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7 火傷の跡

 私の命令で、ピシッと空気が凍った。

 使用人たちが目を見合わせ、あきらかにうろたえ始める。動揺の色を隠しきれていない。


 ……まぁ、そうなるわよね。

 いつもの私なら「まずい」とか「処分しなさい」とか言いそうだもの。


 重苦しい沈黙が流れた数分後、料理人がやってきた。

 中年の、ちょっとぽっちゃりした男。白衣の袖口を握りしめながら、おずおずと私に頭を下げる。


「し、失礼いたします。セレナティアお嬢様……わ、私が本日の料理を……」


 額にはうっすら汗が滲んでいる。そんなに怯えなくてもいいと思うけど。

 私は軽くため息をつく。


「い、いかがでしたでしょうか。お口に合わなかったようでしたら――」


「……とても美味しかったわ」


「えっ……?」


 料理人の目が丸くなっている。まさか、褒められるとは思っていなかったのだろう。

 なぜか、後ろの使用人たちも目を丸くしている。なんでよ?


「ふん、これからもよろしく頼むわね」


「……っ! は、はいっ! 誠心誠意、仕えさせていただきます!」


 その返事には喜びの感情が込められていた。

 なぜか料理人の目がうるんでいる。


 え、泣くの? 素直な感想なんだけど?

 まあ、私が素直になるのも珍しいからね。


 にわかにざわつく使用人たちの反応を、知らん顔で水を口に含む。

 ふと料理人の指先が視界に入った。


 親指の付け根あたりが赤く腫れていた。

 新しい火傷だ。おそらく調理中にでも負ったのだろう。

 

「その手……どうしたの?」


「え、あ、いやっ! これはその、鍋に少し当たってしまいまして……」


 誤魔化すように笑う料理人に、私は立ち上がってそっと彼の手を取った。


「じっとしてなさい」


「え……あのっ……お嬢様?」


「いいから」


 右手に魔力を込めて、そっと火傷にかざす。

 ……集中するのよ。


 あたたかい光が溶けるように彼の火傷を包み込み、赤く腫れていた皮膚がみるみるうちに戻っていく。

 

 はい、終了っと。


「これからは気をつけるのね」


 今日のミッションはもう終わってるけど、料理が美味しかったから。これは特別。


 聖属性魔法のLvが上がったからか、魔法を使っても脱力も少なかった。

 これくらいなら、なんともないわね。

 料理人の火傷がたいしたことないってのもあるかもしれないけど。


 でも料理人の反応は火傷と違い、大いにたいしたしたことがあった。

 

「セ、セレナティアお嬢様……ありがとうございます……っ!」

 

 おおげさに涙ぐむ料理人に、私は顔を引きつらせた。

 そこまで感謝されると、ちょっと照れる……というよりも、少しひいてしまう。

 

 だって、太ったおじさんの涙なのよ?

 そんなの美しくないでしょう?


 周囲の使用人たちに視線を向けると、みんな明らかに驚いた顔をしていた。

 しかも……。

 

「……どうしたのかしら、お嬢様?」


「お嬢様が……お優しくなられた……?」


 これは神との取引のせいよ。そう、自分が死なないため。

 別に優しくしてるつもりなんか……ない。


 いちいち反論するのも面倒だから、大人しくしているけど。なんだか調子が狂うわね。


 その時、目の前に『例の』ウィンドウが現れた。

――――――――――――――――――――――――――――

《エクストラボーナス獲得!》


・スキル習得:料理 LV1

・隠し実績:人助けへの目覚め


→ ちょっとセレナティアちゃんを見直したわ。

 そんなあなたに便利なスキルをプレゼントするわ~!

――――――――――――――――――――――――――――

 

 スキルって……技能のことよね。

 つまり、料理が上手くなるってこと?

 

 ……いやいやいや。なんで料理? 私、公爵令嬢なのよ?

 

 料理なんて使用人にさせるものでしょ?

 令嬢である私が料理?


 絶対にすることないと思うけど。

 いったい、なんの役に立つのよこのスキル?


 全く嬉しくないボーナスだわ。

 ほんと変な女ね、エル=ナウル。

 

 ウィンドウにツッコミを入れたくなるのを堪えつつ、私は椅子に座り直した。

 

 使用人たちの空気が、さっきより柔らかいものになっているのは……気のせいじゃないと思う。

 まったく、影響されやすい人たちね……。私がいい人になったわけでもないのに。

 まあ、でもいいか。


 私も心の奥のほうで、ちょっとだけ、あったかい気持ちが芽生えてる気がしたから。

 そんなの『悪女』の私らしくないから、気づかないふりをするけどね。


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