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異世界恋愛短編集

精霊王に選ばれた平民少女、学院を騒がせる「ざまぁと恋の成り上がり」

作者: 百鬼清風

 私は、学院の裏庭で膝を抱えていた。


「レイナ=アステル。お前は本日をもって、魔法学院を除籍とする」


 今朝、校長から突きつけられた宣告が、まだ耳にこびりついている。


 魔法が使えない落ちこぼれ。努力しても、誰にも認められない存在。

 それが、私の学院での立場だった。


 貴族の子息たちに笑われ、教師たちに冷たい目で見られ、それでも私は必死にしがみついていた。魔法ができなくても、魔法を学びたかったから。


 でも、もう終わったのだ。


「はぁ……どうしよう。家にも帰れない……」


 アステル家は、名門貴族だ。長女でありながら魔法の才能を持たない私は、家族からも見捨てられていた。学院を追われた今、戻る場所なんて、どこにもない。


 手元の鞄には、着替えと少しばかりの銀貨だけ。頼れるものは、それだけだった。


「ったく、あんなのが学院にいるとか、恥さらしだろ」


「マジで空気悪かったわー。あいつ、ほんと、場違い」


 裏庭の茂みの向こうから、同級生たちの嘲笑が聞こえてくる。もう、泣きたくなかった。ここで泣いたら、あいつらの思うつぼだ。


 ぐっと歯を食いしばって、私は立ち上がった。


「こんなとこ、もういい」


 逃げるように、学院を後にする。石畳の道を、靴音だけが虚しく響いていった。


 どこへ行けばいいかなんて、分からなかった。とにかく、ここじゃない、どこかへ。必死で歩いて、歩いて、気がつくと、人通りのない森の中にいた。


「はぁ……はぁ……」


 木々の間から差し込む陽光が、疲れ切った体に優しく降り注いでいた。足元の花々が揺れる。


「きれい……」


 ぼんやりと花を見つめる。すると、不意に、風が吹き抜けた。

 ざわざわ、と木々が揺れる。まるで、誰かが私を呼んでいるみたいだった。


「……だれ?」


 思わず声が漏れる。


「おまえ、か」


 風の音に紛れて、声が聞こえた。

 どこか低く、優しい声。私は、辺りを見渡した。誰もいない。でも、確かに聞こえたのだ。


「おまえ、名を、なんという?」


「レ、レイナ。レイナ=アステルです」


「そうか。レイナ。よく、来たな」


 ふわりと、光が舞い上がる。目の前に、ひとつの人影が現れた。

 それは、人間よりも少し大きい、銀色に輝く存在だった。髪は風のように流れ、瞳は空よりも深い青。

 私は、息を飲んだ。


「……せ、精霊?」


「正確には、精霊王だ」


 精霊王。伝説にしか存在しないと言われる、精霊たちの頂点。

 そんな存在が、どうして私の前に?


