第10話 夏祭り 6
「次のパートナーはあなたね。良かったわ」
テレーゼが微笑む。祭り装束のテレーゼもとても綺麗だ。
緑の瞳が、篝火の灯りで神秘的な色に揺らめいている。
「よ、良かったって、なぜ?」
ダンはドギマギしながら、テレーゼの手を取ったまま尋ねる。
「だって、知らない人と踊るよりは、ダンと踊った方が楽しいもの」
テレーゼが微笑む。
その時、次の曲が始まる。ゆっくりした音楽で、男女が密着して踊る曲である。
テレーゼがお辞儀をしたので、ダンも反射的にお辞儀を返す。
そして、緊張して強ばった手で、テレーゼの腰と、肩を抱く。
ダンも身長は伸びたが、まだテレーゼの方が少しだけ背が高い。だが、昨年よりは目と目の位置はずっと近くなっている事に気付く。
『もうすぐ、テレーゼよりも僕の方が背が大きくなるんだ』
ダンはそう思うと、益々テレーゼを意識してしまう。
『年齢は追いつけないけど、大人になる速度は僕の方が速いんだ』
ダンはそう思った。実際は、エルフと人間の成長速度は同じだ。ただ、寿命が長いエルフは、肉体のピークとなる時間が人間よりも遥かに長く、200年は若いままである。
テレーゼも、まだ肉体的には成長の途上である。
ダンが考えたのは、男女の身長の差である。
だが、それでテレーゼに追いつけると錯覚してしまった。
「テレーゼは、知らない人と踊りたくないのに、何で踊りに来たの?」
ダンが囁くように尋ねる。
ダンの口のすぐ横には、テレーゼのエルフの尖った耳がある。
目を合わせないですむこの体勢には救われるが、胸と胸が触れあう踊りなので、自分の鼓動の速さがバレるのではと、ダンは気が気じゃ無かった。
「素敵な人がいたら踊っても良いかなって思っただけよ。私も素敵な人とは出会いたいもの。でも、誰からも誘われないまま、フォークダンスに巻き込まれちゃったのよ」
テレーゼはクスリと笑う。
それに対して、ダンは苦笑する。
「・・・・・・それは、多分、頭の上に、大きなアヒルの飾りを付けているからだと思うよ。もちろん、そのアヒルも可愛いけど、せめてもっと小さかったら沢山の男の人に踊りを申し込まれていたと思うよ」
テレーゼの祭り用の頭巾の上には、自分の頭の倍はありそうなアヒルの人形が乗っかっていた。
「あら。これくらいで踊りを申し込めなくなるような男性は元からお断りよ」
テレーゼは穏やかに笑った。
ダンは頷き、安堵のため息を付いた。テレーゼはまだ誰の物でもない。もう少しすれば、僕が自分から踊りを申し込んでも、受けてくれるチャンスはあるのかも知れない。
そんなダンの思いを知ってか、知らずしてか、テレーゼがクスリと笑って囁く。
「でも、おかげで、ダンと踊る事が出来たわ。私、ダンの事好きだもの」
「え?」
ダンが驚いてテレーゼの顔を見ようとした瞬間、曲が終わってしまった。
「楽しかったわ。また弟と遊んであげてね」
ダンから体を離すテレーゼの顔は、レオンハルトの姉であるテレーゼの表情だった。
柔らかく微笑んで手を振って離れていくテレーゼを、呆然としたまま見送ってから、ダンは小さく呟いた。
「・・・・・・そう、だよな。僕はレオンの友達だ。テレーゼにとっての『好き』って、そう言うことなんだよな・・・・・・」
胸が痛んだ。
その痛みを誤魔化すように、ダンはパインの魔法道具屋に向かう。
「ちょっと、遅い!!」
「遅いぞ」
魔法道具屋のポーチでは、ネルケとパインが座って待っていた。
「ダン、もしかして今の曲踊ってたの?誰と?!」
ネルケが目をつり上げて叫ぶ。
「いや・・・・・・。人が多くてなかなか戻ってこられなかったんだよ。だから、曲が終わってから戻ってきたんだ」
ダンは、自分の甘酸っぱくて、苦い体験を話す気になれず、2人には誤魔化した。
「それより、もうすぐ8時だよ。パインの家の2階から花火を見ようよ」
ダンが提案する。
ダンの言う通り、パインの家の2階には、海に面した大きな窓が有り、海までは造船所があるだけなので、花火はよく見えるはずだ。
「いや。それは困る」
パインが抗議するが、ダンとネルケはパインの手を引いて、店の中に入っていく。
「いいじゃん。友達なんだから!」
ネルケの言葉に、パインは黙り込む。
「大丈夫だよ。1階を掃除したんだから、2階の様子も想像つくし、驚かないよ」
1階の雑然とした様子は良く知っている。だから、2階も足の踏み場も無い状態だったとしても、今更驚いたりしないだろう。
だが、ダンもネルケも、パインの寝室を見て言葉を無くす。
部屋の片隅に、小さなベッドが一つあるだけで、他には何も無かった。
あまりにも淋しすぎる部屋の景色だった。
「ネルケの家と、かなり違う・・・・・・」
パインが消え入りそうな声でつぶやく。
ネルケの部屋は、女の子らしく、人形とか、秘密の小箱とか、可愛らしい装飾とかされていて、服を入れるタンスや、勉強をする机なんかもあった。
それを見て、パインもパインなりに自分の部屋の状態が異常だと感じていたようだ。
「・・・・・・それなら」
ダンがパインの頭を撫でて言う。
「これから増やしていこうよ。可愛い物や、好きな物を飾ろう。作ろう。もちろん、それは魔法道具じゃなくって、普通の物でさ」
「そうだよ。みんなと一緒に、好きな物を探そうよ!」
ネルケもパインを励ました。
「・・・・・・うん。そうだな」




