精霊王に選ばれた平民少女、学院を騒がせる「ざまぁと恋の成り上がり」
私は、学院の裏庭で膝を抱えていた。
「レイナ=アステル。お前は本日をもって、魔法学院を除籍とする」
今朝、校長から突きつけられた宣告が、まだ耳にこびりついている。
魔法が使えない落ちこぼれ。努力しても、誰にも認められない存在。
それが、私の学院での立場だった。
貴族の子息たちに笑われ、教師たちに冷たい目で見られ、それでも私は必死にしがみついていた。魔法ができなくても、魔法を学びたかったから。
でも、もう終わったのだ。
「はぁ……どうしよう。家にも帰れない……」
アステル家は、名門貴族だ。長女でありながら魔法の才能を持たない私は、家族からも見捨てられていた。学院を追われた今、戻る場所なんて、どこにもない。
手元の鞄には、着替えと少しばかりの銀貨だけ。頼れるものは、それだけだった。
「ったく、あんなのが学院にいるとか、恥さらしだろ」
「マジで空気悪かったわー。あいつ、ほんと、場違い」
裏庭の茂みの向こうから、同級生たちの嘲笑が聞こえてくる。もう、泣きたくなかった。ここで泣いたら、あいつらの思うつぼだ。
ぐっと歯を食いしばって、私は立ち上がった。
「こんなとこ、もういい」
逃げるように、学院を後にする。石畳の道を、靴音だけが虚しく響いていった。
どこへ行けばいいかなんて、分からなかった。とにかく、ここじゃない、どこかへ。必死で歩いて、歩いて、気がつくと、人通りのない森の中にいた。
「はぁ……はぁ……」
木々の間から差し込む陽光が、疲れ切った体に優しく降り注いでいた。足元の花々が揺れる。
「きれい……」
ぼんやりと花を見つめる。すると、不意に、風が吹き抜けた。
ざわざわ、と木々が揺れる。まるで、誰かが私を呼んでいるみたいだった。
「……だれ?」
思わず声が漏れる。
「おまえ、か」
風の音に紛れて、声が聞こえた。
どこか低く、優しい声。私は、辺りを見渡した。誰もいない。でも、確かに聞こえたのだ。
「おまえ、名を、なんという?」
「レ、レイナ。レイナ=アステルです」
「そうか。レイナ。よく、来たな」
ふわりと、光が舞い上がる。目の前に、ひとつの人影が現れた。
それは、人間よりも少し大きい、銀色に輝く存在だった。髪は風のように流れ、瞳は空よりも深い青。
私は、息を飲んだ。
「……せ、精霊?」
「正確には、精霊王だ」
精霊王。伝説にしか存在しないと言われる、精霊たちの頂点。
そんな存在が、どうして私の前に?
「まって……どうして、私のところに……?」
「おまえの中に、見えたのだ。強く、真っ直ぐな願いを」
精霊王は、すっと手を差し伸べた。
「契約を結ぼう。レイナ=アステル。おまえと、我が名を結びつけるのだ」
「け、契約? 私が……?」
「そうだ」
私は立ち尽くしたまま、考える。
これは、ありえない話だ。だって、私は、魔法が使えない落ちこぼれで、みんなから見捨てられた存在で。
「……でも、もし、本当に、あなたと契約できたら……」
「おまえは、世界を変えられる」
世界を、変える。
思い出す。学院で浴びた蔑みの視線。家族の冷たい言葉。
あんな世界、壊したい。見返してやりたい。
私は震える手で、精霊王の手に触れた。
「私と、契約してください」
「よく言った」
瞬間、強烈な光が私たちを包んだ。
「名を言え。契約に必要な、真の名を」
胸の奥が、熱くなる。言葉にならない何かが、溢れ出す。
「……アルヴァ!」
「うむ。我が名はアルヴァ。今より、レイナ=アステルの契約精霊となる!」
光が収束し、私の手の甲に、蒼い紋章が刻まれた。
これが、契約の証。
「すごい……本当に、私、できたんだ……!」
思わず涙があふれる。
「礼を言うのは、これからだ。これより、数多の試練が待っている」
精霊王アルヴァは、ゆっくりと微笑んだ。
「だが、安心せよ。おまえには、私がついている」
私は、大きく頷いた。
どれだけ世界が冷たくても。どれだけ絶望に満ちていても。