「まって……どうして、私のところに……?」


「おまえの中に、見えたのだ。強く、真っ直ぐな願いを」


 精霊王は、すっと手を差し伸べた。


「契約を結ぼう。レイナ=アステル。おまえと、我が名を結びつけるのだ」


「け、契約? 私が……?」


「そうだ」


 私は立ち尽くしたまま、考える。

 これは、ありえない話だ。だって、私は、魔法が使えない落ちこぼれで、みんなから見捨てられた存在で。


「……でも、もし、本当に、あなたと契約できたら……」


「おまえは、世界を変えられる」


 世界を、変える。


 思い出す。学院で浴びた蔑みの視線。家族の冷たい言葉。

 あんな世界、壊したい。見返してやりたい。

 私は震える手で、精霊王の手に触れた。


「私と、契約してください」


「よく言った」


 瞬間、強烈な光が私たちを包んだ。


「名を言え。契約に必要な、真の名を」


 胸の奥が、熱くなる。言葉にならない何かが、溢れ出す。


「……アルヴァ!」


「うむ。我が名はアルヴァ。今より、レイナ=アステルの契約精霊となる!」


 光が収束し、私の手の甲に、蒼い紋章が刻まれた。

 これが、契約の証。


「すごい……本当に、私、できたんだ……!」


 思わず涙があふれる。


「礼を言うのは、これからだ。これより、数多の試練が待っている」


 精霊王アルヴァは、ゆっくりと微笑んだ。


「だが、安心せよ。おまえには、私がついている」


 私は、大きく頷いた。


 どれだけ世界が冷たくても。どれだけ絶望に満ちていても。


 今、私には仲間がいる。

 たったひとりでも、私を認めてくれる存在がいる。


 なら、戦える。這い上がってみせる。


「アルヴァ、私、強くなりたい!」


「ならば、まずは鍛錬だな。今から叩き込んでやろう」


「えっ、今から!?」


 私が驚くと、アルヴァは愉快そうに笑った。


「旅は、早いほうがいい。学院に、戻りたくはないか?」


「……戻る!」


 絶対に、あの学院に、胸を張って戻る。

 誰にも負けない、最強の精霊使いとして。


 私は、ギュッと鞄を握り締めた。

 ここから、私の反撃が始まる。


 アルヴァと契約を結んだ次の日、私は町の掲示板に立っていた。

 魔法学院・補欠入学試験の告知が、そこに貼り出されていたのだ。


「……補欠試験、あるんだ」


 通常の入試とは別に、空席が出た場合、実力次第で途中入学できる。それが補欠試験。

 ただし、普通は貴族の推薦がなければ受験資格すら与えられない。


「無理だな。あれは貴族の坊ちゃんたちがコネで滑り込むための試験だしな」


「俺たち庶民には無縁だよ」


 通りすがりの会話が耳に入る。

 でも、私は諦めない。


「推薦状はないけど、これなら……」


 私は、告知の下のほうに小さく書かれた条件を指でなぞった。


【推薦状がない場合、現地試験にて直接審査。ただし難易度は極めて高い】


 つまり、実力で認めさせればいいのだ。


「やるしかないよね、アルヴァ」


「当然だ。おまえは、誰よりも強い」


 私は掲示板の前で、拳を握りしめた。


 補欠試験は、五日後に行われるらしい。

 準備期間は、ほとんどない。


 だけど、私にはアルヴァがいる。きっと、やれる。


「それじゃあ、特訓開始だな!」


 その日から、アルヴァによるスパルタ特訓が始まった。


 まずは、魔力制御の訓練。


「魔法は力任せではない。意志を、繊細に、明確に伝えろ」


「い、意志を……!」


 汗だくになりながら、私は魔力を制御する練習を続けた。

 今まで魔法が使えなかったのは、魔力が弱かったからではない。ただ制御の方法を知らなかっただけ。


 アルヴァは、わずか数日の間に、それを叩き込んでくれた。


「よし、次は精霊魔法だ」


「はい!」


 精霊魔法。それは、精霊と契約した者だけが使える特別な力。


「私に魔力を流せ。指示は私が出す。おまえは信じろ」


