第14話:城内案内_6
大きな浴槽の淵に顎を置き、メリアはミトスとイェレナを見ていた。髪がお湯に浸からぬよう、タオルでしっかりと留めている。ヒラヒラと片手で手を振る彼女に、ウィルとイェレナは同じように手を振り返した。
「なんじゃ、メリアが入っておったのか」
「訓練疲れちゃったんだもの。終わったら、こうやって身体に優しくしてあげないとね? ミトスちゃんだってそうでしょう?」
湯気の中笑うメリアは、どこか妖艶で子どものような無邪気さがあった。
「私も、一緒に入って良い?」
「勿論」
「わしも入るのじゃ!」
掛け湯で身体の汚れを落とし、二人は揃ってメリアのいる湯舟へ足を滑らせる。
「うぅぅぅ――! この熱さ、身体に染み入るのう!」
「疲れた身体には、少し熱いくらいがちょうどいいわね。イェレナは、今の身体小さいんだから、無理しちゃだめよ?」
「わかっておる。……ふぃー……」
「あらやだイェレナったら。お婆ちゃんみたいになってるわよ?」
「うら若き乙女を捕まえて何を言う! まだ五歳じゃぞ!」
「あははっ、そうね、今は、ね」
ムスッとした顔で頬を膨らませ、更に口を尖らせる姿は、まさに五歳児だった。
「折角だから、みんなでお話しましょ? ……そうね、主にミトスちゃんのこととか」
「え、わ、私?」
急な提案にミトスは驚いた。
「少しだけ食事の時間と訓練の時間にお話ししたけど、それじゃあ全然足りないと思うの。お互いを知るには。……ね?」
含みのありそうなメリアの物言いに、ミトスは一瞬ドキッとした。きっと、言葉以上の意味はない。それでも、そのままスッと水戸湯の頬をなぞるメリアの指先に、お湯の温度だけではない熱を感じていた。
「これこれ、ミトスをからかうでない」
「うふふ、だって、とっても可愛いんだもの」
「わしだってこんなに可愛いんだぞ!?」
「ヤキモチ? 大丈夫よ? イェレナだって、可愛いのは知ってる」
「……何だか引っかかる言い方じゃのう」
「気のせいよ、気のせい」
含みはありそうだが、毒気のない微笑み。ミトスの身近な人間に、メリアのような女性はいなかった。心ばかりの世話そしてくれる人間はいたが、ハッキリ言って友達はいなかった。普段話すのはたまに来る剣技を教わる師匠と、学術と魔法を教わる神父の二人だ。世話係に親代わりの村長はいつもいたが、今思えば会話は多くなかった。『十分だ』と思っていた生活も、世間一般から見れば足りないものが多々あった。人と交流を持つ機会も、その中の一つで、キャアキャアと騒ぐイェレナを見て、無性にこの瞬間が愛おしく感じた。
「ミトスちゃん、すぐにこの城に馴染めたら良いのだけれど。みんな個性が強いから心配ね」
「メリアも個性的じゃからのう」
「あら? イェレナも十分個性的よ?」
「ただの可愛い五歳児じゃぞ?」
「人間だったら、ただの五歳児に耳と尻尾は生えてないわよ」
「むむむ……それはそうじゃのう」
ピコピコと揺れる自分の耳を、イェレナはそっと触った。
「可愛いから好きよ、その耳も尻尾も」
「じゃろ? わしもお気に入りなのじゃ。すべて人間を模すこともできるがのう。ついつい、この耳と尻尾は勿体無くて」
「今のイェレナにピッタリよ」
「ほらみぃ、メリアよ! わしは可愛い五歳児なのじゃ!」
「もう、ミトスちゃんに甘えてるんだから……」
「わしとミトスはもう仲良しさんなのじゃ! チャチャを入れるでない」
イェレナは得意げにむふぅと笑って見せた。実は三百歳――そんな面影はどこにもない。
「そんなことないわ? アタシのほうが仲良しよ? 一緒に食事を摂って、その後訓練も見に来てくれたんだから」
「むっ……」
「今もこうやって一緒にお風呂も入ってるし。イェレナだって、段々そう思ってきたでしょ?」
「むむむむっ」
「この後一緒に、おやつの時間にでもしようかしら?」
「むむむむむむむっ!!」
一瞬『止めたほうが良いのだろうか』と思ったミトスだったが、その言葉の裏に嫌な気持ちが見えずにやめた。こんな言い争いをしているように見えても、実のところは喧嘩でも何でもなく、じゃれているだけだったから。怒っているように見えて、イェレナは大袈裟な反応をしているし、メリアは怒っていないことを分かった上で、このやり取りを楽しむように言葉を選んで発している。
(この二人、何だか姉妹みたい)
微笑ましい光景に、ミトスはクスリと笑うと、少しだけ羨ましさを感じた。
「しかし、おやつタイムは魅力的じゃのう。クルシュに頼んで、あとで果物でも用意してもらおうぞ。ミトスがいれば、何も言われまい」
「そうね、みんなで一緒におやつタイムにしましょ。どうかしら? ミトスちゃん」
「それはもう。喜んで……!」
【おやつタイム】という名前も『みんなで一緒に』という状況も、ミトスにとっては甘美な響きだった。ずっとほしかったけど、手に入れられなかったもの。ほんの些細な誘いが、ミトスの心の中に光を灯していく。
「これなら、まだまだお話しする時間は取れそうね」
「そうじゃのう。楽しむしかあるまい」
そう笑顔を向ける二人に、ミトスはそれ以上の笑顔で「勿論!」と返した。