今、私には仲間がいる。
たったひとりでも、私を認めてくれる存在がいる。
なら、戦える。這い上がってみせる。
「アルヴァ、私、強くなりたい!」
「ならば、まずは鍛錬だな。今から叩き込んでやろう」
「えっ、今から!?」
私が驚くと、アルヴァは愉快そうに笑った。
「旅は、早いほうがいい。学院に、戻りたくはないか?」
「……戻る!」
絶対に、あの学院に、胸を張って戻る。
誰にも負けない、最強の精霊使いとして。
私は、ギュッと鞄を握り締めた。
ここから、私の反撃が始まる。
アルヴァと契約を結んだ次の日、私は町の掲示板に立っていた。
魔法学院・補欠入学試験の告知が、そこに貼り出されていたのだ。
「……補欠試験、あるんだ」
通常の入試とは別に、空席が出た場合、実力次第で途中入学できる。それが補欠試験。
ただし、普通は貴族の推薦がなければ受験資格すら与えられない。
「無理だな。あれは貴族の坊ちゃんたちがコネで滑り込むための試験だしな」
「俺たち庶民には無縁だよ」
通りすがりの会話が耳に入る。
でも、私は諦めない。
「推薦状はないけど、これなら……」
私は、告知の下のほうに小さく書かれた条件を指でなぞった。
【推薦状がない場合、現地試験にて直接審査。ただし難易度は極めて高い】
つまり、実力で認めさせればいいのだ。
「やるしかないよね、アルヴァ」
「当然だ。おまえは、誰よりも強い」
私は掲示板の前で、拳を握りしめた。
補欠試験は、五日後に行われるらしい。
準備期間は、ほとんどない。
だけど、私にはアルヴァがいる。きっと、やれる。
「それじゃあ、特訓開始だな!」
その日から、アルヴァによるスパルタ特訓が始まった。
まずは、魔力制御の訓練。
「魔法は力任せではない。意志を、繊細に、明確に伝えろ」
「い、意志を……!」
汗だくになりながら、私は魔力を制御する練習を続けた。
今まで魔法が使えなかったのは、魔力が弱かったからではない。ただ制御の方法を知らなかっただけ。
アルヴァは、わずか数日の間に、それを叩き込んでくれた。
「よし、次は精霊魔法だ」
「はい!」
精霊魔法。それは、精霊と契約した者だけが使える特別な力。
「私に魔力を流せ。指示は私が出す。おまえは信じろ」
「わ、分かりました!」
必死に意識を集中させる。すると、手のひらから淡い光が溢れた。
「よくやった」
「わ、私、できたんだ……!」
「できるとも。おまえは、私の契約者なのだからな」
アルヴァの言葉が、胸にしみた。
誰にも認めてもらえなかった私を、こうして真正面から肯定してくれる。
そのことが、たまらなく嬉しかった。
あっという間に、五日間は過ぎた。
試験当日。私は学院の正門前に立っていた。
高い塀。鋭い門。見上げるだけで押しつぶされそうな威圧感。
けれど、負けない。
「行くよ、アルヴァ」
「うむ。おまえならできる」
門をくぐると、試験官たちがずらりと並んでいた。
「一般枠受験者、レイナ=アステルだな?」
「はい!」
「推薦状は?」
「ありません」
試験官たちは、鼻で笑った。
「推薦状もない者が受けに来るとは……よほど自信家か、愚か者か」
ざわつく周囲。
でも、私は怯まなかった。
「それでも、受けさせてください!」
「……いいだろう。だが、条件は厳しいぞ」
試験官の一人が、にやりと笑った。
「おまえには、特別試験を受けてもらう。内容は、学院が誇る魔法結界の突破だ」
「結界……?」
「普通の受験生には簡単な魔法操作の試験を課すが、推薦状のない者にはこれだ。突破できなければ即不合格。もちろん、怪我をしても自己責任だ」
つまり、命がけだということ。
だが、引き下がる理由なんてない。
「やります!」
「いいだろう。ついてこい」
案内されたのは、学院の中庭に設置された石造りの試験場だった。
そこに、青白く光る魔法陣が浮かび上がっている。
「この結界を突破し、中央の石に触れろ。制限時間は一刻(約二時間)だ」
私は、深呼吸した。
「アルヴァ、行こう!」
「任せろ」