「わ、分かりました!」


 必死に意識を集中させる。すると、手のひらから淡い光が溢れた。


「よくやった」


「わ、私、できたんだ……!」


「できるとも。おまえは、私の契約者なのだからな」


 アルヴァの言葉が、胸にしみた。


 誰にも認めてもらえなかった私を、こうして真正面から肯定してくれる。

 そのことが、たまらなく嬉しかった。


 あっという間に、五日間は過ぎた。


 試験当日。私は学院の正門前に立っていた。


 高い塀。鋭い門。見上げるだけで押しつぶされそうな威圧感。

 けれど、負けない。


「行くよ、アルヴァ」


「うむ。おまえならできる」


 門をくぐると、試験官たちがずらりと並んでいた。


「一般枠受験者、レイナ=アステルだな?」


「はい!」


「推薦状は?」


「ありません」


 試験官たちは、鼻で笑った。


「推薦状もない者が受けに来るとは……よほど自信家か、愚か者か」


 ざわつく周囲。

 でも、私は怯まなかった。


「それでも、受けさせてください!」


「……いいだろう。だが、条件は厳しいぞ」


 試験官の一人が、にやりと笑った。


「おまえには、特別試験を受けてもらう。内容は、学院が誇る魔法結界の突破だ」


「結界……?」


「普通の受験生には簡単な魔法操作の試験を課すが、推薦状のない者にはこれだ。突破できなければ即不合格。もちろん、怪我をしても自己責任だ」


 つまり、命がけだということ。


 だが、引き下がる理由なんてない。


「やります!」


「いいだろう。ついてこい」


 案内されたのは、学院の中庭に設置された石造りの試験場だった。

 そこに、青白く光る魔法陣が浮かび上がっている。


「この結界を突破し、中央の石に触れろ。制限時間は一刻(約二時間)だ」


 私は、深呼吸した。


「アルヴァ、行こう!」


「任せろ」


 結界に手を触れた瞬間、全身を貫くような圧力が襲った。


「ぐっ……!」


 まるで大海原の中に放り込まれたみたいだ。

 力を抜けば、押し戻される。けれど、力任せでも進めない。


「魔力を、うまく流せ……!」


 アルヴァの声が響く。

 私は、自分の魔力をアルヴァに流した。


 すると、次の瞬間——


「風よ!」


 アルヴァが魔力を操り、私の周囲に風の渦を生み出した。

 風が盾となり、結界の圧力を緩和する。


「今だ、進め!」


「はい!」


 私は走った。結界の中を、風の後押しを受けながら駆け抜ける。

 次に現れたのは、光の網。高速で動く光の罠だ。


「回避だ、レイナ!」


「うんっ!」


 アルヴァの指示通り、私は身をかがめ、跳ね、転がりながら進む。

 わずかなミスも許されない緊張の中、私は必死で前へ前へと進んだ。


「あと少し!」


 中央の石は、もう目と鼻の先だ。


「いっけぇぇぇぇぇぇぇ!」


 最後の力を振り絞り、私は石に飛びついた。


 バンッ。


 手が、触れた。

 その瞬間、結界がふっと消える。


「や、やった……!」


 試験場は静まり返った。

 試験官たちが、ぽかんと私を見ている。


「ま、まさか……突破した……?」


「推薦なしで、結界突破だと……?」


 どよめきが広がる。


 私は膝をつき、息を整えた。

 足はガクガクで、呼吸も苦しかったけど、心は熱く燃えていた。


 私は、自分の力で、ここまで来たんだ。


 誰かの推薦でも、コネでもない。

 たった一人と一体の力で。


「レイナ=アステル、合格だ!」


 試験官の宣言が響いた。


「やった……!」


 私は、思わずアルヴァに向かって笑った。


「やったよ、アルヴァ!」


「うむ。誇るがいい。おまえは、立派にやり遂げた」


 精霊王は、珍しく優しい笑みを浮かべた。


 私は、もう一度、強く強く、拳を握りしめた。

 私は、ついに魔法学院の生徒になった。


