64 別れの時
「け、結婚式を続ける? だが、相手は……誰とだ?」
私は、その問いには答えず、まっすぐに、愛しい人の元へと歩いていく。
お父様の近くで……まだ呆然としているカイルの手を、私は強く掴んだ。
そして、参列者全員に向かって、高らかに宣言する。
「わたくし、セレナティア・ヴァルムレーテは! このカイル・ラザフォード様と結婚いたします!」
一瞬の沈黙の後、大神殿は、今日一番の、地鳴りのような歓声と祝福に包まれた。
カイルは、驚きながらも、すぐに状況を理解したみたいだった。その瞳には、深い安堵と、私への零れ落ちそうなほどの愛情が浮かんでいた。
「セレナ……本当に、いいのか?」
「ええ、もちろんよ。あなた以外、考えられないですもの」
私とカイルは手を取り合って赤い絨毯の上を進み出す。
それをみたアルバ枢機卿が慌てて定位置に戻る。でもすぐに満面の笑みで誓いの言葉を再開した。
カイルは力強く誓いの言葉を返す。とても凛々しく、安心する声。
次は私の番ね……。
「汝、セレナティア・ヴァルムレーテ。健やかなる時も、病める時も、富める時も、貧しき時も、聖女セレナティアを敬い、愛し、助け合うことを、神に誓うか?」
「誓います!」
私たちは、集まってくれた全ての人々の前で永遠の愛を誓った。
カイルは、愛おしそうに私の腰を引き寄せ、誓いの口づけを交わした。
万雷の拍手と祝福の声が、大神殿にいつまでも、いつまでも響き渡っていた。
皆に祝福された、これ以上ない最高の結婚式だった。
◆
久しぶりに帰った自分の部屋には先客がいた。
まったく、今日はもう寝たかったのだけど……。
「セレナティアちゃん、おめでとう」
「おめでとうじゃないわよ、あんた本当にムカつく女ね」
私の口撃をものともせずにクスクスと笑うのはクソ女神ことエル=ナウル。
「あんた聖女になるってことがどういうことか。全部知ってたんでしょ?」
「そうよ~。だからミッションをこなしてもらってたの。それとネックレスもあげたでしょ?私、セレナティアちゃんのこと大好きだから」
「あっそう。あのネックレス。結局なんだったの?」
「あれはね、あなたへの思いを力に変えるものよ」
「私への思い?」
どういうこと……?
他の人が私を思うと何になるわけ?
「つまり~あなたの行いによっては何も効果を発揮しないものなの。あなたは見ず知らずの人のために無償の愛を注いだでしょ? それが貴方へと帰ってきたのよ」
「意味がよくわからないんだけど」
説明をされたはずなのに全く理解できない。
「あなたがそれだけ皆に慕われていたってことよ」
ああ、だからあの時……?
「ふーん、それで私の記憶が戻ったの?」
「まあ、そういうこと~。役に立ったでしょ?」
「ねえ? 最終ミッションの報酬ってどうなったの?」
「あらぁ~? おぼえてたの? さすがセレナティアちゃん!」
「茶化さないで教えてくれる?」
あれから、ウィンドウはどれだけ念じても出てこなかった。
調べようとしても調べられなかったのよ……。
「なんでも願いを叶えてあげる。だってセレナティアは国を救ったんだもの。好きなことや欲しいものあるでしょ?」
「じゃあ、あの聖杯なんとかしてくれるかしら?」
「なんとかって?」
とぼけてるの? あのクソみたいな聖杯のことよ!
「記憶がなくなるとか、魂が燃え尽きるとか何なのよあれ? まるで呪いの道具みたいじゃない!」
「あ~。あれね……。実は、私の前任者がつくったんだけど、ひどいわよね~」
ひどいとかそういう次元を超えてるでしょ……。
「あれ、誰でも使えるようにして。そして神官にでも定期的に浄化させたらいいのよ。私みたいに一気に国を浄化しなくていいの。少しづつでいいからやればいいのよ」
百年とか放置してから一気に国を浄化しようとするからおかしくなるのよ。
莫大な力が必要で、そのために代償が必要になる。
それなら少しずつやればいいだけでしょ?
「聖杯の機能を変えればいいのね? できるわよ~。でも願いが何でも叶うのに、セレナティアちゃんは、それでいいの?」
「いいのよ。私はもう欲しいものは全部持ってるから」
「ふふ、セレナティアちゃんって、やっぱり優しいのよね~」
「ふん……」
この女と話していると本当に調子が狂う。
何もかも見透かされているみたいでイライラするわ。
「じゃあ、私はそろそろ消えるわね」
「どうせ、また出てくるんでしょ?」
「ううん、すこし人間に干渉しすぎたわ。多分、数百年はこっちに来れないかも……」
「そう、なのね……」
「さみしいでしょ?」
「別に……?」
「セレナティアちゃんって素直じゃないわね~。でも、本当に楽しかった~。セレナティアちゃん大好きよ」
そういって少しづつ消えていくエル=ナウル。
「私はあんたなんて、嫌いだけどね……」
もう彼女に会うことはない。そう思うと清々する。
清々する……のよね?
1人しかいない部屋で、呟いた声だけが残っていた。