結界に手を触れた瞬間、全身を貫くような圧力が襲った。
「ぐっ……!」
まるで大海原の中に放り込まれたみたいだ。
力を抜けば、押し戻される。けれど、力任せでも進めない。
「魔力を、うまく流せ……!」
アルヴァの声が響く。
私は、自分の魔力をアルヴァに流した。
すると、次の瞬間——
「風よ!」
アルヴァが魔力を操り、私の周囲に風の渦を生み出した。
風が盾となり、結界の圧力を緩和する。
「今だ、進め!」
「はい!」
私は走った。結界の中を、風の後押しを受けながら駆け抜ける。
次に現れたのは、光の網。高速で動く光の罠だ。
「回避だ、レイナ!」
「うんっ!」
アルヴァの指示通り、私は身をかがめ、跳ね、転がりながら進む。
わずかなミスも許されない緊張の中、私は必死で前へ前へと進んだ。
「あと少し!」
中央の石は、もう目と鼻の先だ。
「いっけぇぇぇぇぇぇぇ!」
最後の力を振り絞り、私は石に飛びついた。
バンッ。
手が、触れた。
その瞬間、結界がふっと消える。
「や、やった……!」
試験場は静まり返った。
試験官たちが、ぽかんと私を見ている。
「ま、まさか……突破した……?」
「推薦なしで、結界突破だと……?」
どよめきが広がる。
私は膝をつき、息を整えた。
足はガクガクで、呼吸も苦しかったけど、心は熱く燃えていた。
私は、自分の力で、ここまで来たんだ。
誰かの推薦でも、コネでもない。
たった一人と一体の力で。
「レイナ=アステル、合格だ!」
試験官の宣言が響いた。
「やった……!」
私は、思わずアルヴァに向かって笑った。
「やったよ、アルヴァ!」
「うむ。誇るがいい。おまえは、立派にやり遂げた」
精霊王は、珍しく優しい笑みを浮かべた。
私は、もう一度、強く強く、拳を握りしめた。
私は、ついに魔法学院の生徒になった。
審査を通過してから一週間。正式な入学許可証が届き、今日が初登校の日だった。
改めて、学院の巨大な門をくぐる。
石造りの道。荘厳な建物。歴史ある学院旗が、風になびいていた。
「うわぁ……すごい」
自然と声が漏れた。
ここが、かつて私を追い出した場所。だけど、もうあの頃の私じゃない。
私は、精霊王アルヴァと共に、胸を張ってここへ戻ってきた。
「気を引き締めろ、レイナ」
「うん!」
アルヴァは、普段は見えない。
契約者である私だけが、意識すれば感じ取れる存在だ。
初日ということもあり、学院は浮き立った空気に包まれていた。
ただ、その中で、私を見る目だけは違った。
「……あれが、推薦なしで入ってきた子?」
「へえ、平民らしいよ。なんであんなのが?」
ひそひそと、耳打ちする声が背中に突き刺さる。
やっぱり、こんなもんか。
「気にするな。おまえの価値を決めるのは、おまえ自身だ」
「うん……!」
アルヴァの励ましを胸に、私は校舎へと向かった。
入学式は、中央大講堂で行われる。すでに先輩生徒や教師たちで埋め尽くされていた。
壇上には、学院長が立っていた。
銀髪に鋭い目つき、重厚なオーラをまとった初老の男性。学院長ディアス=グレイヴ。
「諸君らの入学を、心より歓迎する」
静かな声が講堂に響き渡る。
「ここは、実力こそが全ての場所だ。血筋でも、名誉でも、金でもない。己が力で道を切り開け。期待しているぞ」
その言葉に、会場が引き締まった空気に包まれた。
ディアス学院長は、昔から『実力主義』を掲げることで知られている。
私が推薦なしで受かったのも、学院長がそういう方針だったおかげだろう。
でも、それを良く思わない者もいる。
「それでは、式を終える。各自、クラスへ向かえ」
司会進行役の教師が言い、式は終了した。
私の所属は、【基礎魔法科一年A組】。
教室に向かう途中も、周囲の目は冷たかった。
「おや?」
廊下の角を曲がったところで、すらりとした少年に声をかけられた。
金髪碧眼、白い制服を完璧に着こなす、絵に描いたような貴族風。
けれど、その目には皮肉な色が宿っていた。
「君が、噂の平民枠生徒?」