 審査を通過してから一週間。正式な入学許可証が届き、今日が初登校の日だった。

 改めて、学院の巨大な門をくぐる。

 石造りの道。荘厳な建物。歴史ある学院旗が、風になびいていた。


「うわぁ……すごい」


 自然と声が漏れた。


 ここが、かつて私を追い出した場所。だけど、もうあの頃の私じゃない。

 私は、精霊王アルヴァと共に、胸を張ってここへ戻ってきた。


「気を引き締めろ、レイナ」


「うん!」


 アルヴァは、普段は見えない。

 契約者である私だけが、意識すれば感じ取れる存在だ。


 初日ということもあり、学院は浮き立った空気に包まれていた。

 ただ、その中で、私を見る目だけは違った。


「……あれが、推薦なしで入ってきた子?」


「へえ、平民らしいよ。なんであんなのが?」


 ひそひそと、耳打ちする声が背中に突き刺さる。


 やっぱり、こんなもんか。


「気にするな。おまえの価値を決めるのは、おまえ自身だ」


「うん……!」


 アルヴァの励ましを胸に、私は校舎へと向かった。


 入学式は、中央大講堂で行われる。すでに先輩生徒や教師たちで埋め尽くされていた。


 壇上には、学院長が立っていた。

 銀髪に鋭い目つき、重厚なオーラをまとった初老の男性。学院長ディアス=グレイヴ。


「諸君らの入学を、心より歓迎する」


 静かな声が講堂に響き渡る。


「ここは、実力こそが全ての場所だ。血筋でも、名誉でも、金でもない。己が力で道を切り開け。期待しているぞ」


 その言葉に、会場が引き締まった空気に包まれた。


 ディアス学院長は、昔から『実力主義』を掲げることで知られている。

 私が推薦なしで受かったのも、学院長がそういう方針だったおかげだろう。


 でも、それを良く思わない者もいる。


「それでは、式を終える。各自、クラスへ向かえ」


 司会進行役の教師が言い、式は終了した。


 私の所属は、【基礎魔法科一年A組】。

 教室に向かう途中も、周囲の目は冷たかった。


「おや?」


 廊下の角を曲がったところで、すらりとした少年に声をかけられた。


 金髪碧眼、白い制服を完璧に着こなす、絵に描いたような貴族風。

 けれど、その目には皮肉な色が宿っていた。


「君が、噂の平民枠生徒?」


「……レイナ=アステルです」


「僕はカイン=ベルフォード。貴族の身だが、君とはクラスメイトになる」


 手を差し出され、戸惑いながらも握り返す。


「入学試験、なかなか見事だったね。あの結界を突破するなんて」


「ありがとうございます」


「ただ——」


 カインは微笑んだまま言った。


「学院の中には、君の存在を快く思わない者もいる。気をつけたほうがいいよ」


「……はい」


 言われなくても分かっている。

 でも、ここで引き下がるつもりはない。


 カインは肩をすくめると、軽やかに去っていった。


 教室に入ると、すでに生徒たちが揃っていた。

 ざわざわと、私を見てひそひそ声が広がる。


「平民? 女だし、どうせすぐ脱落するだろ」


「可哀想に。無理して入ってきて」


「賭けしようぜ。あいつが最初に退学するに五枚」


 心ない言葉が飛び交う。


 だけど、私は俯かない。


 椅子に座り、正面を見据える。


「よく耐えているな、レイナ」


「アルヴァがいてくれるから、平気」


 心の中で返すと、少しだけ笑えた。


 そこへ、担任らしき女性教師が入ってきた。

 赤毛をきっちり結い上げ、軍服のような制服を着こなした、厳しそうな女性。


「静粛に。私はこのクラスを担当するエリス=フォルティナだ」


 エリス先生は、教室を一瞥すると言った。


「まず言っておく。私は実力しか見ない。家柄も、性別も、どうでもいい。できない者は置いていく。それだけだ」


 静まり返る教室。


「では、初日の小テストを始める」


 そう言うと、エリス先生は試験用紙を配り始めた。

 私は用紙を受け取り、問題に目を通す。


(……難しい)


