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ホラー短編集

自動製氷機

今回は、冷蔵庫の氷。日常の中の、小さな違和感が、とんでもない恐怖に繋がる。そういう話だ。

 新築マンションでの新しい生活。その中心にあったのは、ピカピカの、最新式スマート冷蔵庫だった。


「すごいわ、ケンジ! AIが在庫管理してくれるし、喋るのよ!」


 妻のユカが、子供のようにはしゃいでいる。僕も、その多機能ぶりには目を見張った。だが、何よりも僕たちを感動させたのは、ドアについている、自動製氷機能だった。


 グラスを押し当てると、カラン、カラン、と、まるで宝石のように透明で、美しい氷が、いくつも落ちてくる。僕たちは、その完璧な氷をグラスに満たし、新しい生活に乾杯した――。



 異変に最初に気づいたのは、一週間後のことだった。




 僕が、ハイボールを作ろうと、グラスに氷を落とした時。一つの氷の中心に、黒い、細長い「何か」が閉じ込められているのが見えた。


「なんだ、これ……」


 箸でつまみ出すと、それは、一本の、艶やかな黒髪だった。ユカは金髪だ。僕のものでもない。

「気持ち悪い……製造過程で紛れ込んだのかしら」

 僕たちは、そう結論づけ、その日は、製氷機を念入りに洗浄して眠った。


 だが、それは、始まりに過ぎなかった。


 数日後、ユカが、悲鳴に近い声を上げた。彼女が、アイスティーのグラスを、震える指で指さしている。

「け、ケンジ……見て……」


 氷の中だ。今度は、三日月形に欠けた、赤いマニキュアの塗られた「爪」が、一つ、閉じ込められていた。


 僕たちは、背筋が凍るのを感じた。すぐに、冷蔵庫のメーカーに電話した。だが、サポートセンターの担当者は、リモートで診断した結果を、事務的な口調で告げるだけだった。


「お客様、ご安心ください。当製品の製氷ユニット、および、ろ過システムに、異常は一切見られません。搭載されております『クリスタル・ピュア・フィルター』は、理論上、水分子以外のあらゆる不純物を99.99%除去することが可能です」


 ラチがあかない。僕たちは、もう、あの製氷機を使うのをやめた。だが、夜中、誰も使っていないはずのキッチンから、カラン、と、新しい氷が作られる音が聞こえてくるのが、不気味でならなかった。


 僕は、マンションの設計図を、管理事務所で閲覧させてもらった。何か、手がかりがあるかもしれない。


 そして、見つけてしまった。僕たちの部屋の水道管が、メインの水道管とは別に、屋上にある、古い非常用の貯水タンクに、バイパスとして繋がっていることを。最近、この地区は水圧が不安定だった。きっと、冷蔵庫のAIが、製氷効率を維持するために、自動で、貯水タンクの水を引き込んでいたのだ。


 僕とユカは、錆びた梯子を上り、屋上へと向かった。


 屋上の隅に、巨大な貯水タンクが、威圧するように鎮座している。その、重い鉄の蓋が、ほんの少しだけ、ずれていた。


 嫌な予感が、全身を駆け巡る。


 僕たちは、二人で、力を込めて、その蓋を押し開けた。




 中は、淀んだ、黒い水で満たされていた。そして、その水面に、何か、人型のものが、ぷかぷかと、浮かんでいる。


 長い黒髪。赤い爪の指。青いワンピース。


 それは、一ヶ月前から行方不明になっている、最上階の住人、ミサキさんの、膨れ上がった死体だった。


 ユカが、声にならない悲鳴を上げる。僕も、吐き気をこらえながら、後ずさった。


 警察に通報しようと、スマホを取り出した、その時。


 僕は、ある、最も恐ろしい事実に、気づいてしまった。


 メーカーの担当者は言った。「水分子以外のあらゆる不純物を99.99%除去する」と。


 そうだ、あの冷蔵庫のフィルターは、完璧に、機能していたのだ。


 あの、淀んだ貯水タンクの水の中から、純粋な「水」だけを、完璧に、ろ過していた。


 では、ろ過された、水分子以外の「不純物」――髪の毛、爪、皮膚、血液、肉片――は、どこへ行った?


 フィルターは、それらを、ゴミとして、どこかへ排出しなければならない。


 そして、あの冷蔵庫の設計上、フィルターの、小さな、小さな、ゴミ排出ダクトは、ただ一つの場所に、繋がっている。


 そう、氷を作る、製氷皿へと。


 僕たちが、美しい、と見とれていた、あの透明な氷。


 それは、死体の混じった水から、純粋な水分だけを抽出して作られた、清らかな氷だ。


 そして、その氷の中心に、時折、閉じ込められていた「何か」。


 あれは、フィルターが除去しきれなかった、ゴミなんかじゃない。



 あれこそが、フィルターが、律儀に、正確に、排出した、「ゴミ」そのものだったのだ。

今夜、家の冷蔵庫の氷、チェックしたくなっただろ。俺たちの便利な生活は、案外、見えないところで、何かを「濾過」して成り立ってるのかもしれねえな。

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