「……レイナ=アステルです」
「僕はカイン=ベルフォード。貴族の身だが、君とはクラスメイトになる」
手を差し出され、戸惑いながらも握り返す。
「入学試験、なかなか見事だったね。あの結界を突破するなんて」
「ありがとうございます」
「ただ——」
カインは微笑んだまま言った。
「学院の中には、君の存在を快く思わない者もいる。気をつけたほうがいいよ」
「……はい」
言われなくても分かっている。
でも、ここで引き下がるつもりはない。
カインは肩をすくめると、軽やかに去っていった。
教室に入ると、すでに生徒たちが揃っていた。
ざわざわと、私を見てひそひそ声が広がる。
「平民? 女だし、どうせすぐ脱落するだろ」
「可哀想に。無理して入ってきて」
「賭けしようぜ。あいつが最初に退学するに五枚」
心ない言葉が飛び交う。
だけど、私は俯かない。
椅子に座り、正面を見据える。
「よく耐えているな、レイナ」
「アルヴァがいてくれるから、平気」
心の中で返すと、少しだけ笑えた。
そこへ、担任らしき女性教師が入ってきた。
赤毛をきっちり結い上げ、軍服のような制服を着こなした、厳しそうな女性。
「静粛に。私はこのクラスを担当するエリス=フォルティナだ」
エリス先生は、教室を一瞥すると言った。
「まず言っておく。私は実力しか見ない。家柄も、性別も、どうでもいい。できない者は置いていく。それだけだ」
静まり返る教室。
「では、初日の小テストを始める」
そう言うと、エリス先生は試験用紙を配り始めた。
私は用紙を受け取り、問題に目を通す。
(……難しい)
想像以上だった。魔法理論、術式構築、精霊学、全てが高度だ。
でも、私は負けない。
「落ち着け、レイナ。ゆっくりでいい」
アルヴァの声に励まされながら、ペンを走らせた。
結果は——
最下位だった。
「やっぱりね。平民には無理だったんだ」
「このまま脱落コースか」
冷たい言葉がまた背中に降り注ぐ。
悔しかった。でも、泣かなかった。
「大丈夫だ、レイナ。始まったばかりだ」
「……うん」
私は拳を握った。
絶対に、這い上がってやる。
学院生活は、想像以上に過酷だった。
毎朝早くからの座学。午後には実技演習。
そして夜は、膨大な課題。
生まれながらに魔法に親しんできた貴族たちに比べ、私はあまりにも劣っていた。
「今日も最下位だったな」
「恥さらしの平民枠」
教室を出るたび、そんな声が聞こえてくる。
悔しい。でも、耐えるしかなかった。
「レイナ。焦るな。力は、積み重ねるものだ」
「うん……分かってる」
アルヴァが、いつも傍にいてくれる。
それだけが、私の支えだった。
そんなある日。
「レイナ=アステル、呼び出しだ」
担任のエリス先生に呼び止められた。
「え?」
「明日、特別試練を受けてもらう」
「特別試練……ですか?」
「精霊使いとして、正式に認められるための儀式だ。契約精霊との絆を試す」
他の生徒たちがざわつく。
「精霊試練か……あれ、落ちたら契約破棄になるんだろ?」
「つーか、あいつの精霊、見たことないよな」
私は、ぎゅっと拳を握り締めた。
「分かりました。受けます!」
「いい返事だ。明日、南の演習場に来い」
そう言って、エリス先生は去っていった。
「アルヴァ……」
「心配するな。おまえと私の絆は、誰にも断ち切れない」
「……うん!」
私は小さく頷いた。
そして、次の日。
指定された南の演習場に到着すると、すでに試験官たちが待っていた。
「レイナ=アステル、これより精霊契約者認定試験を開始する」
「はい!」
「試験内容は単純だ。召喚せよ。契約精霊を、ここで顕現させろ」
私は大きく深呼吸をした。
「アルヴァ、お願い!」
「応じよう」
次の瞬間、私の前に、銀色の光が舞い上がった。
風がうねり、光が凝縮されていく。
「な、なに、あれ……!」
「うそ、あんな精霊……!」
周囲から驚きの声が上がった。
そこに現れたのは、威厳をたたえた銀髪の青年。
空のような青い瞳。世界そのものを包み込むような存在感。
