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魔王♂は勇者♀を溺愛したい-捨てられ勇者、魔の地で家族ができました!-  作者: 三嶋トウカ
【第一部】第二章:花を謡う

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第16話:春祭りの招かれざる客_1

 

 ――魔族領に、ミトスが嫁いで初めての春が来た。

 冬の間、山肌を覆っていた雪はほとんど溶け、城下町の石畳には、ひらひらと花びらが舞い落ちていた。

 ひとえに花――と言っても、人間領のものとは随分様子が違う。昼間は白や桃色の花弁を広げているのに、夜になると花びらがゆるやかに動き、風の音に合わせて小さく歌い出す。高い塔や城壁の上にも花の鉢が吊るされ、今や魔王城全体が柔らかな香りに包まれていた。


 緩やかにベッドから身体を起こしたミトスは窓を開け、深く息を吸い込んだ。甘くも爽やかな香りが胸いっぱいに広がる。

 昨日――祭り前日の夜――から既に、街の空気は浮き立っていた。屋台の設営や飾り付け、試し焼きの香ばしい匂い。魔族も魔物も人間も関係なく、通りを行き交う人々の顔には期待が満ちている。


 今日は――魔族領で最も大きな年中行事の一つ【春祭り】の日だ。


 コンコン。


「……ミトス、起きているか?」


 控えめなノックの音とともに、扉の向こうから低く優雅な声が響いた。

 ウィルだ。その声だけで、胸の奥が不思議と落ち着く。

 慌てて部屋着の裾を整え、扉を開けると、いつも通りの黒衣の魔王様が立っていた。その手には、淡い桃色と金色の花束。


「春祭りの朝は、この花を贈るのが習わしだ。……お前に似合うと思ってな」


 差し出された花は、細い茎に柔らかな花弁を幾重にも重ね、陽光を受けてほのかに輝いていた。魔族領では『心を温める花』と呼ばれ、この花が贈られた者は一年を幸せに過ごせると伝えられている。


「……ありがとう。すごく、綺麗」


 花を受け取ると、花弁が小さく震え、ミトスの胸元で淡い香りを放った。その様子を見て、ウィルの口元が安どと喜びで僅かに緩む。


「今日は城下で祭りだ。お前に見せたいものがたくさんある」


 その言葉に頷き、ミトスは早速着替えに取りかかった。


 城下町は、昨夜の空気をそのままに、朝から人で溢れかえっていた。今回、舞台となる地は魔王城の表側、人間と魔族がともに暮らす大地だ。人間とまだ相容れない魔族も、今日ばかりはこっそりと、たまにバレながら、人間たちとともに歩く。とても、人間領では見られない光景だった。

 通りの中央では踊り子たちが輪を作り、笛や太鼓の音に合わせて軽やかに舞う。空には魔法で作られた光の蝶がひらひらと飛び交い、子どもたちの笑い声が響き、屋台からは香ばしい匂いや甘い香りが入り混じり、次々と客を引き寄せていた。


「ミトスちゃん! こっちよ!」


 人混みの向こうから、ミトスを見つけたミリアが手を振る。今日は祭り仕様の赤いドレスに身を包み、片手には大きな串焼きを握っていた。


「朝からお肉ですか……?」

「祭りは食べてこそ正義なの。今日しか食べられないグルメだってあるんだから、目一杯楽しまなきゃ」


 笑いながらミトスの腕を引き、屋台を次々と案内してくれる。揚げ菓子、果実酒、焼き魚、見たことのない色のスープ――。どれも魔族領独特の味付けで、不思議なのに美味しい。たまに人間の味付けが混ざり、ミトスの心をホッとさせる。どちらもなんとなく、愛しい味付けだと思った。

 そうして気づけば、手には小さな紙袋や串がいくつも――


「ホラ、これも食べてみて? 絶対に美味しいから」

「わ、あつっ……でも、おいしい!」


 そんな賑やかなやり取りを、少し離れたところからウィルが見ていた。人混みの中でも一際目立つその姿に、自然と周囲の視線が集まる。みな、彼が魔王であることは当然理解している。彼に集まるのは畏れではなく、羨望の眼差し。


 ――その中に、異質なものがあった。


 通りの端、人混みの隙間から覗く数人の男たち。粗末だが軍服を思わせる衣装を着たその顔ぶれは、人間領の者だとすぐわかった。魔族領の祭りを冷ややかに眺め、その視線の先には――ミトス。


 彼らの表情が、見知った顔を見つけた瞬間、歪んだ。軽蔑と嘲笑と、ほんの少しの驚きが混ざっている。


「……アイツ、本物か?」

「ありゃ間違いねぇよ。元勇者様だ」


 声は人混みに紛れて届かない。だが、その口の動きだけで、何を言っているのか悟れた。ミトスの胸の奥に、冷たいものが落ちる。


 ウィルがその気配を察したように、ゆっくりと男たちのほうへ視線を向けた。闇のように深い瞳が、凍りつくような光を帯びる。


 ただ見るだけで、空気が一瞬で張り詰めた。


「……あの人たち、何者?」


 小声で問うミトスに、ウィルは視線を逸らさず答える。


「人間領の商隊に紛れて来たらしい。だが……目当ては物じゃないだろう」


 その言葉の裏にある意味を、ミトスは痛いほど理解していた。――けれど――祭りを台無しにしたくはなかった。ほんの少し唇を噛み、何も言わず歩みを進める。


 ウィルはそっと彼女の腰に手を回し、その距離を縮める。そして、低い声で彼女の耳元で囁いた。


「心配するな。祭りはお前の……そして、この地に住む者たちの笑顔のためにある。邪魔をする者は、誰であれ……私は許さない」


 その言葉に、胸の奥がジンと熱くなった。だが同時に――人間領から来た男たちの視線は、なおも彼女を追っていた。

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