」


 ウィルの目が柔らかく細まった。彼は片膝をつき、両手で果実を受け取る。


「ありがたく。……一滴もこぼさずに」


 その瞬間――心臓果が、静かに震えた。

 パキン、と、割れる音ではない。まるで花が咲くように、果実の表皮がほどけ、透明な蜜が細い筋を作って露わになる。香りが立ち上がった。どんな花束よりも、甘いお菓子よりも柔らかく、夜風がもたらす今日の余韻を何倍にも濃くしたような、懐かしくて暖かい匂い。


 観衆から、自然とため息が漏れる。果肉は明るい琥珀色で、種は小さな赤金色にきらめいていた。


「甘い……」


 最前列の子どもがぽつりと言い、母親が笑って頭を撫でる。花鉢が一斉に和音を奏で、鐘楼から鈍く短い鐘が祝意を示すように二度鳴った。


 ウィルは指先で少しだけ果肉をすくい、舌に乗せる。目を閉じ、ゆっくりと味わってから息を一つ吐き、次にミトスの口元へそっと差し出した。


「……一緒に確かめよう」


 触れた甘さが、唇の温度を忘れさせる。観衆がどっと沸いた。歓声、口笛、手拍子。ミリアは「当然ね」と微笑み、イェレナは「流石じゃ」と尻尾をバサバサ振って跳ねた。ガァトは無言で頷き、巨大な掌で拍手を一つ。厚みのある音が夜空へ上がる。


「茶番だ……!」


 人間の男が、最後の逃げ道を求めるように叫ぶ。


「こんなの茶番に決まっている! 魔法で誤魔化してんだ! ちょっと目くらまししただけだろ!」


 言葉に呼応するように、花の和音がピタリと止まる。記録官が木板を閉じ、ゆっくり顔を上げた。


「心臓果は誤魔化せない。嘘を吐かない。先ほど三度、あなた方自身が証明したはずだが?」


 クルシュが盆の縁を指で軽く叩く。


「ここは舞台。嘘は相応しい笑いに、真はこの上ない祝いに変わる。アナタ方が選んだのはどちらか――観衆がもう決めています」


 観衆の視線が、一斉に男たちへ向いた。彼らの笑いは嘲りではない。もっと乾いて、もっと涼しい――物語の審判の笑いだ。その笑いの圧で、男たちの肩がすぼまる。通りの端で、商隊の別働らしい男が慌てて彼らの袖を引いた。


「もうやめとけ。通行札が戻らなくなる」

「黙ってろ!」


 怒声は小さく、しぼんだ。ウィルはそこで初めて視線を落とし、静かに告げる。


「客は帰してやれ。七日で戻ればいい。――だが、二度と彼女を指さすな。さもなくば、無礼なその指が凍る」


 最後の一語に、彼の瞳が鋭く光る。男たちは息を呑み、足をもつれさせながら人垣を割って退いた。拍手も、罵声も、見送りもない。ただ、夜風と灯りと甘い香りが残った。


 イェレナがぴょんと降りて、ミトスの裙をつまむ。


「のうのう、もう一口食べんか? 未来はわければそのぶん増えるのじゃ」


 ミトスが笑い、果実を割ってイェレナに小さな欠片を手渡す。イェレナが顔いっぱいに頬張ると、花の和音が「おいしいね」と合いの手を入れた。


 ミリアが片肘でミトスの肩を小突く。


「最高。今夜の主役は間違いなくアナタよ、ミトスちゃん」


 ガァトは視線を逸らしつつ、不器用に親指を立てる。


「……甘いのも、悪くないな」

「でしょ?」


 クルシュはその会話を聞いて盆を下げながら、声を落とす。視線は盆に。声は仲間に。


「今の甘さは、明朝まで広場に残ります。匂いは人を運び、評判は街を運ぶのです。――もう彼らの話法は通用しません。今日の観衆が、明日の証言者となるのです」


 ウィルが舞台の上で手を差し出し、ミトスをそっと抱き寄せた。抱擁は誇示ではない。ただの帰る場所――それでも観衆は、自然と拍手で応えた。

 月が少し高くなる。鐘楼が三度、短く鳴った。それは贈りものの儀の終わりと、夜の舞の始まりを告げる合図だ。


 音楽が再び流れ出し、踊り子たちが輪を広げる。

 屋台の呼び込みが拍を拾い、香りが風に乗る。

 舞台の足元で、花が最後の和音を御礼のように一つ鳴らし、静かに揺れた。

 甘い。あたたかい。嘘を嫌う香り。

 それは、広場の外れまで届いて、石畳の隅に残っていた人間の影にまで触れた。


 ――誰も知らないところで、影は一瞬だけ立ち止まった。観衆の背中越しに、舞台の二人を見つめる。

 ――その視線は、昼の男たちとは違った。悔しさでも、怒りでもない。もっと静かで、もっと深い色を称えている。やがて影は踵を返し、群衆の外へ溶けた。


 ミトスは、それに気づかない。気づかないまま、胸の中に満ちた甘さを確かめる。昼の歌、夜の果実、観衆の笑い、友の肩、魔王の腕。全部が既に未来の輪郭を作っていた。


 夜はまだ長い。

 そして、物語は――今、甘く動き始めたばかりだ。

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