「精霊王、アルヴァだ」
アルヴァは、静かに名乗った。
試験官たちは呆然としていた。
「せ、精霊王……? そんな、ありえん……!」
「学院でも、精霊王と契約した例など、過去にないぞ……!」
空気が一変する。
私は、誇らしかった。
こんなにも、すごい存在が、私を選んでくれた。
「では、次だ」
試験官の一人が声を張り上げる。
「これより、精霊との絆を問う試験を行う。精霊に魔力を流し、同調せよ。少しでも乱れたら、即失格だ」
「分かりました!」
私は、アルヴァと向き合った。
「力を抜け、レイナ。私を信じろ」
「うん!」
目を閉じ、アルヴァを感じる。
銀色の気配。優しく、力強い魔力。
それに、自分の魔力を重ねていく。
まるで、深い湖に一滴の水を落とすみたいに。
静かに、確かに、ふたりの魔力が重なり合っていく。
「……すごい」
試験官たちが、思わず声を漏らした。
「ここまで綺麗な同調は、見たことがない……!」
私は、全身で感じていた。
アルヴァが、私を全力で受け入れてくれていることを。
私も、それに応える。
絆を、確かに結びなおす。
「試験、終了!」
号令とともに、私はそっと目を開けた。
そこには、静かに微笑むアルヴァと、呆然とした試験官たちがいた。
「レイナ=アステル、合格だ!」
「やった……!」
私は、思わず飛び跳ねた。
これで、私は正式に——学院に認められた。
精霊使いとして、一人前になれたんだ。
「おめでとう、レイナ」
「ありがとう、アルヴァ!」
ふたりで笑い合った。
学院生活は、まだまだこれからだ。
だけど、少しだけ、光が見えた気がした。
精霊契約者として正式に認められた次の日、私は初めての実戦演習に参加することになった。
演習場は、広大な砂地のフィールドだった。魔力障壁で覆われていて、どれだけ派手に魔法を使っても大丈夫らしい。
「今日の演習は、模擬戦形式で行う」
エリス先生が告げる。
「二人一組で戦い、勝者にはポイントを与える。成績上位者には特別報酬も用意している」
生徒たちがざわついた。
「ポイント次第で寮の部屋を選べるらしいぜ」
「特級図書室の利用権ももらえるって」
なるほど、それは魅力的だ。
私は気を引き締めた。
「さて、最初の対戦カードを発表する」
エリス先生が名簿を広げる。
「カイン=ベルフォード 対 レイナ=アステル」
ざわっ、と周囲が沸いた。
「うわ、いきなりあのカイン様と!」
「まあ、結果は見えてるけどな」
「かわいそうに」
周囲の視線が一斉に私に向けられる。
「カインか……」
「気をつけろ、レイナ。あいつは只者ではない」
「うん」
カインは、貴族の中でも名門中の名門、ベルフォード家の嫡男だ。
優れた魔力制御能力を持ち、すでに三級魔術師の資格も取得しているという。
正直、今の私では分が悪い。だけど、逃げる気はない。
「では、両者、前へ」
エリス先生の号令で、私たちはフィールド中央に立った。
カインは、相変わらず柔らかな笑みを浮かべていた。
「手加減はしないよ」
「私も、全力で行きます!」
対峙する。
「試合、開始!」
エリス先生の合図と同時に、カインは素早く詠唱を始めた。
「《氷槍召喚》!」
空中に魔法陣が浮かび、そこから鋭い氷の槍が飛び出してくる。
「速い……!」
とっさに避けるが、次々と槍が襲いかかってきた。
「アルヴァ!」
「任せろ!」
私が魔力を流すと、アルヴァが風の壁を作り出した。
氷槍は風に弾かれ、バラバラと砕け散る。
「ほう……面白い」
カインが微笑んだ。
今度は、雷の魔法陣を展開する。
「《雷撃乱舞》!」
無数の雷の矢がフィールドを埋め尽くす。
「うそ、速すぎる……!」
「動きを読むな、流れに乗れ!」
アルヴァの声に導かれるように、私は身体を滑らせるように動かす。
雷の矢がかすめるたび、空気が焦げる匂いがした。
「くっ……!」
必死に避けながら、私は隙を探った。
(カインの雷は範囲攻撃。攻撃が広い分、発動後に隙ができるはず……!)
