第10話:城内案内_2
「ねぇガァト! 降りてきてくれたわ! 可愛い!」
「なかなかガーゴイルを見て「可愛い」って言っちまう輩はいねぇな」
「そうなの? だって、こんなに近くに来てくれるのよ?」
「あぁ、まず、そんなに人間の近くにはいかないもんだ」
ガァトは笑っている。いざとなれば怯えることなく堂々と、キラキラと目を輝かせて魔物を懐かせる姿は、魔王とは違うが通じるものを感じていた。「きっと彼女は、魔族と人間の間の、大きな懸け橋になる」と。
「さぁ、他にも見せたい場所が沢山ある。次へ行こう」
「ガーゴイルとドラゴンに、後でおやつをあげても?」
「アイツらの好きな、ステーキでも後で用意してやろう」
「おやつがご飯みたいね」
「よく食べるんだ」
白の中を経由して、二人は中庭へ向かった。時々他の部屋を覗き、ガァトは簡単な説明を、誰かがいればミトスが挨拶を済ませる。心配していたミトスとは裏腹に、誰もが好意的にミトスを受け入れてくれているようだった。『元勇者』となったミトスにとって、今のところ存在意義はない。だが、新たな肩書『魔王の妻』が、彼女に新たな光を照らそうとしていた。
城の中庭へ辿り着くと、ガァトの案内で大きな石造りの門をくぐり、回廊を抜けた先に広がる訓練場が目に飛び込んできた。そこは城壁に囲まれた半円形の広場で、赤茶けた砂が地面一面に敷き詰められ、何本もの木製や鉄製の人形、標的の板、練習用の武器が並べられている。外縁には観覧席のような段差があり、休憩中らしい兵たちが腰を下ろして談笑していた。
そして――その中央。長い銀髪を後ろで高く束ね、鍛え抜かれたしなやかな脚で砂を蹴り上げながら、鋭くも艶やかな動きで部下たちを翻弄する女性の姿があった。
「……メリアだ」
ガァトが言うまでもなく、ミトスは息を呑んだ。
黒い軽装鎧に包まれた肢体が回転し、長槍が流麗な弧を描く。先端が空気を裂くたび、砂煙が舞い、挑みかかる屈強な兵たちが次々と足元をすくわれ、ある者は背後から首筋に刃を突きつけられ、ある者は腕を絡め取られて地面に転がった。
「……相変わらず強ぇなぁ」
「うちの隊長、今日も絶好調だぜ」
「あの脚なら、蹴られたって構やしねぇ」
観覧席にいた兵の一人が笛を吹くように口笛を鳴らすと、仲間たちが笑った。
メリアは動きを止めない。まるで舞踏のように、槍を振るうたびに腰のラインがしなやかに揺れ、銀髪が光を反射してはらりと舞い落ちる。その目元には笑みがあり、まるで遊んでいるかのような余裕があった。流れる空気を楽しむように、身体全体で歌うように線を描く。
「……あれで本気じゃないのよね」
「当然。半分以下だな」
ガァトが肩をすくめる。
「あの人はな、部下の成長を見ながら力を加減できる、たまにじゃれつくように一撃を加えることもあるけどな」
やがて一斉に息を切らせて立つ兵たちに、メリアが片手を上げて合図を送った。
「はい、そこまで! 休憩入るよ!」
砂埃の中で一礼し、兵たちは笑顔で頷き合う。
そんな中、視線が一つ、二つとこちらへ向いた。やがて数人の兵士がひそひそ声を交わす。
「あれが……ウィル様のお嫁さん?」
「勇者だったって聞いたが、なんか……可愛いぞ」
「なぁ、あの柔らかそうな笑顔。戦場じゃまず見られねぇヤツだな」
メリアもミトスの存在に気付き、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。槍を軽く肩に担ぎ、砂を払うように足を鳴らすその姿は、獲物を狙う猛禽のように堂々としていた。
「あら、ミトスちゃん」
「メリアさん、お疲れ様です」
間近で見ると、その紫の瞳は陽炎のように揺らぎ、底知れぬ強さと色気を宿している。ミトスは反射的に背筋を伸ばした。
「さっきまで部下たちと模擬戦してたんだけどね、あんたのこと話題になってたのよ。『勇者ってどんな奴かと思えば……』って」
「……思えば?」
「『可愛いじゃねぇか』ってさ」
その言葉に、周りの兵たちが「あーあ、言いやがった」と笑い、数人は照れくさそうに頭をかいた。
「だってよ、俺ら人間の勇者って聞くと、もっとこう……剣呑な目してるかと思うじゃん?」
「でも実際は、あったけぇ空気まとってんだもんな。そりゃウィル様、放っとかねぇよなぁ」
「わかるわー、その趣味」
わざとらしく頷き合う兵たちの輪に、ミトスは頬を赤らめた。
(……な、何だか恥ずかしい……)
「ま、これからゆっくり慣れていきなさいな。ここじゃ誰も、アナタを悪く言う奴なんていないから」
メリアが肩を軽く叩き、ニッと笑う。その笑顔は、戦いの時とは別人のように柔らかかった。
ガァトが横でぼそりと呟く。
「……ほらな。あの人がああやって笑うのは、信頼してる証拠だ」
「私、信頼されちゃった?」
「ウィル様の妻だぞ? 「信頼しない」って、どうやるんだ?」
「流石魔王様、ね」
「あぁ、すまん。ミトスに魅力がないとか、そういう話じゃないんだ。『ウィル様の妻』だということに、みんなミトスを見て納得してるんだ」
「ねぇガァト。アナタ、今めちゃくちゃ恥ずかしいこと言ってる自覚、ある?」
メリアの言葉に、みるみるうちに顔が赤くなるガァトを見て、恥ずかしそうにミトスも笑った。
そしてその場の全員が、なぜか最後は同じ結論に辿り着いた。
「やっぱ……流石ウィル様、見る目あるわ」




