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8 お嬢様初めての料理

 自室で朝を迎えるのが、こんなにも快適だとは思わなかった。

 ん? 昨日も部屋で目覚めたじゃないかって?

 

 昨日は部屋で寝てたというか……目覚めの瞬間に戻された感じだったのよ。

 強制的に生き返らせられたっていうか。時を戻された感じっていえばいいの?

 

 だから、久しぶりに自分のベッド迎えた朝。感動が押し寄せてくるってわけ。

 普段の生活が、当たり前の朝が、こんなにもありがたいのよ。

 

 柔らかくてふかふかのベッド。ぬくぬくよ。それと暖かい部屋。

 そしてなにより清潔なのが最高よ。これ大事、まったく臭くないの!

 独房のあのカビ臭さといったら……ほんと最悪だったわ。もう一生独房には入りたくないわね。


 ひとしきり喜びを噛み締めてから、私は軽く伸びをした。


「う……ん」

 

 さあ、やることを確認しましょう。

 

「さて、今日のミッションはなにかしら?」

 

 私は今、神からのデイリーミッションをこなすことで生き延びている。

 あのとぼけた変な神『エル=ナウル』からのふざけた指令。

 やらないと死ぬって言うから仕方なくミッションを受けるってわけ。

 

 それが、どんなにふざけた内容だったとしても逆らえない。だって死にたくないから。

 ほんと理不尽極まりないわね。あの女にハメられたみたいで少し腹が立つわ。


 あれから色々試してみたんだけど、例の『ウィンドウ』は念じれば出てくることが分かった。

 

 気乗りしないけど、確認してあげるわ。

 さあ、出てきなさい。

 

 ピコン。

 光に囲まれた四角い枠の中に半透明の文字が浮かんでいる。

 これがウィンドウなんだけど……問題はその内容。


 そこに表示されている今日のミッションは――。


―――――――――――――――――――――――――――― 

 《病人にお粥を作る:0/1》

――――――――――――――――――――――――――――


「はあああ!?」

 

 思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

 いやいや、このミッションって私を『聖女』にしようとやらせているものよね?


 お粥を作るってあんた、これじゃただの料理係じゃないの!

 

「こんなの、聖女となんの関係があんのよ!」


 昨日の料理スキル獲得って……まさか、この布石だったの?

 あのタレ目女――エル=ナウル。あんた私をメイドにでもしたいわけ?

 なにがボーナスよ、まったく。

 計算だったくせに。


――――――――――――――――――――――――――――

 ▼説明を見る


 → 『聖女』のあなたは、料理に聖属性魔法を込めることができます。

  そのためには自分で料理する必要があります。

  愛と魔法のこもった料理で病人を癒やしましょう。


 →あら~、さっそく料理スキルの出番ね! がんばってね♡

――――――――――――――――――――――――――――


 あの女、本気で殺したくなったわ。ハートマークがまじでイラつくんだけど!


 「はあ、しょうがない。やればいいんでしょ、やれば!」


 私は渋々、厨房に向かった。


 豪奢な廊下を歩いて厨房の扉を開けると、ガタンッと音がした。

 みんなの手が止まり、空気がピシリと凍る。


「ちょっといいかしら?」


 厨房に足を踏み入れた瞬間、まるで魔物でも現れたかのような反応が返ってくる。

 調理台の向こうで包丁を持ったコックなんて手を震わせている。奥のほうでは鍋を落としかけている使用人もいた。


「す、すみません! なにか不手際でも……ありましたか……?」


 オロオロと近づいてきた料理長らしき人物の声が震えていた。


 ……ま、仕方ないわよね。私のイメージ、めちゃくちゃ悪いし。

 厨房で怒鳴り散らした回数? そんなの数える気にもならないわ。


 でも、反応が違う人がいた。


「あっ、お嬢様。おはようございます」


 昨日私が褒めた、中年の料理人がにっこり笑って頭を下げていた。

 その声は、どこかうれしそうで、ほんの少しだけ私の心がほぐれた。

 

 この太ったおっさんの名前……トマス、だったかしら?

 彼がまっすぐにこちらへ歩いてくる。その顔には、警戒ではなく、好意が滲んでいた。


「今日はどうなさいましたか? なにかリクエストでもありましたか?」


「いえ。病人のためにお粥を作りたいの、教えてもらえるかしら?」


 ピクリと周囲が反応する。

 ガラガラ、と誰かが落とした包丁の音。ピシャリと水音。

 厨房中の空気が、一斉に緊張した。


「お、お嬢様が……他人のために料理を……?」


 疑問を口に出したのは、若い小間使いの少女だった。目を丸くし、声が震えている。

 けれどトマスは、そんな空気も気にする様子なく、ニコニコと笑っていた。


「もちろんです。ちょうど良いお米と鶏の出汁がございます。優しい味に仕上げましょう」


「いいわね。でもあなたは手を出さないでくれる? 料理するのはあくまで私よ」


「はい、かしこまりました。お嬢様」

 

 私はトマスの指示で手を洗い、エプロンを借り、鍋を火にかけた。


 教わりながら米を研ぎ、出汁でことこと煮る。ときおりかき混ぜながら、塩加減を整えていく。そして、最後に少しだけミルクを入れる。


 そして最後に味見……。

 

「へえ、悪くないわね。匂いもとっても優しいじゃない」


 私がお粥を作る、なんてね。

 まさか人生でこんな日が来るとは。

 まあ……これ、ミッションだから。やりたくてやってるわけじゃないし。


「お嬢様、少しお待ちください」


 出来上がったお粥を器によそおうとしたところで、トマスが声をかけてきた。

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