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魔王♂は勇者♀を溺愛したい-捨てられ勇者、魔の地で家族ができました!-  作者: 三嶋トウカ
【第一部】第二章:花を謡う

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第19話:春祭りの招かれざる客_4


 ウィルの影が、男の足首を掬うように絡み、軽く「進むな」と告げたのだ。影は脅しではない。ただの境界線の提示。それでも、男は顔色を変えた。境界が見える者は、越えない。


 その時、群衆の後方から、落ち着いた声が届いた。


「……あんたら、顔に出てるぞ。『俺は被害者だ、ルールなんか知らねぇ』って」


 ガァトだ。巨躯のオークが腕を組み、鼻先でフンと笑う。今までとは違った、その体躯による威圧。単純だが、効果は大きい。


「祭りは腹で守る。腹が腐ってるやつは、腹で見える」


 ミリアがミトスの肩に腕を回し、嘲笑交じりの溜息を吐く。


「ミトスちゃん、ね。歌い切ったのは偉いわ。でも、ああいうのは、帰り際に何か仕掛けてくるタイプなの。――こっちから先に、お開きの仕込みをしておきましょう?」

「仕込み?」

「えぇ、そうよ。花歌いはもう終わり。でも、この舞台はまだ続いているの。祭りの夜は【物語】が一番よく燃える。最後は観客の前で、誰が正しいか笑いで決めちゃうのよ」


 ミリアの目が悪戯っぽく光る。それからイェレナがぴょんと降りてきて、ミトスの耳元で囁いた。


「のう、【心臓果】を覚えておるか? 魔族版のバレンタインにも出てくるやつじゃ。あれは、夜に出す予定じゃろ。歌の後に【贈りものの儀】でもやれば、絶対盛り上がると思ってのう。人間の子たちは、顔が赤くなるだけで面白い。……特に、威勢のいいおこちゃまはのう」

「……でも、それって大丈夫なのかな?」

「勿論問題ございません」


 ミトスの疑問に答えたのは、クルシュだった。


「贈りものの儀は、贈る側の心を映し出します。故に、偽りが載れば、果実は割れて種が黒くなる。真なら、甘い香りが広場を満たす。――どちらに転んでも、観衆は見届けるだけでございます。……今のこの空気が、どちらに傾いているか。気が付いておりませんのは、あの男性たちだけでございます」


 ミトスはクルシュの答えに瞬きをした。贈る相手を考えると、自然に視線がウィルへ向く。ウィルは、そんな彼女の目を真っ直ぐ受け止めて、少しだけ慈しむように細めた。


「今夜、舞台を取る。……準備を」


 ウィルの短い指示で、周囲が一斉に動き始める。

 記録官は夜の演目に【贈りものの儀】を追加し、ガァトは広場の誘導役へ回り、ミリアは屋台へ走って【心臓果】の一番良いものを押さえに行く。イェレナは花鉢に「また夜もお願いね」と頼み、尻尾でリズムを刻んだ。


 人間の男たちは、遠巻きに様子を窺っている。通行札の無効を告げられた彼らは、祭りの外へ出ることも、堂々と商いをすることもできなくなった。苛立ちは、誰でもない地面へ向かって小石を蹴る仕草になって表れる。


「見とけよ、魔族の見世物なんざ――」


 吐き捨てる声は、風にちぎれて届かない。だがしかし、その目の向け先は、ハッキリしている。――ミトスだ。彼らが夜を狙って動くなら、こちらはその夜をあえておあつらえ向きな舞台に変える。


 広場の片隅、ミトスは深呼吸をした。先に歌ったおかげで、喉はまだ温かい。けれど、今度は歌だけではない。ウィルへの贈りものに、自分の答えを乗せる。


 ――守られているだけじゃない。

 ――私が選ぶ。私が渡す。私が立つ。

 ――他の誰でもない、この私が。

 ――彼らのために、彼のために。


 視界の端で、ウィルがこちらへ近づく気配がする。彼は人混みのざわめきから、一歩だけ離れた場所にミトスを連れ出すと、声を落とした。


「……怖いか?」

「少し。でも、歌ったら、怖いだけじゃなくなったから」

「落ち着いた、と?」

「ううん。自分の気持ちがハッキリしたの」


 ウィルの口元が微かに解ける。


「よく歌った。――今夜は、受け取る番だな」

「ちゃんと受け取ってね? 私から、渡すって決めたから」


 ミトスが言うと、ウィルは僅かに目を見開き、すぐに頷いた。


「そうしてくれるなら、これ以上の喜びはない。私はそれを望んでいたから」


 午後の陽が傾き、広場に長い影が伸び始める。楽師が調弦を変え、屋台は夜の支度へと移り、灯りの係は一本ずつ灯火を点す。既に終わった花歌いは昼の儀。今から始まる贈りものは夜の演目。――そして真実の言葉は、観衆が見守る舞台の上でこそ甘くなる。


 遠く、城壁の上から鐘が一つ鳴った。夜の合図には、まだ少し早い。だが、これから始まる物語はもう、夜の温度で息をしている。


 ミトスは花束を抱え直し、胸の前で小さく祈る。昼に受け取った心を温める花が、密やかに香りを強めた。


 ――嘘を嫌う香りだ。

 爽やかで果実のような甘さがあり、香りを嗅ぎながら目を閉じれば、自分の真実が瞼の裏に映る。誰かの優しさを求め、誰かの悪意を遠ざける。それは、夜の広場で誰かの顔色を変え、誰かの笑顔を輝かせるだろう。


 春祭りは続く。

 音は高く、光はやわらかく、群衆は舞台に寄り、舞台は夜を待つ。その中心に、渡すべき果実と、受け取るべき手と、見届けるべき視線が集まりつつあった。


 ――このまま、夜が来る。そして真実の言葉は、歌と果実と、ひとつの誓いの形で、必ず実る。

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