第12話:城内案内_4
ミトスは部屋へ戻る。自分が、目を覚ました時にいた部屋――ウィルの部屋だ。あそこを使っていいと言っていたが、使ってしまえばウィルの部屋がなくなってしまう。こんなに広いお城でそんな心配は不要かもしれないが、何となくそう思っていた。『自分がいない今であればウィルはあそこにいるだろう』と踏んで、ミトスは呼吸を落ち着かせると、髪の毛と服に着いた砂埃をパッと払って身なりを整えた。そして、深呼吸してからノックをする。
――コンコン。
一拍置いて、中からこちらへ向かってくる足音が近くなった。
――ガチャリ。
「ミトスか、どうした?」
「あ、あのね? 入ってもいいかしら……?」
「勿論だ。お前のための部屋でもある」
「えへへ、じゃあ、遠慮なく」
ふわりと香る、あの目を覚ました瞬間に嗅いだニオイ。間違いなく、アレがウィルの持つニオイだと確信した。同時に、恥ずかしさも湧き立つ。
「城の案内は終わったのか?」
「えっとね? まだ全ては終わっていないのだけど。ちょっとだけ、報告したくて」
「……ほう?」
「あのね、さっき、中庭でみんなの訓練を見てきたの! メリアはとってもカッコ良くて、みんな一生懸命で。それで、手合わせをお願いされたの」
「手合わせ、を?」
ピクリとウィルの耳が動く。
「そうなの! あ、勘違いしないで! 誰も私のことを傷つけたりしていないから! それでね、リオっていうお耳の可愛い子とね、剣を交えたのよ」
「リオか。まだ若い、未来ある兵士だ」
「よね! わかるわ! 彼も凄く楽しそうだったし、動きを一つひとつ丁寧になぞっていて。思わず「私も負けられない!」って思っちゃったの」
「それは……良いことだ」
始めは緊張した面持ちで話を聞いていたウィルも、ウキウキしながら話すミトスを見て、その緊張を解いた。
「あのね、私、勝ったの! みんなが褒めてくれて、物凄く嬉しくなっちゃった! リオも「またお願いします!」って言ってくれて!」
楽しそうに話す彼女の頬は赤く染まり、潤んだ瞳はキラキラと輝いていた。思わず抱き締めそうになったのをグッと堪え、ウィルはミトスの話を聞くことに注力している。
「また、手合わせしたいのか?」
「勿論! だって私……だって私、勇者だったんだもの。戦うことしか知らないの。もう必要ないのかもしれないけれど、ソリンの言う通り「自分の身は自分で守れたほうが良い」ものね」
「いや、私が全力で守るから心配ない」
「でも、ウィルはみんなも守らなきゃ、でしょ?」
「全てを守る。ミトスを筆頭に」
「じゃあ、私がウィルを守る」
「はははっ、勇者に守られる魔王か……。いや、悪くない」
お互いに背中を預ける姿を想像し、ウィルは微笑んだ。――人間たちとは、不可侵条約を結んでいる。だから、そんな状況はあり得ないかもしれない。だが、ミトスがそう言ってくれたことに、ウィルは温かい気持ちになった。
「ミトス、少しだけ……」
「何?」
「抱き締めても、良いだろうか?」
「それ聞いちゃうの!?」
思わず目をパチクリさせて、ミトスはそう口に出した。
「き、聞いたほうが良いのかと思って」
同じく思わぬ反応に、しどろもどろになるウィル。そんなウィルの姿を見て、ミトスは自らウィルを抱き締めた。
「聞かなくても良いのよ。だって私、恋人なんだから。……でも、時と場所は選んでね?」
「心得ておく」
ウィルはミトスを抱き締め返す。お互いのぬくもりに目を閉じて、しばらく二人は無言のまま身体を預けた。
「……あっ、やだっ!」
パッと身体を離すミトスに、ウィルは「何かしてしまったのだろうか」と、不安げに呟いた。
「私、手合わせした時のままなの……。砂埃が付いているし、きっと汚れているわ。そんな状態で、ウィルに抱き着いちゃった……! ごめんなさい」
「それは……気にすることなのか?」
「気にするよ! だってウィルが汚れちゃうじゃない!」
「私はそれくらい気にしない。ミトスがいなければ、砂埃で汚れるどころか、血肉で穢れていたのだから」
「ウィル……」
自嘲気味に笑うウィルを、一瞬躊躇ったが今度は先ほどよりも強く抱き締めた。「今抱き締めなければならない」と、強く感じたからだ。それ以外理由はない。その気持ちに応えるように、ウィルもまたミトスを拭抱き締める。
「お言葉に甘えて」
スリスリと頬を胸元に摺り寄せ、ミトスは文字通りウィルに甘えた。ウィルもそれに応えるように指先で髪をすくい、ゆっくりと口づけた。
「……城の風呂は広いぞ? 誰かに教えてもらったか?」
「えっ!? そんなの聞いてない!」
「常に清潔さと綺麗さを保っているし、いつでも入りたい放題だ」
「私も使って良いの?」
「当たり前だ。お前が使わずして、誰が使う」
「んー……メリアとか?」
「話を聞くと良い」
ミトスがソワソワとし始める。お風呂に今までいい思い出はなかった。だが、今日その記憶を書き換えられる気がしたから。
「行っておいで」
頬にキスをして、ウィルがミトスの身体をそっと離した。
「うん。……ウィルは、まだ寝ない?」
「あぁ。仕事もあるからな。だが、ミトスが寝る前には必ず顔を見せる。声をかけてくれ」
「わかった!」
お返しに、ミトスも一つ彼の頬へキスすると、そのまま部屋を後にした。