私は一瞬の隙を見逃さなかった。
「アルヴァ、今だ!」
「うむ!」
私たちは同時に魔力を解き放った。
「《風刃穿撃》!」
風の刃が一直線にカインを襲う。
「——!」
カインもすぐに防御魔法を展開したが、完全には防ぎきれなかった。
カインの肩をかすめ、制服に小さな裂け目ができる。
「……!」
カインが初めて、わずかに顔を歪めた。
周囲がざわつく。
「平民のくせに、カイン様に一撃を……!」
「まさか、互角に戦ってる……?」
カインは、楽しげに笑った。
「いいね、君。こんなにワクワクしたのは久しぶりだ」
そして、今度はさらに魔力を高め始めた。
「これで終わりにしよう。《雷槌》!」
空中に巨大な雷槌が出現する。
「アルヴァ!」
「心得た!」
私たちは即座に次の魔法を重ねた。
「《風の楯》!」
巨大な風の盾が展開される。
雷槌が振り下ろされ、凄まじい衝撃が走った。
轟音と共にフィールドが揺れる。
「……!」
私は歯を食いしばりながら盾を維持した。
絶対に、負けたくない。
「レイナ、今だ!」
「分かった!」
盾を突き破って前へ跳び出す。
「《風刃穿撃・改》!」
前よりも鋭く、速く、魔力を込めた風刃が放たれた。
カインは反応したが、防御が間に合わなかった。
風刃はカインの足元を抉り、地面に叩きつけた。
「ぐっ……!」
カインが膝をつく。
その瞬間——
「試合、終了! 勝者、レイナ=アステル!」
エリス先生の声が響いた。
「やった……!」
膝が震えた。呼吸も苦しい。
でも、私は勝った。
誇りを持って、勝ったのだ。
周囲は静まり返った後、一斉にざわめき出した。
「うそだろ……」
「平民が、カイン様に勝った……?」
「ありえない……!」
私は、アルヴァに微笑みかけた。
「ありがとう、アルヴァ」
「誇れ、レイナ。おまえは本当に強い」
カインは、ゆっくりと立ち上がると、私に手を差し出した。
「お見事」
「……ありがとう」
その手を握ると、カインは楽しそうに笑った。
「次は負けないからね、レイナ」
「私だって、負けません!」
フィールドに、清々しい風が吹いた。
カインとの模擬戦以来、学院内での私を見る目は確かに変わり始めていた。
平民枠、出来損ない、そんなレッテルは剥がれ落ちつつある。
だけど、その分、私への興味と警戒心も高まっていた。
「レイナ=アステル、あいつ何者だ?」
「ただの平民なわけがない」
「精霊がすごいだけだろ。本人は大したことないさ」
そんな声が、常に耳に入る。
「気にするな。実力を積み重ねろ」
「うん……」
アルヴァは変わらず、私の隣で静かに支えてくれていた。
そんなある日のこと。
「レイナ、ちょっといいか?」
カインが、休み時間に声をかけてきた。
「どうしたの?」
「少し、話したいことがあってね。できれば、人の少ないところで」
「……分かった」
私はカインについていき、学院裏の小さな中庭に出た。
ここは、あまり人が来ない、静かな場所だ。
「単刀直入に聞くよ、レイナ」
カインは真剣な顔で言った。
「君の精霊——あれ、本当に精霊王なのか?」
「え?」
「精霊王という存在は、普通、契約できない。そもそも人間の次元に降りてこないはずだ」
確かに、私も不思議に思っていた。
「アルヴァは、どうして私と契約してくれたの?」
「……話すべき時が来たかもしれんな」
アルヴァが静かに言った。
彼の姿が、私の隣にふわりと現れる。
カインは驚きもしなかった。
真剣なまなざしで、アルヴァを見つめている。
「私は、正確には、かつて存在していた精霊王の後継者だ」
「後継者?」
「本来の精霊王は、千年前の戦乱で命を落とした。そして私は、彼の意思を継ぐために生まれた存在だ」
私も初めて聞く話だった。
「完全な精霊王ではない。だが、力の一部を受け継いでいる」
「……どうして私に?」
「おまえの魂が、純粋だったからだ」
アルヴァは、まっすぐに私を見た。
「誰よりも強く願い、誰よりも傷つき、そして、それでも諦めなかった。おまえのような者にこそ、力を託したかった」
「アルヴァ……」
胸が熱くなる。
こんなにも、私を見てくれていた存在がいたのだ。
「でも、レイナ」
カインが口を挟んだ。
「君が精霊王の力を持つということは、それだけ危険も増すということだ」
