第11話 メグ 5
とっさの判断でメグを逃がす為に海に飛び込んだが、呼吸を溜める余裕も、止める余裕も無く、あっという間に大量の海水を飲んでしまった。
メグの手を握ったまま、ダンは沈んでいく。この辺りはすぐに深度30メートルにもなる深い海だ。泳げないダンは為す術も無く沈んでいく。
チラリと見ると、メグは酷い怪我をしている。頭も、腹も、腕も、尻尾も、至る所から血が溢れていて、所々が食いちぎられていた。
『ああ、メグ。ごめん。ごめん』
ダンは意識を失いそうになりながらそう思った。
その時、メグの手が動き、ダンの頭を支えるように持つ。
そして、メグがダンに口づけをする。
フーーーッと吹き込まれる息で、ダンの肺がふくれる。
ダンはむせて飲み込んだ海水を吐き出すが、メグは口を離さないで酸素を送り続けている。ダンが吐き出した海水はメグの口から入り、首の横のエラから排出される。
少しすると、ダンの呼吸は落ち着き、充分な酸素を肺と、頬に溜める事が出来た。
それを確認してから、メグが口を離す。
「ダン。ありがとな~。助かったで~~」
メグの言葉は、海の中でも自然に聞き取れた。
『でも、メグ。怪我がひどい』
ダンは視線で訴える。
傷が多すぎて、今すぐ治療が必要だ。命に関わるほどの怪我をしている。
「ああ~。怪我は酷いけど大丈夫やで~。ウチらマーメイドは、海の中に入ると、メッチャ傷の治りが早いんよ。もう元気が出て来たくらいやもん」
メグがニッコリ微笑む。それを聞いてダンは納得する。マーメイドは謎が多いが、水の魔法とかも得意だし、不思議な力もあるらしい。
「海の一族」と呼ばれるくらいだ。海に入れば怪我も治ったりするのだろう。
ダンは頷いた。
「でも、さすがにこれ以上は戦えんから、海から街に帰らせて貰うな~」
メグは、ダンの後ろに回り込んで、ダンの腰にギュッと抱きつく。
「ダン。あんたはみんなにとって必要や。きばりぃよ」
メグはそう言うと、海面に向けて猛然と泳ぎ、海の中からエドたちがいる窪地にダンを投げ上げた。
「ダン!!」
「メグも無事だった?!」
エドとネルケが、ゴブリンを殴りながら、横目でダンを確認すると、安堵の声を上げる。
メグは海上から片手だけ上げてにっこり笑う。
それを見て、ダンは手を振り替えして叫ぶ。
「メグ!!気を付けて帰ってね!また後で、僕たちも必ず全員で帰るから!!」
ダンの言葉に、メグは一つ頷くと、海に潜っていった。
それを確認してから、ダンはゴブリン相手に戦っている仲間の元に走った。
海の中に潜ったメグは、海中から海面を見上げる。
「うん。ごめんな、ダン」
体中の傷から、大量に血が流れ出て、海中を赤く染めている。
「あれな、ウソやで~~」
海の中で傷が治るなんて特性はマーメイドには無い。それに、この出血だ。血の臭いに誘われて、間も無くサメが来るだろう。
「ダン、エド、ネルケ、アンナ、レオン、リオ、ブリュック、パイン、父ちゃん母ちゃん、陸のみんな。楽しかったで~~。ありがとうな~~」
小さな泡を吐いて、メグは海の底に沈んでいった。
穴に落ちたゴブリンの内、2匹は動かなくなったが、それを踏み台にして、他のゴブリンが這い上がろうとしている。
更に、小岩の上からも他のゴブリンが穴を避けて飛び降りてきた。
「ここまでだ!!上に逃げるぞ!!」
ダンが大声で指示を出す。
「分かった!」
エドは秘密基地近くに立てかけられたはしごに急ぐ。
ネルケは、最後の一撃をゴブリンの腕に食らわせると、急いでエドの後を追う。だが、腕をシャベルで思いっきり叩かれたのに、そのゴブリンは負傷した腕を伸ばしてネルケの足首を掴んだ。
実際には掴み損なったが、それでもネルケを転倒させるには充分だった。
「きゃああっっ!?」
上から叩いてくる2人がいなくなったので、ゴブリンたちが穴から這い出してきた。
「ヤバい!!」
エドが慌てて引き返し、ダンも駆けつけようとするが、すでに残忍な笑顔を浮かべて2匹のゴブリンがネルケの前に立っている。
「ダン!ボクは兵士になるつもりだ!!」
突然の宣言と共に、レオンハルトが窪地の上で立ち上がり、力強い矢を放つ。
矢は、ネルケに迫るゴブリンの首に突き刺さった。
更に、もう1本、ギリギリと引き絞って放つ。それはもう1匹の胸に突き刺さる。
どちらも致命傷の一撃だった。
首に刺さったゴブリンは血を吐きながらのたうち回り、胸に刺さったゴブリンはその場に倒れ込んだ。
その隙に、エドがネルケを助け起こし、はしごまで向かう。
「急いで!!」
一足先にはしごにたどり着いたダンが、はしごを押さえて、エドとネルケを先に行かせる。それからダンもはしごを登ると、はしごを引き上げる。
すぐにレオンハルトがダンの横に来て、申し訳なさそうに言う。
「ダン。ボクは覚悟が足りなかった。そのせいでみんなを危険にさらしてしまった」
ダンには何の事かわからない。
「ボクは兵士になる為に、卒業後は兵科学校に行くつもりだ」
なぜこのタイミングで、卒業後の進路の話になるのかと、ダンは戸惑う。
「大工になるんじゃなかったの?」
ダンの質問に、レオンハルトは真剣な表情で答える。
「それはいつでもなれる。だけど、ボクは姉さんを、父さんを、みんなを守る兵士になりたい。そう思っていたのに、いざ戦いになると躊躇ってしまった。命を奪う覚悟が出来ていなかった。そのせいで、君を危険な目に遭わせたし、メグにも無茶をさせた。見てくれ」
レオンハルトは矢筒を見せる。あと2本しか矢が無い。
「ボクはエルフだ。無駄打ちなんてしないはずなのに、こんなに無駄にしてしまった」
ダンは納得した。
「だけど、2匹倒したろ?おかげで助かった。僕なんか、まだなにもしていない」
レオンハルトを励ましたが、自嘲気味な笑いを浮かべるだけだった。
「ボクはダンをすごい奴だと思っている。心から尊敬する」
そう言うと、レオンハルトは残り2本の矢を指に挟み、1本をつがえて引き絞る。そして、窪地の縁まで来て、何とか這い上がろうとするゴブリンの胸を打ち抜く。レオンハルトの力では、骨は打ち抜けない。狙い澄ました一撃は、肋骨や胸骨を避けて、確実に心臓を貫く。
ダンはその技をすごいと思うが、レオンハルトは、そうは思っていないようだった。