 想像以上だった。魔法理論、術式構築、精霊学、全てが高度だ。

 でも、私は負けない。


「落ち着け、レイナ。ゆっくりでいい」


 アルヴァの声に励まされながら、ペンを走らせた。


 結果は——


 最下位だった。


「やっぱりね。平民には無理だったんだ」


「このまま脱落コースか」


 冷たい言葉がまた背中に降り注ぐ。

 悔しかった。でも、泣かなかった。


「大丈夫だ、レイナ。始まったばかりだ」


「……うん」


 私は拳を握った。

 絶対に、這い上がってやる。


 学院生活は、想像以上に過酷だった。


 毎朝早くからの座学。午後には実技演習。

 そして夜は、膨大な課題。

 生まれながらに魔法に親しんできた貴族たちに比べ、私はあまりにも劣っていた。


「今日も最下位だったな」


「恥さらしの平民枠」


 教室を出るたび、そんな声が聞こえてくる。

 悔しい。でも、耐えるしかなかった。


「レイナ。焦るな。力は、積み重ねるものだ」


「うん……分かってる」


 アルヴァが、いつも傍にいてくれる。

 それだけが、私の支えだった。


 そんなある日。


「レイナ=アステル、呼び出しだ」


 担任のエリス先生に呼び止められた。


「え?」


「明日、特別試練を受けてもらう」


「特別試練……ですか?」


「精霊使いとして、正式に認められるための儀式だ。契約精霊との絆を試す」


 他の生徒たちがざわつく。


「精霊試練か……あれ、落ちたら契約破棄になるんだろ?」


「つーか、あいつの精霊、見たことないよな」


 私は、ぎゅっと拳を握り締めた。


「分かりました。受けます!」


「いい返事だ。明日、南の演習場に来い」


 そう言って、エリス先生は去っていった。


「アルヴァ……」


「心配するな。おまえと私の絆は、誰にも断ち切れない」


「……うん!」


 私は小さく頷いた。


 そして、次の日。

 指定された南の演習場に到着すると、すでに試験官たちが待っていた。


「レイナ=アステル、これより精霊契約者認定試験を開始する」


「はい!」


「試験内容は単純だ。召喚せよ。契約精霊を、ここで顕現させろ」


 私は大きく深呼吸をした。


「アルヴァ、お願い!」


「応じよう」


 次の瞬間、私の前に、銀色の光が舞い上がった。


 風がうねり、光が凝縮されていく。


「な、なに、あれ……!」


「うそ、あんな精霊……!」


 周囲から驚きの声が上がった。


 そこに現れたのは、威厳をたたえた銀髪の青年。

 空のような青い瞳。世界そのものを包み込むような存在感。


「精霊王、アルヴァだ」


 アルヴァは、静かに名乗った。

 試験官たちは呆然としていた。


「せ、精霊王……? そんな、ありえん……!」


「学院でも、精霊王と契約した例など、過去にないぞ……!」


 空気が一変する。


 私は、誇らしかった。

 こんなにも、すごい存在が、私を選んでくれた。


「では、次だ」


 試験官の一人が声を張り上げる。


「これより、精霊との絆を問う試験を行う。精霊に魔力を流し、同調せよ。少しでも乱れたら、即失格だ」


「分かりました!」


 私は、アルヴァと向き合った。


「力を抜け、レイナ。私を信じろ」


「うん!」


 目を閉じ、アルヴァを感じる。


 銀色の気配。優しく、力強い魔力。

 それに、自分の魔力を重ねていく。


 まるで、深い湖に一滴の水を落とすみたいに。

 静かに、確かに、ふたりの魔力が重なり合っていく。


「……すごい」


 試験官たちが、思わず声を漏らした。


「ここまで綺麗な同調は、見たことがない……!」


 私は、全身で感じていた。


 アルヴァが、私を全力で受け入れてくれていることを。


 私も、それに応える。

 絆を、確かに結びなおす。


「試験、終了!」


 号令とともに、私はそっと目を開けた。

 そこには、静かに微笑むアルヴァと、呆然とした試験官たちがいた。


「レイナ=アステル、合格だ!」


「やった……!」


 私は、思わず飛び跳ねた。


 これで、私は正式に——学院に認められた。


 精霊使いとして、一人前になれたんだ。


「おめでとう、レイナ」


「ありがとう、アルヴァ!」


 ふたりで笑い合った。


 学院生活は、まだまだこれからだ。

 だけど、少しだけ、光が見えた気がした。


 精霊契約者として正式に認められた次の日、私は初めての実戦演習に参加することになった。


 演習場は、広大な砂地のフィールドだった。魔力障壁で覆われていて、どれだけ派手に魔法を使っても大丈夫らしい。


「今日の演習は、模擬戦形式で行う」


 エリス先生が告げる。


「二人一組で戦い、勝者にはポイントを与える。成績上位者には特別報酬も用意している」


 生徒たちがざわついた。


「ポイント次第で寮の部屋を選べるらしいぜ」


「特級図書室の利用権ももらえるって」


 なるほど、それは魅力的だ。

 私は気を引き締めた。


「さて、最初の対戦カードを発表する」


 エリス先生が名簿を広げる。


「カイン=ベルフォード 対 レイナ=アステル」


 ざわっ、と周囲が沸いた。


「うわ、いきなりあのカイン様と!」


「まあ、結果は見えてるけどな」


「かわいそうに」


 周囲の視線が一斉に私に向けられる。


「カインか……」


「気をつけろ、レイナ。あいつは只者ではない」


「うん」


 カインは、貴族の中でも名門中の名門、ベルフォード家の嫡男だ。

 優れた魔力制御能力を持ち、すでに三級魔術師の資格も取得しているという。


 正直、今の私では分が悪い。だけど、逃げる気はない。


「では、両者、前へ」


 エリス先生の号令で、私たちはフィールド中央に立った。


 カインは、相変わらず柔らかな笑みを浮かべていた。


「手加減はしないよ」


「私も、全力で行きます!」


 対峙する。


「試合、開始!」


 エリス先生の合図と同時に、カインは素早く詠唱を始めた。


「《氷槍召喚》!」


 空中に魔法陣が浮かび、そこから鋭い氷の槍が飛び出してくる。


「速い……!」


 とっさに避けるが、次々と槍が襲いかかってきた。


「アルヴァ!」


「任せろ!」


 私が魔力を流すと、アルヴァが風の壁を作り出した。

 氷槍は風に弾かれ、バラバラと砕け散る。


「ほう……面白い」


 カインが微笑んだ。


 今度は、雷の魔法陣を展開する。


「《雷撃乱舞》!」


 無数の雷の矢がフィールドを埋め尽くす。


「うそ、速すぎる……!」


「動きを読むな、流れに乗れ!」


 アルヴァの声に導かれるように、私は身体を滑らせるように動かす。

 雷の矢がかすめるたび、空気が焦げる匂いがした。


「くっ……!」


 必死に避けながら、私は隙を探った。


(カインの雷は範囲攻撃。攻撃が広い分、発動後に隙ができるはず……!)