「危険?」
「君を利用しようとする者が、必ず現れる。学院の中にも、外にも」
私は息を飲んだ。
そんなこと、考えたこともなかった。
「力を持つ者は、狙われる。それがこの世界の常識だ」
カインは真剣だった。
だから、私は覚悟を決めた。
「それでも、私は、負けない」
私ははっきりと言った。
「アルヴァと一緒に、前に進む。誰にも利用されたり、踏みにじられたりしない」
カインは目を細めて微笑んだ。
「……そうか。なら、応援するよ、レイナ」
「ありがとう、カイン」
私たちは、短く言葉を交わし、その場を後にした。
それから数日後。
私は、アルヴァの力の真の片鱗に触れることになる。
「レイナ、そろそろ、おまえに新たな術を授けよう」
「新たな術?」
「私の本来の力——『契約解放』だ」
アルヴァの周囲に、光の粒子が舞った。
「契約解放とは、契約者と精霊が完全に同調した時、通常の数倍の力を引き出す技だ」
「そんなこと、できるの……?」
「おまえなら可能だ」
私は、静かに目を閉じた。
アルヴァの気配を感じる。
彼の魔力を、自分の中に取り込む。
次の瞬間——
「《契約解放・第一段階》!」
アルヴァと私をつなぐ紋章が、眩い光を放った。
全身に、力が満ちる。
魔力が、まるで洪水のように溢れ出す。
「すごい……!」
「これが、おまえの本当の力だ」
アルヴァの声が、どこまでも優しかった。
私は、新たな決意を胸に刻んだ。
もう、誰にも負けない。
誰にも、踏みにじらせない。
「行こう、アルヴァ」
「うむ。共に、未来を切り開こう」
学院に入学してから、三ヶ月が経った。
相変わらず、私に向けられる視線は厳しかった。
だけど、成績は徐々に上がり、今ではクラスでも上位に食い込むようになっていた。
「レイナ、また首席かよ……」
「平民なのに、すげえな」
最初は嘲笑だった声も、今では驚きと羨望に変わっていた。
「焦るな。おまえは、おまえの道を行け」
「うん!」
アルヴァの言葉に、私は小さく頷く。
しかし——そんな私に、学院内の一部が目をつけ始めていた。
「……レイナ=アステル。あの存在は、危険だ」
学院理事会の密室で、誰かがそう告げた。
「精霊王と契約した平民など、前例がない。秩序を乱しかねん」
「早いうちに、処理すべきだ」
そして、暗い陰謀が動き始めた。
それを私が知るのは、もう少し後のことだった。
「レイナ、放課後、少し付き合ってくれないか?」
昼休み、カインがそう声をかけてきた。
「いいよ」
カインとは、模擬戦以来、奇妙な友情のようなものが芽生えていた。
「何か用?」
「ちょっと、見せたいものがあるんだ」
彼に連れられて行ったのは、学院裏の訓練棟だった。
誰もいない、人気のない場所。
「ここで?」
「うん。実は——」
その時だった。
「レイナ=アステル、確保!」
突然、周囲から複数の魔法使いが現れた。
「えっ……!」
「動くな! 学院規則違反の疑いで拘束する!」
私は咄嗟に構えた。
「カイン、これは……!」
しかし、カインは静かに頭を下げた。
「ごめん、レイナ」
その瞬間、理解した。
カインは、私を陥れるために仕組まれた罠だったのだ。
「どうして……!」
「君は、力を持ちすぎた。学院は、君を恐れている」
「そんな……!」
「悪いけど、僕にも立場がある。これ以上、君を庇いきれない」
カインは苦しそうに言った。
「捕まれば、君は退学。二度と学院には戻れない」
理不尽だ。こんなやり方、許せるわけがない。
「アルヴァ!」
「行くぞ、レイナ!」
私は魔力を解き放った。
「《契約解放・第一段階》!」
アルヴァの力が全開になる。
魔力障壁が弾け、私の周囲に強力な防護結界が展開された。
「抵抗するか……なら、力づくで!」
魔法使いたちが一斉に詠唱を始める。
「《火槍連撃》!」
「《氷縛鎖》!」
多彩な魔法が私めがけて襲いかかってくる。
「《風の盾》!」
アルヴァの盾がそれらを弾き返す。
だが、相手は多い。一発一発は防げても、じりじりと追い詰められていく。
「くっ……!」
「焦るな、レイナ!」
アルヴァの声に、私は深呼吸した。
(冷静に。敵の魔力の流れを読む……!)
次に放たれた氷の鎖。その中心を見据える。
(あれだ……!)