 私は一瞬の隙を見逃さなかった。


「アルヴァ、今だ!」


「うむ!」


 私たちは同時に魔力を解き放った。


「《風刃穿撃》!」


 風の刃が一直線にカインを襲う。


「——!」


 カインもすぐに防御魔法を展開したが、完全には防ぎきれなかった。


 カインの肩をかすめ、制服に小さな裂け目ができる。


「……!」


 カインが初めて、わずかに顔を歪めた。

 周囲がざわつく。


「平民のくせに、カイン様に一撃を……!」


「まさか、互角に戦ってる……?」


 カインは、楽しげに笑った。


「いいね、君。こんなにワクワクしたのは久しぶりだ」


 そして、今度はさらに魔力を高め始めた。


「これで終わりにしよう。《雷槌》!」


 空中に巨大な雷槌が出現する。


「アルヴァ!」


「心得た!」


 私たちは即座に次の魔法を重ねた。


「《風の楯》!」


 巨大な風の盾が展開される。

 雷槌が振り下ろされ、凄まじい衝撃が走った。

 轟音と共にフィールドが揺れる。


「……!」


 私は歯を食いしばりながら盾を維持した。


 絶対に、負けたくない。


「レイナ、今だ!」


「分かった!」


 盾を突き破って前へ跳び出す。


「《風刃穿撃・改》!」


 前よりも鋭く、速く、魔力を込めた風刃が放たれた。


 カインは反応したが、防御が間に合わなかった。

 風刃はカインの足元を抉り、地面に叩きつけた。


「ぐっ……!」


 カインが膝をつく。


 その瞬間——


「試合、終了! 勝者、レイナ=アステル!」


 エリス先生の声が響いた。


「やった……!」


 膝が震えた。呼吸も苦しい。

 でも、私は勝った。


 誇りを持って、勝ったのだ。


 周囲は静まり返った後、一斉にざわめき出した。


「うそだろ……」


「平民が、カイン様に勝った……?」


「ありえない……!」


 私は、アルヴァに微笑みかけた。


「ありがとう、アルヴァ」


「誇れ、レイナ。おまえは本当に強い」


 カインは、ゆっくりと立ち上がると、私に手を差し出した。


「お見事」


「……ありがとう」


 その手を握ると、カインは楽しそうに笑った。


「次は負けないからね、レイナ」


「私だって、負けません!」


 フィールドに、清々しい風が吹いた。


 カインとの模擬戦以来、学院内での私を見る目は確かに変わり始めていた。


 平民枠、出来損ない、そんなレッテルは剥がれ落ちつつある。

 だけど、その分、私への興味と警戒心も高まっていた。


「レイナ=アステル、あいつ何者だ?」


「ただの平民なわけがない」


「精霊がすごいだけだろ。本人は大したことないさ」


 そんな声が、常に耳に入る。


「気にするな。実力を積み重ねろ」


「うん……」


 アルヴァは変わらず、私の隣で静かに支えてくれていた。


 そんなある日のこと。


「レイナ、ちょっといいか?」


 カインが、休み時間に声をかけてきた。


「どうしたの?」


「少し、話したいことがあってね。できれば、人の少ないところで」


「……分かった」


 私はカインについていき、学院裏の小さな中庭に出た。

 ここは、あまり人が来ない、静かな場所だ。


「単刀直入に聞くよ、レイナ」


 カインは真剣な顔で言った。


「君の精霊——あれ、本当に精霊王なのか?」


「え?」


「精霊王という存在は、普通、契約できない。そもそも人間の次元に降りてこないはずだ」


 確かに、私も不思議に思っていた。


「アルヴァは、どうして私と契約してくれたの?」


「……話すべき時が来たかもしれんな」


 アルヴァが静かに言った。


 彼の姿が、私の隣にふわりと現れる。


 カインは驚きもしなかった。

 真剣なまなざしで、アルヴァを見つめている。


「私は、正確には、かつて存在していた精霊王の後継者だ」


「後継者?」


「本来の精霊王は、千年前の戦乱で命を落とした。そして私は、彼の意思を継ぐために生まれた存在だ」


 私も初めて聞く話だった。


「完全な精霊王ではない。だが、力の一部を受け継いでいる」


「……どうして私に?」


「おまえの魂が、純粋だったからだ」


 アルヴァは、まっすぐに私を見た。


「誰よりも強く願い、誰よりも傷つき、そして、それでも諦めなかった。おまえのような者にこそ、力を託したかった」


「アルヴァ……」


 胸が熱くなる。


 こんなにも、私を見てくれていた存在がいたのだ。


「でも、レイナ」


 カインが口を挟んだ。


「君が精霊王の力を持つということは、それだけ危険も増すということだ」


「危険?」


「君を利用しようとする者が、必ず現れる。学院の中にも、外にも」


 私は息を飲んだ。

 そんなこと、考えたこともなかった。


「力を持つ者は、狙われる。それがこの世界の常識だ」


 カインは真剣だった。

 だから、私は覚悟を決めた。


「それでも、私は、負けない」


 私ははっきりと言った。


「アルヴァと一緒に、前に進む。誰にも利用されたり、踏みにじられたりしない」


 カインは目を細めて微笑んだ。


「……そうか。なら、応援するよ、レイナ」


「ありがとう、カイン」


 私たちは、短く言葉を交わし、その場を後にした。


 それから数日後。


 私は、アルヴァの力の真の片鱗に触れることになる。


「レイナ、そろそろ、おまえに新たな術を授けよう」


「新たな術?」


「私の本来の力——『契約解放』だ」


 アルヴァの周囲に、光の粒子が舞った。


「契約解放とは、契約者と精霊が完全に同調した時、通常の数倍の力を引き出す技だ」


「そんなこと、できるの……?」


「おまえなら可能だ」


 私は、静かに目を閉じた。

 アルヴァの気配を感じる。

 彼の魔力を、自分の中に取り込む。


 次の瞬間——


「《契約解放・第一段階》!」


 アルヴァと私をつなぐ紋章が、眩い光を放った。

 全身に、力が満ちる。

 魔力が、まるで洪水のように溢れ出す。


「すごい……!」


「これが、おまえの本当の力だ」


 アルヴァの声が、どこまでも優しかった。


 私は、新たな決意を胸に刻んだ。


 もう、誰にも負けない。

 誰にも、踏みにじらせない。


「行こう、アルヴァ」


「うむ。共に、未来を切り開こう」


 学院に入学してから、三ヶ月が経った。


 相変わらず、私に向けられる視線は厳しかった。

 だけど、成績は徐々に上がり、今ではクラスでも上位に食い込むようになっていた。


「レイナ、また首席かよ……」


「平民なのに、すげえな」


 最初は嘲笑だった声も、今では驚きと羨望に変わっていた。


「焦るな。おまえは、おまえの道を行け」


「うん!」


 アルヴァの言葉に、私は小さく頷く。


 しかし——そんな私に、学院内の一部が目をつけ始めていた。


「……レイナ=アステル。あの存在は、危険だ」


 学院理事会の密室で、誰かがそう告げた。


「精霊王と契約した平民など、前例がない。秩序を乱しかねん」


「早いうちに、処理すべきだ」


 そして、暗い陰謀が動き始めた。


 それを私が知るのは、もう少し後のことだった。


「レイナ、放課後、少し付き合ってくれないか?」


 昼休み、カインがそう声をかけてきた。


「いいよ」


 カインとは、模擬戦以来、奇妙な友情のようなものが芽生えていた。


「何か用?」


「ちょっと、見せたいものがあるんだ」


 彼に連れられて行ったのは、学院裏の訓練棟だった。

 誰もいない、人気のない場所。


「ここで?」


「うん。実は——」


 その時だった。


「レイナ=アステル、確保!」


 突然、周囲から複数の魔法使いが現れた。


「えっ……!」


「動くな! 学院規則違反の疑いで拘束する!」


 私は咄嗟に構えた。


「カイン、これは……!」


 しかし、カインは静かに頭を下げた。


「ごめん、レイナ」


 その瞬間、理解した。

 カインは、私を陥れるために仕組まれた罠だったのだ。


「どうして……!」


「君は、力を持ちすぎた。学院は、君を恐れている」


「そんな……!」


「悪いけど、僕にも立場がある。これ以上、君を庇いきれない」


 カインは苦しそうに言った。


「捕まれば、君は退学。二度と学院には戻れない」


 理不尽だ。こんなやり方、許せるわけがない。


「アルヴァ!」


「行くぞ、レイナ!」


 私は魔力を解き放った。


「《契約解放・第一段階》!」


 アルヴァの力が全開になる。

 魔力障壁が弾け、私の周囲に強力な防護結界が展開された。


「抵抗するか……なら、力づくで!」


 魔法使いたちが一斉に詠唱を始める。


「《火槍連撃》!」


「《氷縛鎖》!」


 多彩な魔法が私めがけて襲いかかってくる。


「《風の盾》!」


 アルヴァの盾がそれらを弾き返す。


 だが、相手は多い。一発一発は防げても、じりじりと追い詰められていく。


「くっ……!」


「焦るな、レイナ!」


 アルヴァの声に、私は深呼吸した。


(冷静に。敵の魔力の流れを読む……!)


 次に放たれた氷の鎖。その中心を見据える。


(あれだ……!)