「《風刃穿撃・改》!」
私は一点集中で風刃を放った。
氷の鎖を操っていた魔法陣を破壊する。
「なっ……!」
氷の魔法使いがよろめいた隙を突き、次々と他の魔法使いたちにも攻撃を加えていく。
一人、また一人と戦線を離脱していく。
「バカな……あんな子供に……!」
「くっ、こいつ、本当に平民なのか……!」
残ったのは、カインだけだった。
カインは、静かに杖を構えた。
「レイナ。僕も本当は、こんなことしたくなかった」
「だったら、どうして!」
「君が学院を混乱させる存在だと、決まったんだよ」
悲しそうに笑うカイン。
だけど、私はもう騙されない。
「行くよ、アルヴァ!」
「うむ!」
私たちは、最後の力を解き放った。
「《嵐牙一閃》!」
巨大な竜巻がカインを包み込み、彼の魔法障壁を粉砕した。
カインは、膝をつき、もう立ち上がれなかった。
「僕の負けだ」
「レイナ=アステル、逮捕は撤回する!」
騒ぎを聞きつけたエリス先生が駆けつけ、状況を収拾した。
「詳しい事情は後で聞くが……とりあえず、よくやった」
「ありがとうございます!」
私は、ぼろぼろになりながらも笑った。
裏切りも、陰謀も、乗り越えた。
もう、私は負けない。
絶対に、ここで終わらせない。
裏切りと陰謀を乗り越えた私は、正式に学院に認められる存在となった。
理事会からの査問も受けたが、精霊契約者としての正統性と、自衛のための戦闘だったことが認められた。
結果、私は無罪放免、むしろ「学院の誇り」として表彰された。
「レイナ=アステル、学院特別表彰を授与する!」
中央講堂で、学院長ディアス=グレイヴが高らかに宣言する。
拍手が広がった。
今まで私を蔑んできた者たちが、今は賞賛の眼差しを向けている。
「おめでとう、レイナ!」
「本当にすごいよ!」
「精霊王と契約した伝説の少女!」
私は、壇上で深く一礼した。
「レイナ、よく頑張ったな」
「アルヴァ……」
心の中で、私は強く感謝を伝えた。
あなたがいてくれたから、私はここまで来られたんだ。
表彰式の後、私は学院の裏庭に足を運んだ。
あの、カインと話をした小さな中庭だ。
そこには、アルヴァが待っていた。
「おめでとう、レイナ」
「ありがとう、アルヴァ」
私は、彼の前に立った。
「ここまで来れたのは、全部アルヴァのおかげだよ」
「否。おまえ自身の力だ。私は、ただ隣にいただけだ」
アルヴァは、穏やかに微笑んだ。
私は、思い切って言葉を続けた。
「私、もっともっと強くなりたい。アルヴァと一緒に、世界を変えたい」
「……」
「だから……これからも、ずっと一緒にいてくれる?」
アルヴァは、少しだけ目を見開いた後、優しく笑った。
「当然だ。私は、おまえの精霊だ」
そっと、私の手を取る。
温かな感触が、胸にじんわりと広がった。
「レイナ。おまえが望むなら、どこへでも連れて行こう。どんな高みでも、どんな未来でも」
「うん!」
私は、満面の笑みで頷いた。
その時だった。
「よお、レイナ!」
不意に聞き慣れた声がして、振り返ると、カインが立っていた。
「カイン……!」
「本当に、すまなかった」
カインは頭を下げた。
「君を裏切ったこと、後悔してる。できるなら、これからは友達として……」
「もちろんだよ!」
私は、すぐに答えた。
「過去は過去。これからを大事にしよう」
「ありがとう、レイナ」
カインも、心からの笑顔を見せた。
これで、私たちは本当に友達になれた気がした。
その夜、学院の寮の窓から、星空を見上げる。
キラキラと瞬く無数の星。
「これから、どうなるかな?」
「おまえ次第だ、レイナ」
「そっか。じゃあ、最高の未来にしてみせる」
アルヴァと見上げる空は、どこまでも広かった。
まだ見ぬ世界が、私を待っている。
もう、何も怖くない。
私は、レイナ=アステル。
精霊王と共に歩む、未来の最強魔術師だ。
そして——
この胸に秘めた想いも、いつかきっと伝えよう。
「ねえ、アルヴァ」
「なんだ?」
「大好きだよ」
不意に言った言葉に、アルヴァは少しだけ驚いた後、優しく笑った。
「私もだ、レイナ」
その声を聞きながら、私はそっと目を閉じた。
温かな未来を、心に描きながら。