「《風刃穿撃・改》!」


 私は一点集中で風刃を放った。

 氷の鎖を操っていた魔法陣を破壊する。


「なっ……!」


 氷の魔法使いがよろめいた隙を突き、次々と他の魔法使いたちにも攻撃を加えていく。

 一人、また一人と戦線を離脱していく。


「バカな……あんな子供に……!」


「くっ、こいつ、本当に平民なのか……!」


 残ったのは、カインだけだった。

 カインは、静かに杖を構えた。


「レイナ。僕も本当は、こんなことしたくなかった」


「だったら、どうして!」


「君が学院を混乱させる存在だと、決まったんだよ」


 悲しそうに笑うカイン。

 だけど、私はもう騙されない。


「行くよ、アルヴァ!」


「うむ!」


 私たちは、最後の力を解き放った。


「《嵐牙一閃》!」


 巨大な竜巻がカインを包み込み、彼の魔法障壁を粉砕した。

 カインは、膝をつき、もう立ち上がれなかった。


「僕の負けだ」


「レイナ=アステル、逮捕は撤回する!」


 騒ぎを聞きつけたエリス先生が駆けつけ、状況を収拾した。


「詳しい事情は後で聞くが……とりあえず、よくやった」


「ありがとうございます!」


 私は、ぼろぼろになりながらも笑った。


 裏切りも、陰謀も、乗り越えた。

 もう、私は負けない。

 絶対に、ここで終わらせない。


 裏切りと陰謀を乗り越えた私は、正式に学院に認められる存在となった。


 理事会からの査問も受けたが、精霊契約者としての正統性と、自衛のための戦闘だったことが認められた。

 結果、私は無罪放免、むしろ「学院の誇り」として表彰された。


「レイナ=アステル、学院特別表彰を授与する!」


 中央講堂で、学院長ディアス=グレイヴが高らかに宣言する。


 拍手が広がった。


 今まで私を蔑んできた者たちが、今は賞賛の眼差しを向けている。


「おめでとう、レイナ!」


「本当にすごいよ!」


「精霊王と契約した伝説の少女!」


 私は、壇上で深く一礼した。


「レイナ、よく頑張ったな」


「アルヴァ……」


 心の中で、私は強く感謝を伝えた。

 あなたがいてくれたから、私はここまで来られたんだ。



 表彰式の後、私は学院の裏庭に足を運んだ。

 あの、カインと話をした小さな中庭だ。


 そこには、アルヴァが待っていた。


「おめでとう、レイナ」


「ありがとう、アルヴァ」


 私は、彼の前に立った。


「ここまで来れたのは、全部アルヴァのおかげだよ」


「否。おまえ自身の力だ。私は、ただ隣にいただけだ」


 アルヴァは、穏やかに微笑んだ。


 私は、思い切って言葉を続けた。


「私、もっともっと強くなりたい。アルヴァと一緒に、世界を変えたい」


「……」


「だから……これからも、ずっと一緒にいてくれる?」


 アルヴァは、少しだけ目を見開いた後、優しく笑った。


「当然だ。私は、おまえの精霊だ」


 そっと、私の手を取る。


 温かな感触が、胸にじんわりと広がった。


「レイナ。おまえが望むなら、どこへでも連れて行こう。どんな高みでも、どんな未来でも」


「うん!」


 私は、満面の笑みで頷いた。


 その時だった。


「よお、レイナ!」


 不意に聞き慣れた声がして、振り返ると、カインが立っていた。


「カイン……!」


「本当に、すまなかった」


 カインは頭を下げた。


「君を裏切ったこと、後悔してる。できるなら、これからは友達として……」


「もちろんだよ!」


 私は、すぐに答えた。


「過去は過去。これからを大事にしよう」


「ありがとう、レイナ」


 カインも、心からの笑顔を見せた。


 これで、私たちは本当に友達になれた気がした。



 その夜、学院の寮の窓から、星空を見上げる。


 キラキラと瞬く無数の星。


「これから、どうなるかな?」


「おまえ次第だ、レイナ」


「そっか。じゃあ、最高の未来にしてみせる」


 アルヴァと見上げる空は、どこまでも広かった。


 まだ見ぬ世界が、私を待っている。


 もう、何も怖くない。


 私は、レイナ=アステル。

 精霊王と共に歩む、未来の最強魔術師だ。


 そして——


 この胸に秘めた想いも、いつかきっと伝えよう。


「ねえ、アルヴァ」


「なんだ?」


「大好きだよ」


 不意に言った言葉に、アルヴァは少しだけ驚いた後、優しく笑った。


「私もだ、レイナ」


 その声を聞きながら、私はそっと目を閉じた。


 温かな未来を、心に描きながら。

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